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■かん
既に桃の花が咲くような時分だというのに、寒の戻りか、今朝の許昌には雪が降った。
幸い都市機能が麻痺する程の大雪ではなく、少々ちらついたという程度だったのだが、それでもとある男を使い物にならなくするには充分だったらしい。
「奉孝様、そろそろ起きないと朝議に遅刻してしまいますよ」
「……起きたくないな…寒いよなまえ…」
郭嘉、字は奉孝。曹操から絶対の信頼を寄せられる稀代の名軍師にして、数々の女性と浮き名を流す享楽家である――のだが。今の彼からは、そんな大層な二つ名は微塵も感じられなかった。
未だ体は寝台に寝そべったまま。しかも寝乱れた夜着のまま、女の腰を抱いているという体たらくである。
女の名はみょうじなまえ。郭嘉の補佐役であり、また郭嘉に「最も慕わしい」と言わしめる、彼の情人でもある。
「なまえは温かくて気持ちがいいね…このままずっとこうしていたい…」
「ほ、奉孝様、それは困ります!このままでは二人揃って曹操様からお叱りを受けてしまいますよ」
「私の名前を出せば、曹操殿は怒らないよ…だからもう少しこのまま…」
あやそうが脅そうが、郭嘉には全く起きる気がないようだった。後ろから抱き竦められ身動きが取れず、なまえは微かに眉根を寄せる。
郭嘉は人よりも体温が低い。そのためか、寒いのは苦手だと以前からよくこぼしていた。そして、そういう時は決まってこうしてなまえを抱いて暖を取るのだ。
嬉しくないと言ったら嘘になる。愛する人の胸の中で幸せを感じない女などいる筈もない。
しかし、こういう時は只管に困る。
しかも、半分夢の世界に足を突っ込んでいる癖に郭嘉の腕の力はそれなりに強く、振り解くことも許されない。
さて、どのように機嫌を取るべきか。
なまえが考えあぐねていると、不意に首の後ろに柔らかなものが触れた。
「ひゃあっ!?」
予期せぬ感触に、なまえが高い声を上げる。すると悪戯の主は、くすくすと愉快そうに笑った。
「これだけでそんな声を上げるなんて。本当に可愛いね、なまえ」
「奉孝様!お戯れも程々にして頂かないと…!」
首を押さえながら、なまえは頬を赤らめる。
先程の柔らかな刺激は、郭嘉の唇によるものだ。とっくに夜は明けているというのに、天性の色事師はそんなことお構いなしらしい。
それを証明するかのように、頬を膨らませるなまえなど全く意に介さず、郭嘉は再び白い首筋に鼻先を埋めた。
今度は戯れの口付けなどではなく、明らかに男が女を求める欲望の発露である。
「っ…あ…ダメです、奉孝様っ…」
吸いつくような唇だけでは飽き足らず、郭嘉の手がなまえの胸元に伸びた。一夜明けたとはいえ体中にはまだ昨夜の余韻が残ったままで、なまえの声にはすぐに甘さが混じり始める。
しかし、最後の理性がなまえの脳内に警鐘を鳴らした。
このまま流されては、遅刻どころか出仕すらしないという最悪の事態に成りかねない。
「奉孝様…だめ…」
「何が駄目、なのかな?こんなに胸を高鳴らせて、なまえの体は次に何をされるか待ち焦がれているようなのに…」
「かっ、帰ってきたら…お仕事が終わって帰ってきたら、いくらでもお好きなようになさって結構ですから…!」
瞬間、郭嘉の動きがぴたりと止まった。
そして、
「…確かに聞いたよ」
耳元でぽつりと囁かれ、ようやくなまえは己がとんでもないことを口走ってしまったことに気付いた。
「なんて魅力的なお誘いだろう。うん、これで私も今日一日執務を頑張れそうだ」
「ほ、ほほほほ奉孝様、まさか――」
一気に上機嫌となった郭嘉の口ぶりに、もう口すら上手く回らない。
謀られた。
全ては、なまえからあの一言を引き出すための策だったのだ。
堪らずなまえは、ぐったりと寝台に突っ伏した。起きる気力を失くすのはこちらの番だ。
そして郭嘉は打って変わって晴れやかな表情で身を起こすと、
「ああ、いけないななまえ。あまりゆっくりしていては遅れてしまうよ?」
などと、先刻と正反対のことを言い出した。
「しかし、それにしても寒いね。なまえ、出掛ける前に温かいものをお腹に入れたいな。例えば、燗をつけた酒なんか」
「ほろ酔いで出仕はダメです…」
「それは残念。ではこちらも、夜の楽しみに取っておこう」
力ない返事にも、何が愉快なのか郭嘉はにまにまと笑っている。
――ああ、一体今夜は何をさせられることになるのだろう。
容易に乗せられてしまった自分を呪いながら、ようやくのろのろとなまえも身を起こすのであった。
■本気
指の形までくっきりと残った頬を撫でると、思わず苦い笑いが浮かんだ。
自分では割と上手く遊んでいるつもりだったけれど、いざ全てを精算しようとするとこんな目に遭うものなのか。
泣かれ、罵られ、頬を張られ。
仕方ない。全ては自業自得というやつだ。
今まで私を愛してくれた彼女たちには尽きぬ感謝を。
でも、今の私はただ一人以外を愛せない。
