SIREN
夢小説設定
この小説の夢小説設定▼牧野夢主
女/17歳/高校生
羽生蛇村在住の高校二年生。薙刀部所属。
明るく活発。
小さい頃から求導師様大好き。
▼三上夢主
女/編集者
三上脩の担当編集兼恋人。
夜見島に行くと言った三上に同行して島へと赴き、共に異変に巻き込まれる。
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『渡したいものがあるから、君の時間をくれないか』
愛しい彼からの電話を受けて、昼休みになるやいなや、私は職場のビルを飛び出した。
向かう先は、よく二人で利用している盲導犬可のオープンカフェ。彼は、既にテラス席に座ってカップを傾けている。私の姿を見つけると、忠実な愛犬は彼の袖を引いて来訪を伝えてくれた。
「すまない、仕事中なのに呼び出して」
申し訳なさそうに笑む彼に首を振り、向かいの椅子に座る。脩からのお誘いなら、どんな時だって駆け付けるに決まってる。
「どうしても、君にこれを渡したくて」
差し出されたのは、一輪の赤い薔薇。意外な贈り物に、思わず目を丸くしてしまう。だって、今日が何か、二人の記念日だった記憶はない。私の誕生日ではないし、彼だって違う。
「今日は、女性に薔薇を贈る日だそうだから」
首を傾げる私を見て、彼は続ける。
ああ、そうか、今日はサン・ジョルディの日か。バレンタインやクリスマスには到底及ばないマイナーな記念日を知ってるなんて、その知識量には本当に舌を巻く。でも、出版業界に関わる人だから、当然と言えば当然か。
しかし、『突然真紅の薔薇をプレゼント(それも一輪だけ、リボンをかけて!)』なんて気障なことをされても、この人なら嫌味がない。むしろ、似合いすぎていて怖くなる。女性読者を虜にする文壇の王子様の名は伊達じゃない。
だから、私の顔が耳まで熱くなってしまうのは、もう不可抗力と言えるだろう。
ああ、脩の目が悪くて良かったと、今だけは感謝してしまう。こんな顔、真っ向から見られたら、恥ずかしくてそれこそ顔から火が出そうだ。
けれど脩は、私の手を取って「顔が真っ赤だ」と言い切った。
「……分かるの?」
「しっかりと見えはしないけど、君のことなら分かるよ。手のひらも手首もこんなに熱いから、きっと真っ赤になっているんだろうな、と思ったんだ」
君が出版社勤務で良かったと脩は続けた。この記念日の意味を知っている人だから、喜んでもらえたと。
そう。サン・ジョルディの日は、男性は女性に薔薇を贈り、女性は男性に本を贈る日。花屋や書店、及び出版業界が最近力を入れたがっている記念日だ。
それは、確かにそうなんだけれど。
「でも、これを貰っちゃうと、脩に本をお返ししなきゃ」
「そうだね。楽しみにしているよ」
「塵芥賞受賞の売れっ子作家に本を贈るなんて、ハードルが高すぎるんですけど」
「君からのお薦めなら何でも嬉しいよ」
そういう歯の浮くようなことをサラッと言えてしまうの、才能に他ならないと思う。これだから、世の女性の心に響くラブストーリーを書けるんだろう。
でも、そんなこと言われても難しいものは難しい。大体、私が薦めずとも、目ぼしい名著は読了しているだろう。私のこれまでの人生における読書量なんて、絶対この人に敵わないに決まってるんだから。
「何かリクエストないの?欲しいものがあればプレゼントするから」
「リクエスト?」
私からの申し出に、脩は顎に手をやり少しだけ考え込んだ。その他愛ない仕草さえ絵になるんだから、イケメンここに極まれりである。
「……じゃあ、君の想い出の一冊を」
「想い出?」
「幼い頃に何度も読み返した本とか、出版業界を目指すきっかけになった本とか、あるだろう?私のそれは『人魚姫』の絵本だったのだけど――君にとっての『人魚姫』を、私に教えてくれないか」
まさかの希望に、言葉を失った。
ずるい。脩はずるい。そんな言い方されたら、嫌なんて言えなくなる。
この人にとっての『人魚姫』がどれほど大切な意味を持っているか、あの島に行った私は知っているから。
「ずっと自分のことばかりで、君を蔑ろにしていたから」
そんなことない。あなたに出会って、恋人になれた。あの島に行く前だって、私は幸せだった。静かな脩の声にそう返したいのに、どうしても喉の奥から言葉が出てこない。だから、必死に首を横に振る。
「ちゃんと君のことを知りたいし、君のことを愛したいんだ。だから――」
だから、一番大切な想い出を教えてくれと、彼は言うのだ。
こんなに盛大な愛の告白が、他にあるだろうか。
ぐすりと鼻を鳴らして頷く。脩の手が遠慮がちに伸ばされて、私の頬を拭った。止め処なく溢れる涙は、もう自分の意思じゃどうにもならない。
「……午後からも、仕事なのに。何があったのか、みんなに絶対聞かれちゃう」
「担当作家が意地悪で泣かされたと言えばいい」
「……意地悪な作家さんは、薔薇なんてくれないし」
駄々をこねるように唇を尖らせれば、微かに喉を鳴らして脩は笑った。釣られるように、私も笑う。
薔薇を間に挟んで笑い合う私達を、ツカサが不思議そうに見上げていた。
――さあ、脩に贈る本を何にするか、一生懸命考えなきゃ。