夢見る旅路
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「櫻井さん…」
「なに?」
「そろそろ帰してください…」
午前3時前。
深夜にも関わらず明るい街中を夢見る夢子は車の助手席で駆け抜けていた。
ハンドルを握るのは櫻井、しかし運転するこの車は夢見る夢子の自家用車だ。
「もう少しお願い」
「そう言ってもう1時間経つんですが…」
「じゃああと2時間だけ」
「正気ですかっ?夜が明けますよ!」
事の発端は今から1時間と少し前。
今日…正確にはもう"昨日"の仕事は夜の撮影だったのだが機械トラブルなどもあって深夜近くまで時間が圧してしまった。
そこから事務所へ帰るとすぐに解散となり各々帰路に着くことに。
この日、櫻井は車を車検に出していたのだが1日で済むものだからと代車もとくに借りなかった為、帰りの足がなかった。
まぁメンバーの誰かかスタッフを捕まえ送ってもらうか最悪はまた仕事に入った時と同じくタクシーで帰れば良い話と考えてはいたのだが、そこで白羽の矢が立ったのが、夢見る夢子。
マネージャーとはいえ何故、自分なのか。
メンバーの方が気兼ねないし、下手するとそのまま飲みに繰り出すこともできるのではないか。
まさかのご指名に夢見る夢子は戸惑ったが、そんな彼女に櫻井は子供のような笑みを浮かべて言ったのだ。
『アレ、運転させてっ』
彼の視線の先には夢見る夢子のまだ買って間もない愛車があった。
「最近は軽もだいぶ良くなったよね」
「そうですねー…あー、昔はもっとハンドル重かったり、デザインも素敵なのが少なかったさも…」
そう言う夢見る夢子の車は軽でこそあるが、デザインが特徴的なスポーツタイプ でお洒落で人気のある車だ。
「でも夢見る夢子がこの手の車を選ぶって少し意外かも。もっと可愛い女の子らしいオーソドックスなのが好きかと思ってた」
しかしお洒落で人気、ではあるものの荷物を積むスペースは少ないし、価格も軽の中では安くはない方で、なおかつ二人乗りだ。
正直実用性は低い。
同年代で同じ車に乗っている女性は恐らく少ないだろう。
それでも購入を決めたのはやはり性能以上にデザインを気に入ったからで、不便も特には気になっていなかった。
「そうですか…まぁ、その、一目惚れって奴ですかね」
しかし、今になって夢見る夢子はこの車のまさかの弊害に悩むことなろうとは思ってもみなかった。
この車、コンパクトにあえて小さくデザインされているが故に車内が狭い。
今日まで一人で乗ったことしかなかったので実感がなかったのだがとにかく狭い、つまり……。
「夢見る夢子、もしかして酔った?」
「いえ!大丈夫です!」
近い。
隣の運転席に座る櫻井との距離が近い。
決して密着しているわけでも体が触れ合う距離でもない。
普段の仕事ですぐ隣を歩くこともあるし、そちらの方が手が触れるなど接触の機会は多い。
それらに対しても慣れたもんだと特に恥じらうこともない。
だが、しかし。
深夜の雰囲気のある街中を狭い密室の車内で二人きり、しかも普段なかなか見ない運転する櫻井の姿には、何故だか嫌でも心拍数が上がってしまう。
「誰も車がいないし少し飛ばしたくなる…」
「人の車で勘弁して下さい」
櫻井としては新しく特徴的なデザインの車に興味が湧いて遊び感覚で乗ってみたいと言い出しただけなのだろうが、こちらとしては変に意識をしてしまうし、ついでに人の車で違反やら事故をやらかさないかと心労が半端ない。
「夢見る夢子の家ってここからインターの方に行った所だったっけ。あの辺りなら交通の便も良いでしょ」
「はい。でも私、電車とかバスとか人混みが苦手で…結局は車が必要なんですよね」
「あ、それ分かる。通勤ラッシュとかに合ったら死にそう、仕事行かない」
「仕事はしてください」
とはいうものの櫻井の運転はとても安定しているし、二人の会話は他愛もなく和気あいあいとした物が続いている。
自分が色々と考えすぎで、もしかするとそろそろ満足して帰路へと着いてくれるのかもしれない。