だから、今日はこの無様な顔で参内しよう。自身への戒めと、愛しい彼女への想いの証として。
さあなまえ、受け取ってほしいな…本気をね。
■れっか
※OROCHI2
※賈詡視点
※董卓が捕らえた女性陣の中に夢主がいたら、という妄想
郭嘉殿は、あまり怒らない。
否、怒っているのをあまり表に出さない、と言った方が正しいか。
多少不愉快なことがあっても、常に飄々とした態度で受け流し、微笑みを浮かべている。色男としての仮面を絶対に崩さない。
恐らく付き合いの長い者にしか、あの軍師殿の感情の機微を察することは難しいのではないか――と思っていたのだが。
今の郭嘉殿は、怒っている。
誰が見ても分かるほどに激怒している。
張り付いたような笑顔はそのままだが、全身から感じる重苦しく仄暗い空気は、まるで触れたら即座に焦がされる烈火のようだ。
董卓になまえ殿が囚われた――その報を受けた時は未だ平静を装っていたようだが、無事に彼女を助け出し、涙を流す姿を見た瞬間、何かが切れてしまったらしい。
「董卓殿……あなたの唱える酒池肉林、享楽を愛する私としても興味深くはあるけれど」
打球棍が、無慈悲な速さで醜男の首元に突き付けられる。
「人のものに手を出すいけない人には、おしおきが必要なようだ」
……いやはや、意外だ。
自身の「特別」が傷つけられると、この男もこんな顔をするものなのか。
郭嘉殿、殺してはまずいので、そのくらいで勘弁してやってくれないかな。
程々にしておかないと、アンタの後ろで可愛い可愛いお嬢ちゃんが怯えてるよ?
■誤解だから
※OROCHI2
「お前様!また浮気したね!?今日という今日は許さないよ!」
「ごっ、誤解なんじゃ、ねねぇ!」
軍議の途中、窓の向こうから聞こえてきた喧騒に、三人揃ってぴたりと腕が止まる。しばしの沈黙が流れた後、俺と郭嘉殿は同時に吹き出した。
「あははあ、あのご夫婦も相変わらずだ」
「はは、今日ばかりは秀吉殿に勝ち目はなさそうだね」
しかし、ふとその隣に目をやれば、なまえ殿だけは何処か神妙な顔付き。
「…あんなに素敵な奥方様がいらっしゃるのに、どうして浮気なんてなさるのでしょうか」
口振りからするに、非難ではなく純粋な疑問だったのだろう。
んー、それは難しい問題だ。説明したところで、この純粋培養のお嬢さんに理解出来るとも思えない。
俺が考えあぐねていると、なまえ殿は顔を上げてようやく微かに笑んだ。
「私は、奉孝様がお優しい方で良かったです」
…その瞬間、俺は確かに見た。
平静を装ってはいたが、郭嘉殿の顔が僅かに凍りついたのを。
はてさて、誤解は一体どちらの方か。
郭嘉殿、どうするんだ。あんたの最愛の恋人は、あんたを心から誠実な男だと思ってるらしいよ?
■はあ
※OROCHI2
※DLCシナリオ「仙女求愛戦」後
今日は散々な目に遭った。
あれだけの美女に声を掛けたってのに、一人も落とせなかったなんて色男としての沽券に関わる事態だ。
それだけでも最悪なのに、追い回されて終わるなんて本当にどうかしている。
しかし、それなりに落ち込んでいる俺とは対照的に、隣に佇む男は相変わらず柔和な笑みを浮かべたままだ。
「仕方ないから今日はあなたと差しで飲もう、孫市殿。あなたと二人で語り込むのもなかなか楽しそうだ」
その笑みと言葉に釣られ、俺も笑う。
今日ばかりは郭嘉の底抜けの前向きさに救われる気分だった。
進んで野郎と二人きりになる趣味はないが、確かに偶には悪くないだろう。
そう思い、本拠地の敷居を跨いだ瞬間、こっちに向かって駆け寄ってくる影が一つ。
――女だ、と分かるのに時間は掛からなかった。
間違いなく彼女の視界はこちらを捉えている。
参ったな、これだから色男ってのは罪なんだ。あんな可憐なお嬢さんを息せき切らせて走らせてしまうなんて。
きっと彼女は俺の前に来て、そして――
「お帰りなさいませ、奉孝様!」
…期待が無残にも打ち砕かれた瞬間、俺は盛大にスッ転びそうになった。
そうだよ、近くで良く見りゃ郭嘉のところの副官じゃねえか。それにしたって、この俺が目に入らないなんて、まさに見る目が無いにも程があるが。
「ただいまなまえ。…あれ、そういえば今日は甄姫殿にお呼ばれしていたのではなかったかな?」
「はい、でももう終わりましたので。奉孝様のお帰りをお待ちしておりました!」
彼女の背後に、ちぎれんばかりに振られる尻尾が見えたのは、俺の気のせいではないと思う。いじらしいというか、何というか。
まあ、ここまで慕われて嫌な気持ちになる奴はいないだろう。郭嘉も満更ではなさそうだ。
「孫市殿」
「何だよ」
「悪いけど、急用が出来てしまった。あなたと飲むのは、また後日にしよう」
「…はあ!?」
掌返しの早さに思わず面食らう。
ちょっと待て、それじゃ何か、お前はそのお嬢ちゃんがいないと思ってたから、俺と暇を潰そうとしてただけか。
て言うか、その子はただの副官じゃ…いや、その前提から違うのか!?
