Caligula Overdose
夢小説設定
この小説の夢小説設定not部長。帰宅部のメンバー。
メビウスでのクラスは2年7組。年齢17歳。実年齢18歳。現実世界でも高校生
メビウス歴は一年くらい
帰宅部に入る以前からホコロビに気付いており、琵琶坂先輩と行動をともにしていたという設定です
(一部の話には男部長が登場します)
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一晩の遊びならともかく、長く傍に置いておくなら従順な女がいい。
おとなしく、物分りが良く、少しばかり放っておいても文句を言わない。顔を合わせれば尻尾を振って喜び、どんな命令にも従う、犬のような──どこまでも都合のいい女。
あの場所で拾った雨宮三緒里は、まさしくその条件を絵に描いたような存在だった。それこそが彼女の最たる評価点であると、僕は考えていたはずだった。
だと言うのに、何故か僕は今、目の前の光景に苛立ちを覚えている。
一週間ぶりに彼女を呼び出した逢瀬。夕食を共にするため、何か食べたいものはあるかと問うた僕に、彼女は答えた。
「エスニックはどうですか。彩声ちゃんに教えてもらったお店があって」
そして続けた。「琵琶坂さん、パクチーお好きですよね」と。
その返答が妙に引っかかった。けれど、別段理由を深くは考えなかった。
違和感の正体が分かったのは、料理が運ばれてきてからだ。
最近開店したばかりというそのベトナム料理屋は、悪くない店だった。新築の店内は清潔で洒落ているし、料理の味もいい。情報源が天本彩声というのが若干気に障るが、少しくらいは感謝してやってもいいだろう。
しかし、三緒里君の箸はあまり進んでいないように見えた。肉や海鮮を少し摘み、あとは生春巻きを数個口にしただけだ。別段極めて食が細いなんて体質ではなかったはずなのだが。
食欲がないのか、体調が悪いのかとも疑った。しかし、顔色は普段と変わらないし、怠そうにも見えない。更に彼女は、僕に隠し事が出来るほど器用でもない。体調が悪ければ絶対に分かる。
ならば、原因は何だ。彼女の行動をつぶさに観察する。
殆ど食べていないのは特にサラダ──そう、パクチーが大量に入った──
そこで、ようやく一つの仮説に辿り着いた。
「──三緒里君、サラダは食べないのかい? 良かったら、僕が取り分けてあげようじゃないか。さあ、取皿を出したまえ」
そう迫ると、あからさまに彼女は目を丸くし、何かを取り繕うような表情になった。
「い、いえいえ。琵琶坂さんにそんなことさせられません!」
「遠慮は無用だよ。ほら、こちらの皿は僕の方が近いからね。君の方からじゃよそいにくいだろう」
「いえ、本当にもうお気持ちだけでっ」
「──だろうね。君、パクチーが嫌いなんだろう」
ひくりと彼女の肩が震えた。そのリアクションだけで図星だと語っているようなものだ。
ふう、とわざとらしく深く溜息をついてやる。いや、溜息をつきたくもなる。
彼女の言うとおり、僕は香草の類が一通り好物だ。が、人によって好みの分かれる食べ物だということも理解しているし、彼女に強要しようという気もない。
「……僕は“君の”食べたいものを聞いたはずだが?」
そう。彼女は一言も「エスニックが食べたい」とは言っていない。僕が望んでもいないのに、僕の好みに合わせようとしていただけだ。
僕の問いに適切な答えを返さなかった。それが違和感の正体だ。
「……ごめんなさい」
か細い謝罪は、今にも泣き声に変わりそうだった。
責めないで、怒らないでと涙の膜が張った瞳が何よりも雄弁に訴える。怯えきった彼女の目は正直かなり唆るのだが、今はそんな不埒な思考よりも苛立ちの方が勝っていた。
「そんなに僕は信用出来ないかい? 君の気持ちを汲まない男だと思われているのかな」
