膝の上が熱い。身動きが取れない。
理由は一つ。我が家の旦那様が、上に突っ伏しているからだ。
疲れた時や、しんどい時。肉体的、精神的、理由は様々だが――とにかく癒やしが必要な時に、慶さんはこうして私の膝を求めることが多々あった。
今日も帰ってくるなり、着替えもせずにこの様子だ。
嫌なわけではない。十も歳上のこの人がこんな小娘を必要としてくれるのは嬉しいし、甘えん坊な一面も可愛いな、なんて思ってしまう。
ただ、今日はやけに長いような気がする。正直そろそろちょっと足も痺れてきたし、やらなくちゃいけない家事も残ってるし。それに、こんなに長いと余程何かあったのかと心配になる。
「け、慶さーん」
恐る恐る声をかけると、ぎゅうと慶さんの手が腰にしがみついて来た。そんなことしなくても、無理矢理引き剥がしたりはしないのに。
「ね、どうしたんですか? 何かありました?」
「……ごめん、今は聞かないで」
蚊の鳴くような声。うーん、これは本当に重症かも。どうしようもなくて、とりあえず膝の上に乗っかっている頭を撫でると、慶さんは大きな溜息をついた。
「
夕夏ちゃんの膝の上、世界で一番安心する……」
「そ、それは光栄ですが、その」
「もうずっとこうしてたい……」
すりすり。慶さんのほっぺたが、私の腿に押し付けられる。まるでちっちゃい子みたい。
慶さんのお願いは出来るだけ叶えてあげたいけど、さすがにずっとこのままってわけにもいかない。何とか浮上してもらうべく、まだぴったりとセットを維持している髪を撫でながら私は口を開く。
「ね、慶さん、何か欲しいものはありませんか?」
「……欲しいもの?」
体勢はそのままで、慶さんが上目遣いに視線を向けた。う、これもちょっと可愛い。
「食べたいものとかでもいいですよ。慶さんが元気になってくれるなら、私頑張ってお料理します」
「ね」と念を押すように、微笑みかける。すると慶さんはしばらく考え込んで、ぽつり
「……
夕夏ちゃん」
「え」
「
夕夏ちゃんが欲しい」
それは、つまり、どういう意味でしょうか慶さん。
そう問い返そうとしたけれど、慶さんの手がするりと私の脚を撫で上げていく。これ以上分かりやすい答えなんてない。
「けっ、慶さん、だっ、だめです、まだ」
「どうして?」
「まっ、まだ夜御飯も食べてないじゃないですか。それに私、お風呂の用意とか、色々、しなくちゃいけないことが」
「後でいいよ」
きっぱり言い切られて、手を取られる。身を起こし、じわじわと距離を詰めていた慶さんは、徐に私の首筋に鼻先を埋めた。吹きかかる吐息がくすぐったくて、肩がびくんと跳ね上がる。
「ふふ、お耳が真っ赤……可愛いなあ」
「あ、あぅ、耳、食べちゃだめですっ」
「それはちょっと無理だなあ。こんなに美味しそうなのに」
耳朶をふにふに甘噛される。それだけで背中のぞくぞくが止まらなくなる。慶さんがいつも耳を攻めるから、すっかり弱くなっちゃったのかな。
ホントは、するならちゃんとベッドでしたい。でも、もう体に力が入らない。こうやって簡単に流されてしまう意思の弱さに、毎回我が事ながら呆れてしまう。
でも、こうなっちゃうのは慶さんにだけなんですからね。
くったり、ソファの上に身を投げだした私の脚の間に、慶さんの体が入り込む。見上げた慶さんは、さっきまでの落ち込み様がどこへやら、すっかり楽しそうに笑っていた。
「……慶さん、元気になりましたね」
「
夕夏ちゃんのお陰でね。でも、まだ本調子じゃないかなあ」
……嘘はいけないんじゃないですか、仮にも神様に仕える人が。
そう思った瞬間、慶さんは首元のマナ字架を外して、じゃらりと床に落とした。
――もう“求導師様”じゃない。欲情にぎらつく瞳に見下されて、心臓が締め付けられたように、きゅうっとなる。
「
夕夏ちゃん、頂くね? 私が一番欲しいもの」
「……はい。全部、受け止めて下さいね?」
「勿論」
視線を合わせて、開始の合図を交わす。
私で嫌なことが忘れられるなら。
……一杯食べていいですよ、慶さん。
*****
貴方は萌えが足りないと感じたら『欲しいものない?ってきかれてお前って答えちゃう牧野夢』をかいてみましょう。幸せにしてあげてください。
https://shindanmaker.com/524738