夢見る幕間
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会場を埋め尽くす歓声。
一年の終わりに開幕される宴
THE DAY IN QUESTION
誰もが瞳を輝かせ目の前に拡がるその世界に狂乱している。
以前はそんな同士達共に客席から見ていた景色。
今や他のスタッフ達と共にモニター越しに見るようになり、それにも慣れた今日この頃。
最高に輝いている5人に向けるその眼差しも、いつしか"観る"から"見守る"に変わっていた。
「次の曲、入りは少し音絞ってフェード強めねー」
「おい、さっきあそこのライトの動き可笑しくなかったか?アンコール中に確認いけるか?」
音響スタッフやステージセットを行う技術スタッフ達がステージ裏を忙しくなく動き回る一方で、普段はメンバーに振り回されてあちらこちらに走り回るマネージャーである##name#1#は今ばかりは大人しくしている。
適材適所。
今、自分に出来る仕事は彼らを見守ることのみ。
キャーーー!!!!と…スピーカーを壊さんばかり、会場とこの部屋を隔てる壁を壊さんばかりの、一際大きな歓声が上がった。
何事かとモニターを見れば櫻井がギターを弾く今井に絡み付くように肩を寄せ、口付けせんばかりの距離で歌っている。
ライブ中なので上がるのは当たり前だが…だいぶテンションが上がっていらっしゃるようだ。
樋口もステージ上部から降りて来て、最前列に笑顔を振り撒いている。
星野もステージ下手の端まで歩みつつ、ギターをかき鳴らす。
ヤガミは他のメンバーみたく移動こそできないが、しっかりと力強くスティックを振るいドラムを叩いている。
嗚呼…なんと素晴らしい光景なのだろう。
観客席から見ていた頃も、こうした裏方から見ている今も、彼らの世界は変わらず美しい。
「次の曲で皆さん退きます。10分内で表に流して下さい」
「あ、はい」
しかし見とれているばかりではいけない。
今まではモニター前でじっとしていたが適材適所と言った通り、夢見る夢子にも世話役としての仕事はしっかりあるのだ。
その場を先輩マネージャーである千葉に任せると、彼女はまず楽屋へ走る。
今は誰もいないその楽屋にドリンクを少し多めに7本用意。
合わせてタオルを5本、開演前にメンバーがそれぞれ座っていた席に置く。
それから爪切りを鏡の前に一本分かりやすく置く、意外とこれが好評だったりする。
以前、演奏中に樋口の爪が割れたことがあり、その際は丁度夢見る夢子がメイクポーチの中に爪切りを持ち合わせていて役立った。
やはり楽器を演奏するに当たって指先は気にすることもあるためか、以降は一応として必ず設置している。
これで楽屋の準備は完了。
丁度、メンバーが歓声を背にステージから降りて来る頃だ。
「よしっ。あ、そろそろね……それじゃ」
すると夢見る夢子は慌てて楽屋を後にする、まるで彼らと会うのを避けるように。
否、彼女は本当に彼らと会うのを避けているのだ。
やがて入れ違いでステージを降りた5人がぞろぞろと楽屋へと流れて来た。
束の間の休憩時間だが彼らの表情は硬い。
メンバー同士で何やら二言三言は交わしているものの、魅力的でありながらも他を寄せ付けない雰囲気を纏っている。
5人は今ステージを降りてはいるものの、あくまでライブ中でありその意識はステージ上に在る。
そんな中にいつものように自分という存在が入って来たらどうであろう。
もちろん皆はきちんと対応してくれるだろうし、邪険にすることも無いだろうが…
夢見る夢子にとっては演奏中に雑音が入るようなものと考えた。
彼らの世界観を壊したくない。
彼らには余計な事を考えず只ひたすらにライブに集中して欲しい。
だからこそ、彼女は敢えてライブ中は彼らとの接触を極力避けているのだ。
ちなみにこの行動は夢見る夢子が勝手に考えて始めたことで以前、先輩マネージャーである千葉にこの考えを伝えた所、『そんなこと気にしなくていいんじゃないかな』と笑われてしまった。
夢見る夢子だってマネージャーであり、BUCK-TICKを構成する上では大事なメンバーであるのでもっと堂々としていれば良い、と。
