夢見るギフト
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「1月24日といえば何の日でしょう?」
夢見る夢子は問いかける。
しかし、相手の答を待つことなく夢見る夢子は続けた。
「1月24日といえば……アラシタの祭です!」
アラシタの祭とは…
アンデス地方に伝わる祭で毎年1月24日に行われるエケコという人形の人形市。
エケコとは大きく口を開けた男性の小さな陶器の人形で、自分が欲しいと思う物を持たせてタバコを咥えさせて飾るという風習がある、観光客にも人気の土産物だ。
「あ?なんだってぇ?」
夢見る夢子の向かい側に座る樋口は『聞こえなかった』と首を傾げた。
何故そんな世界の祭を知っているのかとツッコミを入れることは放棄したようだ。
「あ、ごめんなさい。冗談です。ごめんなさい」
一方、夢見る夢子は即刻、額を机にぶつける勢いで頭を下げて謝罪したのは、冗談のつもりだったのだが思いの外、樋口の目が笑っていないことに気が付いたから。
普段はニコニコと人懐っこいが、怒らせると兄弟揃って怖いことを夢見る夢子はよく知っていた。
そもそも1月24日といえば彼らにとっては世界的な祭よりも大切な日であり、そもそも今日もスタジオ上がりの樋口をわざわざこうして事務所へ来るように予定を組んだのもその為だ。
「では改めて…ユータさんお誕生日おめでとうございます」
今日は樋口豊の誕生日。
既に今朝から様々な人達に何度もかけられているだろうが、祝福の言葉を心を込めて贈ろう。
「ありがとうっ!」
大人になり何年も経てば、もう誕生日だからと喜ぶこともなく、むしろ若さに執着して年を取ったことを嘆く人間も多い。
一方、樋口もはしゃぎこそしないが返された感謝の言葉と笑顔は本物で、夢見る夢子の心を弾ませるには十分なものだった。
だが、そんな彼へ贈るべきは言葉だけではない。
本当の目的はまた別にあると、夢見る夢子は一旦、前から視線を外すと…
「そして…今年の分が、コチラですっ、おりゃっ!」
傍らの椅子の上に置いていた段ボールを抱えあげると、ドンッと机の上に置く。
女性一人でなんとか抱えられる程の大きさの段ボールの中には、ぎっしりと様々な物が詰め込まれている。
手紙、酒、有名メンズブランドのロゴ入り袋、そしてリラックマ、コリラックマ……
多種多様なそれらは、すべてファンから樋口への誕生日プレゼントで、この段ボールはその一部である。
「おー!今年もいっぱいだー」
「まだコレは一部ですよ。とりあえずピックアップして持ってきた分です」
「なんか、リラックマ多くない?」
ファンの中でも彼のリラックマ、コリラックマ好きは既に広まっているのだから仕方ない結果ではあろう。
中にはコリラックマにまぎれて彼が生み出したシリアスベアーの手作りぬいぐるみなどもある。
なかなか高いクオリティだが基本的に手作りプレゼントは安全面の問題で持ち帰りはNGとなっているのが残念だ。
「そうですね。例年通りプレゼントの中身は先に確認させて貰ってますが…確実増えてますねー。今年はリラックマ、コリラックマに混じって、こぐまちゃんもいましたよ」
「知ってる?こぐまの足の裏ってクママークなんだ」
「あ、ほんとだ!そういえば、ディズニーランドにもこんなぬいぐるみいましたよね。肉球がミッキーの形の熊」
「なんだっけ?ダッフィー?」
「そうそれ!」
本来ならば女性の方が可愛い物に詳しい筈なのに、男性に教えられてしまうとは女としてどうなのか…夢見る夢子は内心、焦りのような物を感じたが『いや、彼が可愛い物に詳しすぎるんだ』と考えることにした。
「ファンの方からオススメのお茶とかも多いですよ。これとか京都の老舗のお茶じゃありません?」
「へぇー、こっちも何か良さそうだし、これとか俺が好きって言ってた所のだ」
多くのファンから届く多くのプレゼント、その一つ一つにそれぞれの想いが込められている。
それは樋口としても嬉しいことだ。
しかし残念なことに善意で送られてくる物の中には、悪意を持って送られてくる物も完全に無いとは言えず…愛ゆえに歪んでしまった狂気を孕んだ物も存在する。
彼らは多くに愛されると同時に妬まれる可能性もある。
もはや、これは多くの人間を惹き付ける者に課せられた業とも言えるのかもしれない。
そこで夢見る夢子達にできることと言えば、その一つ一つを調べた上でより多くのプレゼントを安全にメンバー本人達へと送り届けること。
ここにまで持ってきているぬいぐるみはしっかりと中もチェック済みで、手紙も検閲、袋や箱は必ず開けて安全性を確認している。
とはいえ、それを経た後でも貰う側には物理的に許容量という問題はある。
