夢見るレッスン
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その日、星野は意外な場所で意外な物を発見していた。
まじまじと眺めてみても、どうやらソレは自分がよく知るアレだった。
何故、よく知る者がよく知る物を持っているのだろう。
分からない。
分からないから気になる、知りたい。
こうして星野が彼女に声をかけるのは必然となったが、彼女からすれば「どうしてこうなった」その一言だった。
今日は次のライヴの選曲を中心とした打ち合わせだった。
毎度のことながら最新のアルバムからの数曲はすぐに決定するのだが、その他で「ちょっと懐かしいのをやろうか」となると、そこそこ悩む。
何しろそこらのデビュー10年前後のバンドとは歴が違うのだ、長ければ長いだけ「懐かしい」が増えていき思い入れも増すのだろう。
……とは言いつつ、決まる時はさっさと決まるのともあるのだから不思議なものである。
「じゃあ、後の公演分は追々で良いですかね」
千葉のまとめの言葉にその場の全員が賛成を示せば、それが一仕事終えた後の休憩の合図でもあり一旦その場を離れる者や、ひと伸びして寛ぐ者など人それぞれ。
この日は全員が賛成し休憩へと入ると、櫻井は引き続き手元の資料を眺め、今井はスマホを弄りだし、ユータとヤガミは「あ"~」と声を漏らしながら首を曲げたり肩を回したりと似たようにリラックスをしていた。
「あ、千葉さん水もう無いですね。珈琲でも持ってきましょうか?」
「ん、ありがとー。じゃあお願いしようかな」
「はい。他に何かいる人いませんか?」
そんな中で夢見る夢子は周りへのお茶汲みをかって出る。
マネージャーには気配り目配り心配りが必須である。
「俺、なんかサッパリしたの飲みたい」
「炭酸水ってあった?」
「はいはい、じゃあちょっと自販機に行ってきますねー」
席を立ち部屋のドアへと向かう夢見る夢子、するとその後を追うように席を立ったのは星野。
「俺も行こうかな。何が良いか選んで決めよう」
「そうですか、じゃあ行きましょう」
自販機は部屋を出て廊下を徒歩数秒の歩いた所に置かれている為、すぐに戻ってくるだろうと二人が部屋を出ていくのをその場の皆が特に気にすることもなく見送った。
二人は並んで廊下を歩く。
夢見る夢子は頭の中で頼まれた物を忘れないように繰り越しながら、星野はそんな彼女を何やらじーっと眺めながら。
やがて自販機の前に着いた時、星野は早速ディスプレイを見ながらどれを買うか確認している彼女に尋ねてみることにした。
「ねぇ、夢見る夢子」
「はい、なんですか?もう何を買うか決めました?」
「決めてはないんだけど……夢見る夢子ってギターしてたの?」
「え?」
ディスプレイから星野へと視線を向けた夢見る夢子の顔は「何で知ってんの」と表情が驚きを物語っていた。
つまりそれは彼がこの日に見た物が間違いではなかったということ。
「駐車場で夢見る夢子の車の中にギターケースあるの見かけたんだよ」
「あー、そういえば今日積みっぱなしで来ちゃいましたね」
やはり出勤の際に夢見る夢子の車の中で見かけたのは"ギター"で間違いなかったようだ。
大きさからして恐らくアコギ。
夢見る夢子との付き合いは長い方だが星野は彼女がギターをしていたということは知らず、恐らく他のメンバー達もそうだろう。
わざわざ聞くことでもなかったが、知った今は自分の慣れ親しんでいる物で共通点があると何だか嬉しいものだ。
「弾けるなら教えてよー」
「別に隠してたわけじゃないんですよ?でも大して上手く弾けるわけじゃないので…。大御所ギタリストに『私ギター弾けますよ!』なんてイタくて言える勇気なかったです」
「えー、そんな大袈裟な」
考えすぎというか謙虚というか…
控えめな夢見る夢子らしい話ではあるが、星野からするとそれは『可愛らしい』と変換されて、思わず笑ってしまった。
しかし本人は意識していないがその余裕こそが長年活動を続けてきた者の余裕である。
それはさておき、次に気になるのは普段ギターを持ち歩かないのに何故今日に限って仕事場まで持ち込んだのかということだ。
もしや「上手くない」というならば何処かへ習いにでも行っているのだろうか。
「いつも何処かへ弾きに行ってるの?」
「そうなんです、ここ最近なんですけどたまに行く所があって…」
「もしかしてバンドデビューでもするの?」
「まさか!違いますよ、身内の所です!」
「身内?」
これはまた意外な単語が出てきた。
ギターを弾きに身内の所とは、どういうことなのか。
皆が待つ部屋を出てもう暫く経つがここまで話したのだからついでに全て話してしまえと、夢見る夢子は事情を語りだした。
「同じ都内に中3になる甥っ子がいるんですけど、その子が少し前からギターを始めたんです。そしたら『コードの練習にオススメ曲』か何かで最近"JUPITER"をネットで知ったらしくって…」
「へぇー、確かにAとDmが基本だから練習には良いかも」
