夢見るシンパシー
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ゲーム。
一言に言ってもその種類は豊富で手遊びや言葉遊びといったものを使わない遊びから、トランプやすごろくなど物を使う遊びまでその種類は途方もない数ある。
しかし今の時代からするとゲームといえば真っ先に浮かぶのはモニターに写った画面で遊ぶいわゆるTVゲームの類いだろう。
その進化は凄まじく初登場した頃は荒いドットで黒単色でしか描かれず単調な動きしかできなかったものが、カラーになり、繊細になり…音も8bitが16bitと増え、サラウンドに。
今や実写と見間違えるような美しい映像と、体に響くような迫力のある音楽で楽しめるようになった。
更に次元は越えてインターネットを使ったオンラインシステムの導入など、当時では考えられなかった進化が起こっている。
しかし進化は止まらない。
遂には技術的なものではなく、商売の概念を覆すような進化を遂げたのだ。
「ゆうたさん!ゆうたさん!」
新譜の練習をしていた樋口の部屋にノックもなしに慌ただしく駆け込んで来た夢見る夢子。
その様子は興奮気味で、何かあったとこは一目瞭然だ。
「何!?どうしたのっ?」
「た、大変なんです!」
夢見る夢子とは仕事を通じて知り合いもう何年にもなるが、これほど慌てた様子は樋口もなかなか見たことがない。
ツアー中にトラブルがあった際にも極力慌てず冷静迅速に対応してきたというのに、何が彼女をここまで焦らせるのか。
もしや、身内やメンバーに何かあったのだろうか。
「これ!これ見て下さい!」
すると夢見る夢子はベースを手に身構えたままの樋口へ、半ば押し付ける勢いで自身のスマホ画面を向けてきた。
そこに写っていたものとは……
「10連で期間限定レアが2体出ました‼‼」
……可愛かったり、格好良かったり、様々なキャラクターが書かれた10枚のカードが表示されたゲーム画面。
その内2枚のカードはキラキラと輝くモーションが出ており、彼女の言うレアというものなのだろう。
今やそれまでの既存ゲーム機を上回る勢いでシェアを伸ばしている、いわゆるスマホゲームアプリ。
その多彩な種類と手軽な操作性に加えて大きな特徴といえば、無料で遊ぶことができるものが多いということ。
いまでこそ常識的に幅広い年代で遊ばれているが、数年前は基本は無料で遊べるそれまでの常識を覆すシステムに皆が驚いたものだった。
とはいえ所詮はゲーム。
そして夢見る夢子はそれ見せるが為に慌ただしくやってきたということ。
こちらの勘違い、深読みと言われればそうかもしれないが…あれだけ何事かと思わせておきながら、仕事の中断をさせてまで知らせにきたのがコレ……。
「…………」
急な展開に樋口も無言のまま夢見る夢子を見つめるばかり。
確かに二人は友人のように仲が良い。
とはいえ今はあくまで仕事中であり、普通なら呆れるなり、嗜めても良いところだろう。
「うわ!マジ?!すごっ!」
ところがどうだ。
まさかの樋口はベースを降ろすこともせず、夢見る夢子 へと飛び付きスマホを食い入るように見つめている。
「ね!ね!超大当たりですよ~」
「早速使ってみたら?」
「そうですね、ちょっと経験値素材注ぎ込みますっ」
そのまま二人それぞれ部屋のソファと椅子に座れば夢見る夢子は当然のようにスマホを操作し始め、樋口もベースをスタンドに預けるとスマホを取りだし同じく操作を始めてしまい、いつの間にか完全に休憩モードに入ってしまったではないか。
それはつい最近のこと。
夢見る夢子と樋口は偶然にも同じゲームアプリにハマっていることが判明し、以来こうして仕事の間にもこっそり遊ぶことがちょっとした習慣になりつつあった。
「わー、これ特性もなかなか当たりですよ」
「いいなぁ。課金なしだよね?」
「もちろん、課金なしですよ」
ゲームアプリは基本は無料だが課金をすることでレアリティの高いアイテムを手に入れやすいなど有利な展開ができるシステムがある。
だが、なんとなく夢見る夢子はゲームこそ楽しいもののそこに金銭をわざわざ払う気にはなれないらしく、むしろ無課金で強くなれることを目指しているようだ。