「ほ、奉孝様、ご先約があったのでは?」
「いや、全く。なまえは先に戻っていてくれないかな、すぐに私も行くよ」
全く、じゃねえだろ、あっただろ!
しかし、ぐるぐる考え込んだおかげで色んなものが見えてきた。
こいつが副官に手を出すアレな上官だってことも、先約を反故にしてまでそいつを優先する程度には惚れ込んでるってことも。
そのくせ、女遊びには余念がないとかフツーにナシだろ。
「郭嘉…お前いつか誰かに刺されるぜ」
今日の約束を不意にされた恨みも込めて、呪いの言葉を吐いておく。
すると郭嘉は
「あなたには言われたくないけれどね」
と、軽やかに笑った。
…とりあえず今回は貸し一つ。次に極上の酒持ってこないと承知しねえぞ!
「あ、もしくはあのお嬢ちゃんのお酌でもいいぜ?」
「それは無理だね。なまえのお酌は私専門なんだ」
■急上昇
※DLC学パロ
「キャー!郭嘉センパーイ!!」
「郭嘉くーん!!」
一瞬でコートが歓声に包まれます。鳳凰学院の生徒だけではなく、他校の女の子たちまで目がキラキラです。
いつものことながら、郭嘉先輩の出る試合は凄いです。きっと対戦相手の方も、とてもやりにくいに違いありません。
(…もしかしたら、これも郭嘉先輩の作戦なのでしょうか)
思わずそんなことを考えてしまいます。郭嘉先輩は頭も良い方なので、その可能性がないとも言い切れない気がします。
(…でも、そもそも女の子に優しい方なのですよね)
客席からの声援に、先輩は手を振って応えます。ああ、これでまた次の試合の時にはファンが二倍に増えてしまいます。
…本当は、こういう時、少し複雑です。
女の子にとっても優しい郭嘉先輩。恋人が沢山いたらしい、というお話も聞きました。
でも、好きになってしまったのです。だから決死の覚悟で告白したら、先輩も私を好きだと言って下さいました。
それだけで、私にとってはもう身に余る程の幸せの筈なのに。
(…あの笑顔を向けるのは、私だけにしてほしい、なんて)
これは、私の我儘でしょうか。
でも、それでも――
「なまえ?」
「!」
呼びかけられてようやく、目の前に郭嘉先輩が立っているのに気付きました。
私がうじうじと考え込んでいる間に、1ゲーム終了してしまっていたみたいです。
「考え事かな?私の試合を見てくれないなんて、なまえはいけないマネージャーだね」
「そっ、そんなことは…!」
いえ、本当は郭嘉先輩の言う通りです。嫉妬した上にマネージャーの仕事まで疎かにするなんて、最低です。
そうです、悩んでいても始まりません。ここからは気持ちを入れ替えて、マネージャーとしての本分を全うしなければ!
「なまえ、飲み物を取ってくれるかな?少し水分補給したいんだ」
「はいっ」
スポーツドリンクの準備は、前日のうちに万端です。
だから、即座に私はスポーツボトルを手渡そうとした――のですが。
郭嘉先輩はボトルを受け取ってはくれませんでした。
先輩は、
ボトルを握る私の手を取ると、
そのまま引き寄せて、
ストローに口を付けて――
「キャーーーーッ!!!」
周りから、悲鳴にも似た黄色い声が上がります。それもその筈です。
だって、だって、今叫びたいのは私も同じです…!
「か、かかかかか郭嘉先輩、あの、皆さんが見てますけど…っ!」
あまりの恥ずかしさと気まずさに、手がガタガタ震えます。
それでも郭嘉先輩は涼しいお顔で、
「見せ付けてあげればいいんじゃないかな」
とんでもないことをサラリと言い放ちました。
「でも――」
「なまえ」
なおも言い募ろうとした私を、先輩の声が静止します。
改めてお顔を見ると、先輩はにっこりと笑っていました。
「これで、ちゃんと私のことだけ考えて、私の試合を見てくれるようになるかな」
…途端に、心拍数が跳ね上がりました。顔も焼けるように熱いです。こんなの、きっと心臓に悪いに決まっています。
結局何も言えずに口をぱくぱくしていると、「はは」と郭嘉先輩に笑われてしまいました。
「可愛い人。勝ってくるよ、あなたのために、ね」
最後にくしゃりと私の頭を撫でて、先輩はコートに戻って行きました。
郭嘉先輩、そんなのずるいです。
…だって、いくら胸を押さえても、動悸は収まりそうにありません。
けれど、頭の中のモヤモヤはきれいさっぱり無くなってしまいました。
今ならば私、どんな視線も怖くないです。
…ねえ、先輩、先輩。
私、もっともっと欲張りになってしまっていいのでしょうか?
この試合が終わったら、その答えを頂いてもいいですか?
■どうする?
