明日の朝も君が起こして
「あれ、どうしたんだよ、なんで泣いてんだ? あ、わかった。またなんかで迷って決めきれなくて悩んでるうちに涙が出たんだ? 無理しすぎなんだよ、雷蔵は」
私は、雷蔵の仮面ではない素肌の頬に伝う一筋の雫を親指の腹で拭いつつ、わざと明るく言った。いつもの通り。
別れ話はもうこれで五度目だった。が、私は切り抜ける術を知っていた。
「ううん、違うよ」
雷蔵はそう言いつつ小さく首を振り、頬から耳にかかるまで当てがった私の手へ自身の手を重ね、ゆるやかな動作で下ろした。
「ん?」
なにが違うの、というように聞き返す。
目の前の雷蔵は、少し俯き、考えるような沈黙の後、口を開いた。
「……三郎。やっぱり僕たち、友達に戻ろう?」
顔を上げた雷蔵は、涙の滲んだ瞳で私の目をまっすぐ見つめ、真剣な表情をしている。
友達に戻る、とは恋人関係に終止符を打つということを指しているのか。そう、冷静に頭で理解した瞬間、「なぜ」と思った。
なぜ、今回は効かないんだ。
いつもなら私のでたらめな冗談に微笑んで、有耶無耶にしてくれるじゃないか。
「僕たち、恋人を続けるにはお互いの気持ちが重すぎると思うんだ」
「愛なんて重くて当たり前だろう」
頭の中は混乱しているが、雷蔵の言葉には脊髄反射で返せてしまった。
「そうかもしれないけど。実技授業でも合同演習でも、僕らはお互いに危険が迫ると周りが見えなくなってしまう。そういうのはやっぱり、いけないことだと思うんだ」
「そんなの、恋人になる前から私は雷蔵しか見てなかった」
歯の浮くような台詞も、口からすらすらと出てくる。言っていることは事実だった。
「恋人になる前から同室で、級友で、プライベートだっていつも……顔も一緒で」
「顔は三郎が真似してるだけだろう」
やっと友達の距離感では説明できないことも『恋人』という名称で説明がつくようになったのに、と続けようとした私の言葉の途中で、雷蔵が遮った。
「僕らは恋人には向いてない。相棒で、友達で、級友。それくらいの距離感と名称が丁度いいんだ」
雷蔵はそこまで言うと、瞳から大粒の雫を溢した。
「これ以上、三郎に僕の心を揺さぶられるのは耐えられそうにないんだ」
鼻にかかった震える声でそう言われると、なにも反論できなかった。……正確にいえば、反論はできたが、しなかった。
「そう、それなら私はいいけど」
我ながら、可愛げのない返答だと思った。けれど、今はそうとしか返せなかった。
ぼんやりとした蝋の火の灯る室内に雷蔵を残し、自室を出た。
こんな夜は、月見亭にでも行って空を見上げていよう。そんなことをぼんやりと考えつつ、廊下を歩く。
気付けば、足の甲や裏にひんやりとした感覚があった。
立ち止まって足元をよくよく見てみる。
「なんだ、泣いてたのか、私」
私は、雷蔵の仮面ではない素肌の頬に伝う一筋の雫を親指の腹で拭いつつ、わざと明るく言った。いつもの通り。
別れ話はもうこれで五度目だった。が、私は切り抜ける術を知っていた。
「ううん、違うよ」
雷蔵はそう言いつつ小さく首を振り、頬から耳にかかるまで当てがった私の手へ自身の手を重ね、ゆるやかな動作で下ろした。
「ん?」
なにが違うの、というように聞き返す。
目の前の雷蔵は、少し俯き、考えるような沈黙の後、口を開いた。
「……三郎。やっぱり僕たち、友達に戻ろう?」
顔を上げた雷蔵は、涙の滲んだ瞳で私の目をまっすぐ見つめ、真剣な表情をしている。
友達に戻る、とは恋人関係に終止符を打つということを指しているのか。そう、冷静に頭で理解した瞬間、「なぜ」と思った。
なぜ、今回は効かないんだ。
いつもなら私のでたらめな冗談に微笑んで、有耶無耶にしてくれるじゃないか。
「僕たち、恋人を続けるにはお互いの気持ちが重すぎると思うんだ」
「愛なんて重くて当たり前だろう」
頭の中は混乱しているが、雷蔵の言葉には脊髄反射で返せてしまった。
「そうかもしれないけど。実技授業でも合同演習でも、僕らはお互いに危険が迫ると周りが見えなくなってしまう。そういうのはやっぱり、いけないことだと思うんだ」
「そんなの、恋人になる前から私は雷蔵しか見てなかった」
歯の浮くような台詞も、口からすらすらと出てくる。言っていることは事実だった。
「恋人になる前から同室で、級友で、プライベートだっていつも……顔も一緒で」
「顔は三郎が真似してるだけだろう」
やっと友達の距離感では説明できないことも『恋人』という名称で説明がつくようになったのに、と続けようとした私の言葉の途中で、雷蔵が遮った。
「僕らは恋人には向いてない。相棒で、友達で、級友。それくらいの距離感と名称が丁度いいんだ」
雷蔵はそこまで言うと、瞳から大粒の雫を溢した。
「これ以上、三郎に僕の心を揺さぶられるのは耐えられそうにないんだ」
鼻にかかった震える声でそう言われると、なにも反論できなかった。……正確にいえば、反論はできたが、しなかった。
「そう、それなら私はいいけど」
我ながら、可愛げのない返答だと思った。けれど、今はそうとしか返せなかった。
ぼんやりとした蝋の火の灯る室内に雷蔵を残し、自室を出た。
こんな夜は、月見亭にでも行って空を見上げていよう。そんなことをぼんやりと考えつつ、廊下を歩く。
気付けば、足の甲や裏にひんやりとした感覚があった。
立ち止まって足元をよくよく見てみる。
「なんだ、泣いてたのか、私」
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