SIREN
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この小説の夢小説設定▼牧野夢主
女/17歳/高校生
羽生蛇村在住の高校二年生。薙刀部所属。
明るく活発。
小さい頃から求導師様大好き。
▼三上夢主
女/編集者
三上脩の担当編集兼恋人。
夜見島に行くと言った三上に同行して島へと赴き、共に異変に巻き込まれる。
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道の脇には点々と積雪の残骸が残されていたが、昼を回ったこの時刻には殆ど溶け始めてしまっていた。山間部にあるこの村はいつも冬になるとそれなりに冷え込み、特に年末年始は雪も多いのだが、今年の正月は天気に恵まれた。
そう、正月であった。抜けるような快晴に、穏やかな日差し。今年の正月は暖かいと、皆が口を揃えて言うような良い日和である。
にも関わらず、道を行く牧野慶の心中には暗澹としたものが立ち込めていた。胸に抱えたそれは自己嫌悪と焦燥が綯い交ぜになったもので、年が明けたというのに変われないものだと、己が事ながら呆れてしまう。
普段なら大きな溜息を吐いていただろうが、隣を歩く人物のことを思うと憚られた。今、本当に溜息を吐きたいのは彼女の方だろう。
ちらり、自身の左側を歩く彼女を見遣る。俯き加減であったために表情までは分からなかったが、ここまで終始無言なのが何よりも彼女の思いを代弁しているだろう。
何とかしたい。慰めたいし、謝りたい。だが、どう声をかけるべきか牧野はまだ考えあぐねていた。生来優柔不断なたちであることは自覚している。しかも相手が女性となると尚更だ。
だが、立ち止まっているだけでは事態は好転しない。あの八月、嫌というほど実感したではないか。
もう無条件に助けてくれる相手もいない。それに何より、彼女は自分の妻なのだ。
意を決して、牧野は口を開いた。
夕夏ちゃん。
その呼びかけに、牧野夕夏はようやく弾かれたように顔を上げた。
***
元旦朝の新年礼拝を終え、牧野と夕夏は神代の屋敷へ向かっていた。
毎年神代家の新年会は、村の運営責任者を一同に集めて催される。不入谷教会の代表者となる牧野も例外でなく、しかも今年は妻を連れて来るようにと命じられたのだった。
何も妻は関係ないのでは。連絡があった際、現当主である神代淳に掛け合ってはみたのだが、色好い返事は得られなかった。
役場や分家の連中が教会の嫁を呼べとうるさくてな。とりあえず一度連れてくればあいつらも満足するだろう、今年だけの辛抱だ。それに、あいつが来れば亜矢子も退屈しないだろうしな。別に、俺としてはまっっっったく来てもらわなくて構わないんだがな!
苦々しい捨て台詞と共に切れた電話が、牧野の耳にこびり付いて離れない。
確かに、淳が自発的に夕夏を招待したがるとは考えにくい。寄ると触ると言い合いが始まる、傍目から見ていても相性がいいとは言い難い二人なのだから。
淳も当主を継いで間もない身。しかもまだ年若く、おまけに婿養子だ。様々なしがらみに板挟みになっているのは、己だけではないということだろう。
そう思うと突っぱねることも出来ず、結局牧野は夕夏に事情を説明した。嫌だとごねられても文句は言えまい。自分が同じ立場だったら、絶対に難色を示すだろう。
しかし、夕夏は予想に反し、にっこりと笑顔を作ったのだった。
「はい、ご一緒します。久しぶりに亜矢子に会えるのも嬉しいし」
あまりにあっさりと承諾するものだから、牧野の方が狼狽した。
