夢見る終焉
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たとえば、新卒の就職みたく【自分のアピールポイントは?】と聞かれたとする。
現役時代に実際に自分がなんと答えたかなど思い出せないほどに、新卒なんて言葉は等の昔に通りすぎてしまったが、今の自分ならなんと答えるだろう。
自分とは…至って平凡な人種だと思う。
学業の成績も平均的で、仕事の成績も波がある時もあるが別段悪いわけでない。
性格は比較的穏和で、和を大切にするタイプ。
冗談を言う場面では周りを笑わせることもあるし、かといってユーモアが豊富なわけではなく、相手が微妙な笑いや笑えない話をする際には素直に内心ドン引きすることもある。
ちなみに部活は中学で運動部、高校では文化部を経験。
文字面だけでは両方できて文武両道に見えるかもしれないが、成績は至って平均だ。
そして恋愛については…ないこともないがこれに関してはあまり語ることはできない程度の経験ということにしておこう。
そんな自分の唯一、アピールポイントいえるかは分からないが一般と変わっていることといえば…趣味だろうか。
いや、しかしもはや趣味の範囲を通り越して生き甲斐となっていると言った方が正しいのかもしれない。
彼らの存在を知った時から、自分は彼らに囚われている。
そして、こんな平凡的な日常を送るなかでも叶うことのないような奇跡を、心のどこか奥底で願っているのだ。
そして今日もそんな願いは胸の奥に引っ込めたまま、夢見る夢子は平凡な1日が始まる。
昨夜の未明まで続いていた季節外れの嵐のような豪雨が、嘘のように晴れた朝。
週末で世間は休日。
それは企業のオフィスで働く夢見る夢子も同じで、彼女は普段の出勤時刻より少し遅く目を覚ました。
寝室のドアを開けるとそこはそれなりの広さをもったリビング、その奥にもう1つ部屋への扉がある。
キッチンはゆったりと使いやすいリビングダイニグ式、風呂トイレもきちんと別で、ベランダにはちょっとしたプランター菜園などきそうなほどのスペースもある。
独り身の女にしては十分過ぎるともいえる部屋だが、こんな所に住めるのはこのマンションのオーナーが夢見る夢子の叔父だからこそ。
普通に彼女の収入でこの部屋を借りようとするものならカツカツの生活になること必須だ。
普段の休日通りにまずは洗面所へ向かい朝の身支度。
歯を磨き、まだ眠気眼な自身の顔を鏡で眺めながら考える。
(今日は先輩とランチに行く予定だったよね。12時に駅前で待ち合わせだから10時半には家を出て余裕を持っていこうかな)
それなりのOLらしい休日。
ちなみに相手の先輩とは会社で部署は違うものの何かと気が合う女性で、面倒見も良い頼れる存在。
残念ながら音楽の趣味は違うようで、彼女は韓国系のアイドルグループにお熱らしく、夢見る夢子にも度々CDやDVDを進めて貸してくれる。
貸して貰った手前、一応聞いてはみたものの…音楽自体は決して悪くはないのだろうがどうやら夢見る夢子の肌には合わなかったようで一度試聴したっきりに終わってしまった。
自分にはギラギラと弾けた夢希望に溢れた曲は明るすぎる。
自分にはもっと深く暗く煌めく闇のような世界が合っている。
そして身支度完了。
予定していた出発時間ももう間もなく。
ランチの為に朝食は無しで行こう。
夢見る夢子は愛用のバッグを手に取ると玄関先へと歩を進める。
高すぎないヒールの靴を履き、ドアを開ける前に一旦停止。
ジャケットのポケットから取り出した愛用のスマホにイヤホンを挿し込み、耳に装着。
今日は何を聞いて行こうか。
スマホ画面に写るアルバムリストをめくりめぐり、その一曲を選択した。
待ち合わせへの駅前へと向かう夢見る夢子。
歩く道の傍らには小さな公園があり、休日ということもあって子供達の無邪気な声が辺りに響き渡っている。
そんな生命に満ち溢れた微笑ましい音も今の彼女には届くことなく、響き渡るのは曲調こそ明るいものの死を尊ぶ歌。
memento mori...
死を忘れることなかれ。
更にそれとは対象的に、その歌を聞く夢見る夢子は正に生き生きとした表情でいる。
彼女が今、待ち合わせの駅へと向かう足取りが軽い理由は先輩とのランチが楽しみなだけではないだろう。
彼女は今、 目こそ開いてしっかりと前を向いて歩いているものの意識の半分はそこになく、脳内世界へと飛んでいるのだ。
(嗚呼、ここよ!ここ!何度聞いてもカッコイイなぁ~。そういえばライブの時の演出も最高だった!)