※DLC学パロ
「子桓、修学旅行が終わるのはいつだったっけ?」
実に平然と吐き出されたその言葉に、曹丕は無数の苦虫を噛み潰したような顔をした。
もとより“不機嫌”と形容されがちな顔ではあるのだが、今は眉間の皺も普段より三本ばかり多い。
それもこれも、目の前のベッドに体を転がしているクラスメイトのせいである。
しかし彼――郭嘉は、曹丕のそんな表情などお構いなしに、相変わらず軽薄な笑みを浮かべている。
「貴様は修学旅行の初日から何を言っている。余程のことがない限り、あと五日間の日程を消化せねば旅行は終わらん」
「五日もあるのか…。その間に、ストレスで死んでしまったらどうしよう」
「ストレス、だと?」
「うん。私はおおよそ集団行動に向いていない人間なんだ。朝決まった時間に起きて、夜は決まった時間に眠る…おまけに酒もなし、なんて、体がどうにかなってしまうかもしれない」
「安心しろ、朝は私が叩き起こしてやる。そして消灯の時間はとっくに過ぎている、さっさと寝ろ」
「まだ日付も変わっていないよ。こんな早くに眠れるわけがない」
いけしゃあしゃあと郭嘉はふざけたことを言う。それが更に曹丕の神経を逆撫でする。
そもそも郭嘉は運動部所属、しかも寮生ではなかっただろうか。普通ならば、集団行動のエキスパートであって然るべきである。
それもこれも、父がこの男を甘やかすのがいけないのだ。
曹丕の父――鳳凰学院の理事長を務める曹操は如何せんこの不真面目な生徒が何故かお気に入りらしく、多少素行が悪かろうが気にも留めていない。誰の目にも明らかな贔屓である。
そして、その皺寄せは全て曹丕の身に降り掛かってくる。三年間郭嘉とクラスが分かれなかったのは、どう考えても曹操の差し金だったとしか思えない。実の息子に目付役をさせているわけである。
先ほど郭嘉は「ストレスで死にそう」などと宣ったが、本当にその憂き目に遭いそうなのは曹丕の方だ。
「そもそも、どうしてうちの修学旅行は海外なんだろう。これではなまえに電話も出来ない。つまらないよ」
曹丕の恨めしげな視線など気付いていない様子で、郭嘉は己の携帯電話を掌でくるくると弄んだ。
みょうじなまえのことは、曹丕も知っている。男子テニス部マネージャーを務める一年の女子だ。何度か見かけたことがあるが、郭嘉のような不誠実な男には似合わないような、清楚な少女だった。
郭嘉本人は「可愛い恋人だよ」などと称していたが、曹丕は彼女も郭嘉に翻弄される被害者の一人だと認識している。
確かに郭嘉は彼女を飛び切り気に入っているようなので、「最愛」の恋人ではあるのだろう。
しかし、恐らく「唯一」ではない。
その証拠を、曹丕は今日一日で嫌というほど目にしている。
「…どの口でつまらんなどとほざくのか。貴様は今日一日、女に囲まれて刹那の夢とやらを満喫していただろうが」
嫌悪感を隠すこともせず、曹丕は吐き捨てた。
そう。郭嘉の周囲からは、一時たりとも女の影が消えなかった。
自由時間になった瞬間取り巻きに囲まれるわ、バスの添乗員すら口説くわ、やりたい放題にも程がある。
消灯時間になっても部屋に戻らない郭嘉を長きに渡る搜索の末に発見した時も、非常階段付近に女と二人で座り込んでいた。あそこで曹丕が声をかけていなかったら、もっと不埒な行為に及んでいたことは想像に難くない。
恐らく郭嘉は、他の誰よりもこの修学旅行を楽しんでいる。
しかし郭嘉は、曹丕の言葉に「そうでもないよ」と苦笑した。
「以前の私なら、それで満足していたかもしれないけれどね。なまえのいない物足りなさを他の女の子で埋めようかと思ったけれど、やっぱり駄目だった。今の私にはなまえだけだよ」
意外な返答だった。あまりの意外さに、曹丕は一瞬郭嘉を見直しそうになった。この男にも、まだそんな一途な感情が残されていたのか、と。
しかし、すぐにはたと思い直す。
「…郭嘉…貴様、自分の発言がどれだけ下衆か気付いているか」
「あれ?そうかな。おかしいな、私は本気でなまえを愛しているだけなのに」
涼しい顔で郭嘉は嘯く。もう反論する気力すら殺がれ、曹丕は頭を抱えたくなった。
こんな男に気に入られてしまったみょうじなまえに、心底同情する。
きっと彼女は、郭嘉の帰りを待ち侘びているだろう。遠く離れた海外で、己の恋人が何をしているのか知らぬまま。
いっそ郭嘉を置き去りにして帰った方がいいのではないかと、若干危険な考えが曹丕の脳裏に浮かんだ。そうすれば誰も傷付かずに済むし、己がこんな男に悩まされることもなくなるのだ。
「子桓は疲れているのかな?あの美人な彼女に癒してもらうといいよ」
「だからそれは貴様がだな…!」
郭嘉に手が掛からなければ、今すぐにでもそうしたいところだ。
もう置き去りなどでは飽き足らない。曹丕の心に湧き上がったのは紛れもない殺意だった。
本当に、どうしてくれようか、この男。
その気持ちを只管に込めて、曹丕はとうとう郭嘉の綺麗な笑顔に枕を投げ付けたのだった。
