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一度だけ、古代種の娘を街中で見かけたことがある。
その時は正直、感慨を抱かなかった。
「古代種」などと仰々しい名で呼ばれているからどんなに特別なのかと思っていたのに、何のことは無い、普通の人間となんら変わらぬ容姿をしていて、少々拍子抜けしたのを覚えている。
ピンク色のワンピースの上に赤いジャケットを羽織り、彼女は花を売っていた。しばらくその様子を眺めていたが、プレートの上の人間は基本的にスラムの人間には友好的でないので、彼女の花籠の花は一向に減る兆しを見せなかった。それでも彼女は、只管に笑顔で声を掛け続けていた。
その日の内に、古代種を見たことをツォンさんに報告した。報告と言うよりも、ほぼ世間話に近いノリではあったが。
すると、ツォンさんは「そうか」と言って窓の外を見た。
「直にお前にも、彼女の捕縛命令が出されるだろう。その姿をよく覚えておけ。彼女こそ、我が神羅カンパニーが欲する最大の存在なのだから」
私と目を合わさぬまま語るツォンさんのその言葉を、私はデスクに座ったまま、ただ聞いていた。
直感的に、思った。
違う。
この人があの古代種を欲しがるのは、神羅が欲しているからだけじゃない。
その時に言われた言葉どおり、程なくして私にも彼女の捕縛命令が出された。
正しくは勧誘命令なのだが、血眼になって彼女を欲する上からの命令を聞くと、「捕縛」という表現は言い得て妙だという気がした。
命令通り、スラム街にある教会へと足を運ぶ。彼女は毎日足繁く、そこへ通っているという話だった。
辿り着いた教会は、廃墟同然の有様だった。床に貼られている木の板は所々剥がれ、長く座るものがいなかったのであろう椅子も、最早椅子としての役目は果たせまいと思うほどにボロボロだ。
そこに、彼女はいた。
穴の開いた天井から差し込む、一筋の光。その中に蹲り、彼女は一心に花の世話をしていた。
スラムの教会に咲く花。その花を世話する一人の女。
何故かその光景に、私は胸の詰まる思いを覚えた。
言葉を発することすら出来ず立ち尽くしていると、古代種の娘は私に気付いたようだった。
顔を上げ、私を見る。悲鳴でも上げられたら口を塞いでやろうと思っていたが、意外にも彼女は私を見て――微笑んだ。
「あなたも、神羅の人?」
そうだ、とも違う、とも言えなかった。返すべき言葉が出ない。
「……神羅カンパニー治安維持部門総務部調査課、なまえと申します」
結局、無意識に口から出てきた台詞はそんな事務的な自己紹介だった。
それを聞いて尚、古代種の娘は笑っている。あまつさえ、「なまえさんね」などと復唱している。
……絶対に怖がられたり、拒絶されたりするだろうと思っていただけに、調子が狂う。
「……今日こそは、我々神羅に力を貸して頂きたいのですが」
「何度来られても、一緒だよ。私にその気、ないから」
穏やかだが、きっぱりとした口調だった。どんなヒステリックな拒否の言葉よりも、余程力強さを感じた。
「……そういうわけには参りません。私は、何としてもあなたを――」
「どうしてあなたは、ここに来たの?」
私の言葉を遮って、彼女はそう問うてきた。栗色の髪が、光に当たって煌いている。
「……仕事、だからです。……というよりも、何故その様な事を聞かれるのですか」
「だってあなた、私の名前も知らないじゃない?」
名前も知らない人を捕まえに来るのなんて、おかしいよ。もしも逃げられそうになったら、何て言って呼び止めるの?
