夢見る大晦
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午後6時過ぎ。
掃除も無事に終わった夢見る夢子は、キッチンに立つとポットで湯を沸かしている。
この頃には身なりもきちんと整えていた。
我ながらよくこの1日で大掃除を仕上げられたものだ。しかも、まさかこんな所でコレを見つけるとは…。
そう思いながらテーブルの上に置かれた指輪を眺めた。
― ピンポーンッ
やがてポットの湯が沸くとほぼ同時に、インターホンが来訪者を告げた。
このマンションはオートロックでエントランスと部屋の前でインターホンを押す必要がある。
何かと物騒なこの世の中では、セキュリティは重要だ。
にも関わらず、夢見る夢子はポットのスイッチを切るとカメラで訪問者が誰かを確認することもせず、解錠ボタンを押した。
なんとも無用心な行動。
だが、それは彼女がこの来訪者が誰か既に分かっているからのこと。
つい数分前に「マンション前に着いた」と電話があったのだ。
向こうが忘れていったとは言え、わざわざ取りに来るとは…急ぎではなければ自分から届けに行くのに…。
こちらには一切の非はないのだが、なんだか少し申し訳ない気分になった。
それから数分後、今度は部屋のインターホンが鳴る。
「はーい」
彼を待たせてはいけないと、夢見る夢子はパタパタと小走りに廊下へと出ると玄関へ。
そしてここでもドアの向こうが誰かを確認もせずに鍵を開けた。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは、一昨日ぶりだね」
ドアを開けてそこにいたのは、櫻井敦司その人。
ちなみに彼は「一昨日ぶり」というが、打ち上げは日付を越えた時間まであったので正確には「昨日ぶり」が正しい。
「すみません、わざわざ立ち寄ってもらって…」
「いや、こっちこそ迷惑かけてごめん」
とりあえず外は寒いからと中へ招き入れると、沸かした湯で珈琲を淹れる。
その間に何度か部屋を訪れたことのある櫻井は馴れた様子でソファに腰掛けた。
彼がオフにも関わらず夢見る夢子の家へ訪れた理由、それはテーブルの上に置かれた指輪。
掃除の際にソファの下から偶然見つかったそれは夢見る夢子の物ではなかった。
買った覚えも、貰った覚えもなく、見たところ大きさからしても明らかに男性物。
リングネックレスのトップという訳でもなさそうだ。
一体何故、こんな物がソファの下にあったのか。
考えること数分。
夢見る夢子はあることを思い出した。
それは約2ヶ月ほど前のこと。
BUCK-TICKメンバーと千葉マネージャーや横山なども含め、関係者一同で飲み会があった。
その日は全員が絶好調でなかなかお開きにはならず、営業している店の方が減っていく始末。
そこで酔った横山が言ったのだ。
「夢見る夢子さん家で飲みましょうよ!」
皆、夢見る夢子が身内のコネもあって広くてそこそこ良い部屋に住んでいることは知っていて、それを良いことに行く宛を無くした際の飲み会会場として扱われることが屡々(しばしば)あった。
最初こそ女性の一人暮らしに複数人がしかも男だらけで押し寄せるのはどうなのか…と、一瞬冷静に戻った者から躊躇する声も挙がったが夢見る夢子は特に皆に疚しい気が無いことも理解しており、何より世話焼きな性格ということもあり自らこれを快諾。
以降は遠慮の"え"の字も無くなり定番のたまり場となっていた。
そしてその日も朝方にかけてまで夢見る夢子の家で三次会を決行。
いつも通りのことだった。
しかしその数日後、仕事中に櫻井から「指輪を無くした」という話が出た。
それに対して回りからは心配しつつも普段はあまりアクセサリーをしない彼が指輪とは「珍しい」と率直な感想が上がった。