既に桃の花が咲くような時分だというのに、寒の戻りか、今朝の許昌には雪が降った。
幸い都市機能が麻痺する程の大雪ではなく、少々ちらついたという程度だったのだが、それでもとある男を使い物にならなくするには充分だったらしい。
「奉孝様、そろそろ起きないと朝議に遅刻してしまいますよ」
「……起きたくないな…寒いよなまえ…」
郭嘉、字は奉孝。曹操から絶対の信頼を寄せられる稀代の名軍師にして、数々の女性と浮き名を流す享楽家である――のだが。今の彼からは、そんな大層な二つ名は微塵も感じられなかった。
未だ体は寝台に寝そべったまま。しかも寝乱れた夜着のまま、女の腰を抱いているという体たらくである。
女の名はみょうじなまえ。郭嘉の補佐役であり、また郭嘉に「最も慕わしい」と言わしめる、彼の情人でもある。
「なまえは温かくて気持ちがいいね…このままずっとこうしていたい…」
「ほ、奉孝様、それは困ります!このままでは二人揃って曹操様からお叱りを受けてしまいますよ」
「私の名前を出せば、曹操殿は怒らないよ…だからもう少しこのまま…」
あやそうが脅そうが、郭嘉には全く起きる気がないようだった。後ろから抱き竦められ身動きが取れず、なまえは微かに眉根を寄せる。
郭嘉は人よりも体温が低い。そのためか、寒いのは苦手だと以前からよくこぼしていた。そして、そういう時は決まってこうしてなまえを抱いて暖を取るのだ。
嬉しくないと言ったら嘘になる。愛する人の胸の中で幸せを感じない女などいる筈もない。
しかし、こういう時は只管に困る。
しかも、半分夢の世界に足を突っ込んでいる癖に郭嘉の腕の力はそれなりに強く、振り解くことも許されない。
さて、どのように機嫌を取るべきか。
なまえが考えあぐねていると、不意に首の後ろに柔らかなものが触れた。
「ひゃあっ!?」
予期せぬ感触に、なまえが高い声を上げる。すると悪戯の主は、くすくすと愉快そうに笑った。
「これだけでそんな声を上げるなんて。本当に可愛いね、なまえ」
「奉孝様!お戯れも程々にして頂かないと…!」
首を押さえながら、なまえは頬を赤らめる。
先程の柔らかな刺激は、郭嘉の唇によるものだ。とっくに夜は明けているというのに、天性の色事師はそんなことお構いなしらしい。
それを証明するかのように、頬を膨らませるなまえなど全く意に介さず、郭嘉は再び白い首筋に鼻先を埋めた。
今度は戯れの口付けなどではなく、明らかに男が女を求める欲望の発露である。
「っ…あ…ダメです、奉孝様っ…」
吸いつくような唇だけでは飽き足らず、郭嘉の手がなまえの胸元に伸びた。一夜明けたとはいえ体中にはまだ昨夜の余韻が残ったままで、なまえの声にはすぐに甘さが混じり始める。
しかし、最後の理性がなまえの脳内に警鐘を鳴らした。
このまま流されては、遅刻どころか出仕すらしないという最悪の事態に成りかねない。
「奉孝様…だめ…」
「何が駄目、なのかな?こんなに胸を高鳴らせて、なまえの体は次に何をされるか待ち焦がれているようなのに…」
「かっ、帰ってきたら…お仕事が終わって帰ってきたら、いくらでもお好きなようになさって結構ですから…!」
瞬間、郭嘉の動きがぴたりと止まった。
そして、
「…確かに聞いたよ」
耳元でぽつりと囁かれ、ようやくなまえは己がとんでもないことを口走ってしまったことに気付いた。
「なんて魅力的なお誘いだろう。うん、これで私も今日一日執務を頑張れそうだ」
「ほ、ほほほほ奉孝様、まさか――」
一気に上機嫌となった郭嘉の口ぶりに、もう口すら上手く回らない。
謀られた。
全ては、なまえからあの一言を引き出すための策だったのだ。
堪らずなまえは、ぐったりと寝台に突っ伏した。起きる気力を失くすのはこちらの番だ。
そして郭嘉は打って変わって晴れやかな表情で身を起こすと、
「ああ、いけないななまえ。あまりゆっくりしていては遅れてしまうよ?」
などと、先刻と正反対のことを言い出した。
「しかし、それにしても寒いね。なまえ、出掛ける前に温かいものをお腹に入れたいな。例えば、燗をつけた酒なんか」
「ほろ酔いで出仕はダメです…」
「それは残念。ではこちらも、夜の楽しみに取っておこう」
力ない返事にも、何が愉快なのか郭嘉はにまにまと笑っている。
――ああ、一体今夜は何をさせられることになるのだろう。
容易に乗せられてしまった自分を呪いながら、ようやくのろのろとなまえも身を起こすのであった。
■本気
指の形までくっきりと残った頬を撫でると、思わず苦い笑いが浮かんだ。
自分では割と上手く遊んでいるつもりだったけれど、いざ全てを精算しようとするとこんな目に遭うものなのか。
泣かれ、罵られ、頬を張られ。
仕方ない。全ては自業自得というやつだ。
今まで私を愛してくれた彼女たちには尽きぬ感謝を。
でも、今の私はただ一人以外を愛せない。
