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生意気な年下にうっかり惚れられまして。

タクシーはワンメーターと少しの距離を滑らかに進む。
暗闇の中暖かな間接照明で浮かび上がる見慣れたエントランスに着くと、手早くスマートフォンで決済をし足早に澤村の手を引いた。

「お、おい」

つながれたままの手に、気にしないのか?という目で見られるが、今は人目を気にするような気持ちにはなれなかった。
8階に向かうエレベータ中でも繋がれたままの手は、しっとりと緊張で湿り気を帯びている。

少しの浮遊感とともにドアが開き、内廊下を進むと椋太の城といえる、角部屋へとたどり着く。
カードキーでロックを解除すると、玄関の自動証明が二人を迎ええ入れた。

「白井さんち、か」
「知らない人の家にくるわけがないだろう?」

キョロキョロと当たりを見回す澤村は少し不安げな子供のようだ。
そのまま手を引き、リビングの明かりをつけるとお気に入りのソファに誘導した。

シックなこげ茶色の木の家具で統一された部屋。
洒落た雰囲気と暖かさが一体となった落ち着く空間は、少しだけ椋太の匂いと森のようなアロマの香りが交じる。

「もっと、シンプルな感じかとおもった。案外……暖かいんだな」
「なんだよそれ」

どういうイメージをしていたのかわからないが、思わず笑う。

「いや、モノトーンとかのイメージだったから」
「ふーん、それこそ澤村んちがそういうイメージだけど」

ジャケットを脱ぎ、厚めのハンガーに掛ける。
澤村の上着もうけとり同じように並べた。

「あ、魚」

椋太の質問へは答えず、リビングとキッチンの間にある小さな水槽を見つける。

「あ、うん。趣味なんだ。それこそ柄じゃないだろう?」
「いや……なんか、わかってきた、気がする」

澤村は立ち上がり、水槽のそばに向かう。
細かく立ち上がる空気と魚を瞬きもせずに見ている。

「なんか水とかって癒やされない?魚もきれーだし。つっても俺的なこだわりはその水草なんだけどね」
「言われてみれば……風景、みたいだ」

小さな岩山と、草原、空が広がっているような水槽は、椋太が何ヶ月も手塩にかけて育ててきたものだ。
大きな体を丸め込み、嬉しそうに魚をガラス越しにつついている澤村を見ると、へんに急く気持ちも穏やかに静まる。
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