生意気な年下にうっかり惚れられまして。
コアタイムから数時間ほど経過し、退社する社員も増えてきた頃。
「お先失礼しますーって、まだ白井さんやってくンすか」
同じ部署の後輩に声をかけられた白井椋太は、朗らかに笑いながら返した。
「おっつー。ちょっとな。忘れないうちにやっちゃいたいしなー」
もう退社しても問題なかったが、せめて切りのいいところまではやっていくつもりだった。
「あ、合コンの成果、明日報告なー」
「えーーマジっすか?うへぇ~なんとしてもいい感じにもっていかないと、白井さんの紹介だし」
「頼むよ。いい子集めてもらったんだから」
「はいはーい、了解っス」
「じゃ、気を付けていってら」
「ハイッス」
一通り後輩をからかうと、椋太は資料をまとめていた手を止め、ふっと一息ついた。
しょぼしょぼと霞む目頭を指で抓み、残った缶コーヒーをぐい、とおある。
クライアントから追加で頼まれた資料は、あれこれと文句をつけられどんどんとページ数が増していく。
本当に必要なのか、困らせたいだけなのか――癖のある面倒なクライアントを思うとため息しか出なかった。
「……少しいいか」
表情の乏しい、低く響く声が後ろから聞こえ、ますます椋太のため息が深くなる。
また面倒くさいことにならなければいいと暗澹たる思いで振り返った。
「澤村。今度はなんだ?」
毎度のことなのでつい悪態もつきたくなるものだ。
「ここの資料、もう少しわかりやすく具体的な図を足したほうがいいと思うんだが、これではわかりづらい」
澤村が手に持っているのは昼のミーティングで配られた資料。
アドバイス通りに図を入れるとなると、軽く見積もって4時間ほどの工数が増える。
今回のプロジェクトは、新しいシステムを作り、売り込むために結成されたもので、システム担当の澤村たちのチームと、営業担当の椋太たちのチームで打ち合わせを重ねていた。
まずは既存の付き合いの深いクライアントに完成前のイメージを伝える資料を作り、どれくらい引き合いがあるのか探るための資料を作り、擦り合わせのために打ち合わせたところだった。
椋太よりも5㎝程高いだけなのに、体格の良さからかやたらと威圧感のある浅黒い風貌の男、澤村朔の素っ気ない声に心なしか身構える。
今回のプロジェクトで初めて絡むようになったこの男は、いい意味でも悪い意味でもアバウトな椋太を苛めるように、いちいち細かいところを突いてくるのだった。
「あー……まあ確かに、追加したほうがわかりやすいな」
躊躇いながらもそのアイディアを咀嚼する。
そもそもが年下なのに最初からため口なのも気にかかる。
が、指摘することは確かにそうしたほうが良いということが多いのも悔しい。
どんなタイプにも合わせてうまくトークをし、自分のペースにもっていく営業スタイルを自負している椋太にとっては、悔しくもそれを態度に出すのは癪だった。
でもどうしてもこの男には、感情的な部分が漏れ出てしまう。
「今ちょっと別件の資料作ってるから、待って」
眉間にしわが寄っているのを自覚しながらも受諾する。
「……忙しいなら、俺がベースのスクリーンショットは用意する」
抑揚のない声で澤村が申し出る。
面倒なクライアントに追われていた椋太にはありがたい提案だった。
「サンキュ。助かる」
澤村は、いつも面倒なことを提案してくるわりに、何かしらフォローをするので、なんだかんだで嫌々ながらも彼のペースに巻き込まれてしまう。
普段自分でペースを作るタイプの椋太にとって珍しいことだった。
思い返せば、初めての出会いも気が付いたら澤村のペースに巻き込まれていたのだった。
「お先失礼しますーって、まだ白井さんやってくンすか」
同じ部署の後輩に声をかけられた白井椋太は、朗らかに笑いながら返した。
「おっつー。ちょっとな。忘れないうちにやっちゃいたいしなー」
もう退社しても問題なかったが、せめて切りのいいところまではやっていくつもりだった。
「あ、合コンの成果、明日報告なー」
「えーーマジっすか?うへぇ~なんとしてもいい感じにもっていかないと、白井さんの紹介だし」
「頼むよ。いい子集めてもらったんだから」
「はいはーい、了解っス」
「じゃ、気を付けていってら」
「ハイッス」
一通り後輩をからかうと、椋太は資料をまとめていた手を止め、ふっと一息ついた。
しょぼしょぼと霞む目頭を指で抓み、残った缶コーヒーをぐい、とおある。
クライアントから追加で頼まれた資料は、あれこれと文句をつけられどんどんとページ数が増していく。
本当に必要なのか、困らせたいだけなのか――癖のある面倒なクライアントを思うとため息しか出なかった。
「……少しいいか」
表情の乏しい、低く響く声が後ろから聞こえ、ますます椋太のため息が深くなる。
また面倒くさいことにならなければいいと暗澹たる思いで振り返った。
「澤村。今度はなんだ?」
毎度のことなのでつい悪態もつきたくなるものだ。
「ここの資料、もう少しわかりやすく具体的な図を足したほうがいいと思うんだが、これではわかりづらい」
澤村が手に持っているのは昼のミーティングで配られた資料。
アドバイス通りに図を入れるとなると、軽く見積もって4時間ほどの工数が増える。
今回のプロジェクトは、新しいシステムを作り、売り込むために結成されたもので、システム担当の澤村たちのチームと、営業担当の椋太たちのチームで打ち合わせを重ねていた。
まずは既存の付き合いの深いクライアントに完成前のイメージを伝える資料を作り、どれくらい引き合いがあるのか探るための資料を作り、擦り合わせのために打ち合わせたところだった。
椋太よりも5㎝程高いだけなのに、体格の良さからかやたらと威圧感のある浅黒い風貌の男、澤村朔の素っ気ない声に心なしか身構える。
今回のプロジェクトで初めて絡むようになったこの男は、いい意味でも悪い意味でもアバウトな椋太を苛めるように、いちいち細かいところを突いてくるのだった。
「あー……まあ確かに、追加したほうがわかりやすいな」
躊躇いながらもそのアイディアを咀嚼する。
そもそもが年下なのに最初からため口なのも気にかかる。
が、指摘することは確かにそうしたほうが良いということが多いのも悔しい。
どんなタイプにも合わせてうまくトークをし、自分のペースにもっていく営業スタイルを自負している椋太にとっては、悔しくもそれを態度に出すのは癪だった。
でもどうしてもこの男には、感情的な部分が漏れ出てしまう。
「今ちょっと別件の資料作ってるから、待って」
眉間にしわが寄っているのを自覚しながらも受諾する。
「……忙しいなら、俺がベースのスクリーンショットは用意する」
抑揚のない声で澤村が申し出る。
面倒なクライアントに追われていた椋太にはありがたい提案だった。
「サンキュ。助かる」
澤村は、いつも面倒なことを提案してくるわりに、何かしらフォローをするので、なんだかんだで嫌々ながらも彼のペースに巻き込まれてしまう。
普段自分でペースを作るタイプの椋太にとって珍しいことだった。
思い返せば、初めての出会いも気が付いたら澤村のペースに巻き込まれていたのだった。