「夢見る夢子って変なところ運良いね」
「変なところってなんですか」
素直に褒められている気がせず不服そうな表情を見せる夢見る夢子に悪戯っぽく樋口は笑ってみせた。
しかし実は彼の言うとおりで、夢見る夢子は宝くじや景品などの引きは良いわけではないが、こういったゲームやちょっとしたレクリエーションのくじ引きなどでは何故か引きが良かったりする。
「何か願掛けとかしてんの?」
「いや、別に何もしてないつもりですけど」
「いいなぁー。俺このあいだ10連した時とかすげぇ祈ったのにスカばっかだった……」
当たったところで内容があまり大したことではないため夢見る夢子自身あまり自覚がないらしい。
一方、樋口はなかなか引きが良くないらしく、眉間にシワを寄せてスマホ画面を睨みつけている。
なんだか少し夢見る夢子に負けた感じがしてしまうし、ゲーマーとしてはなかなか悔しい所。
「夢見る夢子、そのガチャ運ちょうだい」
「無茶言わないで下さい。運なんて人に分けれるものじゃないでしょ」
「そう?案外ハグとかしたら移るかもよ?」
そう言って「さあ来い」と言わんばかりに両手を広げてみせる樋口の表情はわざとらしいくらいに満面の笑みで、ファンであれば「あざと可愛い!」と湧くこと必至なのだろう。
しかしそこはマネージャーである夢見る夢子、冷静に傍らにあったクッションを手に取ると彼の腕の中へと優しく押し付けた。
「ノリ悪いなぁ~」
「ノリとかいう問題じゃないでしょ~。」
もちろん樋口も冗談の上でやっていたことだ。
もしもここで本当に抱き付きに行っていたら、驚き焦っていたに違いない。
夢見る夢子には恥ずかしくて到底出来たことではないが、それはそれで少し見てみたい気がしたのは秘密である。
「こーゆーのって欲があると当たらないものなんですよ、きっと」
「夢見る夢子には欲がないってこと?」
「んー…ない、とは言えないですけど…」
「えー、じゃあなんで俺こんなに当たらないの?」
欲がないわけではないが、少なからずここまで必死になるほどの欲はないと言えよう。
そしてつい先程、可愛らしく両手を広げてみせた彼よりも、今の少し子供っぽく悔しそうにしている素の彼が夢見る夢子には可愛らしく見えた。
「げっ、しかも今やってるイベントって今日で終わりじゃん」
「そういえばそうでしたね。もうポイント残ってないんですか?」
「あと単発一回分なら残ってるけど…」
スマホゲームの運営側からするとそのレアキャラを出すためにユーザーに課金してもらうのが
目的な訳で10回連続ならまだしも、一発だけのガチャで大当たりを出すとはそうそう思えない。
公式のホームページでもレアキャラが出る確率も1~2%と表記されている。
正直、確率的には絶望的だ。
気休めを言うならば今はイベント期間中のみ確率が7%まで上がっているということ。
しかしそれでも1割以下で、あくまで公式の発表ではあるものの、それが本当なのかは確認する術はない。
「もぅ、次のイベントまでポイントとっておいたらどうですか?」
「いや!夢見る夢子が当たってて悔しいから、やる!」
元はといえば自分が自慢しに来たのが原因なのではあるが、まさかこうもムキになってきまうとは。
夢見る夢子は少しだけ自分の行いを反省した。
「夢見る夢子!」
「へっ?!」
すると突如、力強い声で名を呼ばれ何事かと思わず肩が跳ねた夢見る夢子。
見れば樋口が何やらこちらへと手を差し出している。
なにかを催促している様子だが、一体何を寄越せと言うつもりなのだろう。
「手を貸して」
「なにを手伝うと良いんですか?」
「違う、違う。"手"を貸してってこと」
どうやら物理的に手を貸して欲しいということらしいが、それはつまり「手を繋げ」ということ。
「なんですかいきなりっ?」
思わず貸すものかと庇うように両手を隠す夢見る夢子だが、決して樋口と手を繋ぎたくないわけではない。
やはりそこは気恥ずかしさが先行してしまうのだ。
「なんか夢見る夢子と手を繋いだら当たりそうな気がして」
「だから運は移りません…って、あ!」
