夢見る指彩
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それは平日の昼下がり。
夢見る夢子は撮影スタジオの廊下をスケジュール帳を確認しつつ歩いていた。
今日は雑誌の撮影で朝から櫻井に同行しており、この日はこの仕事一本のみの予定で珍しくこの後からはフリーとなる。
といっても事務所に戻り雑務などを済ませることになるのだが色々と自分の予定は建てやすい為、何処か嬉しい気分ではあった。
既に撮影も終わり、櫻井のメイクオフなど身支度もそろそろ終わる頃。
夢見る夢子は彼を迎えに楽屋へとたどり着くと、コンコンとドアをノックした。
「櫻井さーん。そろそろ帰りの支度整いまし…い?」
声かけと共にドアを開くと、夢見る夢子は目の前の光景に目を見開いた。
「あ…夢見る夢子……」
楽屋の化粧台の前に櫻井はいた。
衣装も着替えメイクも落として椅子に座り、帰る支度は整っていたようだ。
しかしこちらに向けた顔色は悪く、そしてその左手は真っ赤に濡れていた。
「さっ、櫻井さん‼‼どうされたんですか!大丈夫ですか⁉」
真っ赤に滴るものと言えば一番に連想されるものといえば、血。
それを櫻井は左手に湛えているのだ。
突然の出来事に夢見る夢子の頭は真っ白になりながらも、直ぐに『大変だ!』と、手にしていたバッグも地面へ放り投げ慌てて彼の元へ駆け寄った。
「見せて下さい!」
「えっ、いや……」
そして有無も言わさず櫻井の左腕を掴んでみると、左手に広がる赤は量こそ多くはないものの軽い切り傷とは言える量ではない。
見たところ傷らしきものは見つからない。
そういえばと夢見る夢子は櫻井が今朝から酷く咳き込んでいた事を思い出す。
もしや、この量と手のひらの汚れからすると吐血という可能性もあるかもしれない。
「失礼します!」
「ん"っ」
すると夢見る夢子は直ぐ様、左腕から手を離すやいなや今度は櫻井の頭を両手で掴むとぐグッと引き寄せ、顔を付き合わせ出した。
顔色は……あまり良くない。
こういう場合はやはり救急車を呼ぶべきだと、夢見る夢子はボトムのポケットに入れた自分のスマートフォンに手を伸ばした。
「大丈夫です!今すぐ救急車呼びますから!」
「駄目だっ」
しかしそれを遮るように櫻井の手が夢見る夢子の腕を掴めば、ぬるりとした赤の生々しい感触が伝わる。
一体何故止める。
夢見る夢子には彼の行動が理解出来ず、その手を振り払おうとするものの、そこは男女の力の差。
なかなか櫻井の手は離れてくれない。
「何するんですか!離してくださいっ!」
「夢見る夢子、落ち着いてっ」
「落ち着いてられますかっ!」
むしろ自分のことなのに、この男は何故もこうも落ち着いているのか夢見る夢子には櫻井の様子がやはり理解できないでいた。
すると彼は夢見る夢子を掴むとは反対の手を差し出してくる。
自ずとそれに目を向けると、何かが握られているようだ。
少し落ち着くように一息置いて、それを凝視。
櫻井の大きな手に収まる小さな小瓶で、ラベルには華やかな文字でこう書かれていた。
「マニキュア…」
「本当にすみませんでした…」
向かい合って椅子に座る櫻井と夢見る夢子。
夢見る夢子は申し訳なさそうに頭を下げていた。
それに対して櫻井は同じように申し訳なさそうに、しかし彼女を労るように笑みを浮かべている。
「いや、もともと失敗した自分が悪いから」
気にしないで、という彼だがそもそも何故こんなことになったのか。
聞けば今日は撮影で普段黒のネイルを一部だけ赤に塗り替えた。
撮影が終わりネイルを落とそうと思ったのだが以前「普通に除光液で落とすより、ネイルを重ね塗りして乾く前に拭き取ると先に塗った分も落ちるので、その上で除光液を使った方が楽で爪の負担も少ない」というのを聞いたことを思い出したらしい。
そしていざ試そうとしたところ……溢した。
「床に落ちないように手で受け止めはできたんだけどな」
結果として夢見る夢子に見つかり勘違いされてしまい、彼女の腕を汚してしまった。
ついでに床にも溢してしまった。
「夢見る夢子、腕掴んでごめんね」