しかし夢見る夢子は気が退けてしまうのだ。
BUCK-TICKを愛するあまり、その世界を守りたいあまりに。
ふと、時計に目をやる。
少し物思いに耽り過ぎてしまったようだ、休憩に入って7分が経っていた。
夢見る夢子は慌てて楽屋の前に走り、ドアをノックした。
「そろそろ7分でーす」
「うーっす」
「はーい」
きちんと返事が合ったことを確認すると、やはり夢見る夢子はすぐにその場を離れた。
楽屋の休憩準備とアンコールまでのタイムキーパーまでが夢見る夢子のライブ中での仕事だった。
基本はタイムスケジュールに基づいた休憩時間の3分前には声をかける。
そうするとほぼ予定通りの時間には彼らはステージへと戻ってくれ、それで戻らない場合には何か緊急事態が起こっていることが多い。
最近の事例としてはステージ上で櫻井がマイクスタンドをポールに見立てて艶かしく腰を落として踊るパフォーマンスをしたところパンツの股が破れたこと。
衣装の破損自体はさして珍しいことではなく、それに際した準備もきちんとある。
しかしこの時ばかりは櫻井本人がパンツが破けたことに気が付いておらず、パンツとその日の櫻井が穿いていた下着の色合いと見た目の質感も奇跡的にそっくりだったことで
、判明したのが休憩の終わりがけだった為に緊急事態となった。
最終的に、櫻井と今井で『これだけ似てるなら観客にバレないorバレる』の論争ばかりが続き何故か『さっさと着替える』という最善で最速の結論に至らないのを見かねた千葉マネージャーから替えのパンツが投入され、その場は事なきを得てライブも大成功となったが…
打ち上げで櫻井に『よく気付かなかったですね』と聞けば彼は『今思うと途中からなんかいつもより解放感あってテンション上がった気がする』とまるで他人事のように言い出す始末。
パンツ破れてテンション上がるって……ーー
とりあえず夢見る夢子は櫻井の名誉の為にも酒に酔った戯言として聞かなかったことにしたのだった…。
そんなこんなを思い出しつつも、夢見る夢子がモニターのあるブースへと戻ると5人は歓声に迎えられアンコールの幕を上げていた。
再び始まる彼らの世界。
終わりは近いが熱気は冷めやらず増していくばかり。
特に今回のアンコールではBUCK-TICK初期~中期にかけての曲をするため、ファン歴の長いコアな観客にとっては嬉しい限りでボルテージも上がるのも必然的だろう。
そして、それは夢見る夢子も同じ事で一際楽しそうな表情でモニターを見守っている。
「あ、お帰り。今回も皆には会わないようにしたの?」
「あ、千葉さん。そうですよ、バッチリ逃げ切りました」
「ははは、逃げ切るってっ」
そんな彼女を千葉が笑った。
普段はあんなにメンバーの近くにいる夢見る夢子がこうも彼らを避ける姿が滑稽に見えるらしい。
「逃げる必要ないのに」
「そうなんですけど…もう癖というか条件反射というか…なんというか……」
普段こそ意識はしないが彼らのステージを見ると、いつも不安を感じてしまう。
自分がBUCK-TICKの側にいるということが不思議で堪らない。
そう…まるでこれは『夢』であって…本来自分はここに存在するはずのないような…そんな不安。
単なる気後れでは片付けられない感覚だ。
その癖、ライブを見ること自体にはテンションは上がってしまうので、自分でも情緒不安定だと思う。
「ふーん。よく分からないけど……乙女心って複雑だね」
「そうなんですよ」
この焦燥を乙女心と名付けて良いのかは分からないが、正体は結局謎なので、それで片付けてしまうのが楽だった。
そんなこんなを話している間にも歓声が上がり、アンコールは最後の曲が終わりを告げた。
といっても現在、BUCK-TICKのアンコールは基本2回で今井と樋口のツアーTシャツへ衣装チェンジなどを経てラストアンコールへと入る。
まだまだ宴は終わらない。
夢見る夢子はこの時の幕間では基本待機。
衣装チェンジには専門のスタッフが入る為、彼女の仕事はないのだ。
「ヤガミさん言ってたよ。『アイツ、ライブ中は本当にどこ行ってんのか分からなくて…忍者かよ』って」
「忍者って…」
思わず笑ってしまった。
