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「えーと……ショパンさん?」
「何でしょう」
「……私、自分の部屋に帰りたいんですけど」
「ええ、どうぞご自由に。私は止めはしませんよ」
「……そう思うなら、そこをどいて頂きたいんですが」
何故こんなことになってしまったんだろう。
己の状況を鑑みつつも、何処か人事のようになまえは思う。そんなふうにしか思えないほど、今の状況は不可解だった。
やっとの思いで辿り着いた今日の宿。ああ、やっと休める。とりあえずは温かいお風呂でゆっくりしたい。そんなささやかな幸せに胸を躍らせていたなまえを、部屋の前で呼び止めたのは、他ならぬ今目の前にいるこの男で。
そして彼は、なまえを己の部屋に引き入れると、そのまま雪崩れ込むようにベッドの上に組み敷いた。
しかし、彼はそれ以上の攻勢には出なかった。体はおろか、唇すら重なることがないまま、こうして二人見つめ合って既に随分な時間が経過した気がする。
けれど、なまえの手首を寝台の上に縛り付ける腕の力は、一向に弱まる気配が無い。
それなのに彼は、「帰りたければ帰れ」と、実に矛盾したことを嘯く。
この男の言動がおかしい――と言うか、若干個性的なのは今に始まったことではないが、こんな行動は実にらしくない。
「ショパンさん」
なまえの語気が、思わず強まる。
しかしそれとは裏腹に、ショパンは端正な口元をふと、歪めた。
「……帰りたくとも、帰れないでしょう」
「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」
「私の細腕でも、貴女をこうして留め置くくらいのことは出来る」
唐突に、ショパンはそんなことを言い出した。
一体何の話だ。眉を顰めるなまえを気にも留めていないのか、ショパンはなおも言葉を続ける。
「確かに私は非力です。若い時分から病魔に悩まされ続け、この手に掴んだ生業も、ただ鍵盤を叩くだけのものだった。
しかし、これでも男です。貴女を拘束することくらいの芸当は簡単に出来る。
……ならば、貴女を守ることだって」
「……ショパンさん、一体何を」
「言っているのか」と続ける前に、なまえは一つ、思い至った。
それは、この宿に到着する前の出来事。今日、一日がかりで抜けてきた森でのこと。
なまえはそこで、背後からモンスターに襲われそうになった。それを寸でのところで助けてくれたのは、ジルバの強靭な大剣だった。
『怪我は無いか』
軽々とモンスターを斬り伏せ、ジルバはそう微かに笑った。
その笑顔に、その強さに、ほのかな胸の高鳴りを覚えてしまうことを、一体誰が止められようか。
『有難うございました!ジルバさんって、やっぱりすごく頼りになりますね』
だからなまえは、心からの感謝と、少しだけのときめきを込めて、ジルバに頭を下げたのだった。
まさか、とは思う。いや、しかしそれ以外の原因が考えられない。
そのことで。たったそれだけのことで拗ねたのかこの男は!
思わずなまえは、頭を抱えたくなった。自分よりも18も年上のくせに、この世界的に有名な音楽家先生は、何故か時折こうして子どものようになるのだ。
芸術家は、繊細で気難しい人間が多いとはいうけれど、身近で付き合う人間にしてみれば堪ったものではない。
……正直、時々面倒くさい。
脳裏でふっと、そんな言葉を想起した瞬間
「ふえっ!?」
右頬を、摘まれた。
「……なまえさん。貴女、今ものすごく失礼なことを考えませんでしたか?」
「なななな何を仰いますやら、ショパンさん」
「ここは私の夢の中ですからね。貴女の考えていることくらい、お見通しなのですよ?」
「そういうことが出来ないのは既に証明済みだったと思いますけど!?」
見ているこっちが惚れ惚れするくらい綺麗な笑顔で、ショパンは平然と人を騙しにかかってきた。
仮に――というか、実際当てられてはいるのだが――なまえの思考がショパンに筒抜けだったとしても、それは魔法のおかげでも何でもない。
なまえ自身が、ショパンと長く、近く共にいすぎたからだ。
「……なまえさん」
瞬間、ショパンの声のトーンが変わった。
低く、静かに、そして優しく。それは落ち着いた「大人」の声。
そして、まるで熱でも測るかのように、なまえの額と己の額をこつん、と合わせた。
「私以外の人に、あんな顔しないで下さい」
そんな大人の声で、彼は実に子どものような独占欲を口にする。
「貴女の傍にいるのは、私だけでいい」
そんなのは無理な相談だと、分かってはいるのですけれどね――
そう続け、自嘲するようにショパンは笑った。
ああ、もう、何だというんだろう、このダメな大人は。そして、そんな男の台詞に、顔を真っ赤にしている自分は。
面倒くさくて、過剰に詩的で、独占欲も強くて、でも知的で、優しくて、格好いいところも知っているから。
全部ひっくるめて、一番好きだと思わずにいられない。
「……じゃあ、明日はショパンさんが守って下さいますか?」
なまえが上目遣いにそう言えば、
「……約束しましょう」
満足げな笑みと共に、ようやく唇に、温かいものが降ってきた。
「……ということで、ショパンさん、そろそろ解放して頂きたいんですが」
「おや、こんな時間に男の部屋へ来て、何事もなく帰れると思っていたんですか?」
(…この似非紳士……!)