聞けば、雑誌の撮影で使用した指輪がいたく気に入ったらしく、すぐにブランドなどをスタイリストに尋ねてわざわざ手に入れたものらしい。
女も男もこういった欲求は直感で、衝動的のようだ。
どこで無くしたのか記憶に一切なく見つけることも諦めかけていたが、気に入っていただけあって彼の残念そうに自身の手を眺める姿が切なく記憶に残っている。
もちろん、それを聞いた夢見る夢子は自宅での飲み会を思い出し部屋を探してみたのだが数日たっていたこともあり状況の記憶も曖昧で結局見つけ出せずに終わったのだ。
つまり、それがコレ。
偶然にも見つけた夢見る夢子は嬉しさと、櫻井を安心させる為にもすぐに連絡をした。
こちらとしては年明けの仕事の際に届けるつもりでいたが…
すると彼はわざわざ今日、自宅まで取りに来ると言い出して今に至る。
「はい、どうぞ。寒かったでしょう?」
「ありがとう」
櫻井の冷たい手に暖かい珈琲を。
そして問題の指輪を目の前のテーブルへ。
「はい、コレですよね。見つけるのが遅くなってしまって申し訳ありませんでした…」
「いやいや、夢見る夢子が謝ることじゃないでしょ。こっちこそ、ごめんね」
そもそもは飲んだくれて勝手に外して無くしてしまった自分に原因があるのだと彼は笑い、指輪を手に取りその指にはめた。
指輪はシンプルながらも何処かゴシック調を感じさせるデザインで、櫻井の指を美しく飾る。
「カッコいいですね」
「ありがとう」
素直に出てきた誉め言葉は本当に櫻井に似合っているからこそ。
とても気に入っているからだろう、彼も夢見る夢子に誉められて飾ることのない笑顔を見せた。
数時間前までは大掃除なんてクソくらえとまで思っていたものの、嬉しそうに笑う櫻井を見て発見のきっかけを与えてくれた大掃除に少しだけ感謝する。
「夢見る夢子もはめてみる?」
「えー、絶対合いませんよー」
とは言いつつも櫻井の姿を見て、その指輪自体にも魅力を感じて少し気になった夢見る夢子はソファの隣の椅子に座りつつ、櫻井から指輪を受け取ってみた。
すこしデザインを眺めて、おずおずと指を通してみる。
もちろんサイズは合わなかったし、デザイン的にも自分の中でしっくりくることはなかった。
洋服でいう「着られている感」が否めない、やはり持ち主の手にこそ相応しい代物だ。
「あはは、やっぱ合わないですねー」
「そう?サイズが合わないのは仕方ないけど、たまにはそんなデザインも良いんじゃない?」
「そうですか?まぁ確かに似合う云々の前に慣れないっていうのが強くはありますけど…」
「うん、慣れないだけだよ。そういえばそのブランド、同じデザインで女性用もあるって聞いたけど………お揃いでする?」
「へっ!?」
そう言って指輪をした指に優しく触れつつ、まるで子猫のように可愛らしく小首を傾げて夢見る夢子の顔をのぞき込んできたきた櫻井。
見慣れているはずの美貌も不意に至近距離で見れば心臓が跳ね上がるのは必然的。
しかも無意味に触れてくるとは、確信犯だ。
急な不意打ちに夢見る夢子は顔が赤くなるのを感じつつも、彼がワザとやっていることは理解していた。
元々恥ずかしがり屋な彼女は飲みの席でもしょっちゅうからかわれてはいるものの、これだけは馴れない。
「櫻井さん…わざとしてるでしょ?」
「ごめん、ごめん。俺がからかえる人って少ないから、つい。もしかして、ときめいた?」
「ときめいてたらどうするんですか?」
「うーん……恥ずかしい、かな?」
「おいおーい。自分でやっておいて恥ずかしがらないで下さいよー」
まぁ、これも長い付き合いと信頼関係があってこその単なるじゃれ合いだ。
そう夢見る夢子は考え、すぐに落ち着いた。
すると櫻井は思い出したように彼女へ訪ねた。
「そういえば、こんな時間にお邪魔してて大丈夫?夢見る夢子も予定あるんだろ?」
「全然、大丈夫ですよ。今年は地元にも帰らず此処で一人年越しなんです」