そうか、彼らには自分はそんな風に見えているのか。
しかし、それで良い。
今は彼らは自分のことなど気にせずライブに集中してくれれば良い。
「それでさ……」
ふと、千葉が悪戯っぽく笑った。
「俺、言っちゃったんだよね。『彼女なら必ずモニターの所にいますよ』って」
「え……わっ!」
その時、夢見る夢子の視界が突如、闇に染まった。
突然ことに驚きながらも頭から何かを被せられていることに気付くまでに3.5秒、被せれた物を掴み取るとそれは服であることに2秒、良く見ればこれは今井の衣装のトップスであることに気付くまで1秒を要した。
「お、忍者発見」
そして聞き慣れた声に振り向けば、ツアーTシャツに着替えた今井がそこにいた。
彼だけではない。
同じくツアーTシャツに着替えた樋口と、ジャケットのインナーだけ着替えた星野、シースルーのロングカーディガンを羽織った櫻井、衣装はそのままのヤガミがいるではないか。
「み、皆さん!なんでっ?!」
モニターのあるブースはステージからやや離れている。
その為、まさか此処にライブ中の彼らが来るなど思っても見なかった夢見る夢子は驚きを隠せない。
「歩きながら着替えて来たんだよ」
「へぇー、ここでいつもステージ見てるんだ」
笑って答える樋口と、物珍しそうに辺りを見回す星野。
「ここにいられたら、そりゃ会わねぇな」
「声はするけど姿見えないから不思議だったよね」
肩をグッと伸ばすヤガミと、やや呆れたようなしかし優しい笑みを浮かべる櫻井。
「えっ…あの、ステージは……」
状況が理解出来ないとオロオロとしてばかりの夢見る夢子。
しかし彼らは皆そんな彼女を見てもただ笑い、満足げだ。
やがて……
「よし、連行」
今井の一言で、いつの間にか両脇に立っていた樋口と星野に腕を捕まれ彼らは足早に歩き出した。
この間、僅か約1分弱の出来事。
「え?!ちょっ、なにぃっ」
合わせて踵を返して出る櫻井とヤガミと今井の後を訳も分からないまま歩かされ、向かうはステージ。
まさかステージに上げるつもりかっ……?!
と、焦ったもののそんな訳はなく、ステージ袖にて腕を解放されると、そのまま彼らは流れるようにステージへの階段を上っていく。
しかし皆、表へと出る直前にこちらをさっと振り返り、その目を合わせて行く。
「……」
まるで嵐に襲われたかのような感覚。
呆然とする夢見る夢子を置き去りに、三度上がる歓声。
それはスピーカーを通して聞くよりも大きく耳をつんざいた。
「寂しかったみたいだよ」
いつの間にか傍らにいた千葉が、ステージを眺めながら呟いた。
「寂しい…ですか?」
夢見る夢子はその意味が分からないと首を傾げた。
ここ数分の間に色々な事が起こりすぎて、もはや千葉の登場には驚かなかった。
「夢見る夢子はスタッフとして良くしてくれてるけど…なんかたまに余所余所しい所あるでしょ。特に今日みたいなライブの日とか」
「それは…でも、ライブを良くしたいだけで…」
「じゃあ、見てて上げな。しっかりと側で、それが皆の望みだよ」
やがて櫻井がいつものようにメンバー紹介を始めた。
ヤガミ、樋口、星野、今井…そして自分の紹介を終えると、彼は語る。
『…そして、このコンサートを共にしてくれたスタッフさん達。ありがとうございます、本当にありがとうございます』
櫻井は感謝の意を込めて舞台袖へと手を伸ばす。
観客から見ればそれはパフォーマンスの一つにしか見えないかもしれない。
しかしその手の先には裏方で彼らを支える数多のスタッフがいる。
その中には、夢見る夢子が確かにいる。
『パレードはまだまだ続きます…さぁ、一緒に行きましょう』
これはファンに向けたメッセージ。
そして夢見る夢子に向けたメッセージ。
ー 嗚呼、どうやら自分はとても馬鹿なことをしていたようだ…
やがて、この日 本当に最後の曲が終わった。
大きな拍手と喝采に送られてステージを降りたBUCK-TICKメンバー。
そんな彼らを向かえたのは、少し目を赤くした満面の笑みの夢見る夢子だった。
【夢見る幕間】
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