夢見るチョコレート
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
スタッフやその他個々へのバレンタインのプレゼントを差し入れとして渡した後、次に夢見る夢子はメンバーへとプレゼントを渡しに行くことにした。
まず向かったのは櫻井の元だったのだが…
夢見る夢子は自分の手に収まったソレを驚いた様子で見つめていた。
「櫻井さん、これ何ですか?」
彼女の手の上に置かれたのは一枚の小さな紙袋。
ロゴなどは一切ない茶色いクラフト紙で出来ているもので、100円均一などでもよく見られる普通の紙袋だ。
「あれ、分からない?」
「え、すみません。私、何かお頼みしてましたっけ?」
数分前。
夢見る夢子は曲練習の休憩中で櫻井の元へ訪れたのだが、彼は夢見る夢子の姿を見ると腰掛けていたソファから立ち上がって「ちょっと座っていきなよ」と席を譲り、自らは傍らにあった丸椅子へと席を移して部屋へ招き入れた。
こちらとしては彼を訪ねて来た為、向こうから歓迎されたのは丁度良いとソファを譲ってくれたことに感謝しつつ櫻井に促されるまま、夢見る夢子はソファーへと座った。
すると彼は部屋の棚に置いていたこの紙袋を「はい」と夢見る夢子へ渡してきたのだ。
しかし生憎、櫻井から何か受け取るような予定があったことを彼女は思い出せない。
「いや、頼まれてはないよ」
「よかったぁ!てっきり私から何か櫻井さんに頼んでて忘れてたかと思いましたよー」
本当に自分が忘れていたとなると、それは大変失礼に当たる話である。
櫻井達とは付き合いも長く、その程度のことで彼らが目くじらを立てることもないだろうが、人として良くないことに変わりはない。
夢見る夢子はホッと一安心。
しかし、そうするとこれは純粋に櫻井からのプレゼントということになる。
「でも…なんで?」
「今日、バレンタインだろ」
「えっ、そうですけど…」
「あれ?嬉しくない?」
「まさか!」
少ししょんぼりとしたような表情をみせた櫻井。
しかし嬉しくない訳がない。
プレゼントを上げるつもりが男性である櫻井から逆に貰うことになろうとは思ってもみなかった為、なおのこと嬉しいのだ。
「まさか!すごく嬉しいですよ、ありがとうございます」
一瞬、「誰かから貰ったのかな?」とお裾分けを考えたが彼らはファンからのプレゼントは基本的にスタッフなどの身内で分けることはせず、きちんとメンバーで頂いていることを夢見る夢子は知っている。
つまりこのギフトはわざわざ彼が用意してくれたもので、喜びは絶えない。
そんな彼女の様子を眺め、櫻井も安心した微笑んだ。
「そう、良かった」
「なんか驚かせたみたいで、すみません。でもバレンタインにプレゼント貰えるなんて久々で…あ、せっかくなので中を見ても良いですか?」
「もちろん、むしろちょっと見て欲しかったところだよ」
その場で中身を確認するのは少しはしたない気はしたが、櫻井から見て欲しいと言われたならば遠慮はいらない。
むしろ何を貰えたのかと胸を踊らせて夢見る夢子は早速「失礼します」と軽く断りを入れると袋の中を覗いてみた。
「こ…これ!」
現れたのはえらく派手派手しいビビッドな紫にゴールドの独特な模様が描かれた小さな箱。
一見まるで香水や化粧品ブランドのようなデザインだが、夢見る夢子にはこれがそのどちらでもないことを知っている。
「櫻井さん!これです!私が探してたのこれですよ!」
彼女が興奮気味に眺めるその箱、よく見るとゴールドで店のロゴと思われるものと別に「Marc de champagne」、「TRUFFY」という文字も書かれている。
「私が探してたシャンパントリュフ、このブランドのです!」
丸めたガナッシュをチョコレートで包み、ココアパウダーや粉砂糖でコーティングされたトリュフ。
とろける食感と中のガナッシュやコーティングの種類も豊富で人気のショコラだ。
その中でも夢見る夢子が気に入っているのはシャンパントリュフ。
甘さと共に広がるシャンパンの香りと、ほろ酔い気分を味わえる強めの物を大変気に入っている。
するとキラキラとした眼差しでトリュフを眺める夢見る夢子を見て櫻井が言った。
「ああ、ちゃんと合ってたか」
「バッチリです!よく分かりましたね」