村の偉い人達は、何も好意で夕夏ちゃんを呼ぶわけじゃないんだ。こんな言い方するのも何だけど、値踏みしたくて連れて来いって言ってるようなものなんだから。そんな中に連れて行くのは、私だって本当は嫌なんだ。ただでさえ、元旦から礼拝だ何だで忙しくさせるのが目に見えてるのに。
改めてそう説明しても、夕夏は事も無げに笑っていた。
「分かってます、大丈夫です。牧野の名前になるからにはそういうこともあるだろうって、覚悟をした上で私はお嫁に来たんです。それにこう見えても、沢山の人と接するのは嫌いじゃないですよ?学生の時に散々部活で鍛えられましたから」
ね、と念を押すように手を取られ、牧野は言葉を失った。
十も歳の離れた彼女は未だ成人すらしていないのに、自分よりも余程頼もしいと感服する。自分は村を取り巻く古い因習から彼女を守ってもやれないのに、彼女はその不甲斐ない両手を包んで笑うのだ。
ごめん、ごめんね。謝罪を繰り返す牧野に、夕夏は首を振る。
「謝らないで下さい。私は、慶さんが一緒にいてくれるだけで身に余るくらい幸せなんです」
二人でささやかな年越しをして、新しい年を迎えた。
道中、夕夏は緊張した面持ちだったが、神代家の前で宮田の姿を見つけ、幾分ほっとしたようだった。
良かった、知ってる人がいてくれて。
そう胸を撫で下ろす夕夏を見ていると、本当に不憫に思えてくる。平気なふりをしていたけれど、本当はずっと心細さと戦っていたのだろう。
そして宮田は、夕夏の様子を見て事態を察したようだった。
「兄さん」
低い声が牧野の耳朶を打ち、思わず身が震える。昔よりも関係は修復されたとは言え、自分と同じ目と声は未だに最も牧野に刺さる。やましい事があれば尚更だ。
あなたにも事情があるでしょうから、俺が口を出すことじゃないんでしょうけど。
そう前置きした上で、宮田は耳元に口を寄せてきた。
「村の年寄り連中に、あいつはあまりウケが良くない。病院に来る爺さん婆さんも、好き勝手に噂してますよ。それは承知の上ですよね?」
「……分かってる。そのご老人方からのお達しなんだ」
そう答えれば、瓜二つの顔を苛立ちに歪め、弟は小さく舌を打った。
「身勝手な年寄り共が。あいつが学生の頃は期待の若者だなんだと散々持て囃していたくせに、『求導師様』と結ばれた瞬間これだ。全員喉に餅でも詰まらせてくたばればいい」
「司郎、一応お正月だから……」
気持ちは分かるが、流石に縁起でもない。加えて、医者が言うべきことでもない。やんわりとたしなめれば、「あなたがそんなだから」と更に苦言を呈された。返す言葉もない。
しかし、最終的に宮田は短い前髪をがしがしかき上げながら、溜息混じりに声を発した。
「分かりました、俺も出来る限りのフォローはします。あとになってあいつから『先生は何もしてくれなかった』と罵られるのも癪なので」
牧野の胸中に巣食う氷塊が溶ける。孤立無援だった自分たちに、何と心強い味方だろう。
ありがとう、司郎。
泣き笑いのような顔で頭を下げれば「あなたの尻拭いは慣れてます」と吐き捨てられ、牧野は修復されたと思っていた兄弟仲をほんの少し疑った。
淳の挨拶は卒なく終わり、乾杯の音頭と共に宴会は始まった。
夕夏は烏龍茶を一口飲んだきり「亜矢子の手伝いして来ます」と席を立ち、そのまま長いこと戻らない。
ビールの入ったグラスに口をつけたまま、何とはなしに牧野は周囲を見回した。襖を取り払った広い和室。招待客は三十人にもなるだろうか。夫婦で招かれているのも牧野だけではない。しかし座っているのは男ばかりで、そうか、こういう場だったのかと今更ながらに気付く。
求導師を継いでから、神代の家には毎年招かれている。にも関わらず、これまでは際限無く勧められる酒を躱すことばかりに必死で、周りが全然見えていなかった。
