nocturne
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ごめんなさい、陛下。ごめんなさい。
衛生室には、先程から謝罪の言葉と、しゃくり上げる女の声だけが満ち満ちていた。寝台の上、膝を抱えて泣きじゃくる女の丸められた背を、大きな手が往復する。
そう泣くな、もう気に病むな。あれは所詮真似事の指輪だったのだ。今度はちゃんと石のついた立派なものを誂えて、正式に君に贈ろう。だから。
そう赤毛の男が如何に慰めようと、女の涙は止まらない。
折角陛下が下さったのに、と、尚も彼女は繰り返す。
その様子に困窮しつつも、男の内心は正直微かな高揚に疼いていた。
普段の彼女はとても冷静だ。憩いの場である基地では穏やかに笑み、凄惨な戦場でも気丈な態度を崩さない。その彼女が今、火がついたように泣いている。自分が贈った指輪が敵に奪われたという理由で。
その事実に悦びを覚えない男が果たしているだろうか。
シエラ。
名を呼び、両手で頬を包むと、半ば無理矢理に顔を上げさせた。
美しい顔が台無しではないか。
掌で濡れた頬を拭い、泣きすぎて腫れた瞼に口付ける。濡れた睫毛は、当然のように塩辛い涙の味がした。
君があの指輪を大切にしていてくれたのは、私も嬉しい。敵に奪われ失くしてしまったことが申し訳ないと君は言うが、最早過ぎたことだ。不可抗力だ。それで君を責めるほど、私は心の狭い男に見えるか?
髪を撫でながら語りかければ、女はぐすりと鼻を鳴らしながら小さく首を振った。幾分落ち着きを取り戻してきたようだ。
うむうむと笑顔で頷いて、男は細い体を己の胸に招き入れた。些かの抵抗もなく、女はその抱擁を受け入れる。
君が無事に帰って来てくれただけで重畳だ。敵に囚われたと聞いたときには肝が冷えたぞ。守ってやれなくてすまなかった。怖い思いをさせただろう。
背に回した手に力を込める。それに呼応されるかのように、腕の中の彼女も我武者羅にしがみついて来た。まるで、ぬくもり全てを手放さんとするかのように。
陛下、陛下。もうお会い出来ないかと思って、私、
次に続いたであろう言葉は、くぐもった音として消えた。震える唇は男のそれによって塞がれ、ようやく室内に静寂が満ちる。辛うじて鼻にかかったような吐息や、口吻の向きが変わる際の湿った音が、時折空気を震わせた。
時刻は日付が変わるか変わらないかの深夜。他の作戦に赴いていたために、見舞いに来るのが他の誰よりも遅れた。愛する女の危機に何という体たらくかと男は内心己に憤っていたが、悪いことばかりでもないようだ。この時間ならば、余計な邪魔は入らないだろう。
彼女には慰めが必要だ。無事であるという実感が必要だ。この胸に滾る愛に一切の揺らぎがないという証明が必要だ。その全てを満たす方法はたった一つしかないだろう。幸い、ここには寝台がある。本来の用途は違うものだが、今は他に患者もいない。自分と愛する彼女の二人きりだ。
男の翠玉に情欲の炎が灯ったのを、恐らく彼女は即座に感じ取ったのだろう。一瞬僅かに目を逸らしたものの、すぐに真っ直ぐと、円な瞳は男の姿を映していた。そこから導き出される回答は、是に他ならない。
大丈夫だ、無理はさせぬよう善処しよう。
白い額に唇を落としながら囁けば、女はほっ、と小さく息を吐く。
……はい。優しくして下さいませ、陛下。
ふわりと、蕩けた声で女が強請る。開始の合図としては充分だった。
──衛生室でなんて、本当はいけないこと、なんですよね。
最後の理性が、女にそんな言葉を紡がせる。
確かにそうだろう。だが、そんなことすぐに気にならなくしてやる。君は私の与える愛を余すことなく享受するだけでいい。
その思いを込めて、首筋に吸い付こうとした、まさにその時。
「シエラー! 遅くに悪いな、起きてるかー!?」