だから、今日はこの無様な顔で参内しよう。自身への戒めと、愛しい彼女への想いの証として。
さあなまえ、受け取ってほしいな…本気をね。
■れっか
※OROCHI2
※賈詡視点
※董卓が捕らえた女性陣の中に夢主がいたら、という妄想
郭嘉殿は、あまり怒らない。
否、怒っているのをあまり表に出さない、と言った方が正しいか。
多少不愉快なことがあっても、常に飄々とした態度で受け流し、微笑みを浮かべている。色男としての仮面を絶対に崩さない。
恐らく付き合いの長い者にしか、あの軍師殿の感情の機微を察することは難しいのではないか――と思っていたのだが。
今の郭嘉殿は、怒っている。
誰が見ても分かるほどに激怒している。
張り付いたような笑顔はそのままだが、全身から感じる重苦しく仄暗い空気は、まるで触れたら即座に焦がされる烈火のようだ。
董卓になまえ殿が囚われた――その報を受けた時は未だ平静を装っていたようだが、無事に彼女を助け出し、涙を流す姿を見た瞬間、何かが切れてしまったらしい。
「董卓殿……あなたの唱える酒池肉林、享楽を愛する私としても興味深くはあるけれど」
打球棍が、無慈悲な速さで醜男の首元に突き付けられる。
「人のものに手を出すいけない人には、おしおきが必要なようだ」
……いやはや、意外だ。
自身の「特別」が傷つけられると、この男もこんな顔をするものなのか。
郭嘉殿、殺してはまずいので、そのくらいで勘弁してやってくれないかな。
程々にしておかないと、アンタの後ろで可愛い可愛いお嬢ちゃんが怯えてるよ?
■誤解だから
※OROCHI2
「お前様!また浮気したね!?今日という今日は許さないよ!」
「ごっ、誤解なんじゃ、ねねぇ!」
軍議の途中、窓の向こうから聞こえてきた喧騒に、三人揃ってぴたりと腕が止まる。しばしの沈黙が流れた後、俺と郭嘉殿は同時に吹き出した。
「あははあ、あのご夫婦も相変わらずだ」
「はは、今日ばかりは秀吉殿に勝ち目はなさそうだね」
しかし、ふとその隣に目をやれば、なまえ殿だけは何処か神妙な顔付き。
「…あんなに素敵な奥方様がいらっしゃるのに、どうして浮気なんてなさるのでしょうか」
口振りからするに、非難ではなく純粋な疑問だったのだろう。
んー、それは難しい問題だ。説明したところで、この純粋培養のお嬢さんに理解出来るとも思えない。
俺が考えあぐねていると、なまえ殿は顔を上げてようやく微かに笑んだ。
「私は、奉孝様がお優しい方で良かったです」
…その瞬間、俺は確かに見た。
平静を装ってはいたが、郭嘉殿の顔が僅かに凍りついたのを。
はてさて、誤解は一体どちらの方か。
郭嘉殿、どうするんだ。あんたの最愛の恋人は、あんたを心から誠実な男だと思ってるらしいよ?
■はあ
※OROCHI2
※DLCシナリオ「仙女求愛戦」後
今日は散々な目に遭った。
あれだけの美女に声を掛けたってのに、一人も落とせなかったなんて色男としての沽券に関わる事態だ。
それだけでも最悪なのに、追い回されて終わるなんて本当にどうかしている。
しかし、それなりに落ち込んでいる俺とは対照的に、隣に佇む男は相変わらず柔和な笑みを浮かべたままだ。
「仕方ないから今日はあなたと差しで飲もう、孫市殿。あなたと二人で語り込むのもなかなか楽しそうだ」
その笑みと言葉に釣られ、俺も笑う。
今日ばかりは郭嘉の底抜けの前向きさに救われる気分だった。
進んで野郎と二人きりになる趣味はないが、確かに偶には悪くないだろう。
そう思い、本拠地の敷居を跨いだ瞬間、こっちに向かって駆け寄ってくる影が一つ。
――女だ、と分かるのに時間は掛からなかった。
間違いなく彼女の視界はこちらを捉えている。
参ったな、これだから色男ってのは罪なんだ。あんな可憐なお嬢さんを息せき切らせて走らせてしまうなんて。
きっと彼女は俺の前に来て、そして――
「お帰りなさいませ、奉孝様!」
…期待が無残にも打ち砕かれた瞬間、俺は盛大にスッ転びそうになった。
そうだよ、近くで良く見りゃ郭嘉のところの副官じゃねえか。それにしたって、この俺が目に入らないなんて、まさに見る目が無いにも程があるが。
「ただいまなまえ。…あれ、そういえば今日は甄姫殿にお呼ばれしていたのではなかったかな?」
「はい、でももう終わりましたので。奉孝様のお帰りをお待ちしておりました!」
彼女の背後に、ちぎれんばかりに振られる尻尾が見えたのは、俺の気のせいではないと思う。いじらしいというか、何というか。
まあ、ここまで慕われて嫌な気持ちになる奴はいないだろう。郭嘉も満更ではなさそうだ。
「孫市殿」
「何だよ」
「悪いけど、急用が出来てしまった。あなたと飲むのは、また後日にしよう」
「…はあ!?」
掌返しの早さに思わず面食らう。
ちょっと待て、それじゃ何か、お前はそのお嬢ちゃんがいないと思ってたから、俺と暇を潰そうとしてただけか。
て言うか、その子はただの副官じゃ…いや、その前提から違うのか!?