「いいえ、病気とかじゃなくて安心したので構いません」
これは櫻井を労るつもりというより夢見る夢子の本音。
床の掃除や、肌に付いた分を除光液で落とす手間がかかりはしたものの彼自身に何も無かった、それだけで充分だ。
あと、冷静に考えると彼は日頃から顔色に関して然程良いタイプではなかった。
「でも、やっぱり残っちゃいましたねぇ……」
ふと、夢見る夢子は櫻井の指先に目を落とすと思わず苦笑した。
懸命に除光液で落とそうとはしたのだが、マニキュアをぶちまけられた彼の左手の汚れは完全に取り除くことができず、関節や手のシワの所々には線のように色が残ってしまい、全体的にも赤みを帯びていて色合いだけならまるで赤子の手のような血色をしている。
「手だけ健康体ですね」
「元々、俺そんなに不健康体でもないよ。というか、夢見る夢子の方が大変じゃない?」
櫻井に指差されて己の腕を見て見れば、先ほど彼に掴まれた部分が同じように赤く染まっている。
ある程度は落としたものの、ぼんやりと指の形が見てとれる状態で、まるで痣のように見えないこともない。
「ほんとに、ごめん」
普段のキリリとした目力は何処へやら。
申し訳なさそうに下げられた眉と目線は弱々しく、か弱い小動物を連想させる。
「いや、大丈夫ですって!こちらこそいきなり騒ぎ立てたのがいけなかったんですから気にしないで下さい!」
まぁこれといって体に害があるわけでもないし、もう色が移ることもない。
肌を痛めないようにこまめに除光液で落としていけば、数日で気にもならない程度になるだろう。
お互い少しの間の辛抱だ。
「ありがとう、夢見る夢子……でも、あれだね。知らない人が見たら結構驚きそう」
「あー、それは確かに。また今井さんに誤解されそう……」
いつのことだったか。
どういう流れでそうなったのかも覚えていないが、外で仕事があった今井を除いたメンバーと夢見る夢子が話をしていると、『夢見る夢子が今時の若者メイクにチャレンジする』という謎の企画が生まれた。
今思えば、恐らく暇だったのだろう。
そして夢見る夢子がイヤイヤながらもスマホを片手に若者の『日焼けメイク』なるものにチャレンジしたのだが、その出来上がり丁度にやってきた今井に一目見られ一言。
『どっかで頬ぶつけたのか?』
確かに馴れないメイクとあって失敗をしてしまったこともあるのだが、『痛そうだな』『何か冷やすものないのか?』と続けざまに心配されてしまい周囲は爆笑。
当の夢見る夢子も怒りたい気はしたのだが、それよりも思わず乾いた笑いが溢れたほどだ。
「もう、その時は『櫻井さんにやられました』ってて言いますね」
「間違いではないけど、ある意味間違いだ」
フフフと二人は笑い会う。
さて、そろそろ部屋を出なければ次の予定に間に合わなくなってしまう。
夢見る夢子はとりあえず座っていた椅子から腰をあげた。
「じゃあ行きましょうか」
「はい、はい」
それに続けと櫻井も席を立ち、いくつかの荷物を手にすると既に出口へと顔を向けている夢見る夢子の後ろに続く。
「俺なら」
ふと、彼女の背中に向かって呟いた。
スケジュール帳とスマホを確認中で気付いていないのか、返事はない。
しかしそれに構わず言葉は続く。
「跡を残すなら腕よりも」
スッと伸ばされた赤い手は夢見る夢子の左の首筋へ。
「ココが良いけどな」
中指の先が夢見る夢子の肌に触れた。
「へひっ?!!ゎ、何ですか櫻井さん?」
手の存在に気付かなかったとはいえ、なんとも間抜けた声を上げられたものだ。
しかしそれを見て櫻井は楽しそうに微笑みを浮かべている。
「あぁ、ごめん。髪に羽虫がいたから払おうとしてた」
「虫っ!?ありがとうございます、助かりました!」
「どういたしまして」
「じゃあ私は車回しますので先に駐車場向かいますね」
「はい、はい 」
パタパタと小走りに部屋出て先をいく夢見る夢子の背を見送りつつ、櫻井は一瞬感じた彼女の首筋の体温を思いだすと、そっとその指先で唇に触れた。
【夢見る指彩】
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