夢見る言葉
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BUCK-TICKの曲には様々な魅力があると思う。
ダークな世界観だったり、その独特な曲調だったり、儚い美しい叙情的な歌詞だったり。
上げればきりがないが、人それぞれで感じた数だけの魅力があると夢見る夢子は思っている。
だが多くの人を惹き付けられる存在…それだけの物を産み出すには苦労はつきものだろう。
「………。」
BUCK-TICKの上手ギター、今井寿。
彼はスタジオの一室で一人ソファに深く腰掛け、両足を投げ出し、両手を後頭部で組んで天井を仰いでいる。
何かを思案しているのだろうが、実はかれこれ1時間半ほど同じ体勢のまま微動だにしていなかったりする。
「あー……」
ふと出た声は力なく、やる気もない。
部屋に流れている楽曲にかき消されてしまいそうなほど。
やがてコンッコンッと部屋のドアをノックする音が響いた。
「失礼しまーす。今井さーん、調子どうですかー?」
ひょっこりと顔を覗かせて現れた夢見る夢子。
今井の様子を見に来たようだが彼の姿を目にすれば、困ったように苦笑を浮かべざるおえなかった。
「あー…現状維持って感じそうですね」
「まぁなー」
今井は今、行き詰まっている。
曲はほぼ出来上がっているのだが、作詞の方で何やらしっくりくる言葉が見つからずにいるそうだ。
凡人はもちろん天才奇才だってその時々によって好調不調の波はあるもの。
そんな時は櫻井や他のメンバーに相談することも手なのだろうが、生憎他のメンバーは別の仕事や元々オフで今日は一緒ではない。
「あー…」
「今回はなかなかの苦戦具合のご様子で…どうしましょ」
あまりに浮かばない場合には他の仕事に移るなり思考を一時中断してリフレッシュするのも良いかもしれない。
時には逃げと思われることも大切だ。
しかし、残念なことに今回はそういう訳にはいかずにいる。
全体の制作ペースが予定よりも大幅に遅れているのだ。
まだ最終的な全体の納期までにはまだ時間はあるものの、決して1曲に対してのんびりと余裕をこいていられない。
この日、夢見る夢子が今井に着いているのも普段から遅れがちな彼のマイペース具合で更に制作が遅くなるのを防ぐための手伝い兼お目付け役というところ。
「これっていう言葉が浮かばないんだよ」
とはいうものの今井も思案はしている。
目の前に置かれたテーブルの上には色々と調べものをしたように何枚もの紙や本が散乱し、苦労の後が垣間見れた。
夢見る夢子が何枚もある紙の中の一枚を見れば、『symbolism』と走り書きされ円で囲まれている。
曲のイメージだろうか。
「symbolism…象徴主義って意味でしたっけ?」
「ん。夢見る夢子、よく知ってるな」
「まぁ、詳しいって程じゃないですけど言葉くらいなら」
ここでやっと今井は体勢を崩すと少し伸びをし、こちらへと顔を向けた。
夢見る夢子は博学という訳ではないが昔から気になった言葉は軽く調べる程度の習慣があり雑学レベルはやや高い方だろう。
普段の生活で役に立つことはあまりないが話のちょっとしたネタにするには良い程度。
「ふーん…いま手伝える?」
「はいはい、もちろんですよ」
仕事が進むなら喜んでと、夢見る夢子は近くにあった椅子を寄せるとそれに座り、慣れた様子でタブレットPCを取り出し今井と対峙した。
BUCK-TICKのマネージャーになってからは曲作りの為の資料集めやらをすることもあり、タブレットPCを片手にこうして今井と話しながらインスピレーションを沸かせる手伝いをすることもしばしばある。
「象徴主義っていったら夢見る夢子は誰が浮かぶ?」
「誰、ですか?うーん、やっぱりボードレールとかですかね、悪の華だし」
「あー、他は?」
「んーー、オスカー・ワイルド」
「誰だそれ」
「『サロメ』の作者ですよ。知ってます?その人、有名な作品残したのに男色の罪で捕まっちゃって釈放されてもそのショックで立ち直れない内に亡くなっちゃったんですよ」
「なんか詳しすぎないか?」
「え、そうですかね~…」
"男色"の関連ワードについて調べていた結果この情報にたどり着いたのは秘密にしておこう。
ともあれなんとも知的な会話をしている二人。
更に夢見る夢子はタブレットを操作しながら続けた。
「いま調べてみたらSymbolismとはジャン・モレアスって詩人が象徴の意味のシンボル(symbole)から作ったらしいですね」
「へー」
「そもそも象徴派って事物を忠実には表現せずに、他の言葉…まるで魂の状態の表現するように探求した物っていう感じで書かれてますよ」
「はー」
