夢見る出会い
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「んっ…ぅうー……ん?」
目が覚めると夢見る夢子はベッドの上にいた。
ゆっくりと体を起こし、目に映るのは見慣れたシーツに見慣れた窓に見慣れた部屋。
まごうことなく、自宅の寝室のベッドの上だ。
なんらおかしくない状況の…筈。
しかしなんとも言えない違和感が夢見る夢子を襲う。
何故、自分はここにいるのだろう。
確かもっと違う、どこかにいたような気がするのだが…。
何か、何か大切なことを忘れてしまった気がする…。
まるで狐につままれたような気分。
しかし習慣とは凄いもので、そんな気分であってもとりあえずベッドから降りると自然と向かうは洗面台。
顔を洗い歯を磨き髪を整え、身支度を済ませていく。
その間も夢見る夢子は考える。
ベッドで寝ていたということは、昨夜自分は普段と変わらず仕事から帰宅したということだ。
ところがどうだろう…今、自分には昨日の記憶が全く微塵もない。
恥ずかしながら仕事の後に飲みに行ってその場の記憶を無くしたことはあるが、1日丸ごと記憶が無いなんて、異常だ。
一体どうしてしまったのだろう。
モヤモヤは覚めないまま向かうはキッチン。
(珈琲でも飲んで落ち着こう……)
いつも通りに電気ケトルで湯を沸かし、マグカップにドリッパーとフィルターをセットしお気に入りの珈琲豆を入れる。
しばらくして湯が沸いたらしくケトルからカチッとスイッチの切れる音がすると、まずは少量の湯を珈琲豆に通す。
そして1分ほど放置。
こうすることによって程よく豆が蒸れて美味しい珈琲が入るのだと雑誌で読んだのだ。
この間にも珈琲の良い薫りが部屋を満たしていき、先程までのモヤモヤも薄らいでいくように感じれた。
しかし、そんな安息もつかの間のこと。
ー カタッ…ガサ…
「っ?!」
突如、体を強張らせる夢見る夢子。
リビングを挟んで寝室の向かいの空き部屋から、物音がしたのだ。
何かが落ちたり自然とする物音などではなく、明らかに誰かが動く音。
人の、気配がする。
もちろん夢見る夢子は独り暮らし、そこに誰かいるはずはない。
本来ならここで取るべき行動としては、まず身を隠し警察などに連絡するべきなのだろうが、人間本当に恐ろしいときは体が強張り動かなくなるもので思考もほぼ停止。
夢見る夢子はキッチンから部屋の扉を凝視することしかできずにいた。
更に物音は止むこともなく、それどころか増えている。
そして、ガチャっとドアノブが回る音と共にゆっくりと扉が動き…
「…へ?」
自分でもなんと間抜けな声が出たと思う。
しかしその瞬間、夢見る夢子はこの人生の中で一番混乱していたのだ。
開かれたドアからゆっくりと姿を現した者を目にしたから。
「…嗚呼、夢見る夢子。おはよう、早いね」
一方的にだが、それはそれは何度も見た顔。
何度でも見たい顔、魅了されて止まない存在達。
「さ、櫻井さん…?」
魔王がいる。
目前にあのBUCK-TICKのヴォーカル、櫻井敦司がそこにいるのだ。
まさに異常事態なのだが彼は呆然とする夢見る夢子を見ると不思議そうな表情で、こちらへと歩み寄ってくる。
「そんなに驚いた顔して、何かあった?」
「いや、えっ?何でっ?」
異常事態は更に続く。
「お、珈琲の匂い」
「本当だ、良い薫りだね」
「夢見る夢子ー、トイレ借りるねー」
「俺、シャワー借りていいかー?」
彼に続いて部屋からは今井寿、星野英彦、樋口豊、ヤガミトールがぞろぞろと出てきたではないか。
まさかのBUCK-TICKメンバー全員集合。
しかも自分の家に。
これを混乱せずにどう接すれば良いというのだ。
「なんか夢見る夢子が固まってるんだけど」
「叩けば直るか?」
「そんなテレビじゃないんだから」
「まだ昨日の酒残ってんじゃないの?」
「確かにかなり飲んでたもんなー」
5人が好き勝手に言いながらも、とりあえず夢見る夢子が心配らしく彼女の顔を覗いていく。
「な、なんで…BUCK-TICKがウチに?」