そう続けて、彼女は鈴の音のような笑い声を零した。
「神羅の人って、本当にお仕事のためなら何でもするのね」
「……そうですね。私は、特にそういう例かもしれませんが」
「そうなんだ?」
戦争に負けた国から神羅に来た。だから、課された役目を果たすことが自分の存在意義であると思ってきた。
そこまで話して、私は急激に我に返った。
見ず知らずの娘に。連れて来いと言われたターゲット相手に――一体何を喋っているのか、私は。
そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、頭を振る。
「とにかく、一緒に来て頂きます。それが上から命じられた、私の任務――」
「好きなんだね、ツォンのこと」
「な――っ」
今度こそ、私は二の句が告げなかった。というよりも、口を開くと余計なことをベラベラ喋ってしまう自信があった。
何故なら、彼女のその言葉は。
真実だったからである。
「『上』って言ったときにね、そう感じた」
「……な、ぜ」
「あなたの目がね、すごく一生懸命『好き』って言ってたから」
それだけ言って、彼女は口を閉じた。
別にそれが悪いとも良いとも、何とも批判はされなかったので、一気に緊張が解けた心地になった。
彼女はただ、陽の光の下で微笑んでいる。
目を閉じて、少しだけ忙しそうにしながら。
幸せそうに。
「……あなたは」
問いたかった。ツォンさんのことを。
すると、彼女は私の心を読んだかのように、口を開いた。
「ツォンは、私のことを知ってる人」
「……知ってる?」
「うん。……あんまりね、いないから、私。私のことを、昔から知ってくれてる人。ツォンは、その数少ない人のうちの、一人」
だから大丈夫だよ、と彼女は続けた。
大丈夫、だと?
何が大丈夫なものか。
適わない。この人には、絶対に。
だって彼女は、まるで母親だ。全てを包み込んで、優しく許す母のようだ。
そこにあるだけで見る人全てを癒す、野の花と一緒だ。
彼女こそが、この教会に咲く花だ。
たとえ彼女がツォンさんに何ら想いを抱いていなくても、ツォンさんはこの人を想う事をやめない。絶対に。
……私ですら、彼女のことを心の底で愛おしいと思ってしまったから。
「……帰ります」
帰りたい。もう少しここにいたい。
相反する二つの思いに逡巡するも、私は教会の扉をくぐろうとした。
「……次こそは、必ず捕まえて見せますから」
「ああ、ちょっと待って」
頼むから捨て台詞くらい綺麗にきめさせてくれ。今日は様にならない思いをしてばかりだ。
そんなことを考えているなんて知らぬ彼女は、摘んだばかりの黄色い花を私にごっそり差し出した。
一つの茎に小さな花を沢山つけているその花は丈が長く、こうも沢山受け取ってしまっては持つだけで一苦労である。
いや、そんなことはどうでもいい。
一体全体、どういう了見で彼女は己を付け狙う組織の女に花など差し出すのか。
「頑張って、ね?」
……だからそういうあなたの存在があるからこそ、頑張ってもどうしようもないというか。
考えれば考えるほど、私の頭の中は混乱する。
仕方がないので、私は思考を止めた。そして、口を開く。
「……名前を」
「エアリスよ」
何の躊躇いもなく――そしてやはり私の問いが終わる前に、彼女はそう答えた。
教会に咲く、一輪の花。
この腕の中の花のように素朴で、麗らかな花。
……誰もが欲しがる力を秘めていると言われる、花。
「……エアリスさん。また合間見える日まで、お元気で」
「うん、なまえさんもね」
そんなに満面の笑みで言われたって困る。
けれど私は敢えてそれには突っ込まず、微かに苦笑して教会を後にした。
その足で私は社へ戻った。
報告と、この大量の花をどうにかしようという了見での帰社だった。
オフィスに戻ると、予想通り仕事熱心な我らが主任はデスクについて何やらキーボードを叩いていたが、私がドアを開けるなり、顔を上げて笑った。
「お帰り。どうだった、古代種は」
「……任務失敗です。全く駄目でした」
「そうだろうと思ったよ」
私が何年もかけてやっている仕事を、一日二日でお前に達成されては困る。
そう言って、私を咎めはせずにツォンさんはただ、笑う。
