▶︎ 森田 田村
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「なぁ、そんな所危ないで、」
秋が終わり、冬が顔を出したこの季節に屋上に行くお馬鹿さんは保乃しか居らんと思ってた。
それなのに、保乃よりもお馬鹿さんなあの子は、フェンスを超えた先で寝転びながら空を眺めていた。
森田「手を伸ばし続けたらさ、いつかは星、掴めるようになるかな。」
もう幾度となく聞いてきた、この言葉。
手を伸ばし続けたって、星は掴めるわけないし、大体保乃よりもちっちゃなあの子が空に手が届くわけが無い。
でもそう言い出せないのは、彼女がそう言わせてくれないから。彼女を纏う何かがこの空間を支配していたから。
「どうやろうな。」
「それよりこっちおいで、寒いやろ?2人でくっつこうや。」
森田「本当に保乃ちゃんは寒がりやね。」
そう言って気だるそうに体を起こした彼女はぶかぶかのセーターから指先をほんの少し出してフェンスに掛け、軽々と超えた。
そのままストンと保乃の隣に腰かけたかと思えば肩に頭を置いて、保乃が話し出すのを待っていた。
「もうすぐ卒業やなぁ、ひぃちゃんとは1回も同じクラスにならなかったな?」
森田「ならんかったね。」
「保乃ちゃんと同じクラスだったらもっと沢山学校に来てたのに。」
「ふふ、ほんまに?」
「でも、今こうやってひぃちゃんとここで会えてること、保乃は嬉しいで。」
森田「私も嬉しいよ。」
猫のような、犬のような、時には狼のような、色んな顔を持ってる彼女に、いつの日からか抱いてしまった感情。それに名前を付けてしまうのが怖くてずっと気付かないふりをしていた。
それでも、"寒いね"なんて言われながら手を握られてしまえば、"もっとこっちきて"と抱き締められてしまえば保乃の心臓は簡単に動き出してしまって、止められない。
ひぃちゃんに伝わって欲しくない、そう思う反面、少しだけ、気づいて欲しいなんて思う自分もいて、人間はないものねだりやなぁ、なんて実感する。
それでも、保乃の口から言い出せないのは、ひぃちゃんの中に保乃じゃない誰かが居ることが分かっていたから。いつも寂しそうに、けれどどこか愛おしそうに空に手を伸ばすひぃちゃんを何度も見てきていたから。
森田「保乃ちゃん?」
「ん?」
森田「ぼーっとしよるけ、心配なった。」
「ふふ、ごめん、考え事してただけやで、気にせんで?」
森田「ならいいけど、何かあったら言ってね。」
「私が保乃ちゃんを守るけ、」
「うん、ありがとう。」
ひぃちゃんは、保乃を通して誰を見てるん?
その瞳には誰が映ってるん、なぁ、教えてや。
そんなこと言い出せる訳もなくて、今日もただ彼女を好きで、嫌いになりたい時間を過ごして行った。
この日から数ヶ月、今日も変わらず、保乃はここに来ていた。春の風が吹き始めて、けどまだ寒くて、そんな場所に顔を出した。
「…、今日はフェンス超えてないんや。」
森田「もう超える必要なくなったから。」
そう言って笑うひぃちゃんはいつもとは違くて、それが今日という特別な日だからなのか、それとも別の理由があるのかは分からないけれど、目と鼻を赤くしたひぃちゃんが保乃の前にいた。
森田「5年前の今日、ここで、好きだった人がこの世から居なくなっちゃったんよ。当時私は中学二年生でさ、幼馴染やった理佐さんは、4つ上の高三。卒業式の日、理佐さんにここに呼ばれて顔を出したら、フェンスを超えて空を仰いでる理佐さんが居った。」
「うん、」
森田「その瞬間、分かっちゃったんよ、もうこれは止められないんやなぁって、理佐さんっち声掛けたらさ、すごく優しい顔したまま振り向いて、私にこれ投げてくれて、」
そう言ってひぃちゃんは自分が着ていたセーターを指さした。ぶかぶかなセーターを着ていたのには、こんな理由があったんや。
森田「"私、星になってみる、ちゃんと見つけてね、ひかる"って、優しい顔したまま体を傾けて、それで…、」
言い終わる頃には、大きな涙を何回も何回も流していたひぃちゃん。居てもたってもいられなくて、ぎゅっと力強く抱き締めていた。
森田「…ずっと、5年前のあの日から、私も理佐さんの所に行くって決めとった。」
「っ…、」
森田「でも、実行しようって決める度に保乃ちゃんがやってきて、私の決意を揺るがしてくる、」
