文豪とアルケミスト
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「お手紙、いいですね」と。
封筒を運んできた司書は、そんなことを言った。
転生した文豪達の間で、文通がちょっとした流行になっている。元々皆文字を書くことを活計としていた者たちだ。筆まめな者も大勢いる。
毎日一つ屋根の下で顔を合わせているというのに、喜々として書面によるコミュニケーションを選んでしまう辺り、これはもう業のようなものだと江戸川乱歩は思う。
手紙は司書に渡せば、取り纏め、該当の相手へと届けてもらえることになっている。
彼女の遥か上方にいる政府の連中は、これも何かしらの――転生した我々に対する――研究の一環として見ているようだったが、我らが司書の少女は一切そうとは考えていないようだった。
「皆さん、積もるお話もあるでしょうから。私に少しでも交友のお力添えが出来れば、嬉しいです」
彼女があまりに無邪気に笑むものだから、この図書館に集う者達は、くすんだ思惑など気にしないようになっていた。
お手紙、いいですね。
司書がそう言い出したのは、乱歩のもとに届いた手紙を一緒に読んでいた時だった。
乱歩は、自身に届いた手紙を司書に見せることを厭わない。元々読まれて困るようなことは書かれていないし、加えて彼と彼女は暫く前から互いに恋情を抱く関係となっていた。
二人並んで共に便箋を眺める一時は、彼女が興味深そうに瞳を丸くし表情を輝かせる瞬間を間近で堪能出来る、愛おしい時間なのだ。
今日の手紙の差出人は宮沢賢治。中には、ついこの間レコードプレーヤーを修理してやった時のお礼が認められていた。
『ああ、この間のですね。ちゃんとお礼の手紙を送ってくるなんて、賢治くんはとってもいい子ですね』
暫くはそうはしゃいでいた司書だったが、その後ぽつりと、上述したとおりの台詞を漏らしたのだった。
それはまるで文通をとても眩しいものに思っているような声音で、そこで乱歩ははたと気付いた。
この少女に手紙を書いたことがない。
確かに毎日顔を合わせ、会話をしてはいるのだが、それは他の皆相手でも同じだ。
夜を共にすることも多いからか。否、言い訳にはならないだろう。彼女への睦言ならば、口頭でも文字でも、幾らでも紡ぐことが出来る。
結局は自身が彼女を後回しにしていただけの話だ。それを乱歩は心中で密かに悔いた。
欲しいですかと問うても、彼女は首を縦には振るまい。遠慮がちな彼女が、己の欲求を「我儘」と称し進んでに口にはしないことを、乱歩は付き合いの中で学習していた。
『交友のお力添えが』等と言う割に、自身も同じ場所で生活している一人だということを、彼女は勘定に入れていないように思う。
望めば、求めれば、自分以外にも彼女に手紙を書きたいと申し出るものは大勢いるだろうに。
しかし、それはそれであまり面白くありませんねと思ってしまう自分も確かにおり、乱歩は苦笑する。願わくば、彼女に手紙を贈る大役は、己一人のものであってほしい。
ならば、書こう。思い立ちはしたが、そこでいつもの悪い癖が頭を擡げる。
有り触れた普通のものではつまらない。さて、どうするか。
暫く思案した後、乱歩は徐に筆を取った。
「乱歩さん、お話があります」
翌日。昼食のあと食堂で声をかけられ、乱歩は司書と連れ立って司書室へ向かった。
先行して廊下を歩く彼女の耳は、背後から見え隠れするだけでも、心なしか赤い。
そして目的地に辿り着くと、少女は恐るべき速さでドアに鍵をかけ――乱歩に向かって封筒を一通、差し出した。
「乱歩さん、これは一体どういうつもりなんですか……!」
「ああ、読んで下さったのですね。是非アナタにも手紙をお送りしたいと思ったので」
「そういう、ことじゃ、なくてですね…!」
震える声。赤く染まった頬。明らかに動揺している司書とは対照的に、乱歩は常通り飄々としている。
実際は心の奥で、一人快哉を叫んでいたのだが。少女の心を動かすことが出来たことに――つまりは、悪戯の成功に。
「自室に戻ったら、見慣れない封筒が置いてあって、それだけでもびっくりしたんです!鍵をかけてたのにどうやって――
いえ、本題はそこじゃなくて!何より、この文面が――」
少女はそこで言い淀む。
そう。乱歩は手紙を書いた。恋仲にある少女に向けて。かつて己が、小説に登場させた人物と同じように。
『今宵、貴女の朝までの時間を頂きに参ります 江戸川乱歩』