『目がね、すごく一生懸命『好き』って言ってたから』
エアリスに言われた言葉が脳裏を過ぎる。その言葉の意味を、やっと思い知った気がした。
この人も一緒だ。
あの古代種を本当に大切に思っているのだと、目が言っている。
だからあの時この人は、私と目を合わさなかったのかもしれない。
きっと本気で捕まえようと思えば、この人はいつでもエアリスを捕まえられた筈だ。
でもそれをしなかったのは、きっと、この関係を、終わらせたくなかったから。
栗色の髪。緑色の目。
穏やかに笑う表情と、その母性。
何故彼女は、ああも私の持たざるものを全て持っているのだろう。
……なのに、嫌いになれないのは何故だろう。
「一筋縄ではいかない相手です、あの古代種は」
わざと苦々しげにそう言うと、そうだろう、と、またツォンさんは笑った。
その時は正直、感慨を抱かなかった。
「古代種」などと仰々しい名で呼ばれているからどんなに特別なのかと思っていたのに、何のことは無い、普通の人間となんら変わらぬ容姿をしていて、少々拍子抜けしたのを覚えている。
ピンク色のワンピースの上に赤いジャケットを羽織り、彼女は花を売っていた。しばらくその様子を眺めていたが、プレートの上の人間は基本的にスラムの人間には友好的でないので、彼女の花籠の花は一向に減る兆しを見せなかった。それでも彼女は、只管に笑顔で声を掛け続けていた。
その日の内に、古代種を見たことをツォンさんに報告した。報告と言うよりも、ほぼ世間話に近いノリではあったが。
すると、ツォンさんは「そうか」と言って窓の外を見た。
「直にお前にも、彼女の捕縛命令が出されるだろう。その姿をよく覚えておけ。彼女こそ、我が神羅カンパニーが欲する最大の存在なのだから」
私と目を合わさぬまま語るツォンさんのその言葉を、私はデスクに座ったまま、ただ聞いていた。
直感的に、思った。
違う。
この人があの古代種を欲しがるのは、神羅が欲しているからだけじゃない。
その時に言われた言葉どおり、程なくして私にも彼女の捕縛命令が出された。
正しくは勧誘命令なのだが、血眼になって彼女を欲する上からの命令を聞くと、「捕縛」という表現は言い得て妙だという気がした。
命令通り、スラム街にある教会へと足を運ぶ。彼女は毎日足繁く、そこへ通っているという話だった。
辿り着いた教会は、廃墟同然の有様だった。床に貼られている木の板は所々剥がれ、長く座るものがいなかったのであろう椅子も、最早椅子としての役目は果たせまいと思うほどにボロボロだ。
そこに、彼女はいた。
穴の開いた天井から差し込む、一筋の光。その中に蹲り、彼女は一心に花の世話をしていた。
スラムの教会に咲く花。その花を世話する一人の女。
何故かその光景に、私は胸の詰まる思いを覚えた。
言葉を発することすら出来ず立ち尽くしていると、古代種の娘は私に気付いたようだった。
顔を上げ、私を見る。悲鳴でも上げられたら口を塞いでやろうと思っていたが、意外にも彼女は私を見て――微笑んだ。
「あなたも、神羅の人?」
そうだ、とも違う、とも言えなかった。返すべき言葉が出ない。
「……神羅カンパニー治安維持部門総務部調査課、なまえと申します」
結局、無意識に口から出てきた台詞はそんな事務的な自己紹介だった。
それを聞いて尚、古代種の娘は笑っている。あまつさえ、「なまえさんね」などと復唱している。
……絶対に怖がられたり、拒絶されたりするだろうと思っていただけに、調子が狂う。
「……今日こそは、我々神羅に力を貸して頂きたいのですが」
「何度来られても、一緒だよ。私にその気、ないから」
穏やかだが、きっぱりとした口調だった。どんなヒステリックな拒否の言葉よりも、余程力強さを感じた。
「……そういうわけには参りません。私は、何としてもあなたを――」
「どうしてあなたは、ここに来たの?」
私の言葉を遮って、彼女はそう問うてきた。栗色の髪が、光に当たって煌いている。
「……仕事、だからです。……というよりも、何故その様な事を聞かれるのですか」
「だってあなた、私の名前も知らないじゃない?」
名前も知らない人を捕まえに来るのなんて、おかしいよ。もしも逃げられそうになったら、何て言って呼び止めるの?
