夢見るチョコレート
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スタッフやその他個々へのバレンタインのプレゼントを差し入れとして渡した後、次に夢見る夢子はメンバーへとプレゼントを渡しに行くことにした。
まず向かったのは今井の元だったのだが…
夢見る夢子は自分の手に収まったソレを驚いた様子で見つめていた。
「今井さん…私何かしましたっけ?」
彼女の手の上に置かれたのは小さな正方形の箱。
少し青みのかかった黒い箱で、ロゴや文字など装飾らしいものは一切なく、遠目から見れば何かの黒い塊の物体に見えないこともない。
「何かした覚えでもあるのか?」
「無いです。無いので、いきなりでなおさら怖いっす」
数分前。
夢見る夢子はギター練習の休憩中で今井の元へ訪れたのだが、彼は夢見る夢子の姿を見るやいなや「丁度良い、そこ座れ」と、自らが座る椅子の傍らにあるソファを指差し彼女を招いた。
こちらとしては彼を訪ねて来た為、向こうから歓迎されたのは丁度良いのだが、待ち構えられているとは思わず「何かやらかしてしまったか…」と若干怯えながらも促されるままに、夢見る夢子はソファーへと座った。
すると彼は「横を見てみろ」と更に指示。
何かと視線を横に向ければそこには紙袋に入ったその黒い箱があり、「それ、やる」と夢見る夢子へプレゼントしたのだ。
「怖いって何でだよ」
「いや、なんっていうかいきなりプレゼント貰えるなんて、別に疑うつもりじゃないんですけど…何か裏がありそうな気がして」
「すげぇ、疑ってるだろそれ。何の裏もないから素直に受け取っておけって」
その言葉に夢見る夢子はホッと一安心。
しかし、そうするとこれは純粋に今井からのプレゼントということになる。
「でも…なんで?」
「お前、今日が何の日か知らない?」
「何の日って、今日はバレンタインですよね?……え?!」
夢見る夢子に衝撃が走る。
まさか、これは今井からのバレンタインチョコということか。
「………」
「無反応かよ」
「あ、すみません。驚きのあまり声が出ませんでした…」
突然の事態に驚いてしまった夢見る夢子だが、もちろん嬉しくない訳がない。
プレゼントを上げるつもりが男性である今井から逆に貰うことになろうとは思ってもみなかった為、なおのこと嬉しいのだ。
「ありがとうございますっ!驚きましたけど、ホント嬉しいです!」
一瞬、「誰かから貰ったのかな?」とお裾分けを考えたが彼らはファンからのプレゼントは基本的にスタッフなどの身内で分けることはせず、きちんとメンバーで頂いていることを夢見る夢子は知っている。
つまりこのギフトはわざわざ彼が用意してくれたもので、喜びは絶えない。
そんな彼女の様子を眺め、今井は何処か不思議そうな表情を浮かべている。
「固まったり驚いたり喜んだり…よく、コロコロ表情変わるな」
「そうですか?きっと素直な性格なんですよー」
「テンション高くて単純なだけだろ」
「今井さん厳しいっすわぁ…」
しかし毒を吐かれようが吐かれまいが嬉しいことには変わりはない。
夢見る夢子は微笑み、改めて箱を眺めて見た。
「今井さんからのバレンタインチョコかぁ~…あ、お店のロゴとか無いですけど、まさか手作りではないですよね?」
「さすがにそれはない。あとチョコでもない」
「え、チョコじゃないんですか?」
てっきりバレンタイン=チョコレートと思っていたが、どうやら今井からは違うらしい。
今や雑誌でもスイーツの他にバレンタインのギフトとしてブランド物のアクセサリーや財布なども紹介されており、良い大人になるとチョコレートよりそちらを贈ることが多いかもしれない。
センスの良い今井のことを考えると確かにそういったプレゼントをしてきそうな気がする。
しかし、あまりに良い物だと頂くことに恐縮してしまいかねない。
その場で中身を確認するのは少しはしたない気はしたが、ここはきちんと確認しておいた方が良さそうだと夢見る夢子は「開けてみても良いですか?」と軽く断りを入れると箱の蓋を開けてみた。
「わ!可愛い!でも何コレ⁉」
現れましたのはカラフルで小さな四角い物体が4つ。
黒い箱によく色が映え、シンプルな見た目ながらも鮮やかだが…一見してそれが何かは分からない。
よく見れば蓋の裏側に店のロゴが印字はされているものの、それだけでは分からない。
「あ、もしかしてコレ…」
物体をまじまじと眺めて、ややかかり、夢見る夢子はハッと感づいた。
「今井さん!これ、マシュマr「ハズレ、ギモーヴだ」
観察の結果、夢見る夢子はこれをマシュマロだと断定した結果、ハズレた。
しかもハズレを予測していたと言わんばかりに食い気味に訂正された。
そして答えを聞いた所で理解は出来なかった。
「ぎ…ぎもーふ?なんか聞き覚えはあるよーな気はするんですけど…」
「ギモーヴだ。この間、連呼してたの夢見る夢子だろ」
ギモーヴとは。
一般的にフルーツピューレを煮詰めてゼラチンで固めたスイーツ。
今井はしっかり別物と訂正したが、夢見る夢子が間違えたマシュマロとも似てはいる。
マシュマロと違いメレンゲを使用しないなど違いについては諸説あるが、食感はマシュマロとくらべてモチモチとしておりフルーティーでさわやかな甘さが特徴とされている。
すると夢見る夢子は何かを思い出したらしく、パッと目を見開いた。