「はい。そしたらそれを知った姉から『アンタの叔母さんその曲弾いてる人のとこで働いてんのよ!』って聞いて…何故か私が甥っ子にギターを教える流れになってました。本人(私)の了承無しで」
「それ、唐突すぎない?」
「唐突ですよ~…」
彼女がギターを齧っていたとしても、あくまで"音楽関係者"なだけで決してアーティストではない。
漁師=泳ぎが上手い、営業=口が達者、銀行員=金持ち…それらみたく勝手なイメージで誤解をしないでほしいものだ。
しかし姉の話によると甥っ子は現在受験生で何かと悩みも多い世代…たまには勉強にばかりではなくストレスの発散も兼ねて好きなことをさせて上げたい。
そこで『誰かに習う』ということで時間の管理をしっかりとしやすく勉強にも影響しづらく、人との接し方などで学ぶことも多い筈なので、是非とも協力して欲しいとのこと。
発言と行動こそ突飛ではあったがその真意はしっかりとした愛ある母親そのもので、それを聞いては夢見る夢子も断ることができなかったのだ。
「無事に受験が終わったら好きに弾けるし、若いからきっとすぐに私よりも上手くなって教える機会もなくなって…その内、友達や気が合う仲間とバンドとか始めるんでしょうね~」
「ハハハ、ありがち。でも良いね、そういうの」
自身がギターを始め、樋口にバンドに誘われた頃を思い出したのだろうか、笑う星野はとても楽しげだ。
更に言えば自分達の曲が今の若い世代の耳にも届き、それを糧にかつて自分達が抱いた音楽の夢に向かうとなれば、もはや喜びにも近いものがある。
「きっと他の皆にも教えたら喜ぶよ」
「そうなんですけど、その流れで私がギター弾くって知ったら『弾いてみろ!』って誰か言いそうで怖いんですよね」
確かにそれはありえなくもない。
恐らく兄弟が面白がって言いかねない。
しかし独りで趣味として楽しむのも良いが、せっかく弾けるのならば人に聞かせることも良い筈ではないか。
「弾いてみたら?」
「ご本人達の前でとか恐れ多くて心臓潰れます…」
「えー、俺も聞きたいなー」
「ヒデさんにとか尚更ですよ!JUPITERのアコギ担当はどちら様でしたっけ?」
確かに本人の前で自身の腕前を披露することは緊張するだろうが、そう拒まれると逆にもっと聞きたくもなる。
こんな時、彼女はどうすると首を縦に振るだろうか…。
星野は少し首を傾げて考えた。
「じゃあ、俺が少しギターを教えて上げようか」
「ヒデさんが?うちの甥っ子にですか?」
星野はいやいやと、首を横に振った。
夢見る夢子の甥といえど彼からすれば面識もない赤の他人。
教える仲でもなく義理もない。
そもそも彼も教えることに特別長けている訳でもなく、それでもあえて時間を裂いて教えるとするならば…
「いや、夢見る夢子に」
「私?!どうしてそうなった?!」
「夢見る夢子は自分の腕に自信がないんでしょ?だから自信つくように。それに"本人"からすると、せっかく人に教えるなら少しでも良い状態で教えてほしいし」
「う"…重いお言葉…」
思惑通りだった。
レッスンとしてなら必然的にギターを聞く必要があるし、それらしい理由を付けて少し粘ればきっと人が良い夢見る夢子は断れない。
「俺もそんなに長い時間は見れないけど、手伝うよ」
「で、でもやっぱり迷惑ですし…」
「迷惑?別に?」
迷惑どころかこちらとしては面白い機会だし、夢見る夢子と過ごす時間は気に入っていて願ったり叶ったりだ。
「う……じゃあ、少しだけ、お世話になります」
ほら、この通り。
半ば折れる形で夢見る夢子は申し出を受け入れた。
星野の完全勝利。
優しさ自然体やバンドのオアシスと例えられるが、あの個性の強いメンバーの中でやって来たのだから実は彼も一筋縄ではいかない男のようだ。
「じゃあとりあえず今日は仕事後にどう?」
「早速ですか?」
「うん、きっと独りで弾いてたなら気付かないクセとかあるだろうし」
マイペースなのんびり屋ようで、決めたことは頑として曲げない頑固者。
そういえばノリで曲作りを進めてしまうことがある今井に対して、彼は『こうしたい』という具体的なイメージがあるととにかくそれに拘(こだわ)る癖がある。
もしかするとレッスンもみっちり、しっかり、そこそこスパルタな可能があるかもしれない。
怒鳴ったり叱咤されるような指導はまずあり得ないだろうが、粛々と指摘と指導をされそうで、それはそれで地味に辛い。
これは思ったより厄介な事になりだした…。
上手くなったとて誰かに披露する予定もないのだが…。
しかしここまで申し出てもらって断ることは失礼だ。
そして何より星野直々にレッスンを受けれることはやはり光栄で、嬉しい気持ちも確かに存在している訳で…。
「お手柔らかにお願いしますね」
こうなったら楽しむことが得策だろうと、夢見る夢子は少し照れた様子で笑顔を見せた。
「うん、任せて」
その笑顔に星野も満足したように微笑んだ。
やがて、やはり帰りが遅いと千葉からのLINEが入り二人は慌てて自販機で買い物を済ませて部屋へ戻ったのだった。
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