夢見るチョコレート
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スタッフやその他個々へのバレンタインのプレゼントを差し入れとして渡した後、次に夢見る夢子はメンバーへとプレゼントを渡しに行くことにした。
まず向かったのは樋口の元だったのだが…
夢見る夢子は自分の手に収まったソレを驚いた様子で見つめていた。
「…これ、チョコですよね?」
彼女の手の上に置かれたのは可愛らしい花柄の箱。
形状は平べったく、表面には有名なスイーツブランドのロゴが入っておりバレンタインチョコレートということは明らかだ。
「これ、私にですか?」
「もちろん。じゃなきゃ渡さないでしょ」
数分前。
夢見る夢子はベース練習の休憩中だった樋口の元へ訪れたのだが、彼は夢見る夢子の姿を見るやいなや「待ってました!」と言わんばかりに彼女を部屋へ招き入れた。
彼を訪ねて来たものの、まさかこんなに待ち構えていたかのように歓迎されるとは思っておらず、驚きながらも樋口に促されるままにソファーへと座った。
すると彼は部屋の棚に置いていた自身のバック からこのチョコレートを取り出して、隣へと腰を下ろすと「はい」と夢見る夢子へ渡してきたのだ。
「わー!ありがとうございます!」
「夢見る夢子って、ほんとそういう可愛いの好きだねー」
夢見る夢子としては自分の好みにあったものを貰えた事に加え、プレゼントを上げるつもりが男性である樋口から逆に貰うことになろうとは思ってもみなかった為、なおのこと嬉しいのだ。
一瞬、「誰かから貰ったのかな?」とお裾分けを考えたが彼らはファンからのプレゼントは基本的にスタッフなどの身内で分けることはせず、きちんとメンバーで頂いていることを夢見る夢子は知っている。
つまりこのギフトはわざわざ彼が用意してくれたもので、喜びは絶えない。
そんな彼女の様子を眺め、樋口も満足げに微笑んでいる。
「はぁ…こんな楽しいバレンタイン迎えたの何年ぶりだろ…」
「ちょ、夢見る夢子、いきなり暗いな」
ここ数年のバレンタインといえば特に普段の生活とあまり変わらない1日だった。
私生活でこれといって花のある話はなかったし、何かイベント事を楽しむこともなかった。
マネージャーになって間もない頃は2月の始め頃から届くファン達からのバレンタインプレゼントを種類ごとに仕分けしたり、メンバーへ運ぶ作業がバレンタインらしいと少し楽しむ気持ちもあったがそれも3年目には何の感情も沸かない単なる仕事の作業となってしまった。
「普段の仕事をしながら事務所に送られてくる大量のプレゼントを手紙と酒とそれ以外に分けて…それを更に検品して…たま~に変なもの混じってる年とかあったりなかったり…」
「うわぁ…」
「何年前だったかなぁ…千葉さんが検品してるときにキッツいの当たっちゃったらしくてしばらく『女って恐い』って呟いてたんですよ…」
BUCK-TICKメンバーの安全は彼らの日々の苦労によって成り立っている。
樋口は心からスタッフ達に感謝の念を抱かざるおえなかった。
「まぁ話のネタには事足りるし、何だかんだで笑えたりするから良いんですけどね」
しかし自ら望んで憧れて着いた仕事だ。
なんだかんだ楽しいのだと、とりあえず仕事の病みモードから復活した夢見る夢子。
改めて嬉しそうにチョコレートの箱を眺め出した。
「フフフッ、テンション上がりますね~」
「本当?中身見てもっとテンション上がると嬉しいな~」
「え?中ですか?」
そう言われると一体何を貰えたのか気になる。
その場で中身を確認するのは少しはしたない気はしたが、夢見る夢子は早速「開けて良いですか?」と軽く断りを入れると箱の蓋を開けてみた。
「わ!綺麗!」
現れたのは細分化までしっかりと造形されたシーシェルチョコレート。
浮かぶホワイトチョコとのマーブル模様が本物の貝殻のようで美しい。
そしてそれに合わせて恐らくブラックチョコレートで作られたイルカとホワイトチョコで作られた白いイルカが対になっている。
「凄い!貝殻もイルカの目までもすっごい凝ってる!」
ちなみにシェルチョコレート=貝殻のチョコレートというイメージが強いが、辞書によればシェルチョコレートの"シェル"とはチョコレートを型に流し込んで出来た"殻"のことであり、その中にジャムやクリームが入っていたりするものがシェルチョコレートというショコラらしい。
貝殻でなくてもシェルチョコレートということのようだ。
そんなことは知らずただキラキラとした眼差してチョコレートを眺める夢見る夢子を見て樋口が言った。
「気に入った?」
「はい!とっても綺麗で……あ、もしかして…」
そういえばと夢見る夢子は思い出す。
それは3週間ほど前。
何人かのスタッフやメンバー達で行っていた打ち合わせの中で、仕事の話から何気ない世間話になった時の事。