そう続けて、彼女は鈴の音のような笑い声を零した。
「神羅の人って、本当にお仕事のためなら何でもするのね」
「……そうですね。私は、特にそういう例かもしれませんが」
「そうなんだ?」
戦争に負けた国から神羅に来た。だから、課された役目を果たすことが自分の存在意義であると思ってきた。
そこまで話して、私は急激に我に返った。
見ず知らずの娘に。連れて来いと言われたターゲット相手に――一体何を喋っているのか、私は。
そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、頭を振る。
「とにかく、一緒に来て頂きます。それが上から命じられた、私の任務――」
「好きなんだね、ツォンのこと」
「な――っ」
今度こそ、私は二の句が告げなかった。というよりも、口を開くと余計なことをベラベラ喋ってしまう自信があった。
何故なら、彼女のその言葉は。
真実だったからである。
「『上』って言ったときにね、そう感じた」
「……な、ぜ」
「あなたの目がね、すごく一生懸命『好き』って言ってたから」
それだけ言って、彼女は口を閉じた。
別にそれが悪いとも良いとも、何とも批判はされなかったので、一気に緊張が解けた心地になった。
彼女はただ、陽の光の下で微笑んでいる。
目を閉じて、少しだけ忙しそうにしながら。
幸せそうに。
「……あなたは」
問いたかった。ツォンさんのことを。
すると、彼女は私の心を読んだかのように、口を開いた。
「ツォンは、私のことを知ってる人」
「……知ってる?」
「うん。……あんまりね、いないから、私。私のことを、昔から知ってくれてる人。ツォンは、その数少ない人のうちの、一人」
だから大丈夫だよ、と彼女は続けた。
大丈夫、だと?
何が大丈夫なものか。
適わない。この人には、絶対に。
だって彼女は、まるで母親だ。全てを包み込んで、優しく許す母のようだ。
そこにあるだけで見る人全てを癒す、野の花と一緒だ。
彼女こそが、この教会に咲く花だ。
たとえ彼女がツォンさんに何ら想いを抱いていなくても、ツォンさんはこの人を想う事をやめない。絶対に。
……私ですら、彼女のことを心の底で愛おしいと思ってしまったから。
「……帰ります」
帰りたい。もう少しここにいたい。
相反する二つの思いに逡巡するも、私は教会の扉をくぐろうとした。
「……次こそは、必ず捕まえて見せますから」
「ああ、ちょっと待って」
頼むから捨て台詞くらい綺麗にきめさせてくれ。今日は様にならない思いをしてばかりだ。
そんなことを考えているなんて知らぬ彼女は、摘んだばかりの黄色い花を私にごっそり差し出した。
一つの茎に小さな花を沢山つけているその花は丈が長く、こうも沢山受け取ってしまっては持つだけで一苦労である。
いや、そんなことはどうでもいい。
一体全体、どういう了見で彼女は己を付け狙う組織の女に花など差し出すのか。
「頑張って、ね?」
……だからそういうあなたの存在があるからこそ、頑張ってもどうしようもないというか。
考えれば考えるほど、私の頭の中は混乱する。
仕方がないので、私は思考を止めた。そして、口を開く。
「……名前を」
「エアリスよ」
何の躊躇いもなく――そしてやはり私の問いが終わる前に、彼女はそう答えた。
教会に咲く、一輪の花。
この腕の中の花のように素朴で、麗らかな花。
……誰もが欲しがる力を秘めていると言われる、花。
「……エアリスさん。また合間見える日まで、お元気で」
「うん、なまえさんもね」
そんなに満面の笑みで言われたって困る。
けれど私は敢えてそれには突っ込まず、微かに苦笑して教会を後にした。
その足で私は社へ戻った。
報告と、この大量の花をどうにかしようという了見での帰社だった。
オフィスに戻ると、予想通り仕事熱心な我らが主任はデスクについて何やらキーボードを叩いていたが、私がドアを開けるなり、顔を上げて笑った。
「お帰り。どうだった、古代種は」
「……任務失敗です。全く駄目でした」
「そうだろうと思ったよ」
私が何年もかけてやっている仕事を、一日二日でお前に達成されては困る。
そう言って、私を咎めはせずにツォンさんはただ、笑う。
『目がね、すごく一生懸命『好き』って言ってたから』
エアリスに言われた言葉が脳裏を過ぎる。その言葉の意味を、やっと思い知った気がした。
この人も一緒だ。
あの古代種を本当に大切に思っているのだと、目が言っている。
だからあの時この人は、私と目を合わさなかったのかもしれない。
きっと本気で捕まえようと思えば、この人はいつでもエアリスを捕まえられた筈だ。
でもそれをしなかったのは、きっと、この関係を、終わらせたくなかったから。
栗色の髪。緑色の目。
穏やかに笑う表情と、その母性。
何故彼女は、ああも私の持たざるものを全て持っているのだろう。
……なのに、嫌いになれないのは何故だろう。
「一筋縄ではいかない相手です、あの古代種は」
わざと苦々しげにそう言うと、そうだろう、と、またツォンさんは笑った。
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