「保乃は、ひぃちゃんと一緒に居たい。居たいよ。」
森田「私も、保乃ちゃんと一緒に居たい。」
「だからね、もう理佐さんを追いかけたりしない。今日はそう決めた日なんだ。」
保乃の腕から離れ、セーターを脱いだ彼女は、フェンスを超えることなく、その場で空を仰いでこう言った。
森田「理佐さん、手伸ばしても、やっぱ理佐さんには届かないや、いつかさ、私が大人になってそっちに行った時、ちゃんと見つけ出すから、捕まえに行くから、それまで待っててくれん?」
その瞬間ぶわっとひぃちゃんを中心に風が吹いて、ひぃちゃんの目から一筋の涙がこぼれた。
保乃には何も聞こえない、何も見えない。
けれど、ひぃちゃんは違うようで、嬉しそうに笑って、そして、ほんの少し寂しそうにしながらセーターを手放した。
セーターは風に乗って、遠くへと運ばれていく。
ワイシャツだけになったひぃちゃんは寒そうに保乃に抱きついてきた。
森田「ねえ、私の1番空いたけど、」
「ふふ、保乃が立候補してもいいん?」
森田「保乃ちゃんじゃなきゃ嫌だ。」
「なら、保乃をひぃちゃんの1番にして?」
森田「うん、保乃ちゃんも…、」
「保乃の1番はずっとひぃちゃんやで。」
森田「っ…そっか、ふふ、やった。」
「ずっと、保乃のそばに居ってな?」
森田「うん。離れたりせん、ずっと傍におるよ。」
桜が吹雪いて、当たりがピンクに染まる。
あぁ、ひぃちゃんと出会ったのも、今日と同じように春が顔を出した日やったっけ。
拝啓、理佐様。
手を伸ばし続ければ、いつかは貴方に届くでしょうか。
届くと信じることは愚かなことでしょうか。
保乃は、貴方を越えられるでしょうか。
越えられなくとも、いいのでしょうか、
その答えが聞けるその日まで、保乃はひぃちゃんを愛しています。
田村保乃
-fin-
秋が終わり、冬が顔を出したこの季節に屋上に行くお馬鹿さんは保乃しか居らんと思ってた。
それなのに、保乃よりもお馬鹿さんなあの子は、フェンスを超えた先で寝転びながら空を眺めていた。
森田「手を伸ばし続けたらさ、いつかは星、掴めるようになるかな。」
もう幾度となく聞いてきた、この言葉。
手を伸ばし続けたって、星は掴めるわけないし、大体保乃よりもちっちゃなあの子が空に手が届くわけが無い。
でもそう言い出せないのは、彼女がそう言わせてくれないから。彼女を纏う何かがこの空間を支配していたから。
「どうやろうな。」
「それよりこっちおいで、寒いやろ?2人でくっつこうや。」
森田「本当に保乃ちゃんは寒がりやね。」
そう言って気だるそうに体を起こした彼女はぶかぶかのセーターから指先をほんの少し出してフェンスに掛け、軽々と超えた。
そのままストンと保乃の隣に腰かけたかと思えば肩に頭を置いて、保乃が話し出すのを待っていた。
「もうすぐ卒業やなぁ、ひぃちゃんとは1回も同じクラスにならなかったな?」
森田「ならんかったね。」
「保乃ちゃんと同じクラスだったらもっと沢山学校に来てたのに。」
「ふふ、ほんまに?」
「でも、今こうやってひぃちゃんとここで会えてること、保乃は嬉しいで。」
森田「私も嬉しいよ。」
猫のような、犬のような、時には狼のような、色んな顔を持ってる彼女に、いつの日からか抱いてしまった感情。それに名前を付けてしまうのが怖くてずっと気付かないふりをしていた。
それでも、"寒いね"なんて言われながら手を握られてしまえば、"もっとこっちきて"と抱き締められてしまえば保乃の心臓は簡単に動き出してしまって、止められない。
ひぃちゃんに伝わって欲しくない、そう思う反面、少しだけ、気づいて欲しいなんて思う自分もいて、人間はないものねだりやなぁ、なんて実感する。
それでも、保乃の口から言い出せないのは、ひぃちゃんの中に保乃じゃない誰かが居ることが分かっていたから。いつも寂しそうに、けれどどこか愛おしそうに空に手を伸ばすひぃちゃんを何度も見てきていたから。
森田「保乃ちゃん?」
「ん?」
森田「ぼーっとしよるけ、心配なった。」
「ふふ、ごめん、考え事してただけやで、気にせんで?」
森田「ならいいけど、何かあったら言ってね。」
「私が保乃ちゃんを守るけ、」
「うん、ありがとう。」
ひぃちゃんは、保乃を通して誰を見てるん?
