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「あッ、姉貴いいいィィ!だ、大丈夫か!?大丈夫か!!??」
「うん……大丈夫だからちょっと弓彦静かに」
「お、オレ、どうしよう、何したらいい!?オレに何か出来ることあったら何でも」
「うん……いいから、その気持ちだけで充分だから、とりあえず弓彦はそこで静かに座ってて」
涙目で喚き散らす弓彦の頭をぽんぽんと撫でると、不本意そうに唇を噛み締めはしたものの、ようやく静かになってくれた。
その顔に、「大丈夫だからね」と力なく笑うと、弟は小さく頷いた。
心配してくれるのは本当に嬉しい。けれど、今の私に弟のテンションは少々パンチが利きすぎている。可愛くて大好きな弟であることに変わりはないけれど、今だけはちょっと距離を置いていたい。
そう思ってしまうくらい、今の私には余裕がなかった。頭はフラフラ、目蓋も重く、正直体を起こしておくことすら辛い。
ああ、しくじったなあ。テーブルの上に突っ伏し、今更ながら己の軽々しい行動を呪う。
久し振りに出席した検事局の飲み会で、私は上司、後輩問わず、色んな人間から酌を振舞われた。
それは、偏に私が「検事審査会会長の娘」であるからなのだが、こういう場でのこういう肩書きは本当に面倒だと思う。
グラスが空くたび注がれるビール。猪口が空くたび注がれる日本酒。そしてその全てに付き纏う、私に――否、私の父に媚びた軽薄な笑顔。
『一柳なまえ検事は、本当にお若いのにご立派で』
『きっと将来は、お父上に匹敵する素晴らしい検事に』
そんな見え透いたおべっかを、突き返せない酒と一緒に何杯も飲み干し、そしてついに私は押し潰された。
……正確には、アルコールの力に負けて酔い潰れたのだが。
こういうとき、自分が酔って泣いたり、笑ったり、果てはもっと変な行動に出たりする人間でなかったことだけは良かったと思う。とりあえず、しばらくこうしていれば酔いは醒めるだろう。
ああ。しかし、酒を飲むのは初めてではないのに、まさかこんな事態になるなんて。
「……なっさけなー……」
「うん、ホントにねえ、我が娘ながらこんなに情けないとは思わなかったねえ」
ぽつり呟いた自嘲を、横から違う声が掻っ攫う。…それは、今だけは何としても聞きたくなかった人物の声。
顔を向けたくなどなかったが、仕方なく私はまるで人形のようなぎこちない動きで、ゆっくりとそちらに首を曲げる。
「…何しに来たのよ、父さん」
「ん?弓彦がさあ、なまえが死んじゃうって呼びに来たんだよ。だから父さんは、可愛い娘の一大事かと思ってすぐさま」
「嘘つけ、面白がって来たくせに」
「ひ、ひどいなあ……これでも父さん、なまえのことは本当に大事に思ってるのに…うっうっ…ホントにねー、泣けてくるよねー……」
お得意の泣き真似を始めた父を冷たく見つめる。いくら可哀想な様子を演じようが、その口元が笑みの形に歪んでいるのを私は見逃したりしない。
その証拠に、父はすぐに、く、と小さく笑った。
「……まあ、ね。努力は認めてあげてもいいかな。断わらなかったんでしょ、お酒」
「断わらなかったというか…」
断われなかったというか。
後半に続くべきその言葉が私の口から発せられることはなかったが、それでも父は変わらず笑っていた。
悔しいが、この男には全部お見通しなのだろう、と思う。
「なまえのそういうところがねー、馬鹿だと思うけど父さんは結構好きなんだよね」
「……どういうところよ」
「んー、何だかんだで僕のことが大好きなところ?」
「なっ」
突拍子もない父の言葉に、思わず私は跳ね起きた。
しかし、すぐに世界が回るような感覚に見舞われ、ふらりと再びテーブルの上に逆戻りしてしまう。未だアルコールは、私の体を支配しているらしい。
そして父は、そんな娘の姿に、「大丈夫ー?」と実に心の篭っていない気遣いの言葉をかけてくれたあと、不意にふわりと、私の髪を撫でた。
「別にさあ、断わってもいいんだよ、お酒くらい。でも、断わると僕に迷惑がかかるかも、とかさあ。僕の顔に泥を塗るかもしれない、とかさあ。そういうどうでもいいことを一生懸命考えちゃうんでしょ、なまえは」