閉鎖的、前時代的、典型的な田舎。度々弟が口にしていた非難が、実感となって牧野の頭に湧き上がる。
ここでは、女性の地位が低すぎる。当主の妻である亜矢子でさえ、最初の挨拶以降姿を見ていない。女たちはゆっくり座ることも許されず給仕に追われ、それは客である夕夏も例外ではなかった。否、客という勘定にも入れられていなかったと言うべきか。
ただ一人、美耶子だけは端の席で黙々と料理を口に運んでいたが、彼女は目が不自由であるが故の特例だろう。
――美耶子様は本当にお可愛らしい。赤い振り袖もとてもお似合いで。
周囲に座る男たちが、口々に賛辞を贈る。神の花嫁としての役割が消失しても、美耶子の雰囲気は人を惹きつけるのだろう。あるいは、神代家へのゴマすりか。いずれにせよ、美耶子は興味を抱いていない様子だった。完全に無視を決め込んで、只管食事に興じている。
あの潔さの半分でも己にあればと牧野は思う。自身はと言えば、求導師様、求導師様と語りかけられる度に愛想笑いを返すのが精一杯だ。
最初は他愛ない世間話も、酔いが回り場が温まってくれば、徐々に下世話な話題へと移行する。正月の無礼講の雰囲気が、それを更に助長させた。
――いやあ、まさか求導師様があんな若い子とご結婚なさるとは。十も歳下の嫁さんは可愛いでしょう、羨ましい限りですよ。
そのとおりだ。誰よりも可愛くて愛おしい、大切な妻だ。大声でそう主張出来ればどんなにいいか。だが、望む答えはそうではないと、皆の目が雄弁に語る。男性優位のこの場で、手放しに妻を褒めることは許されない。しかし、謙遜の形とはいえ夕夏を貶すことなど出来る筈もなく、結局牧野は曖昧に相槌を打つ。向かいに座る宮田が、ちらりとこちらを伺っている気がした。
――それにしても、奈瀬の爺さんはうまくやったもんだ。孫娘を送り込んで、求導師様と親戚になるなんてなあ。
――イチゴ農家が大した玉の輿だ。うちにも娘がいるが、なかなか真似出来ることじゃないなあ。
下卑た笑いに、隠しきれない羨望と嫉妬が滲んでいる。ここに夕夏がいないことに、初めて牧野は安堵した。こんな心無い言葉、絶対に耳に入れられない。
そもそも夕夏と自分が恋に落ちたきっかけは特殊すぎて、そこに奈瀬家の打算が介入する余地は全く無い。
それに、奈瀬家の人々は皆良い人だ。年齢差のある自分たちが想い合っていることを否定することなく受け入れ、見守ってくれた。結婚した今も、牧野の方が世話になってばかりだ。
正式に挨拶に行った日、『求導師様のような優しい方にならお願い出来ます。夕夏を幸せにしてやって下さい』と頷いた夕夏の祖父の顔が脳裏に浮かび、胸が痛む。今の自分は、その信頼を裏切っているも同然だ。
グラスを握る両手に、思わずぎゅうと力が籠もる。
――まあ、若くて可愛いのは結構だが、不入谷の名を背負うことを自覚してもらわねば。教会の妻が礼儀も知らんようでは話にならない。
――以前から宮田の若先生や亜矢子様にまでえらく馴れ馴れしいという話じゃないか。村の歴史や伝統を知らん若い連中はこれだから困る。
――いや、早いところ子を成してさえくれれば僥倖だ。若さの取り柄はそこだろう。
――農家の娘が次代の求導師様を産むと?それよりも神代家に代替わりをお願いした方が……
礼儀を知らない子供じゃない。武道を嗜んでいたのもあり、夕夏は同年代の娘達に比べれば余程礼儀を弁えている。
亜矢子や宮田に気安いのは、そこに並々ならぬ信頼があるからだ。当の二人も嫌がっていない。
それに、子を産ませるために結婚したわけじゃない。いずれ授かればとは思うが、それは教会存続のためじゃない。彼女のことが愛しくて仕方がないからだ。