驚きのあまり息が止まりそうな中で、振り絞るように辛うじて出た声は酷く震えてか細く、やはりなんとも間の抜けた声だった。
しかし彼らにはきちんと聞こえていたようで、その言葉に逆に呆然とした様子を見せた。
すると星野がこちらの様子を伺うようにこう告げたのだ。
「覚えてない?昨日みんなで飲みに行って、夢見る夢子の家に押し掛けたんだけど…」
少し申し訳なさそうにする星野。
だが、こっちは覚えているとか覚えてないどころかの問題ではない。
それ以前の問題として何故BUCK-TICKが無数にいる内のただ1ファンでしかない自分を知っているのか。
しかし想像以上にその答えは、ふと出た今井の冗談めいた言葉で判明することとなった。
「マネージャーなら部屋の1日2日くらい貸しても大丈夫だろ」
ー 状況を整理しよう。
夢見る夢子はコントロールルームのテーブルに両肘を着き頭を抱える体勢で考えていた。
あの時、今井は自分のことを「マネージャー」と言った。
マネージャーとは芸能人の付き人である専属スタッフのことで、スケジュール管理やら営業やらとにかく担当と二人三脚で活動していくあのマネージャーのことだろうか。
彼以外のメンバーも「それは横暴すぎだろ~」などと言いつつも、夢見る夢子がマネージャーであるということはさも当然のような扱いであった。
それだけではない。
あの後「とりあえずスタジオ行くか」という櫻井の話のままに夢見る夢子は急かされるように支度をさせられ、このスタジオまで彼らを車で送り届ける運びとなったのだが……
なんと不思議なことに夢見る夢子は訪れたこともない筈のこのスタジオにナビを見ることもなく到着することができたのだ。
会った記憶もないスタジオのスタッフ達も自分を知っているらしく自然と仕事の内容を話しかけてくるし、更に不思議なことに夢見る夢子自身はなんとなくだがそれを理解し答えられている。
まるで自分が自分ではないような感覚。
しかしここ数時間で周囲との会話や雰囲気の中でいくつか分かったこともある。
まずBUCK-TICKのマネージャーといえば千葉氏であるということはファンの中でも周知の事実。
にも関わらず自分もマネージャーとは、どういうことかといえば……
夢見る夢子はマネージャーではあるが、マネージャーの仕事全てを請け負っているわけではない。
メンバーの送迎やツアーの際の宿泊ホテルの手配、同行が主。
メディアとの交渉なり営業やスケジュール管理は本来のマネージャーである千葉氏の仕事らしい。
簡単に言ってしまうと彼女はBUCK-TICKのお世話係といった所。
調べてみると、マネージャーといえばタレント一人に対して一人のマンツーマンの存在と考えていたが人気芸能人や業種によっては複数のマネージャーが付くことも珍しくはないらしい。
とにもかくにも……夢見る夢子はBUCK-TICKマネージャー、これは紛れもない事実となった。
「はぁ……」
ため息混じりにふと、頭を上げてみればガラス一枚隔てたブースの中で櫻井と今井が何か真剣に話し合っている姿が見える。
つい先日までステージやDVDでしか見ることのできなかった存在達がすぐ目の前にいる。
こんなに嬉しく素晴らしいことは無いはずなのに、話について行けずに感情が追い付いていない。
「夢見る夢子さん、大丈夫?」
ふと、目の前の器材で櫻井と今井の音を編集していた横山が心配そうにこちらを伺っていた。
彼も夢見る夢子のことは以前から知っているらしく、スタジオに入った直後から長年の付き合いのように接してくれている。
「辛いなら早めに上がっても大丈夫ですよ、今日の予定はこのレコーディングだけですし」
「い、いえ大丈夫です。ちょっと頭痛がしただけですから」
「えー、頭痛って余計ヤバイんじゃないですか?」
「本当に大丈夫ですよ、ちょっと飲み過ぎただけですよ~……」
周りに奇妙な目で見られるのも嫌なのでとりあえずは雰囲気に合わせて、表面上でこそ親しげに会話はするものの、夢見る夢子からすれば実際は初対面の相手と話している状況でなんとも気を使う。
「あ、ちょっと水買ってきます…」
「はーい、了解でーす」