「…………」
どう聞いても、私を馬鹿にしているとしか思えない父の声音に心底腹が立つ。
いっそ違うと言ってやりたい。別に、私が呑んで呑んでその果てに酔い潰れたのは、あなたの面子や立場なんてものを気にしたからじゃないんだと。
けれど、その言葉が出てこないのは、きっとそれが事実だからではなくて、まだ私の頭が働いていないからだ。
「じゃあ何故?」と問い返された時に、理路整然とした答えが返せそうにないからだ。
……それに、検事は確証のないことは口にすべきではないのだから。
そんなことをぐるぐる考えていた私は、余程面白くなさそうな顔をしていたのだろう。私の顔を覗き込み、父は再び小さく笑った。
「何でね、そんな顔しちゃうのか、とかね。昔はもっと素直ないい子だったのになあ」
「……うるさい」
……もういっそ、このまま寝たふりでもしてしまった方が精神衛生上いいような気がする。
そう思い、私が机にうつ伏せになり、顔を隠した瞬間。
コトリと、耳元で音がした。
思わず目をやれば、そこには水の入ったグラスが一つ。
そして、それをそこに置いたのは――紛うことなく父の手だった。
「寝てもいいけど、それ飲んでからにしてね。僕、さすがになまえをおぶって帰るのは嫌だから」
……つまり、水を飲んで帰るまでに酔いを醒ませということか。
ホントに、いちいち人の神経を逆撫でする男だと思う。
そもそも、私だっていい歳して酔い潰れた挙句、父親に連れ帰ってもらうなんて醜態を晒すのは真っ平御免だ。
だから、仕方なくそのグラスに手を伸ばす。
……ホントに、いちいち人の神経を逆撫でする男だ。
何で今日に限って、普段なら絶対しないようなことをするんだろう。
「……父親みたいなことしないでよ」
「だって父親だからねえ」
小さく毒づいて、グラスに口をつける。
私が水を飲む間も、相変わらず父は腹の立つ顔で笑っていた。
だからきっと、グラスに映った私の頬が赤かったのは、そんな父にムカついていたせい。
……もしくは、回りに回ったお酒のせい。
きっとそうだ。そうに違いない。
心の中でそう何度も繰り返しながら、私は一気にその水を煽った。
「うん……大丈夫だからちょっと弓彦静かに」
「お、オレ、どうしよう、何したらいい!?オレに何か出来ることあったら何でも」
「うん……いいから、その気持ちだけで充分だから、とりあえず弓彦はそこで静かに座ってて」
涙目で喚き散らす弓彦の頭をぽんぽんと撫でると、不本意そうに唇を噛み締めはしたものの、ようやく静かになってくれた。
その顔に、「大丈夫だからね」と力なく笑うと、弟は小さく頷いた。
心配してくれるのは本当に嬉しい。けれど、今の私に弟のテンションは少々パンチが利きすぎている。可愛くて大好きな弟であることに変わりはないけれど、今だけはちょっと距離を置いていたい。
そう思ってしまうくらい、今の私には余裕がなかった。頭はフラフラ、目蓋も重く、正直体を起こしておくことすら辛い。
ああ、しくじったなあ。テーブルの上に突っ伏し、今更ながら己の軽々しい行動を呪う。
久し振りに出席した検事局の飲み会で、私は上司、後輩問わず、色んな人間から酌を振舞われた。
それは、偏に私が「検事審査会会長の娘」であるからなのだが、こういう場でのこういう肩書きは本当に面倒だと思う。
グラスが空くたび注がれるビール。猪口が空くたび注がれる日本酒。そしてその全てに付き纏う、私に――否、私の父に媚びた軽薄な笑顔。
『一柳なまえ検事は、本当にお若いのにご立派で』
『きっと将来は、お父上に匹敵する素晴らしい検事に』
そんな見え透いたおべっかを、突き返せない酒と一緒に何杯も飲み干し、そしてついに私は押し潰された。
……正確には、アルコールの力に負けて酔い潰れたのだが。
こういうとき、自分が酔って泣いたり、笑ったり、果てはもっと変な行動に出たりする人間でなかったことだけは良かったと思う。とりあえず、しばらくこうしていれば酔いは醒めるだろう。
ああ。しかし、酒を飲むのは初めてではないのに、まさかこんな事態になるなんて。
「……なっさけなー……」