それは3週間ほど前。
何人かのスタッフやメンバー達で行っていた打ち合わせの中で、仕事の話から何気ない世間話になった時の事。
他の女性スタッフとの話の中でバレンタイン前ということもあってか、チョコレートの話題になった。
特に女性間で話が盛り上がったのだが、その中で夢見る夢子は「シャンパントリュフが大好き」と語った。
そして数年前、友人からお裾分けで貰ったシャンパントリュフでとても気に入っているものがあるのだが、どこの店の物が分からないとも話していて、手がかりは「ビビッドな紫色の箱」というくらいでなんとも曖昧な話だった。
「一応調べてから買ったけど、言ってたのと違ってたらどうしようかと思った」
「わざわざ調べて下さったんですか?」
まさか櫻井がわざわざ調べるまでしてくれていたとは思っておらず夢見る夢子は呆気にとられた。
今まで櫻井からは色々世話にはなっているが、そもそもバレンタインチョコなど貰ったのは初めてだ。
もしや今年は彼も自分と同様で、お世話になっている人間に配るつもりだったのだろうか。
「本当に嬉しいです。きっと他の人も櫻井さんからのチョコだなんて、驚いて喜びますよ」
「他の人?」
しかし夢見る夢子の言葉に櫻井は不思議そうに首を傾げてみせている。
どうやら話が通じていないらしい。
「え?あ、いや、てっきり他の方に何か贈るのかと思って…」
「…あぁ、なるほど。ほんと、夢見る夢子らしいね」
かと思えば何かを理解したらしく、こちらを見てほくそ笑んでいる。
何だか心を見透かされているかのような、嗤われているような笑顔。
少し不安な気になるが何か事情があるのだろうか。
いや、そもそも改めて考えてみると大勢いるスタッフそれぞれの好みや希望に合わせたチョコを贈るとなると費用も準備も一苦労だ。
付き合いが長い相手にこそ心を開いているものの、基本は人見知りで無口な櫻井がそれをこなすとは考えにくい。
すると彼はマネージャーという立場的に自分だけ好みに合わせた物を用意してくれたのかもしれない。
それなら自分だって付き合いの長さなどで他のスタッフとメンバーで差を付けてしまっているのだし、周りにはなるべく贔屓してもらったことをバレないように気を付けると夢見る夢子はフォローしようとしたのだが…。
それよりも先に返ってきたのはまさかの言葉。
「夢見る夢子以外の分は用意してない」
「それって…私だけですか?あの、他のメンバーとかには?」
「うーん、いらないかなって。メンバーはそれぞれ貰ってるし」
「じゃあ他の女性スタッフとか…あ、メイクの可愛いあの女の子とか?」
「あの子?うん、用意してない」
まさか自分だけに用意されていたとは誰が思っていただろう。
夢見る夢子は少し鼓動が跳ねるのを感じた。
そしてまるで追い討ちの如く、櫻井は妖艶に微笑んで言った。
「夢見る夢子の以外は必要ないから…ね?」
その一言で夢見る夢子の鼓動は一気に跳ね、頬が熱を持つのが自分でも分かった。
「ね?」と言われても、「そうですね」と言える訳もない。
そして、その言葉の意味することとは…
自分の自惚れでないとすれば、その意味をなんとなく理解しているのだが、それを認める勇気と心の準備がまだ夢見る夢子にはできていない。
頭の中にはこんな時になんと言うべきか、様々な言葉がめぐるが実際は息が詰まり声も出ない。
バックの中には夢見る夢子から櫻井へのプレゼントも出番はまだかと待ち構えているが、この流れで渡すのは……。
しかも彼は自分だけの物を用意してくれた様だが、こちらは他のメンバーにも渡すつもりで同じ物を用意してしまっている。
頬を真っ赤にうつ向いて固まってしまった夢見る夢子だが、そんな彼女の反応を楽しむかのように櫻井はまた笑う。
「ホワイトデーの夜とその次の日空けておいて。本当のシャンパン飲みに行こう」
「えっ、あの!」
そして「じゃあよろしく」と、困惑する彼女の肩を軽く叩いてい櫻井は席をを立ち部屋を後にしてしまった。
頬だけでなく指先も熱い。
この熱でショコが溶けてしまう錯覚に陥るほど、熱い。
ひとり部屋に取り残された夢見る夢子は暫くその場から動くことは出来ず、ただただ先程まで彼がいた席を見つめることしかできなかった。
【夢見るチョコレート】