少し落ち着く為にも夢見る夢子はしばし一人になりたいと、そそくさとルームを後にする。
しかしあくまで今は仕事中。
勝手に何処かへ行く訳にもいかず、宛てもなくロビーや非常階段付近をウロウロすることしかできない。
周りはとても親切で憧れの存在も間近にいるはずなのに、世界中でたった一人だけになってしまったような孤独感。
自分にとっては異質なこの世界で、これからどう過ごしていけばいいのかという不安感。
いろんなものが押し寄せて来て、今にも泣き出してしまいたくなる。
「おーい、何してんだ?」
声をかけられ慌てて涙を引っ込めて、振り返ると別の階で同じくレコーディングをしていたヤガミがいた。
「ちょっと飲み物買いに。アニ…ヤガミさんは?」
「なんだ?いきなり改まって名前で呼ぶなんて。やっぱ今日なんかおかしいぞ」
「え?あははは、気のせいですよ!気のせい!」
慌てて笑って誤魔化す夢見る夢子も、本当なら普段はヤガミのことはアニイと呼ぶし、櫻井はあっちゃん、星野はヒデ、樋口はユータと呼ぶ。
しかし本人を目の前だとさすがにおこがましい、というか恥ずかしいのだ。
ヤガミは不思議そうに目を細めてこちらを眺めていたが、まぁ良いかと笑った。
「とにかく、あんま無理するなよ」
「はい…」
さすがはヤガミ、安定感があるというか不安な時でも話すと安心感がする。
ステージでは立てている髪も今は流されているためか余計に落ち着いてー…
「ん?」
ヤガミの仕事姿を思い出すと、ふと夢見る夢子の脳裏に何が過る。
(アニイのトレードマークの立てた髪……何かに似てるような…?)
やがて彼女の記憶に浮かんだのは、一匹の黒猫の姿。
頭に獅子のように立派な鬣を立て、もはや化け物と思えるように大きい猫。
「うぅっ!!」
その獣の鋭い瞳が夢見る夢子を捕らえれば次の瞬間、彼女を襲うのはまるで後頭部を鈍器で殴られたような衝撃。
あまりの衝撃に今までの思考をすべてかき消され、目の前が真っ白になる。
しかし、それも一瞬のことで不思議と痛みは感じられずむしろフワフワとした感覚に包まれていく。
何故だろうとても気持ちが良い…。
(ああ…そうか、そうだった…私は確か…)
「おい!どうした?!」
「え……あ、アニイ……?」
気がつけば夢見る夢子は床にへたり込み、傍らでヤガミが膝を着いて心配そうにこちらを見ている。
「アニイどうしたー?」
「何かあったの?」
「あ、夢見る夢子が倒れてない?」
「大丈夫?!」
騒ぎを聞きつけてか今井、櫻井、樋口、星野の他のメンバーや偶然通りかかったスタッフ達が何事かと集まっている。
あまりの騒ぎにぼやけていた夢見る夢子の意識もハッキリとしてきたらしく、やがて周囲の様子を見ると慌てたように立ち上がってみせた。
「すみません。ちょっと頭痛がしただけで、もう大丈夫ですから」
そう言う夢見る夢子は若干よろけて、なんとも力無い姿。
大丈夫には見えはしない。
たがその表情は晴れやかで、先ほどまでの不安感や孤独は一切感じられず、周りから見ても分かるほど一変した雰囲気に、皆驚いた。
「本当に大丈夫…?」
やはり心配だとに訪ねる樋口。
しかし夢見る夢子は彼に言った。
「本当に大丈夫ですよ~。私の取り柄が健康だけなのは皆さんご存じでしょう?」
今まで心配をかけていたにも関わらず打って変わって冗談めいて笑う夢見る夢子。
その笑顔をみた途端にその場の全員が安心した。
いつもの彼女だと。
おかげでその場の雰囲気もまるで魔法のように一気に和み、スタッフ達も大丈夫と判断したのか「心配させるなよ~」「お大事に」と笑い合い各々の仕事に戻っていった。
メンバー達もとりあえずは大丈夫かと気にはかけながらも仕事に戻っていく。
「私も直ぐに戻りまーす」
それらを笑顔で見送る夢見る夢子。
やがてその場に一人になると彼女は呟く。
『言わずともよい、戸惑わずともよい。ただその日まで楽しめば良い。さぁ…夢を見るのだ』
まるで地を這うようなその声は誰の耳にも届くことなく宙に消えた。
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