「ほ、奉孝様、ご先約があったのでは?」
「いや、全く。なまえは先に戻っていてくれないかな、すぐに私も行くよ」
全く、じゃねえだろ、あっただろ!
しかし、ぐるぐる考え込んだおかげで色んなものが見えてきた。
こいつが副官に手を出すアレな上官だってことも、先約を反故にしてまでそいつを優先する程度には惚れ込んでるってことも。
そのくせ、女遊びには余念がないとかフツーにナシだろ。
「郭嘉…お前いつか誰かに刺されるぜ」
今日の約束を不意にされた恨みも込めて、呪いの言葉を吐いておく。
すると郭嘉は
「あなたには言われたくないけれどね」
と、軽やかに笑った。
…とりあえず今回は貸し一つ。次に極上の酒持ってこないと承知しねえぞ!
「あ、もしくはあのお嬢ちゃんのお酌でもいいぜ?」
「それは無理だね。なまえのお酌は私専門なんだ」
■急上昇
※DLC学パロ
「キャー!郭嘉センパーイ!!」
「郭嘉くーん!!」
一瞬でコートが歓声に包まれます。鳳凰学院の生徒だけではなく、他校の女の子たちまで目がキラキラです。
いつものことながら、郭嘉先輩の出る試合は凄いです。きっと対戦相手の方も、とてもやりにくいに違いありません。
(…もしかしたら、これも郭嘉先輩の作戦なのでしょうか)
思わずそんなことを考えてしまいます。郭嘉先輩は頭も良い方なので、その可能性がないとも言い切れない気がします。
(…でも、そもそも女の子に優しい方なのですよね)
客席からの声援に、先輩は手を振って応えます。ああ、これでまた次の試合の時にはファンが二倍に増えてしまいます。
…本当は、こういう時、少し複雑です。
女の子にとっても優しい郭嘉先輩。恋人が沢山いたらしい、というお話も聞きました。
でも、好きになってしまったのです。だから決死の覚悟で告白したら、先輩も私を好きだと言って下さいました。
それだけで、私にとってはもう身に余る程の幸せの筈なのに。
(…あの笑顔を向けるのは、私だけにしてほしい、なんて)
これは、私の我儘でしょうか。
でも、それでも――
「なまえ?」
「!」
呼びかけられてようやく、目の前に郭嘉先輩が立っているのに気付きました。
私がうじうじと考え込んでいる間に、1ゲーム終了してしまっていたみたいです。
「考え事かな?私の試合を見てくれないなんて、なまえはいけないマネージャーだね」
「そっ、そんなことは…!」
いえ、本当は郭嘉先輩の言う通りです。嫉妬した上にマネージャーの仕事まで疎かにするなんて、最低です。
そうです、悩んでいても始まりません。ここからは気持ちを入れ替えて、マネージャーとしての本分を全うしなければ!
「なまえ、飲み物を取ってくれるかな?少し水分補給したいんだ」
「はいっ」
スポーツドリンクの準備は、前日のうちに万端です。
だから、即座に私はスポーツボトルを手渡そうとした――のですが。
郭嘉先輩はボトルを受け取ってはくれませんでした。
先輩は、
ボトルを握る私の手を取ると、
そのまま引き寄せて、
ストローに口を付けて――
「キャーーーーッ!!!」
周りから、悲鳴にも似た黄色い声が上がります。それもその筈です。
だって、だって、今叫びたいのは私も同じです…!
「か、かかかかか郭嘉先輩、あの、皆さんが見てますけど…っ!」
あまりの恥ずかしさと気まずさに、手がガタガタ震えます。
それでも郭嘉先輩は涼しいお顔で、
「見せ付けてあげればいいんじゃないかな」
とんでもないことをサラリと言い放ちました。
「でも――」
「なまえ」
なおも言い募ろうとした私を、先輩の声が静止します。
改めてお顔を見ると、先輩はにっこりと笑っていました。
「これで、ちゃんと私のことだけ考えて、私の試合を見てくれるようになるかな」
…途端に、心拍数が跳ね上がりました。顔も焼けるように熱いです。こんなの、きっと心臓に悪いに決まっています。
結局何も言えずに口をぱくぱくしていると、「はは」と郭嘉先輩に笑われてしまいました。
「可愛い人。勝ってくるよ、あなたのために、ね」
最後にくしゃりと私の頭を撫でて、先輩はコートに戻って行きました。
郭嘉先輩、そんなのずるいです。
…だって、いくら胸を押さえても、動悸は収まりそうにありません。
けれど、頭の中のモヤモヤはきれいさっぱり無くなってしまいました。
今ならば私、どんな視線も怖くないです。
…ねえ、先輩、先輩。
私、もっともっと欲張りになってしまっていいのでしょうか?
この試合が終わったら、その答えを頂いてもいいですか?
■どうする?