夕夏がいい子なのは、自分が一番知っている。だから耐えろ。耐えなくては。正月だ。宴席だ。場の空気を壊すわけにはいかない。大丈夫だ、夕夏はまだ戻ってきていない。皆の言葉は、自分が受け止めればいいのだ。求められている役割ならいくらでも熟す。道化の仮面を被るのは慣れている筈だろう。
――しかし、今時の子は進んでいるからなあ。子を孕んだとして、それが本当に教会の子であるかどうかは、
それは、牧野の耳に入れるつもりの言葉ではなかったのだろう。ざわめきに掻き消されるような、小さな悪意。だが、間違いなくそれは牧野の鼓膜を震わせた。
瞬間、懸命に押し留めていた堰はいとも簡単に決壊した。
ダン、と鈍い音が広間中に響き渡り、一気に場が静まり返る。手にしたグラスをテーブルに叩きつけた形のまま、牧野は静かに口を開いた。
「私の妻が、不貞を働いていると仰るのですね?」
「え、聞こえ――い、いえ、そういったつもりでは」
「そうですか。ならばもう少し言葉には気をつけた方がよろしいでしょう。あなたの人格まで疑われますよ」
敢えて、静かに、丁寧に、堂々と。礼拝の説教と同じだと思えばいい。
視線を上げれば、呆然とした顔で固まっている弟と目が合った。心の中で「ごめん」と一応の謝罪をし、牧野は更に言葉を紡ぐ。
「皆さんの仰る通り、妻はまだ若い。私も見てのとおり頼りなく、人生経験豊富な皆様からすれば、飯事のような結婚生活にも見えるでしょう。ご心配は本当に有り難いものと受け止めています。――ですが、妻はあなた方が仰るような人物ではありません。私には勿体無いほどの女性であると、日々感謝するばかりです。どうか色眼鏡で見るのはやめて頂きたい。私が選んだ女性です。皆さん、今しばらく信じて、見守っては頂けませんか」
場は、静かなままだった。それもそうだろう。村人の前で怒りを露わにしたことなど、これまで一度もなかったのだ。例えこれで教会の評価を落とそうと、それならばそれでいいと牧野は思った。夕夏が悪く言われ続けるより、ずっといい。
「牧野」
冷え切った空気を壊したのは、鈴のような美耶子の声だった。手に持った箸には蒲鉾がしっかりと確保されている。この状況下においても食事を続けていたらしい。その肝の座り方には全く恐れ入る。
美耶子がはしたなくも箸を振り上げる。紅白の蒲鉾が指し示す先に視線を移すと――自身の後ろ、襖が開いていた。ビール瓶を抱え所在無さげに立っていたのは、今まで話題に上っていた、目に入れても痛くない最愛の妻に他ならない。
「あ……あの、お酒、足りないといけないと思って、お持ちしたんですけど、その……」
張り付いた笑顔。歯切れの悪い喋り方。いつからそこにいたのかは分からない。だが、間違いなくこれまでの経緯を彼女は耳にしたのだろう。
「愚図」
目を見開く牧野に、美耶子の罵声は死ぬほど沁みた。
***
そんなことがあっての、帰路であった。
あのあと何だかんだと淳と亜矢子が場を取り成し、恙無く新年会は最後まで行われた。
一旦冷静になってしまうと、怒りに身を任せた己が恥ずかしくなったが、淳には珍しく「俺も悪かった」と頭を下げられ、神代家の前で別れた宮田にも何故か珍しく「兄さん、今日はいい仕事をしましたね」と褒められ困惑した。頭を下げるべきは自分の方ではないのだろうか。
夕夏とは、あれ以来口をきいていない。あのあとも何度か台所と広間を往復し、忙しそうにしていたのもあるが、何より彼女に語りかける言葉を牧野は思いつかなかった。
ただ、このままというわけにもいかない。意を決して、牧野は沈黙を破った。
「夕夏ちゃん」
その呼びかけに、夕夏はようやく弾かれたように顔を上げ、牧野を見た。怒っているか、落ち込んでいるか。だが、牧野の不安に反して、