「何でしょう」
「……私、自分の部屋に帰りたいんですけど」
「ええ、どうぞご自由に。私は止めはしませんよ」
「……そう思うなら、そこをどいて頂きたいんですが」
何故こんなことになってしまったんだろう。
己の状況を鑑みつつも、何処か人事のようになまえは思う。そんなふうにしか思えないほど、今の状況は不可解だった。
やっとの思いで辿り着いた今日の宿。ああ、やっと休める。とりあえずは温かいお風呂でゆっくりしたい。そんなささやかな幸せに胸を躍らせていたなまえを、部屋の前で呼び止めたのは、他ならぬ今目の前にいるこの男で。
そして彼は、なまえを己の部屋に引き入れると、そのまま雪崩れ込むようにベッドの上に組み敷いた。
しかし、彼はそれ以上の攻勢には出なかった。体はおろか、唇すら重なることがないまま、こうして二人見つめ合って既に随分な時間が経過した気がする。
けれど、なまえの手首を寝台の上に縛り付ける腕の力は、一向に弱まる気配が無い。
それなのに彼は、「帰りたければ帰れ」と、実に矛盾したことを嘯く。
この男の言動がおかしい――と言うか、若干個性的なのは今に始まったことではないが、こんな行動は実にらしくない。
「ショパンさん」
なまえの語気が、思わず強まる。
しかしそれとは裏腹に、ショパンは端正な口元をふと、歪めた。
「……帰りたくとも、帰れないでしょう」
「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」
「私の細腕でも、貴女をこうして留め置くくらいのことは出来る」
唐突に、ショパンはそんなことを言い出した。
一体何の話だ。眉を顰めるなまえを気にも留めていないのか、ショパンはなおも言葉を続ける。
「確かに私は非力です。若い時分から病魔に悩まされ続け、この手に掴んだ生業も、ただ鍵盤を叩くだけのものだった。
しかし、これでも男です。貴女を拘束することくらいの芸当は簡単に出来る。
……ならば、貴女を守ることだって」
「……ショパンさん、一体何を」
「言っているのか」と続ける前に、なまえは一つ、思い至った。
それは、この宿に到着する前の出来事。今日、一日がかりで抜けてきた森でのこと。
なまえはそこで、背後からモンスターに襲われそうになった。それを寸でのところで助けてくれたのは、ジルバの強靭な大剣だった。
『怪我は無いか』
軽々とモンスターを斬り伏せ、ジルバはそう微かに笑った。
その笑顔に、その強さに、ほのかな胸の高鳴りを覚えてしまうことを、一体誰が止められようか。
『有難うございました!ジルバさんって、やっぱりすごく頼りになりますね』
だからなまえは、心からの感謝と、少しだけのときめきを込めて、ジルバに頭を下げたのだった。
まさか、とは思う。いや、しかしそれ以外の原因が考えられない。
そのことで。たったそれだけのことで拗ねたのかこの男は!
思わずなまえは、頭を抱えたくなった。自分よりも18も年上のくせに、この世界的に有名な音楽家先生は、何故か時折こうして子どものようになるのだ。
芸術家は、繊細で気難しい人間が多いとはいうけれど、身近で付き合う人間にしてみれば堪ったものではない。
……正直、時々面倒くさい。
脳裏でふっと、そんな言葉を想起した瞬間
「ふえっ!?」
右頬を、摘まれた。
「……なまえさん。貴女、今ものすごく失礼なことを考えませんでしたか?」
「なななな何を仰いますやら、ショパンさん」
「ここは私の夢の中ですからね。貴女の考えていることくらい、お見通しなのですよ?」
「そういうことが出来ないのは既に証明済みだったと思いますけど!?」
見ているこっちが惚れ惚れするくらい綺麗な笑顔で、ショパンは平然と人を騙しにかかってきた。
仮に――というか、実際当てられてはいるのだが――なまえの思考がショパンに筒抜けだったとしても、それは魔法のおかげでも何でもない。
なまえ自身が、ショパンと長く、近く共にいすぎたからだ。
「……なまえさん」
瞬間、ショパンの声のトーンが変わった。
低く、静かに、そして優しく。それは落ち着いた「大人」の声。
そして、まるで熱でも測るかのように、なまえの額と己の額をこつん、と合わせた。
「私以外の人に、あんな顔しないで下さい」
そんな大人の声で、彼は実に子どものような独占欲を口にする。
「貴女の傍にいるのは、私だけでいい」
そんなのは無理な相談だと、分かってはいるのですけれどね――
そう続け、自嘲するようにショパンは笑った。
ああ、もう、何だというんだろう、このダメな大人は。そして、そんな男の台詞に、顔を真っ赤にしている自分は。
面倒くさくて、過剰に詩的で、独占欲も強くて、でも知的で、優しくて、格好いいところも知っているから。
全部ひっくるめて、一番好きだと思わずにいられない。
「……じゃあ、明日はショパンさんが守って下さいますか?」
なまえが上目遣いにそう言えば、
「……約束しましょう」
満足げな笑みと共に、ようやく唇に、温かいものが降ってきた。
「……ということで、ショパンさん、そろそろ解放して頂きたいんですが」
「おや、こんな時間に男の部屋へ来て、何事もなく帰れると思っていたんですか?」
(…この似非紳士……!)