そんな夢見る夢子の抵抗も虚しく、サッと樋口の腕がこちらへ伸びかと思えばパッと彼女の左手を掴み奪ってしまった。
「いいから手伝う、分かった?」
樋口の表情は真剣そのもの。
これにはさすがの夢見る夢子も観念した、というより迫力に圧されてコクコクと頷くしかなかった。
その様子に満足した樋口は笑い、彼女の手をしっかりと握った。
あれほど騒いでいたものの実際に手を繋いでみると恥ずかしさはさほど感じることもなく、むしろウキウキと片手でスマホを操作する樋口に対して半ば呆れた笑みが溢れてくる。
子供っぽいというか、なんというか……。
飲み会の席などで周りに上手に気を使いつつ盛り上げ役を担う社交的な彼は、こんなに幼かっただろうか。
それとも自分には気を許しているのだろうか。
だとすれば悪い気はしない。
「当たらなかったからって怒らないで下さいよー」
「そんなことしないよ。それに、なんだか当たりそうな気がするんだ。……あっ」
「え?…あっ」
そしてそんな夢見る夢子の思いはさておいて、まさかの事態が発生。
こんな事が本当にあるとは………
樋口のスマホに表示されたソレは紛れもなく狙っていたレアカード。
たった7%の確率を本当に当ててしまったのだ。
「うわー!本当に当たった!夢見る夢子の威力すげー‼」
「いや、私の力とかじゃないですけど本当に凄い‼やりましたね!ユータさん‼」
これには思わず夢見る夢子もテンションが上がり、二人は勢いのままにブンブンと繋いだ手を振り回してまるで子供のように喜んだ。
もしかすると本当に彼女には見えないガチャの女神などが着いているのかもしれない。
「はぁー!ほんとありがとう、夢見る夢子!」
「だから私は何にもしてないですって。でもまぁ、どういたしまして」
とにもかくにもこれにて目標は達成。
一件落着である。
「ところで…あのー…」
しかし夢見る夢子からは何とも気まずそうな声色が。
「そろそろ手を離してくれませんか?」
ゲームは終わったというのに樋口は夢見る夢子の手を離さないまま、ずっとぎゅっと握っているのだ。
「あぁ、ゴメン ーー」
これは彼も無意識の内だったようで少し慌てたようだが、それとは裏腹になかなか手を離さない。
むしろ何か考えるように繋いだ手を見つめている。
「ユウタさん?」
「ねぇ、夢見る夢子。今度からガチャ引く時はまた手繋いでよ」
「はい?」
正直、彼が何か考えている姿を見てなんとなく嫌な予感はしていた。
確かに今回は当たったもののそれは偶然であり自分の力ではない。
自分は幸運の女神ではなく単なるマネージャーである。
「ユータさーん…だから私が触ったからって当たるもんじゃないんですってばぁ…」
「分かってるよ。外れても良いから繋いで欲しいんだ」
「え?」
「なんかいつもより楽しかったんだよ。たぶん今のが外れてたとしても、そんなに悔しくは感じなかったんじゃないかなー?」
話の内容こそゲームについてだが、そう言って微笑む樋口は先程と売って変わって年相応に大人らしく、むしろどこか色っぽくさえ感じた。
普通、一人の人間がこうも纏う雰囲気をガラリ変えることができるのだろうか。
これを彼が無意識の内にしているとなればある意味恐ろしい限りである。
そしてそれは夢見る夢子の顔を赤くさせるには充分な威力で心臓も早く脈打っていている。
繋いだ手を通して鼓動が伝わってしまいそうな気さえしてしまう程に。
「どしたの?いきなり顔背けて?」
「なんでもないです‼」
それがバレたくなくて、慌てて振りほどくように手を離した夢見る夢子。
しかし樋口はそれに対してさして嫌な顔もせず、ただただ微笑んでいた。
「またよろしくね」
「勘弁してください……」
この一件から夢見る夢子は無闇に樋口へゲームの自慢をすることを控えようと心に決めた。
しかしそれも虚しく、その後は運試しがある度に樋口から絡まれるようになり、いつしかそれが他のメンバーやスタッフまでにも知れ渡り「夢見る夢子様」と一時期崇められるようになったという。
【夢見るシンパシー】
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