「そういえば、この車ってETCは?」
「あぁ、ちゃんと付いてますよ」
「分かった、じゃあ行こうか」
なんて思ったのもつかの間。
櫻井はハンドルを切るとそれまで走っていた大通りから道を外れて裏道へ。
てっきりその辺りをぐるぐると回っていくだけだと思っていたのに、突然何処へ向かうというのか。
しかしそれはナビを見てすぐに判明した。
「ちょ!そっち東名高速!」
「知ってる」
「知ってるって、何処行くつもりですか?!」
喚く夢見る夢子の声をまるで聞かず車は進む。
櫻井はブレーキを踏むこともなく、やがて車は料金所を通過した。
「あ、明日も仕事なのに……」
「まぁ、まぁ」
涼しい顔でガックリと項垂れる夢見る夢子を宥めるものの、あくまで仕事をするのは彼自身だ。
そこの所を理解して大丈夫な顔をしているのだろうか。
「櫻井さん、あのですねぇ……」
「撮影頑張ったご褒美ってことで少し付き合ってよ」
「……うっ」
スッと前方から視線を外し、こちらに微笑む櫻井に思わず夢見る夢子は言葉を詰まらせた。
一旦忘れかけていたのに、また変に意識をしてしまいそうで……。
しかし夢見る夢子だって負けてはいない。
一つだけ彼女には分かったことがあった。
今の笑みは数時間前にカメラを通して見た物と一緒。
ただでさえ強い目力を更に艶っぽく見せる完全に営業用のそれだ。
つまり……櫻井は夢見る夢子が緊張しているのに気が付いていてわざとおちょくっているのだ。
「顔背けてどうしたの?」
「……」
なんて男だ!と怒りを感じる一方で、なんて美しい男だ!とも感じてしまい、なんと悔しいことだろう。
フェスの中にサプライズで勝手にBUCK-TICKの曲を歌ったことをスライディング土下座で謝る後輩バンドに対して、笑いながら駆け寄り膝を着いて許す、あの腰の低い櫻井は何処に行ったのだろう。
今の彼なら土下座する相手の手や頭でも軽く踏みそうなSっ気さえ感じる。
「櫻井さんはSよりMの方が似合うと思いますよ!」
「えっ。いきなり何それ」
「ふふっ」
せめて今できることと言えば、そんな憎まれ口というか冗談を言って対抗することだけだったが、突然だった為か思いの外驚いた櫻井の表情を見れたことに夢見る夢子は微笑んだ。
仕事の話にオフの日の話、酒の話に猫トーク……様々な話をしながら車は進む。
いつしか車内の雰囲気にも慣れた夢見る夢子は自然に会話をし、櫻井も普段より少し饒舌に言葉が続く。
「今の若い子って大変ですよねー。いいね!貰う為に色々したりライフスタイル変えていったり。ストレスが本当に人を殺す世の中になりましたね……」
「世も末だな…そういえば今の子ってテレホンカード知らなかったりするんだろ?」
「スマホ世代で公衆電話自体見かけないですもんね。それどころか受話器の使い方知らない子もいるみたいですよ!」
「あー海外のそんな子の動画、ユータに見せてもらったなー」
ちょっと年寄りくさい会話も交えたりしながら今日の仕事のことも全て忘れて二人は夜のドライブを楽しんでいた。
しかし時間はやがて5時を回る頃、空は薄明かるくなり夜からすっかり朝の表情へと変わりつつあった。
「櫻井さん、そろそろ戻らないと昼前から打ち合わせですよ」
さすがにマネージャー共々仕事を遅刻するなど言語道断。
音楽業界が特殊な業界だとしても、社会人としてあるまじき話だ。
「あぁ、大丈夫。すぐそこだから」
すると櫻井はハンドルを切り車線を変更、向かった先は富士川SA。
早朝にも関わらず駐車場はトラックだけでなく思いの外、普通車もパラパラと停まっている。
そんな中を進み駐車場の隅に空いていスペースへと、車は停まった。
彼はすぐそこだからと言ったが、ここが目的地として来たのだろうか。
意図が読めずどうしたものかと困惑した様子の夢見る夢子だったがそのまま促されると車を降りた。
「ほら、あれ」
「わぁ…」
そしてそれを見たとき、これが目的でやって来たのだのすぐに理解できた。
まだ白く霞む朝焼けに浮かぶ富士山。
今にも空の色に溶けてしまいそうな、なんとも幻想的な風景がそこにあった。