その際は無下に処分するのではなく、スタッフ達でありがたくおこぼれとして頂くこともしばしばある。
特に樋口の誕生日にはお茶なども送られてくる事が多く、事務所のお茶とお茶菓子の備蓄が豊富となり大変ありがたがれている。
ちなみにあまりに高価な物と思われる物が贈られて来た場合には謝罪文と共に送り返すのが、この業界のマナーとなっているようだ。
「関係者様からの分も含めていくつか生花も届いてますので、別室に置いてます」
「おー、後で写真取りに行く」
「じゃあ綺麗に並べておかなきゃですね」
「よろしく。あ、キー太がいた!ほら、キー太!」
さすがは熱烈阪神ファン、手紙に埋もれていた阪神タイガースのマスコット、キー太を見付けて「可愛い」と嬉しそうに喜んでいる。
そんな彼の姿を見ていると夢見る夢子は数時間前まで他のスタッフと共に延々としていたプレゼントチェックの苦労が報われていく思いだった。
それだけではない。
一つ一つのプレゼントを手に取ってきた夢見る夢子には、送り手の気持ちが分かるのだ。
『ユータに喜んで欲しい』
きっと皆、その一心なのだろう。
だからこそ、彼の喜ぶ姿を見て夢見る夢子までも嬉しいとまで思えてしまう。
「コレは何だろう?」
すると、ほくそ笑んでいる夢見る夢子には気付かぬまま、樋口はプレゼントの山の中からソレを手に取った。
何処かの店のロゴと思える印字がされたシンプルな箱。
取り立てて目立った物でもなく、中身の見えない箱は他にもいくつもある。
しかしなんとなく樋口は中身が気になったのだろう、箱をその場で開けてみた。
「ん?…湯飲み?」
現れたそれは一口の湯飲み。
湯飲みといってもよく見る爺くさいような渋いデザインのものではなく、形もどこかスッキリとした直線的なデザインでモノトーンに差し色の朱色が入った、今時なお洒落なものだった。
「へぇー、カッコいいじゃん、コレ」
湯飲みのプレゼントとなるとどちらかと言えば年配向けに思われがちだが、デザイン性もあってそういったマイナスイメージは全く感じられない。
「ほら、夢見る夢子も良いと思わない?」
相当気に入ったのだろうか、樋口はコリラックマのミニぬいぐるみを湯飲みに入れて、夢見る夢子へと差し出し見せてきた。
「そうですねー、ユータさん、お茶好きだから、いっぱい使えるんじゃないですかー?」
何故か、先ほどまで自然と笑みを浮かべていた夢見る夢子が笑みこそ笑みだが…
何かひきつったような笑みへと表情を変えている。
しかも返す言葉も、どことなくぎこちない。
それもその筈。
その湯飲みは、夢見る夢子がこっそりとファンからのプレゼントに紛れ込ませた物だった。
数日前のこと、夢見る夢子は樋口の誕生日用にその湯飲みを買った。
仕事の送り迎えや、他のメンバーやスタッフと彼の家に立ち寄ることがある中で、それらしい湯飲みが無かったことに気が付いていたのがチョイスの理由だ。
ところがだ。
お茶が好きな彼には良いだろうと思ったのに…
買った後になって『もしかしたら爺くさく思われるかも』と、デザインこそかなり気にして選んだにも関わらず突如として不安になってしまった。
更にスタッフ達一同でプレゼントを別に用意することになり、そんな中で個人的とは渡しづらくなってしまったのだ。
しかし渡さないのは勿体無い。
そこで考えた結果、ファンからのプレゼントに混ぜて渡してしまうことを思い付いたのだった。
グラスなど他にも似たような雑貨のプレゼントはあったし、紛れ込ませる際もボックスの奥の方に目立たないように入れたつもりだ。
特に見返りの感謝の言葉も望んでいなかった、ただとりあえず樋口の元に届いて彼が気に入り使ってもらえればそれで充分だった。
にもかかわらず、まさか目の前に樋口に手に取られ、喜ぶ姿を直接見ることになるとは思っても見なかった。
「この状態で写真撮っておこーう」
そんなことを知らない樋口は上機嫌でコリラックマを入れた湯飲みの写真を撮りだしている。
それを見て、夢見る夢子は思わず彼から顔を反らした。
なんとも気恥ずかしいような気分に襲われてしまうのと、喜ぶ樋口を見て心から嬉しくて頬が緩んでしまうのだ。
別にここで『実はそれ私からなんです』と話すこともできるが…
それよりも今は喜ぶ彼の姿を見ていたい。
「ねぇ、夢見る夢子」
「あっ、はい、なんですか?」
「今度ウチに来たらコレでお茶淹れて上げるから楽しみにしててよ」
「えっ!?」
今年一年が彼にとって素晴らしい日々となりますように。
そして願わくば、これからも彼の笑顔を側で見守れますように。
【夢見るギフト】
Happy birthday to U-TA!
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