「そうじゃ──そんなつもりじゃ、なかったんです。彩声ちゃんにこのお店のこと、教えてもらって──琵琶坂さんが好きそうだから、一緒に行きたいって思ったのも本当で……でも」
元々華奢な体が、弁解と共にどんどん小さくなっていく。このまま消えてしまうんじゃないかと馬鹿らしいことをぼんやりと考えた。実際に、彼女は今消え入りたいほどの気持ちではあるだろうが。
「……パクチー、食べられないのも本当です。ごめんなさい……」
二度目の謝罪。今にも涙が零れ落ちそうなのに、彼女は必死にそれを堪えている。ここで泣いたら僕が迷惑がることを理解しているわけだ。それは、僕の躾の賜物というよりも、彼女を育てた女が施した洗脳の結果といった方が適切だろう。それが余計に不快感を煽った。
自分の意見を言うのが苦手。自分の気持ちよりも、相手の望む回答を優先する。幼少期から親の意見に合わせて生きてきた人間特有の行動だと、以前目を通した本に書いてあった。
──機能不全家庭で育った、アダルト・チルドレンに関する書籍だ。
知っている。彼女が、実母にどう扱われて育ってきたかを。そして、その母親が未だに彼女の精神を支配し続けていることを。
この心に沸き起こる感情は、決して同情などではない。独占欲と執着、そして彼女の母親への憎悪だ。
その女を支配するのは貴様じゃない。俺だ。俺のものだ。
「何なら食べられる?」
僕の問いに、「え?」と彼女が顔を上げる。鳩が豆鉄砲を食ったような、と形容するに相応しい間抜けな顔だったが、それを目にした瞬間、胸の中の何かが溶けていく心地がした。
「嫌いなものは食べなくていい。好きなものだけ食べたまえ。もう一度聞くぞ? 今、ここに並んでいる料理の中で何なら食べられる?」
「え、ええと──パクチーが入っていないものなら……あと、あんまり辛くないもの……」
「了解したよ」
生春巻き。豚肉とパイナップルの炒めもの。蟹の揚げ物。彼女の提示した条件に合致するものを、片っ端から取り分ける。焦りに満ちた「琵琶坂さん、私がやります」という声は聞こえなかったことにした。
「僕の顔色を伺う必要なんかないんだよ」
とことん料理が盛られた皿を手渡しながら、そう言ってやる。
「食べたいものも、欲しいものも、したいことも、遠慮なく言ってくれていい。君は今や僕のパートナーなんだから」
従順な女は好きだ。が、それは常時こちらに斟酌し続けろという意味じゃない。意志を持たない人形のような女など、侍らせて何の面白みもない。それに、飼い主に噛み付く犬は論外だが、少しくらいの我儘なら関係におけるスパイスのようなものだ。
そう、ただそれだけだ。何故か己に言い聞かせるように繰り返し思う。
三緒里君の右目から、ようやく一筋だけ涙が伝う。泣くのすら不器用なのかと呆れつつ、ハンカチでその涙を拭ってやれば、
「ありがとうございます……」
震える声で、彼女は礼を口にした。
「そういえば、君は何が好きなんだ? 参考までに教えてもらおうじゃないか」
「何……でしょうね。ずっと母と妹の好みに合わせてたせいか、自分でもよく分からなくなっちゃいましたね」
「……成程」
これは、彼女の矯正は骨が折れそうだ。いや、開発のし甲斐があるとも言えるか。
とりあえず、次は寿司にでも連れて行ってやろうか。そういえば寿司ネタは穴子が好きだと、以前部長君と話していたような記憶がある。なら、本格的な江戸前の店を探して──そういえば、まだ蝦蛄も食わせてやってないな──
「琵琶坂さん、何か嬉しいことでも思い出しました?」
脳内で今後の計画を練る僕を見て、彼女は何とも呑気なことを口走る。
誰のために考えてやってると思ってんだ。そう返したかったが、彼女の顔を見ていたらその気も失せた。
嬉しそうな顔をしてるのは君じゃないか。
ああ、全く以て調子が狂う。ただ、確かに悪い気分ではないと、高揚感にも似た気持ちをサラダと一緒に咀嚼した。