「凄い綺麗…」
「ね?」
「ねって、櫻井さん、まさかこれを見るためにわざわざここまで…?」
「んー…いや、さっきSAの標識を見て此処を思い出したかな」
まさかの思いつきだった。
つまり高速道路に乗ったのも衝動的、もしも先ほど引き留めなかったら、近くにこのSAが無かったら彼は何処まで走るつもりだったのだろうか…。
夢見る夢子は少し頭を抱えた。
とはいえ、目の前に広がる景色はやはり美しい。
今はただこの素晴らしさを堪能しようと、ジャケットのポケットからスマホを取り出すとカメラを向けた。
「これ、年賀状とかに使えそうですね」
「端にスタバ写ってるけどね」
「あ、本当だ」
その後、夢見る夢子が一人で辺りを回りながら、数枚景色の写真を撮る内に空はまた段々と明るさを増していく。
写真を撮るのにも満足したし、帰る頃にも丁度良い頃合いだ。
夢見る夢子は出発の声をかけようと自販機コーナーで休憩をする櫻井へ声をかけようとした。
「……」
かけるはずの声がでなかった。
少し離れた視線の先には櫻井がいた。
珈琲を片手に手すりに軽く腰掛けて、何処か遠い目で朝焼けの空を眺めていた。
何よりも先に、美しいと思った。
何気ない姿なのに、どうしてこうも画になるのか。
何でこの男はこうも自然と美しいのだろうか。
ー ピピッ…パシャッ
ほぼ無意識に夢見る夢子は彼の姿をカメラに納めていた。
するとそれに気付いた櫻井がこちらを向くと、少し困ったような表情を浮かべている。
「完全に気ぃ抜いてた…変な顔してなかった?」
「なんともいえない表情でしたよ」
「えー、それ消してよ」
「嫌です。事務所からの年賀状コレにしましょう」
車内でからかわれた仕返しといわんばかりに夢見る夢子が笑えば、櫻井もそれを理解したように苦笑した。
それからややあって。
SAに入った来る車が増えてきた。
もうしばらくすると通勤や仕事のトラックなどで交通量は増していくことだろう。
「さぁ、櫻井さん。帰りましょう、運転しますよ」
「俺、運転するよ?」
「いいえ。また突然何処かへ向かわれたら大変なので結構です。それにこれから仕事なんですし、軽く寝ていたらいかがです?」
「夢見る夢子だって仕事じゃない」
「ご心配なく。私の苦労なんてみなさんのと比べればミジンコですよ」
夢見る夢子はそこまで言うと「ほら出せ」と言わんばかりに櫻井へと手を差し出して車のキーを要求する。
発言といい視線と良い、なかなか男らしいマネージャーだ。
彼女のマネージャーの仕事もそれなりに忙しい筈だし、男性である櫻井としては連れ出したのは自分であるし、ここは女性に負担を掛けぬようにするべきなのだろうが…
「どうかされました?車が増える前に帰りましょうよ」
「はいはい」
この流れだと夢見る夢子は運転を譲りそうにない。
それを理解した櫻井は仕方ないとキーを渡す他なかった。
その日の午後、打ち合わせの休憩時間。
事務所の外に出ていた今井が戻ると、先ほどまで自分達が打ち合わせをしていた部屋の前で星野が中に入ることなく、扉の窓から中を覗き込んでいる。
「なにしてんの?」
「あ、今井くん。アレ見てよ、アレ」
「ん~?」
こちらに気付いてそう言って室内を指差す彼の顔は何故か笑っている。
何かと同じように窓を覗けばなるほどと、それを理解した。
扉の向こうには櫻井と夢見る夢子の二人が机を挟んで向き合うように座っているのだが、共に机に突っ伏して眠っている。
しかも互いに机上に投げ出した右腕を枕にするように顔は横を向いて寝ているのだが、それがまるで鏡合わせのように同じ体勢で二人顔を向き合わせているのだ。
その間の距離もそこそこ近いように見える。
「どうすりゃああなるんだよ…」
「何か起こしづらくて入れなかったんだよね」
「なるほど。でもそろそろ他の奴も戻ってくるぞ」
「だよね。どうしようか…」
なんとも心優しく悩む二人の事など知らず眠り続ける櫻井と夢見る夢子。
その表情はとても穏やかで、どこか微笑み合っているかのようにも見えた。
【夢見る旅路】
1/1ページ