「I LOVE YOU」が灰になる
曇天からは大粒の涙が落ちてきた。背の高い木の生い茂る森の中腹、太い枝の上で幹に背中を預け、空を仰ぐ忍びが一人。
忍者の中では優秀忍者を輩出するとして有名な、大川平次渦正を学園長とする忍術学園の卒業生である食満留三郎だった。
学園卒業後に意気揚々と一人の城主に仕える忍者──甲賀忍者となった留三郎だったが、今では、戦忍組へ入隊してからひっきりなしに続く、大規模な戦を伴う領土の奪い合いや、内乱等の小競り合いに辟易とした気持ちが隠せなくなってきていた。幾度も頻発する戦の中で分かったことは、人が人の上を目指す限り戦は絶えない。人の数だけ思いがあり、思いの数だけ世の中の形はある、ということだった。
時世も戦況も荒れ、人を殺める忍務も幾度かこなした。手を汚した夜には、必ず決まって学園時代の夢をみる。実力伯仲な好敵手で学友の潮江文次郎と勝負だ決闘だなどと言い合いつつ、くだらない喧嘩をしているところに、学年内で一番の火薬の使い手である立花仙蔵お得意の宝禄火矢が何処からともなく投げ込まれ、二人して丸焦げになる。そんな二人に救急箱を持って治療をしようと駆け寄ってくる善法寺伊作の足を、七松小平太の掘り進める塹壕が絡め取り、連れ去って行く。一連の皆の様子を見ていた中在家長次が呆れた様子でもそ、と呟いたところで夢は醒める。
俺はいつからこんなに汚れてしまったのだろう、と留三郎は思う。学園を卒業する時に、血を見る覚悟や忍務で命を落とす覚悟はしていたはずだった。今でもそれには変わりない。が、多少の心持ちは変わったような気がしている。
理不尽な人死にを伴う忍務を頭の中で正当化し、静かに自身の心を押し殺しているうちに、自分という人間が、真っ当な人道が、いったいどういったものだったのかわからなくなった。
近頃は雨季ということもあってか、どこか心が落ち着かない。やけに胸が騒いでいる。戦況も芳しくなく、もしかするとこの戦で命が潰えるかもしれない。それならそれでいい。自らが望んだ人生だ。そんなことを思っているとき、思い浮かぶのは、六年もの学園生活を共に過ごした五人の。とりわけ、潮江文次郎の顔だった。風に聞いた話によると、彼も戦忍として、何処かの城に仕えたらしい。この戦にも参加しているかもしれなかった。卒業後にはお互いに近況報告などもせず、音沙汰はなかった。
「死ぬなよ」
誰に言うでもなく、留三郎は呟いた。
降り続く雨は激しさを増し、強かに木の葉を打った。
────
やけに晴れた夜だった。泥濘んだ地面に身体をとられ、仰向けになるのに精一杯だった。
敵部隊の火縄銃に撃ち抜かれた腹部からは熱い血潮が絶え間なく流れ続け、あたりに紅の水溜りをつくっていた。
「月が綺麗だな」
薄らいでいく意識の中、留三郎は微笑んだ。
食満さん! 食満さん!、と泣き噦る後輩忍者の声など、留三郎の耳には届いてはいなかった。
「そうだな」と返すいつかの好敵手 の声が聞こえた気がした。
忍者の中では優秀忍者を輩出するとして有名な、大川平次渦正を学園長とする忍術学園の卒業生である食満留三郎だった。
学園卒業後に意気揚々と一人の城主に仕える忍者──甲賀忍者となった留三郎だったが、今では、戦忍組へ入隊してからひっきりなしに続く、大規模な戦を伴う領土の奪い合いや、内乱等の小競り合いに辟易とした気持ちが隠せなくなってきていた。幾度も頻発する戦の中で分かったことは、人が人の上を目指す限り戦は絶えない。人の数だけ思いがあり、思いの数だけ世の中の形はある、ということだった。
時世も戦況も荒れ、人を殺める忍務も幾度かこなした。手を汚した夜には、必ず決まって学園時代の夢をみる。実力伯仲な好敵手で学友の潮江文次郎と勝負だ決闘だなどと言い合いつつ、くだらない喧嘩をしているところに、学年内で一番の火薬の使い手である立花仙蔵お得意の宝禄火矢が何処からともなく投げ込まれ、二人して丸焦げになる。そんな二人に救急箱を持って治療をしようと駆け寄ってくる善法寺伊作の足を、七松小平太の掘り進める塹壕が絡め取り、連れ去って行く。一連の皆の様子を見ていた中在家長次が呆れた様子でもそ、と呟いたところで夢は醒める。
俺はいつからこんなに汚れてしまったのだろう、と留三郎は思う。学園を卒業する時に、血を見る覚悟や忍務で命を落とす覚悟はしていたはずだった。今でもそれには変わりない。が、多少の心持ちは変わったような気がしている。
理不尽な人死にを伴う忍務を頭の中で正当化し、静かに自身の心を押し殺しているうちに、自分という人間が、真っ当な人道が、いったいどういったものだったのかわからなくなった。
近頃は雨季ということもあってか、どこか心が落ち着かない。やけに胸が騒いでいる。戦況も芳しくなく、もしかするとこの戦で命が潰えるかもしれない。それならそれでいい。自らが望んだ人生だ。そんなことを思っているとき、思い浮かぶのは、六年もの学園生活を共に過ごした五人の。とりわけ、潮江文次郎の顔だった。風に聞いた話によると、彼も戦忍として、何処かの城に仕えたらしい。この戦にも参加しているかもしれなかった。卒業後にはお互いに近況報告などもせず、音沙汰はなかった。
「死ぬなよ」
誰に言うでもなく、留三郎は呟いた。
降り続く雨は激しさを増し、強かに木の葉を打った。
────
やけに晴れた夜だった。泥濘んだ地面に身体をとられ、仰向けになるのに精一杯だった。
敵部隊の火縄銃に撃ち抜かれた腹部からは熱い血潮が絶え間なく流れ続け、あたりに紅の水溜りをつくっていた。
「月が綺麗だな」
薄らいでいく意識の中、留三郎は微笑んだ。
食満さん! 食満さん!、と泣き噦る後輩忍者の声など、留三郎の耳には届いてはいなかった。
「そうだな」と返すいつかの
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