「ああ!思いだした!話しましたね、ギモーヴ!」
それは3週間ほど前。
何人かのスタッフやメンバー達で行っていた打ち合わせの中で、仕事の話から何気ない世間話になった時の事。
他の女性スタッフとの話の中で『名前は覚えてるけど何か知らない、覚えてないものが最近増えた』という話になった。
最初こそ「そんな年みたいな事を言って~」と笑い合っていたものの、悲しいことに思い当たる物がなかなか出てきてしまい、やがては打ち合わせ会議がクイズ大会のよう盛り上がってきた頃、夢見る夢子が『ギモーヴ』の単語を出してきたのだ。
恐らく数年前、ギモーヴが一時的に話題になったことがあった際に名前を聞いて覚えていたのだろう。
「あの時ギモーヴ知ってたの今井さんでしたね」
「そう。で、話したら夢見る夢子『食べてみたい』って言ってたろ」
「言いました、言いました。何がマシュマロと違うんだろうなって思って。…え、それでわざわざ用意してくださったんですか?」
確かに食べたいとは言ったものの、まさか今井がきちんと覚えていてくれて、わざわざ用意までしてくれていたとは思っておらず夢見る夢子は呆気にとられた。
今まで今井からは色々世話にはなっているが、そもそもバレンタインプレゼントなど貰ったのは初めてだ。
もしや今年は彼も自分と同様で、お世話になっている人間に配るつもりだったのだろうか。
「ありがとうございます!楽しみにして食べますね。ちなみに今井さん、他の人にもマシュマロ贈られるんですか?」
「だからギモーヴって言ってるだろ。…ん?他の人?」
夢見る夢子の言葉に今井は不思議そうに首を傾げてみせている。
しかしそれに気付かず彼女は少し悪戯っぽく笑って続けた。
「バレンタインのマシュマロはですね『アナタの気持ちは包み込んでお返しします』ってことで、『アナタのことが嫌い』って意味なんですよ」
「…えっ」
「あ、知りませんでした?ギモーヴもマシュマロと似たものだったから、てっきり今井さん知ってて下さったらどおしようかと……って、え?」
気がつけば今井がジト目でこちらを見つめていた、もやは睨んでいた。
やらかした。
夢見る夢子は自分の愚行に後悔した。
そのつもりは全くなく、あくまで茶化すつもりで言ったことだが今の言葉は頂いたプレゼントにまるでケチをつけているようだ。
改めて考えてみると大勢いるスタッフにバレンタインプレゼントを贈るとなると一苦労なことなのに、なんと失礼なことをしてしまったのだろう。
「すみません!冗談ですから!純粋に嬉しいです!他の人も絶対喜ばれますよ!」
「あ?他の人?なんのことだ?」
「え?いや、てっきり今年は今井さん、ギモーヴ配るのかと思って…」
「あー、だからか。でもギモーヴはそれしかない」
どうやらギモーヴはこれしか用意していなかったようだ。
すると彼はマネージャーという立場的に自分だけ好みに合わせた物を用意してくれたのかもしれない。
それなら自分だって付き合いの長さなどで他のスタッフとメンバーで差を付けてしまっているのだし、周りにはなるべく贔屓してもらったことをバレないように気を付けると夢見る夢子はフォローしようとしたのだが…。
それよりも先に返ってきたのはまさかの言葉。
「ギモーヴどころかプレゼント自体それしかない」
「それって…私だけですか?あの、他のメンバーとかには?」
「考えてなかった」
「じゃあ他の女性スタッフとか…あ、メイクの可愛いあの女の子とか?」
「そんな子いたか?」
まさか自分だけに用意されていたとは誰が思っていただろう。
夢見る夢子は少し鼓動が跳ねるのを感じた。
そしてまるで追い討ちの如く、今井は真顔で彼女に告げた。
「意味を知らなかったとはいえな『アナタのことが嫌い』だと?そんなことあるわけないだろ、逆も逆だ。わかったか?」
普段なら「今井さんがデレた!」などと笑って茶化すところだったが、そのまっすぐな眼差しと言葉に夢見る夢子の鼓動は一気に跳ね、頬が熱を持つのが自分でも分かった。
「わかったか」と言われても声が詰まって出てこない。
そして、その言葉の意味することとは…
自分の自惚れでないとすれば、その意味をなんとなく理解しているのだが、それを認める勇気と心の準備がまだ夢見る夢子にはできていない。
頭の中にはこんな時になんと言うべきか、様々な言葉がめぐるが実際は息が詰まり声も出ない。
バックの中には夢見る夢子から今井へのプレゼントも出番はまだかと待ち構えているが、この流れで渡すのは……。
しかも彼は自分だけの物を用意してくれた様だが、こちらは他のメンバーにも渡すつもりで同じ物を用意してしまっている。
頬を真っ赤にうつ向いて固まってしまった夢見る夢子だが、そんな彼女の反応に呆れたように笑って言った。
「ホワイトデーにマシュマロはいらないからな」
「えっ、あの、あいたっ!」
そして「じゃあよろしく」と、困惑する彼女の額に軽くデコピンを喰らわせて今井は席をを立ち部屋を後にしてしまった。
頬だけでなく指先も熱い。
この熱でマシュマロが溶けてしまう錯覚に陥るほど、熱い。
ひとり部屋に取り残された夢見る夢子は暫くその場から動くことは出来ず、ただただ先程まで彼がいた席を見つめることしかできなかった。
【夢見るチョコレート】
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