飾り気のない帝國図書館規定の便箋には、扇状的とも言えるその一文が記されていた。
「手紙って言うより……予告状ですよね……」
「おや、手紙には違いないでしょう」
「そうですけど……!でも、昼間から、これは……」
「昼に出さなければ意味がないではありませんか」
「そうなんですけど……!」
尚も恥じらいを隠さない、否、隠せない少女に乱歩は笑む。いつも仕掛けた悪戯には最高の反応を返してくれる彼女だが、これは予想以上の大成功だ。
大丈夫だ、怒らせてはいない。その証拠にゆるりと右手を取り、片方の手で頬を撫ぜれば、少女は躊躇いながらも乱歩の胸に体を預けてきた。
細い体を囲い込むように、乱歩は己の外套を絡ませた手を、少女の背に回す。
「……こういうお手紙は、いけません。私、昼間から、乱歩さんの顔まともに見れなくなっちゃいます」
外套の中にすっぽりと包まれたまま、少女は目を瞑り、そんな言葉を落とす。
こうも密着している状態でのそれは男を煽るに充分だと乱歩は思ったが、敢えて言及するのはやめた。からかい過ぎて、彼女の機嫌を損ねてしまうのだけは避けたい。
だから、一応は「それは失礼致しました」と謝罪を返しておく。ただ、その声に悪怯れた色は全く含まれていなかったが。
「ですが、司さん」
少女の髪を撫でながら、乱歩は続ける。
「怪人二十面相は、出した予告状の内容を決して違えるわけには参りません」
少女が唯でさえ大きな眼を、更に丸くする。その瞳に向かって念を押すように微笑みかければ、観念したか、彼女は小さく呟いた。
「……覚悟して、お待ちしています」
少しだけ熱を孕んだ声。それに含まれていたのは、諦念だけではないことは明らかで。
時刻を夜にしたのは早計だったでしょうかと、乱歩は胸中で不埒なことを考える。目の前の少女が、今、それ程に愛おしい。
しかし、この時間もまた愉しいものへと変わるだろう。じわじわと焦らされればそれだけ、夜は長くなる。
「……どうぞご期待下さい。エンターテイナーの真骨頂をお見せしますよ」
桃色の耳元に唇を寄せ、囁けば、少女の体は微かに跳ねた。
*****
「司さんの仰るとおり、手紙は中々に良いものですね」
「……出来れば今度は、普通のお手紙にして下さいね、乱歩さん」
封筒を運んできた司書は、そんなことを言った。
転生した文豪達の間で、文通がちょっとした流行になっている。元々皆文字を書くことを活計としていた者たちだ。筆まめな者も大勢いる。
毎日一つ屋根の下で顔を合わせているというのに、喜々として書面によるコミュニケーションを選んでしまう辺り、これはもう業のようなものだと江戸川乱歩は思う。
手紙は司書に渡せば、取り纏め、該当の相手へと届けてもらえることになっている。
彼女の遥か上方にいる政府の連中は、これも何かしらの――転生した我々に対する――研究の一環として見ているようだったが、我らが司書の少女は一切そうとは考えていないようだった。
「皆さん、積もるお話もあるでしょうから。私に少しでも交友のお力添えが出来れば、嬉しいです」
彼女があまりに無邪気に笑むものだから、この図書館に集う者達は、くすんだ思惑など気にしないようになっていた。
お手紙、いいですね。
司書がそう言い出したのは、乱歩のもとに届いた手紙を一緒に読んでいた時だった。
乱歩は、自身に届いた手紙を司書に見せることを厭わない。元々読まれて困るようなことは書かれていないし、加えて彼と彼女は暫く前から互いに恋情を抱く関係となっていた。
二人並んで共に便箋を眺める一時は、彼女が興味深そうに瞳を丸くし表情を輝かせる瞬間を間近で堪能出来る、愛おしい時間なのだ。
今日の手紙の差出人は宮沢賢治。中には、ついこの間レコードプレーヤーを修理してやった時のお礼が認められていた。
『ああ、この間のですね。ちゃんとお礼の手紙を送ってくるなんて、賢治くんはとってもいい子ですね』
暫くはそうはしゃいでいた司書だったが、その後ぽつりと、上述したとおりの台詞を漏らしたのだった。
それはまるで文通をとても眩しいものに思っているような声音で、そこで乱歩ははたと気付いた。
この少女に手紙を書いたことがない。
確かに毎日顔を合わせ、会話をしてはいるのだが、それは他の皆相手でも同じだ。
夜を共にすることも多いからか。否、言い訳にはならないだろう。彼女への睦言ならば、口頭でも文字でも、幾らでも紡ぐことが出来る。
結局は自身が彼女を後回しにしていただけの話だ。それを乱歩は心中で密かに悔いた。