脳内で自動再生されるライブ映像。
好きな場面は特に事細かに覚えていて、思い出すだけでもテンションが上がってしまう。
ただ音楽を聞くだけでここまで高揚できる人間もなかなかいないのではないだろうか。
しかも彼女の場合はまたとある癖がある。
やがて曲がラストのサビに入りテンションが最高潮になると…
目に写る世界は一転。
夢見る夢子はいつの間にかきらびやかなステージの上に立っていた。
張り裂けんばかりに響き渡る曲の中で、彼女は踊る。
それは優雅に、それは雄大に。
そして、そんな彼女の元に差し伸べられる手が。
ふと足を止めてその主へと目を向けると…
嗚呼、美しい闇が…魔王がそこにいる。
恋い焦がれて仕方の無い存在の一人、櫻井敦司がそこにいる。
彼だけではない。
視線を運べばそこにはまるで自分を迎え入れるかのように上手に星野英彦と下手に今井寿が、ギターを奏でながらこちらを見ている。
そしてその奥には愛くるしい笑みを浮べベースを片手に手を振る樋口豊。
その隣にドラムを叩きながらもしっかりとこちらを見て何処か悪戯っぽく笑うヤガミトール。
愛する彼らが、BUCK-TICKがそこにいた。
嗚呼、なんという絶頂。
うるさいほどに高鳴る鼓動に急かされて、夢見る夢子は差し出された櫻井の手を取ろうと腕を伸ばし……
「ミャー…」
覚醒する意識。
深い眠りから突如目覚めたような感覚。
気が付けば、夢見る夢子は公園を通り過ぎた先にある、左右を森林に挟まれた歩道を歩いていた。
これが彼女の癖、妄想癖というやつだ。
しかも重度の。
幼い頃から想像力が豊だったこともあり、幼少の頃はよくアンパンマンやガチャピンと遊んでいた。
思春期にはハマっていた漫画の世界に飛び込んだり、実際は恥ずかしくて声もかけれなかった気になる同級生と楽しげに会話する姿も思い描いていたものだ。
夢見る夢子がBUCK-TICKに魅力されてからはもはや悪化ともいえる勢いで拍車がかかり、妄想が止まらない。
今のように歩きながら意識が完全にトリップしてしまうことも度々ある程。
今まで事故に遭わなかったのは奇跡だろう。
そして彼女は何処かで思っているのだ。
こんな夢のような妄想も、ありえない現象も…もしかしたら可能性はゼロではないのではないのだろうか。
現実ではダンスなんて踊れはしないし、彼らに繋がるような接点もないが、ライブ以外でも会える確率はゼロではないのではないだろうか。
何度も頭ではありえないと理解しながらも、何度もこんな愚考を繰り返し、それを楽しんでいる、夢見る夢子。
世間一般ではこんな人間のことを何と言うだろう。
例えるならば、そう。
「痛い」だ。
もしかするとそれでは足りず、鈍痛、激痛という言葉が相応しいのかもしれない。
救いといえば夢見る夢子自身、頭ではそんな考えを持ちながらもそれを口に出したせず、全て心の内に秘めてこっそりと妄想を楽しんでいた為、他者からそういった冷たい視線で見られたことがないこと。
彼女は歪を抱えながらも至って平凡な存在でいることが出来ていた。
さて、そんな夢見る夢子も今や現実へと引き戻された。
彼女の強力ともいえる妄想を中断させたその正体とは…
「…あぁっ!ちょっと!?」
それは歩道の柵の向こう側、木々に囲まれた奥の草村にいた。
小さな小さな黒猫。
恐らく大きさからみてまだ生まれて間もない子猫だろう。
単に猫がいるだけなら何ら問題はない話。
にも関わらず夢見る夢子が慌てた声を上げたのは、その周りには子猫より大きいのでは思わんばかりの立派なカラスが三羽、猫を囲んでいる。
状況は直ぐに理解できた、襲われているのだ。
しかも猫はその場から動く気配はなくうずくまっているばかり。
どうやら怪我をしているようだ。
好みが犬派だろうと猫派だろうと鳥派だろうと関係ない。
目の前に助けが必要な小さな命があるならば、しかもあんな弱々しい声を聞いてしまったらそれを見捨てる訳にはいかない。
気がつけば夢見る夢子はおのず歩道の柵を越え、昨日の雨で濡れた草木をかき分け、ぬかるんだ地面で足が汚れることも気にせず、子猫の元へと向かっていた。
「どきなさい!ダメ!」
たどり着いた先で夢見る夢子は手にしていたバッグを振り回しカラスを追い払えば、たちまち3羽の影は空へ立ち上る。
今もイヤホンから流れる曲で聞こえないが、カラスはさぞ恨めしそうに鳴いていることだろう。
とにもかくにもこれで一安心。
夢見る夢子は安堵と何となくやりきった達成感を感じつつ、足元の子猫に目をやった。
子猫ながらに大きく凛々しい目をした美しい黒猫だった。
「可愛い…」
野良猫らしくこちらを警戒しつつも、動かない様子からするとやはり怪我でもしているのだろう。
抱き抱えれば恐らく威嚇され引っ掻かれること間違いないだろうが、ここまで来ては放っておく訳にもいかない。
幸いこの先に動物病院もあったはず。
待ち合わせしている先輩には申し訳ないが少し遅れることも覚悟で連れて行こう。
この流れだと自分が飼い主になることも辞さないつもりになりつつある夢見る夢子。
どうやらこの黒猫を一目で気に入ったらしい、幸いマンションはペット可である。
とにかく手当てだ。
夢見る夢子は子猫を抱き上げようとその場にしゃがみこんだ。
「あっ…」
ぐらり…
世界が回る。
目に写る物の全ての色が、絵の具のようにぐちゃぐちゃに混ざりあった。
ー ガザザザザッ!!