――夕夏の顔は、耳まで鮮やかに紅潮していた。
何だその顔は、一体、何で。どう見ても、怒っているようには見えない。それどころか、口元を抑えて目を逸らすその仕草は、勘違いでなければ、喜んでさえいるようで。
「け、慶さん、だめです、見ないで下さい、こんなだらしない顔」
両手で頬を覆って、困ったように眉を下げる。その顔の何がだらしないというのか。愛らしいの間違いじゃないのか。
「もう、だめです、本当に私――」
嬉しくて。
普段の快活な夕夏からは想像も出来ない、小さな声だった。
堪らず牧野は両手を広げ、目の前の彼女を胸の中へ抱き締める。わ、と驚くような声が上がったが、構わず牧野は腕の力を強めた。
「慶さん、誰かに見られちゃうから――」
「……大丈夫、誰もいないよ」
嘘ではなかった。往来の真ん中だというのに、周囲には人っ子一人いない。元々神代家のある西ヶ原から刈割までの間は民家も少なく、加えて今日は元旦だ。どこの商店も碌に営業していないのだから、出歩いている人間は更に限られるだろう。ここが田舎で良かったと、今だけは感謝してしまう。
「……ごめん、何もしてあげられなくて」
髪を撫でると、夕夏は牧野の胸に顔を埋めたまま、ふるふると首を振った。
「全然“ごめん”じゃないです。だって慶さん、私のために怒ってくれたじゃないですか」
「あんな姿、見せるつもりじゃなかったんだけどなあ……」
とうとう、牧野は大きく溜息を吐いた。その姿に、夕夏は小さくふふ、と笑みをこぼす。
「いつもの慶さんも好きですけど、怒ってる慶さんも素敵です。すっごくレアですし」
果たして、そう言われて喜んでいいものだろうか。複雑ではあったが、夕夏の笑顔を見ていると全てが瑣末なことに思えて、釣られるように牧野も笑った。愛する妻に褒められて、悪い気になる者はいまい。
「私ね、本当に平気なんですよ、慶さん。言ったじゃないですか。腹立つこといっぱい言われても、慶さんと一緒にいられるだけで幸せなんです。……なのに慶さんが不意打ちで褒めるから、好きな気持ちが止まらなくなって大変です」
心中穏やかじゃないのは牧野も同じだ。わざと口を尖らせて上目遣いに見上げてくるその顔に、そっくりそのまま同じ台詞を返してやりたくなる。
「……誰が何と言おうと、夕夏ちゃんは自慢の奥さんだよ」
腕の中の温もりが、只管に愛おしい。指で前髪を払い、白い額に唇を落とすと、夕夏はくすぐったそうに身を捩った。その仕草が妙に悩ましく、牧野は直視しなくていいように再び夕夏を胸に抱く。流石に、家に帰るまで我慢出来なくなるのはまずい。そんな男の生理など知りもせず、抱かれた妻は純真に笑う。
「私、もっと頑張ります。慶さんにずっとそう言ってもらえるように。裏で、亜矢子にも応援してもらったんですよ。来年のお正月は、もうみんなにあんなこと言わせませんから」
「……うん、一緒に頑張ろう」
本当に逞しい少女だと思う。すぐ地に視線を移し項垂れる自身とは正反対で、彼女はいつも空を見上げている。そうして時にこちらを振り返り、見つめるのはそっちじゃないと手を引いてくれる。一緒にいて救われているのは自分の方だ。夫婦としても、教会の長としても半人前だけれど、彼女が傍にいるなら前向きに頑張ろうと思える。一緒に成長していける。
指を絡ませるように手を繋ぎ、牧野と夕夏は家への道を再び辿り始めた。
顔を見合わせて笑う二人の上に、冬の暖かな日差しが降り注いでいた。
――余談ではあるが。
あの日の招待客の間で「求導師様は怒らせると怖い」と評判になり、しばらく牧野の顔を見るとビクビクする村人が跡を絶たなかった。
未だ微かに根に持っていた牧野の溜飲も、それでやっと下がったとか、下がらなかったとか。