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✣琴弾の女✣

俄雨が止んだ。
商売道具と唐傘を片手に安宿を出ると、道に出来た水溜りが 青く澄んだ空を映す。
下駄を鳴らし、北へと向かう。何時もは当てもなく、フラフラと彷徨う様に何処かへ向かっていたが、今回はまた別だ。
先日 気になる噂を耳にした。なんでも、ずっと北の方、人里離れた山奥のそのまた奥に 化け物の巣食う 屋敷が有るという。
「薬売りの旦那ァ、彼処はやめといた方がいいでっせ。」
客の一人に話を聞いたところこんなことを言われた。
「あの山にゃ、化け物が住んでる。みんな、神隠しに遭ったみてぇにふらっと消えちまうんだ。ここいらでも、何件か被害が出てる。みんな あの山の化け物のせいに違いねェ…。なんでもみんな、『琴の音が聞こえる』つって、山にふらふら消えてくんだと。」

だからあの山に近づいてはいけない。そう念を押された。化け物… 姿形を見たものはいないのかと問うと、「只、琴の音だけが聞こえる」そう、言われた。 兎にも角にも、実際に行ってみない事には分からない。 すっかり晴れた空、その北にある 不自然に広がった渦雲を睨みつけ また足を進めた。


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