ー ゴッ!ドンッ!ガシャッ!
響く騒音。
全身に伝わる衝撃。
それらが収まった頃、子猫を見つけた時のように直ぐには状況が理解できずにいる夢見る夢子。
そんな彼女はいつの間にか空を見上げていた。
「ミャァ…」
頬に何か温かい物が触れる感触。
全身に力が入らず首を動かすことも出来ない。
夢見る夢子が何とか視線をだけを動かせば、あの子猫がそこにいて自分の頬を舐めている。
そこでやっと夢見る夢子は状況を理解した。
子猫を抱き上げようとしゃがみこんだ時、昨夜の豪雨でぬかるんだ地面にバランスを崩してしまい、すぐ横の崖に滑落したのだ。
どのぐらい落ちたのかは分からないが、不思議と今はもう痛みは感じない。
見れば傍らにバッグも中身もめちゃくちゃに散乱しているし、しっかりと装着していたイヤホンも吹っ飛んでいる。
「ミャア、ミャア」
嗚呼、猫の声だけが聞こえる。
(あれ?そういえば私、確かーー…)
全身からスッと力が抜けていくような感覚。
ふと生まれた疑問は、意識と共に闇に消えてしまった。
夢見る夢子が意識を覚ましたのは、真っ暗な闇の中だった。
上も下も分からない闇。
自分が目を開けているのか閉じているのかすらも分からない。
立っているのかも座っているのかも浮いているのかもすら分からず、心地良いような心地悪いようなのかも分からない。
しかし、それは突如としてやってきた。
《おやおや、目が覚めたかね》
低い、地の底から這い出るかのような低い低い声。
たった一言聞いただけでも、恐ろしいと思えるほど威圧感のある声だ。
相変わらず体の感覚はないが、夢見る夢子にはそこに何かいることが不思議とわかった。
黒猫だ、異質な黒猫だ。
大型犬とさほど変わらないくらい大きい。
豹のようにも思ったが、あくまで顔立ちは猫だ。
そして、目を引く鬣(たてがみ)。
獅子のように頭を覆うものではなく、頭のみにモヒカンみたく鬣が立っている。
(なにこの喋る猫!あ、でもなんか毛がアニイみたい)
異常な状態でもそんなことを考える辺り、割りと夢見る夢子は冷静らしい。
するとそれを感じとったかのように、猫は笑うように目を細めた。
《全く、お前は面白い人間だな、夢見る夢子よ》
なんとこの猫…というよりもはや猫の形をした怪物は自分の名前を知っているではないか。
更に恐ろしさが募るが、それとは裏腹に怪物は夢見る夢子をゆっくりと落ち着かせるかのように彼女へ語りかけてくる。
《さて、夢見る夢子よ…お前が先程助けた黒猫は我が化身でな。人の世界で思うように動けなくなっていた所を世話になった》
更になんと、この猫怪物は先程夢見る夢子が助けた黒猫を自分だと言う。
声こそ出ないが夢見る夢子は思わず唖然とした。
というより、今のこの状態全てに困惑している。
《しかし、お前には悪いことをした。そのせいで今、お前の魂は身体を離れてしまってな…》
(え、それってつまり私…死んだの?)
《そう話を急ぐな。とにかくお前に詫びがしたく、魂を我が元まで運んできたのだ》
ナチュラルに意識で会話が出来ていることも驚きだが、もはやそんな事はどうでもいい。
自分はあの滑落で死んでしまったのか。
そう言うと猫怪物は気だるげにまるで顔を洗い、ゆらゆらと尻尾を揺らし、こう続けた。
《お前の願いを叶えてやろう》
生き返らせてくれ。
そうでなければ元の世界に帰してくれ。
この状況での願いなど、それしかないだろう。
だが、黒猫は顔を洗う前足を止めるとギラリと光る瞳を夢見る夢子へと向けて言うのだ。
《お前にはあるだろう。生よりも、現実よりも願っているものが…》
心の奥底までも見透かされているかのような視線に息が詰まり、胸がグッと締め付けられた。
今まで願うことさえも馬鹿馬鹿しいと思いつつも、願わずにはいられなかったことといえば…
《言わずともよい、戸惑わずともよい。ただその日まで楽しめば良い。さぁ…夢を見るのだ》
またしても意識が遠退いていく。
誘われるように流れるように。
ただその中で夢見る夢子は思った。
ー これで、良いや…
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