「一人で年越し?」
「実は友人を呼んで年越しする予定だったんですけど……彼女が急に地元に戻らなきゃいけなくなって急遽中止に。家の事だから仕方ないし、たまには良いかなって今年はのんびり自由に過ごすことにしました」
今さら自分も地元に帰る準備をするのも面倒、いざ年越しイベントに参加しよう行動力もなく、なにより面倒。
そもそも年越し自体にウキウキとする年でもなく、何もないならそれはそれで良いという結論に至ったらしい。
まぁ、残念といえば友人と二人で飲み明かす為に楽しみに用意していた何本もの酒の符を切れないことくらいだろうか。
「こんなアクシデントも良い思い出にして、新しい年を迎えたいと思います」
「前向きだねー。じゃあ、そんな前向きな所で…一つお願いしても良い?」
「はい、なんですか?」
こんな年末になんだろうと夢見る夢子が首を傾げれば、櫻井はまるで「ちょっと消しゴム貸して」とでも尋ねるかのレベルの軽さで尋ねてきた。
「俺も一緒に此処で年越しして良い?」
「え?此処で年越し?」
一瞬、耳を疑った。
今、此処に来て、此処で年越しをさせろというのか…
……しかしよくよく考えてみると、彼らがこの家に飲みに押し掛ける時はいつもこんな感じの軽いノリで押し掛けてくる。
まさか大晦日に頼まれるとは思ってはいなかったが…。
大方、急に飲みたくなった連中が集まったものの店の確保が出来なかったのだろう。
それならば櫻井が連絡を貰ってわざわざ家までやって来た理由も、直談判で意地でも場所を借りる魂胆だったという仮説も建った。
一般常識として色々と思うことはあったが…………
結果として夢見る夢子は了承することにした。
独りの年越しより多人数の方が楽しいことには変わりない。
「また、急ですねぇ。まぁ、この際なんで良いですよ。でも元々二人だけで集まる予定だったので、大人数だったらおつまみとかお酒とか買い足さなきゃなので少し待ってもらえると…」
「ああ、それは良いよ。俺だけだから」
「……へ?」
今、彼は何と言った?
先程は此処で年越しをさせろと言った。
それを夢見る夢子はいつもの事だと考えて了承した。
きっといつものように今井を始めとするメンバーや関係者など多ければ8~9人くらいで押し寄せて来るんだろうなぁと思っていた。
しかし、彼は何と言った?
俺だけ?
「えーっと…何人か中、飲むのが櫻井さんだけってことですか?」
「違う違う。邪魔するのは俺だけってこと」
「………」
とりあえず冷静になろう。
夢見る夢子は頭を抱えた。
いつもと違う上級者に思考が追い付いていないでプチパニックになっているが、つまりは……ーーー
ふと、櫻井がそれまでと違う空気を纏った。
「夢見る夢子と二人だけで年越ししたい」
改めて分かりやすいようにと言わんばかりに、はっきりと告げられた言葉。
今まで櫻井と一緒に飲んだ機会は数知れない。
ただし、それは必ず多人数で『二人だけで』なんてことはなかったし、誘われたことも今の今まで一度もなかった。
「あの…それは…」
「もしかして俺とは嫌?」
『駄目』かどうかではなく、『嫌』かどうかで聞いてくるのはとても困る。
答えにくいことこの上ない。
しかも先程のようにわざと小首を傾げることもなく、ただこちらを真っ直ぐに見つめる瞳…。
櫻井がどういうつもりで言っているのかは分からない。
だが、この目を夢見る夢子は知っている。
これは本気(マジ)の目だ。
そんな瞳に見つめられ、まるで蛇に睨まれた蛙のように体が硬直する。
脳内ではまるで耳元に心臓があるではと錯覚するほど、バクバクと鼓動の音が鳴り響いている…
個人として素直に伝えたい言葉と、マネージャーとしてコンプライアンスを考慮した言葉が犇めいでいる…
まさかの波乱の年越しを迎えることとなった今年も残り4時間51分…。
【夢見る大晦】