欲しいですかと問うても、彼女は首を縦には振るまい。遠慮がちな彼女が、己の欲求を「我儘」と称し進んでに口にはしないことを、乱歩は付き合いの中で学習していた。
『交友のお力添えが』等と言う割に、自身も同じ場所で生活している一人だということを、彼女は勘定に入れていないように思う。
望めば、求めれば、自分以外にも彼女に手紙を書きたいと申し出るものは大勢いるだろうに。
しかし、それはそれであまり面白くありませんねと思ってしまう自分も確かにおり、乱歩は苦笑する。願わくば、彼女に手紙を贈る大役は、己一人のものであってほしい。
ならば、書こう。思い立ちはしたが、そこでいつもの悪い癖が頭を擡げる。
有り触れた普通のものではつまらない。さて、どうするか。
暫く思案した後、乱歩は徐に筆を取った。
「乱歩さん、お話があります」
翌日。昼食のあと食堂で声をかけられ、乱歩は司書と連れ立って司書室へ向かった。
先行して廊下を歩く彼女の耳は、背後から見え隠れするだけでも、心なしか赤い。
そして目的地に辿り着くと、少女は恐るべき速さでドアに鍵をかけ――乱歩に向かって封筒を一通、差し出した。
「乱歩さん、これは一体どういうつもりなんですか……!」
「ああ、読んで下さったのですね。是非アナタにも手紙をお送りしたいと思ったので」
「そういう、ことじゃ、なくてですね…!」
震える声。赤く染まった頬。明らかに動揺している司書とは対照的に、乱歩は常通り飄々としている。
実際は心の奥で、一人快哉を叫んでいたのだが。少女の心を動かすことが出来たことに――つまりは、悪戯の成功に。
「自室に戻ったら、見慣れない封筒が置いてあって、それだけでもびっくりしたんです!鍵をかけてたのにどうやって――
いえ、本題はそこじゃなくて!何より、この文面が――」
少女はそこで言い淀む。
そう。乱歩は手紙を書いた。恋仲にある少女に向けて。かつて己が、小説に登場させた人物と同じように。
『今宵、貴女の朝までの時間を頂きに参ります 江戸川乱歩』
飾り気のない帝國図書館規定の便箋には、扇状的とも言えるその一文が記されていた。
「手紙って言うより……予告状ですよね……」
「おや、手紙には違いないでしょう」
「そうですけど……!でも、昼間から、これは……」
「昼に出さなければ意味がないではありませんか」
「そうなんですけど……!」
尚も恥じらいを隠さない、否、隠せない少女に乱歩は笑む。いつも仕掛けた悪戯には最高の反応を返してくれる彼女だが、これは予想以上の大成功だ。
大丈夫だ、怒らせてはいない。その証拠にゆるりと右手を取り、片方の手で頬を撫ぜれば、少女は躊躇いながらも乱歩の胸に体を預けてきた。
細い体を囲い込むように、乱歩は己の外套を絡ませた手を、少女の背に回す。
「……こういうお手紙は、いけません。私、昼間から、乱歩さんの顔まともに見れなくなっちゃいます」
外套の中にすっぽりと包まれたまま、少女は目を瞑り、そんな言葉を落とす。
こうも密着している状態でのそれは男を煽るに充分だと乱歩は思ったが、敢えて言及するのはやめた。からかい過ぎて、彼女の機嫌を損ねてしまうのだけは避けたい。
だから、一応は「それは失礼致しました」と謝罪を返しておく。ただ、その声に悪怯れた色は全く含まれていなかったが。
「ですが、司さん」
少女の髪を撫でながら、乱歩は続ける。
「怪人二十面相は、出した予告状の内容を決して違えるわけには参りません」
少女が唯でさえ大きな眼を、更に丸くする。その瞳に向かって念を押すように微笑みかければ、観念したか、彼女は小さく呟いた。
「……覚悟して、お待ちしています」
少しだけ熱を孕んだ声。それに含まれていたのは、諦念だけではないことは明らかで。
時刻を夜にしたのは早計だったでしょうかと、乱歩は胸中で不埒なことを考える。目の前の少女が、今、それ程に愛おしい。
しかし、この時間もまた愉しいものへと変わるだろう。じわじわと焦らされればそれだけ、夜は長くなる。
「……どうぞご期待下さい。エンターテイナーの真骨頂をお見せしますよ」
桃色の耳元に唇を寄せ、囁けば、少女の体は微かに跳ねた。
*****
「司さんの仰るとおり、手紙は中々に良いものですね」
「……出来れば今度は、普通のお手紙にして下さいね、乱歩さん」
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