「ロマン主義とは似ているようで違って、感情的で反逆的なロマン主義と比べて象徴主義は静的で……って今井さん聞いてます?」
「ん、聞いてる聞いてる」
夢見る夢子がタブレットからの情報を読み上げる中、今井は彼女の方を向いているのだが話を聞いているというより何か観察するような視線を向けている。
やがて何か思い付いたように今井は言った。
「夢見る夢子、もしかして少し焼けたか?」
「あ、やっぱり聞いてなかったですね…」
「聞いてたって」
「左様ですか……まぁ実は前の休日に友達に連れられてゴルフ行ってきたんです。これでもちゃんと予防はしたんですよ」
「夢見る夢子、ゴルフするんだ」
「まともなスコアは出せませんけどね。でもなんとなく櫻井さんより上手いような気はします」
そこでスポーツから一番遠い櫻井の名前を出してもあまり説得力は感じられず、それ以前に話題が脱線している。
先程までの知的な会話は何処へ行ったのだろう。
そして再確認すると、いまは曲作りのペースは圧していてのんびりしている暇はあまりない。
「じゃあ今度一緒に行く?」
「今井さん、ゴルフするんですね」
「いや、1~2回したことある程度」
「それ誰かについて行ったとかでしょ。飛ばせないならまずは打ちっぱなしで慣らさなきゃですよ」
「そうか…あ、ていうか俺、ゴルフ道具持ってなかった」
「まさかのそこからですか…思わせ振りもいいとこですね」
「悪かったから拗ねるなよ」
何度も確認するが今は締め切りに追われている状況で余裕はない。
にも関わらず二人の会話はまるでオフの日のような会話。
しかも更に話は進んでいく始末。
「拗ねてませんよ」
「そんな楽しみにするとは思わなかった」
「楽しみにしてませんよ」
「さっきガッカリしてだろ」
「ガッカリしてませんよ」
「……今度飲みに行こうって言ったら?」
「行きます」
「よし、じゃあ次のオフ前の夜で」
しまいには漫才をしているかのような軽いテンポの会話で、いつの間にやら飲み会の予定が決まってしまった。
もはやこの時点でインスピレーションを沸かせるための会話より、脱線した会話の方が長くなっている。
しかも予定を決めてしまったがその前には避けては通れぬ壁もあるのだ。
「了解です。では今井さん、美味しくお酒を飲むために作業を再開しましょうか」
「そーするか」
しかし結果としてこれが功を奏したのか、回り回ってやっと本題へと戻って作詞作業へ。
意外なことに先程までペンも持たなかった今井もおもむろにテーブルへと体を向けると、書きかけの用紙に文字を連ねていく。
どのタイミングでか仕事スイッチがしっかり入ったようだ。
「あれ?もしかして良い調子になりました?」
「そこそこな」
「それは良かったです」
この調子だと今日中にあらかたの構成が決まり、明日には他のメンバーと相談して少し訂正なりをして完成することだろう。
夏休みの宿題は最終日に慌ててとりかかるタイプの彼だかエンジンがかかれば何ら心配は無用だ。
安心した表情で今井の姿を眺める夢見る夢子。
すると体をテーブルへと向けて作業を続けたまま、こちらを見ないまま今井が言った。
「夢見る夢子の顔見てたらから、やる気出てきたのかもな」
「えっ」
普段はそんなことを言わない彼から、ふっと漏らすかのように告げられた言葉に、夢見る夢子の鼓動が少し跳ねたのは気のせいか。
「今井さん……。
そこは"かもな"って疑問系じゃなくて、"出た"って断言して欲しかったです」
「えっ」
「あと顔見てやる気が出るんならもっと前に顔合わせた時からやる気出して欲しかったです」
「うっ」
「それから、飲みに行くなら珍しいお酒が置いてある所が良いです」
「わかった」
「また素敵な新曲楽しみにしてます」
「まかせとけ」
甘い空気は流れてないが二人の間には彼ら独特の雰囲気があって、互いにそれを心地よく感じている。
BUCK-TICKのメンバー同士とは違う絆のようなものがあるのかもしれない。
「それじゃ私はこれで」
もう心配もいらず、自分に手伝えることはないだろう。
ひとまず夢見る夢子は今井の邪魔にならないようにと、席を立ち部屋から撤退することに。
「んー、ありがとさん」
特に自分は何かしたつもりはないが「どういたしまして」と軽く頭を下げると静かに部屋を出た。
スタジオのロビーへと出ると夢見る夢子は手帳を開き次の仕事のスケジュールを確認しつつ、次のオフの日を確認する。
今井に発破をかけた手前、自分も仕事をきちんとこなしこの日だけは死守しなければ。
「うっし!」
気持ちを新たに気合いを入れ直し、夢見る夢子も自分の仕事へ向かった。
【夢見る言葉】
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