倉庫
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……っ」
台所から小さな声が上がると同時に、軽やかな包丁のリズムが止まる。
ふと吉良が新聞から顔を上げそちらを見やると、つい先程までそこで食材を刻んでいたはずの少女が、左手を押さえ立ち竦んでいた。
「どうかしたか、なまえ」
台所に踏み込み、その顔を覗き込む。するとなまえ――歳の離れた妹である彼女は、弱々しい笑みを浮かべて首を振った。
「何でもないの……ただ、ちょっと指を切ってしまっただけ」
そう言って、微かにずらされた右手の下の人差し指には、確かに真新しい小さな傷が走っていた。
しかし小さいとは言え、指先には血管も神経も集中している。すぐにその場所はぷくりとした水滴を生み出し、真白いまな板の上に数滴をぽたぽたと垂らした。
いけない、と途端になまえの顔色が変わる。食材の上に血が落ちたら、使い物にならなくなる。
しかし吉良はそんな妹の様子など意に介さず、素早くその細い手首を掴んだ。
まるで血液の赤が彼の中にある何かのスイッチを入れたかのように。その動きはあまりにも、唐突だった。
「……兄、さん」
瞳を大きく見開き、小さく己を呼ぶ妹。そんな彼女の姿を双眸に映し、吉良は唇をゆっくりと吊り上げる。
「気をつけないと駄目じゃないか、なまえ……こんなに綺麗な手に傷をつけるなんて」
白い指に走った赤い傷。
いけない子だ、と呟いた形のままの唇が、そのままその傷に這わされる。
そして吉良は、その小さな指を己の口へと運んだ。
「っ……!」
思わずなまえの体がびくりと跳ねる。
生温い粘膜に包まれた傷。嬲るような舌の動き。
音を立てて繰り返されるそれは、男女の間で交わされる愛撫と何処か似ている気さえした。
妹の手は美しいと、常々吉良は思っている。
今まで多くの女性の手を見てきたが、なまえの手はその中でもずば抜けて素晴らしい。
薄い肉付きの手のひらは象牙のように滑らかで、小さな関節はとても柔らかい。
中でもこの指先は最高だった。白く細いそれは、白魚のようだ、なんて陳腐な言葉では形容しがたい芸術品だ。
なまえが血の繋がった妹でさえなかったら、今頃この手は芳しい花のように、吉良の胸を飾っていただろう。
けれども彼女は妹だ。そして家族である彼女は、吉良にもっと尊いものを与えてくれる。
吉良が最も欲する、静かな安らぎを与えてくれる。
だから彼女は未だ呼吸しながらここにいる。
「っ、ふ……」
右手でエプロンの裾を鷲掴み、なまえは思わず声を漏らした。
舌で触れられるたびに、指先の傷はじんじんと痛む。けれどもそれ以外の感覚も、またなまえの体を支配する。
そして背筋を這い上がってくるそれが、なまえの口から押し殺した熱いものを吐き出させる。
「兄さん……だめ……」
ようやく、小さく拒絶の言葉が発されると、吉良はゆっくりとなまえの左手を開放した。
流れていた血はすっかり止まっていたが、温められたせいか、鈍い痛みは更に酷くなったような気さえする。
兄の顔を見られぬまま、なまえは俯き、台所の床だけを見つめていた。そんな妹の様子に小さく笑い、吉良は彼女の頭をぽんと撫でる。
「もう怪我なんてしてはいけないよ……刃物を使うときは充分気をつけるように」
分かったね、と念を押すように言った吉良は、既に「兄」の顔に戻っていた。
――さっきまで、確実に「男」の顔をしていたくせに。
そう言いたげな瞳で、なまえは吉良の足を睨めつけていた。
台所から小さな声が上がると同時に、軽やかな包丁のリズムが止まる。
ふと吉良が新聞から顔を上げそちらを見やると、つい先程までそこで食材を刻んでいたはずの少女が、左手を押さえ立ち竦んでいた。
「どうかしたか、なまえ」
台所に踏み込み、その顔を覗き込む。するとなまえ――歳の離れた妹である彼女は、弱々しい笑みを浮かべて首を振った。
「何でもないの……ただ、ちょっと指を切ってしまっただけ」
そう言って、微かにずらされた右手の下の人差し指には、確かに真新しい小さな傷が走っていた。
しかし小さいとは言え、指先には血管も神経も集中している。すぐにその場所はぷくりとした水滴を生み出し、真白いまな板の上に数滴をぽたぽたと垂らした。
いけない、と途端になまえの顔色が変わる。食材の上に血が落ちたら、使い物にならなくなる。
しかし吉良はそんな妹の様子など意に介さず、素早くその細い手首を掴んだ。
まるで血液の赤が彼の中にある何かのスイッチを入れたかのように。その動きはあまりにも、唐突だった。
「……兄、さん」
瞳を大きく見開き、小さく己を呼ぶ妹。そんな彼女の姿を双眸に映し、吉良は唇をゆっくりと吊り上げる。
「気をつけないと駄目じゃないか、なまえ……こんなに綺麗な手に傷をつけるなんて」
白い指に走った赤い傷。
いけない子だ、と呟いた形のままの唇が、そのままその傷に這わされる。
そして吉良は、その小さな指を己の口へと運んだ。
「っ……!」
思わずなまえの体がびくりと跳ねる。
生温い粘膜に包まれた傷。嬲るような舌の動き。
音を立てて繰り返されるそれは、男女の間で交わされる愛撫と何処か似ている気さえした。
妹の手は美しいと、常々吉良は思っている。
今まで多くの女性の手を見てきたが、なまえの手はその中でもずば抜けて素晴らしい。
薄い肉付きの手のひらは象牙のように滑らかで、小さな関節はとても柔らかい。
中でもこの指先は最高だった。白く細いそれは、白魚のようだ、なんて陳腐な言葉では形容しがたい芸術品だ。
なまえが血の繋がった妹でさえなかったら、今頃この手は芳しい花のように、吉良の胸を飾っていただろう。
けれども彼女は妹だ。そして家族である彼女は、吉良にもっと尊いものを与えてくれる。
吉良が最も欲する、静かな安らぎを与えてくれる。
だから彼女は未だ呼吸しながらここにいる。
「っ、ふ……」
右手でエプロンの裾を鷲掴み、なまえは思わず声を漏らした。
舌で触れられるたびに、指先の傷はじんじんと痛む。けれどもそれ以外の感覚も、またなまえの体を支配する。
そして背筋を這い上がってくるそれが、なまえの口から押し殺した熱いものを吐き出させる。
「兄さん……だめ……」
ようやく、小さく拒絶の言葉が発されると、吉良はゆっくりとなまえの左手を開放した。
流れていた血はすっかり止まっていたが、温められたせいか、鈍い痛みは更に酷くなったような気さえする。
兄の顔を見られぬまま、なまえは俯き、台所の床だけを見つめていた。そんな妹の様子に小さく笑い、吉良は彼女の頭をぽんと撫でる。
「もう怪我なんてしてはいけないよ……刃物を使うときは充分気をつけるように」
分かったね、と念を押すように言った吉良は、既に「兄」の顔に戻っていた。
――さっきまで、確実に「男」の顔をしていたくせに。
そう言いたげな瞳で、なまえは吉良の足を睨めつけていた。