その瞳には誰が映ってるん、なぁ、教えてや。
そんなこと言い出せる訳もなくて、今日もただ彼女を好きで、嫌いになりたい時間を過ごして行った。
この日から数ヶ月、今日も変わらず、保乃はここに来ていた。春の風が吹き始めて、けどまだ寒くて、そんな場所に顔を出した。
「…、今日はフェンス超えてないんや。」
森田「もう超える必要なくなったから。」
そう言って笑うひぃちゃんはいつもとは違くて、それが今日という特別な日だからなのか、それとも別の理由があるのかは分からないけれど、目と鼻を赤くしたひぃちゃんが保乃の前にいた。
森田「5年前の今日、ここで、好きだった人がこの世から居なくなっちゃったんよ。当時私は中学二年生でさ、幼馴染やった理佐さんは、4つ上の高三。卒業式の日、理佐さんにここに呼ばれて顔を出したら、フェンスを超えて空を仰いでる理佐さんが居った。」
「うん、」
森田「その瞬間、分かっちゃったんよ、もうこれは止められないんやなぁって、理佐さんっち声掛けたらさ、すごく優しい顔したまま振り向いて、私にこれ投げてくれて、」
そう言ってひぃちゃんは自分が着ていたセーターを指さした。ぶかぶかなセーターを着ていたのには、こんな理由があったんや。
森田「"私、星になってみる、ちゃんと見つけてね、ひかる"って、優しい顔したまま体を傾けて、それで…、」
言い終わる頃には、大きな涙を何回も何回も流していたひぃちゃん。居てもたってもいられなくて、ぎゅっと力強く抱き締めていた。
森田「…ずっと、5年前のあの日から、私も理佐さんの所に行くって決めとった。」
「っ…、」
森田「でも、実行しようって決める度に保乃ちゃんがやってきて、私の決意を揺るがしてくる、」
「保乃は、ひぃちゃんと一緒に居たい。居たいよ。」
森田「私も、保乃ちゃんと一緒に居たい。」
「だからね、もう理佐さんを追いかけたりしない。今日はそう決めた日なんだ。」
保乃の腕から離れ、セーターを脱いだ彼女は、フェンスを超えることなく、その場で空を仰いでこう言った。
森田「理佐さん、手伸ばしても、やっぱ理佐さんには届かないや、いつかさ、私が大人になってそっちに行った時、ちゃんと見つけ出すから、捕まえに行くから、それまで待っててくれん?」
その瞬間ぶわっとひぃちゃんを中心に風が吹いて、ひぃちゃんの目から一筋の涙がこぼれた。
保乃には何も聞こえない、何も見えない。
けれど、ひぃちゃんは違うようで、嬉しそうに笑って、そして、ほんの少し寂しそうにしながらセーターを手放した。
セーターは風に乗って、遠くへと運ばれていく。
ワイシャツだけになったひぃちゃんは寒そうに保乃に抱きついてきた。
森田「ねえ、私の1番空いたけど、」
「ふふ、保乃が立候補してもいいん?」
森田「保乃ちゃんじゃなきゃ嫌だ。」
「なら、保乃をひぃちゃんの1番にして?」
森田「うん、保乃ちゃんも…、」
「保乃の1番はずっとひぃちゃんやで。」
森田「っ…そっか、ふふ、やった。」
「ずっと、保乃のそばに居ってな?」
森田「うん。離れたりせん、ずっと傍におるよ。」
桜が吹雪いて、当たりがピンクに染まる。
あぁ、ひぃちゃんと出会ったのも、今日と同じように春が顔を出した日やったっけ。
拝啓、理佐様。
手を伸ばし続ければ、いつかは貴方に届くでしょうか。
届くと信じることは愚かなことでしょうか。
保乃は、貴方を越えられるでしょうか。
越えられなくとも、いいのでしょうか、
その答えが聞けるその日まで、保乃はひぃちゃんを愛しています。
田村保乃
-fin-