※DLC学パロ
「子桓、修学旅行が終わるのはいつだったっけ?」
実に平然と吐き出されたその言葉に、曹丕は無数の苦虫を噛み潰したような顔をした。
もとより“不機嫌”と形容されがちな顔ではあるのだが、今は眉間の皺も普段より三本ばかり多い。
それもこれも、目の前のベッドに体を転がしているクラスメイトのせいである。
しかし彼――郭嘉は、曹丕のそんな表情などお構いなしに、相変わらず軽薄な笑みを浮かべている。
「貴様は修学旅行の初日から何を言っている。余程のことがない限り、あと五日間の日程を消化せねば旅行は終わらん」
「五日もあるのか…。その間に、ストレスで死んでしまったらどうしよう」
「ストレス、だと?」
「うん。私はおおよそ集団行動に向いていない人間なんだ。朝決まった時間に起きて、夜は決まった時間に眠る…おまけに酒もなし、なんて、体がどうにかなってしまうかもしれない」
「安心しろ、朝は私が叩き起こしてやる。そして消灯の時間はとっくに過ぎている、さっさと寝ろ」
「まだ日付も変わっていないよ。こんな早くに眠れるわけがない」
いけしゃあしゃあと郭嘉はふざけたことを言う。それが更に曹丕の神経を逆撫でする。
そもそも郭嘉は運動部所属、しかも寮生ではなかっただろうか。普通ならば、集団行動のエキスパートであって然るべきである。
それもこれも、父がこの男を甘やかすのがいけないのだ。
曹丕の父――鳳凰学院の理事長を務める曹操は如何せんこの不真面目な生徒が何故かお気に入りらしく、多少素行が悪かろうが気にも留めていない。誰の目にも明らかな贔屓である。
そして、その皺寄せは全て曹丕の身に降り掛かってくる。三年間郭嘉とクラスが分かれなかったのは、どう考えても曹操の差し金だったとしか思えない。実の息子に目付役をさせているわけである。
先ほど郭嘉は「ストレスで死にそう」などと宣ったが、本当にその憂き目に遭いそうなのは曹丕の方だ。
「そもそも、どうしてうちの修学旅行は海外なんだろう。これではなまえに電話も出来ない。つまらないよ」
曹丕の恨めしげな視線など気付いていない様子で、郭嘉は己の携帯電話を掌でくるくると弄んだ。
みょうじなまえのことは、曹丕も知っている。男子テニス部マネージャーを務める一年の女子だ。何度か見かけたことがあるが、郭嘉のような不誠実な男には似合わないような、清楚な少女だった。
郭嘉本人は「可愛い恋人だよ」などと称していたが、曹丕は彼女も郭嘉に翻弄される被害者の一人だと認識している。
確かに郭嘉は彼女を飛び切り気に入っているようなので、「最愛」の恋人ではあるのだろう。
しかし、恐らく「唯一」ではない。
その証拠を、曹丕は今日一日で嫌というほど目にしている。
「…どの口でつまらんなどとほざくのか。貴様は今日一日、女に囲まれて刹那の夢とやらを満喫していただろうが」
嫌悪感を隠すこともせず、曹丕は吐き捨てた。
そう。郭嘉の周囲からは、一時たりとも女の影が消えなかった。
自由時間になった瞬間取り巻きに囲まれるわ、バスの添乗員すら口説くわ、やりたい放題にも程がある。
消灯時間になっても部屋に戻らない郭嘉を長きに渡る搜索の末に発見した時も、非常階段付近に女と二人で座り込んでいた。あそこで曹丕が声をかけていなかったら、もっと不埒な行為に及んでいたことは想像に難くない。
恐らく郭嘉は、他の誰よりもこの修学旅行を楽しんでいる。
しかし郭嘉は、曹丕の言葉に「そうでもないよ」と苦笑した。
「以前の私なら、それで満足していたかもしれないけれどね。なまえのいない物足りなさを他の女の子で埋めようかと思ったけれど、やっぱり駄目だった。今の私にはなまえだけだよ」
意外な返答だった。あまりの意外さに、曹丕は一瞬郭嘉を見直しそうになった。この男にも、まだそんな一途な感情が残されていたのか、と。
しかし、すぐにはたと思い直す。
「…郭嘉…貴様、自分の発言がどれだけ下衆か気付いているか」
「あれ?そうかな。おかしいな、私は本気でなまえを愛しているだけなのに」
涼しい顔で郭嘉は嘯く。もう反論する気力すら殺がれ、曹丕は頭を抱えたくなった。
こんな男に気に入られてしまったみょうじなまえに、心底同情する。
きっと彼女は、郭嘉の帰りを待ち侘びているだろう。遠く離れた海外で、己の恋人が何をしているのか知らぬまま。
いっそ郭嘉を置き去りにして帰った方がいいのではないかと、若干危険な考えが曹丕の脳裏に浮かんだ。そうすれば誰も傷付かずに済むし、己がこんな男に悩まされることもなくなるのだ。
「子桓は疲れているのかな?あの美人な彼女に癒してもらうといいよ」
「だからそれは貴様がだな…!」
郭嘉に手が掛からなければ、今すぐにでもそうしたいところだ。
もう置き去りなどでは飽き足らない。曹丕の心に湧き上がったのは紛れもない殺意だった。
本当に、どうしてくれようか、この男。
その気持ちを只管に込めて、曹丕はとうとう郭嘉の綺麗な笑顔に枕を投げ付けたのだった。