他の女性スタッフとの話の中でデートに行くなら何処に連れて行って欲しいかという話題になった。
いま思うと良い大人が集まってあくまで仕事中にする会話かと思うが、その時は意外に話が盛り上がり性格や好みは勿論、年齢や男女の差によって大きく意見が別れるなどした。
その中で夢見る夢子は「水族館に行きたい」と語った。
まだ幼かった頃に家族で訪れ、そこで見た可愛い瞳をしたイルカに惚れ込み水族館が好きになったらしい。
雰囲気も良く、昔からの定番スポットではある。
しかし語る内にもはやデートとかどうでも良いので水族館に行きたい、というか休みが欲しいという私怨の話に変わっていってしまった。
「そういえば、そんなことありましたねー。ユータさんよく覚えてましたね」
「うん、正直水族館よりその後の恨み辛みの方が記憶にあるけどね」
是非ともそちらは忘れて頂きたいところだが、水族館の話をしたこちらが忘れかけていた事を彼はしっかりと覚えていたとは、なんだか少し嬉しい気分になる。
しかも今まで樋口からは色々世話にはなっているがバレンタインチョコなど貰ったのは初めてだ。
もしや今年は彼も自分と同様で、お世話になっている人間に配るつもりだったのだろうか。
では自分にはイルカだが他の者達には何を贈るのか、好きな動物に合わせるなどであれば自分の他に1人は確実に贈った物が想像できるだろう。
「もしかしなくても櫻井さんにはネコ型ですか?ファンの人からも多かったですよー、一体どこで買われてるんですかね?」
「ん?何があっちゃんに?」
てっきり櫻井には彼の愛する猫を象った物を贈るのだろうと思っての言葉だったが、樋口はまるで話が通じてないといった感じでキョトンとしている。
「え?あ、いや、てっきり他の方にもそれぞれ好きな動物のチョコとか贈るのかと思って…」
「えー、面倒くさいから贈らないよー!現にあっちゃん既に沢山貰ってるじゃん。……あ、なるほど」
こちらの話は違うらしいが、樋口は夢見る夢子の問いかけに「なるほど」と何か理解したような反応を見せて、軽く宙を見つめるように考えている様子だ。
何か事情があるのだろうか。
いや、そもそも改めて考えてみると大勢いるスタッフそれぞれの好みや希望に合わせたチョコを贈るとなると費用もそれを調べるのも一苦労だ。
さすがに社交的な樋口といえど、そこまでやるのは難しいだろう。
すると彼はマネージャーという立場的に自分だけ好みに合わせた物を用意してくれたのかもしれない。
それなら自分だって付き合いの長さなどで他のスタッフとメンバーで差を付けてしまっているのだし、周りにはなるべく贔屓してもらったことをバレないように気を付けると夢見る夢子はフォローしようとしたのだが…。
それよりも先に返ってきたのはまさかのいつもの人懐っこい笑顔での言葉。
「チョコは夢見る夢子の、それしかないよ」
「私だけですか?あの、他のメンバーとかには?」
「だから上げないって。あっちゃんに限らず他のメンバーのもないよ」
「じゃあ他の女性スタッフとか…あ、メイクの可愛いあの女の子とか?」
「ないない。男、女関係なく、ない。本当にそれだけ」
まさか自分だけに用意されていたとは誰が思っていただろう。
夢見る夢子は少し鼓動が跳ねるのを感じた。
そしてまるで追い討ちの如く、樋口は先程までの普段の明るい笑顔と少し違い、何処か艶っぽい微笑みで言うのだ。
「夢見る夢子だけにしか上げないよ。だって、ねぇ?」
その一言で夢見る夢子の鼓動は一気に跳ね、頬が熱を持つのが自分でも分かった。
樋口はまるでこちらに「わかるでしょ?」とこにらに言葉にせずとも、その意味の理解を求めてくる。
もしも…
もしもその意味というのが自分の自惚れではないのだとしたら…
本当はその意味をなんとなく理解しているのだが、それを認める勇気と心の準備がまだ夢見る夢子にはできていない。
頭の中にはこんな時になんと言うべきか、様々な言葉がめぐるが実際は息が詰まり声も出ない。
バックの中には夢見る夢子から樋口へのプレゼントも出番はまだかと待ち構えているが、この流れで渡すのは……。
しかも彼は自分だけの物を用意してくれた様だが、こちらは他のメンバーにも渡すつもりで同じ物を用意してしまっている。
頬を真っ赤にうつ向いて固まってしまった夢見る夢子だが、そんな彼女に樋口はまたいつものように笑って言った。
「ホワイトデーにさ、水族館行こうよ!よし、決まり!」
「えっ、あの!」
そして「それじゃあね」と、困惑する彼女を置いて樋口は席を立ち部屋を後にしてしまった。
頬だけでなく指先も熱い。
この熱でショコが溶けてしまう錯覚に陥るほど、熱い。
ひとり部屋に取り残された夢見る夢子は暫くその場から動くことは出来ず、ただただ先程まで彼がいた席を見つめることしかできなかった。
【夢見るチョコレート】