「うん、ホントにねえ、我が娘ながらこんなに情けないとは思わなかったねえ」
ぽつり呟いた自嘲を、横から違う声が掻っ攫う。…それは、今だけは何としても聞きたくなかった人物の声。
顔を向けたくなどなかったが、仕方なく私はまるで人形のようなぎこちない動きで、ゆっくりとそちらに首を曲げる。
「…何しに来たのよ、父さん」
「ん?弓彦がさあ、なまえが死んじゃうって呼びに来たんだよ。だから父さんは、可愛い娘の一大事かと思ってすぐさま」
「嘘つけ、面白がって来たくせに」
「ひ、ひどいなあ……これでも父さん、なまえのことは本当に大事に思ってるのに…うっうっ…ホントにねー、泣けてくるよねー……」
お得意の泣き真似を始めた父を冷たく見つめる。いくら可哀想な様子を演じようが、その口元が笑みの形に歪んでいるのを私は見逃したりしない。
その証拠に、父はすぐに、く、と小さく笑った。
「……まあ、ね。努力は認めてあげてもいいかな。断わらなかったんでしょ、お酒」
「断わらなかったというか…」
断われなかったというか。
後半に続くべきその言葉が私の口から発せられることはなかったが、それでも父は変わらず笑っていた。
悔しいが、この男には全部お見通しなのだろう、と思う。
「なまえのそういうところがねー、馬鹿だと思うけど父さんは結構好きなんだよね」
「……どういうところよ」
「んー、何だかんだで僕のことが大好きなところ?」
「なっ」
突拍子もない父の言葉に、思わず私は跳ね起きた。
しかし、すぐに世界が回るような感覚に見舞われ、ふらりと再びテーブルの上に逆戻りしてしまう。未だアルコールは、私の体を支配しているらしい。
そして父は、そんな娘の姿に、「大丈夫ー?」と実に心の篭っていない気遣いの言葉をかけてくれたあと、不意にふわりと、私の髪を撫でた。
「別にさあ、断わってもいいんだよ、お酒くらい。でも、断わると僕に迷惑がかかるかも、とかさあ。僕の顔に泥を塗るかもしれない、とかさあ。そういうどうでもいいことを一生懸命考えちゃうんでしょ、なまえは」
「…………」
どう聞いても、私を馬鹿にしているとしか思えない父の声音に心底腹が立つ。
いっそ違うと言ってやりたい。別に、私が呑んで呑んでその果てに酔い潰れたのは、あなたの面子や立場なんてものを気にしたからじゃないんだと。
けれど、その言葉が出てこないのは、きっとそれが事実だからではなくて、まだ私の頭が働いていないからだ。
「じゃあ何故?」と問い返された時に、理路整然とした答えが返せそうにないからだ。
……それに、検事は確証のないことは口にすべきではないのだから。
そんなことをぐるぐる考えていた私は、余程面白くなさそうな顔をしていたのだろう。私の顔を覗き込み、父は再び小さく笑った。
「何でね、そんな顔しちゃうのか、とかね。昔はもっと素直ないい子だったのになあ」
「……うるさい」
……もういっそ、このまま寝たふりでもしてしまった方が精神衛生上いいような気がする。
そう思い、私が机にうつ伏せになり、顔を隠した瞬間。
コトリと、耳元で音がした。
思わず目をやれば、そこには水の入ったグラスが一つ。
そして、それをそこに置いたのは――紛うことなく父の手だった。
「寝てもいいけど、それ飲んでからにしてね。僕、さすがになまえをおぶって帰るのは嫌だから」
……つまり、水を飲んで帰るまでに酔いを醒ませということか。
ホントに、いちいち人の神経を逆撫でする男だと思う。
そもそも、私だっていい歳して酔い潰れた挙句、父親に連れ帰ってもらうなんて醜態を晒すのは真っ平御免だ。
だから、仕方なくそのグラスに手を伸ばす。
……ホントに、いちいち人の神経を逆撫でする男だ。
何で今日に限って、普段なら絶対しないようなことをするんだろう。
「……父親みたいなことしないでよ」
「だって父親だからねえ」
小さく毒づいて、グラスに口をつける。
私が水を飲む間も、相変わらず父は腹の立つ顔で笑っていた。
だからきっと、グラスに映った私の頬が赤かったのは、そんな父にムカついていたせい。
……もしくは、回りに回ったお酒のせい。
きっとそうだ。そうに違いない。
心の中でそう何度も繰り返しながら、私は一気にその水を煽った。