Caligula Overdose
夢小説設定
この小説の夢小説設定not部長。帰宅部のメンバー。
メビウスでのクラスは2年7組。年齢17歳。実年齢18歳。現実世界でも高校生
メビウス歴は一年くらい
帰宅部に入る以前からホコロビに気付いており、琵琶坂先輩と行動をともにしていたという設定です
(一部の話には男部長が登場します)
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「なんか、思ってたのとちょっと違うんですよね……」
「おや、口に合わなかったかい?」
「いっ、いえ、そうじゃないんです!」
ぽつりと思わずこぼした呟きを拾われてしまい、雨宮三緒里は大いに慌てた。
口に合わないなんて言っては罰が当たる。目の前に鎮座しているのは、老舗ホテルのパティスリーに期間限定で並ぶ、高級品種のイチゴをふんだんに使用したショートケーキ。以前一度テレビで見てから憧れはあったけれど、たった一ピースでも普通のケーキ屋でならホールが買えるようなお値段で、とてもじゃないがまだ学生である三緒里の経済力では手が出ない代物だ。
勿論、味も極上だった。口溶けのいいクリーム。キメ細かいスポンジ。それに負けないイチゴの甘酸っぱさと存在感。間違いなく、今までの人生で出会った中では一番のケーキだ。
何故、三緒里がこのケーキにありつけたのか。それは当然、いま目の前にいる男のおかげである。
「君がこの間、食べたそうにしていたから用意したよ」
そう言って琵琶坂が冷蔵庫からこのケーキを運んで来た時、あらゆる意味で三緒里は驚愕した。
まさか、こんな偶然に出会えるとは思わなかったし、一緒にテレビを見ていた時の呟きをまさか琵琶坂が覚えているとも思っていなかったのだ。
感動に打ち震え、「ありがとうございます」を繰り返すことしか出来なくなった三緒里に笑い、琵琶坂は続けた。
「まあ、一応は誕生日だからね。折角なら、美味いケーキが食べたいと思ったのさ。僕の独断で選んだものではあるが、どうぞ味わってくれたまえ」
その言葉で、はたと気付いた。
いや、そうなるまでに色々と思うところはあったのだが、改めて認識させられた、と言うべきか。
今日が誕生日なのは、食べたかったケーキを用意してもらった三緒里ではない。
これを用意した琵琶坂こそが、本日の主役なのである。
そもそも、最初から温度差はあった。
「琵琶坂さん、来月お誕生日ですよね。もし良かったら、お祝いさせてくれませんか?」
そう申し出たのは二月の半ば。一月も前から我が事のようにウキウキしていた三緒里とは対照的に、琵琶坂は「誕生日ねえ……」と歯切れが悪かった。
「歳下の君が気を遣う必要なんてないんだがね。大体、誕生日なんて普通の日と何が違うんだい」
「え」
まさかの答えが帰ってきて面食らう。二の句が継げない三緒里に、「君だって二十代半ばを過ぎれば分かるよ」と琵琶坂は畳み掛けた。
「ええと、琵琶坂さんは――ご自分のお誕生日がお嫌いですか?」
「好きとか嫌いとか考えたこともないな。さっきも言ったとおり、僕にとっては平素と変わらない、ただの一日に過ぎないだけさ。君はそうでもないようだが」
「私も、正直いい思い出ばかりではないですけど……」
両親から祝ってもらったことなど、ここ数年の記憶にはない。離婚した父とは疎遠で、母は殆ど自宅へ寄り付かない。
けれど、祖父母や妹は毎年欠かさず祝ってくれる。プレゼントやケーキだって勿論嬉しいが、自身の誕生を肯定してもらえることが三緒里には何より嬉しかった。
それを告げると、琵琶坂は「ふむ」と何か考え込むように顎に手を当てた。
そうして、幾許かの間の後、「分かったよ」と頷いた。
「今回は君の価値観に準じようじゃないか」
「本当ですかっ!?」
「ただし」
顔を輝かせた三緒里の前に、琵琶坂の指が突き付けられる。
「未成年の君に身銭を切らせるつもりはない。費用は全部僕が持つし、スケジュールも僕が決める。それで構わないだろう?」
「す、スケジュールは勿論構わないですけど、お金は――」
それでは「自分が祝う」と宣言した意味がなくなる。誕生日を祝われる側が費用を賄うなんて聞いたことがない。
「私もバイト代を頂いていますし――琵琶坂さんにはいつもお世話になりっぱなしですから、こういう時ぐらいは」
「こんなこと言いたくはないがね、それは僕が渡した金だろう。僕相手に使って何か意味があるのかい?」
直球の正論を投げつけられ、再度三緒里は言葉を失った。
そう。三緒里のバイト先は琵琶坂が経営する会社だ。放課後に立ち寄り、雑用やデータ入力を手伝わせてもらっているだけなのだが、それでも申し訳ないほどの給金を貰っている。高校生の時給としては破格の額だ。
それに、普段食事や遊興に行った際の代金も、いつも琵琶坂持ちだ。加えて、彼の自宅には三緒里が寝泊まりするための寝室まで整えられている。
三緒里の私生活は、最早琵琶坂によって満たされているといっても過言ではない。だから、今回くらいはささやかながら恩返しが出来ればと思っていたのに。
「君だって将来的に金が必要になるだろうと思って、僕は給料を支払ってるんだ。だからそれは全部自分のために使うべきだよ」
大人の顔をして、琵琶坂が諭す。その硬い声音が、瞳が、三緒里の反論をこれ以上望まないと言外に告げる。
琵琶坂の意を悟り、渋々ながら三緒里は頷くしかなかった。
ここで尚も食い下がって、「じゃあ誕生日に会うのはやめにしよう」と前言を撤回されるのだけは何としても避けなくてはならない。
斯くして、三月十五日はやって来た。
今年の三月十五日は金曜日であり、琵琶坂と会うのは夜になった。
指定された場所は三緒里でも名前を知っているような高級ホテルで、それだけで緊張を覚える。
学校の授業を終え、自宅に戻り、手持ちの中で一番大人っぽいと思えるワンピースに着替えた。数日悩んで決めたこの服も、琵琶坂から以前贈られたものだ。
更に、学校に行く時には決してしない薄化粧を施す。未だに不慣れではあるが、彩声や琴乃に教わって少しずつ学習した成果は出ていると思う。
琵琶坂と会う時、三緒里は必ず化粧をする。以前「君が化粧しようがしていまいが気にしないよ」と言われたこともあるが、当の三緒里本人が気にする。一回り以上歳の差があるのだ。他人の目が気にならないと言えば嘘になるし、隣に並んで恥ずかしくない女でありたいとも思う。それに、一緒にいる時は少しだけ背伸びだってしたい。こんなことを考えなくて済んだメビウスは幾分気楽だったと、不謹慎なことが頭を過った。
待ち合わせ場所はホテルのフロント。万全に体勢を整え、待ち合わせ時間の十分前には着くよう向かったのに、到着した時には既に琵琶坂に待たれていた。
今日も負けた、と思う。待ち合わせ場所に、この人よりも早く辿り着けたことがない。相手の女を待たせないのが彼のルールなのだろうか。これまで尋ねたことはないが。
けれど、普段「恋愛よりも仕事が楽しい」と豪語して憚らないタイプだ。自分と会うために仕事を切り上げて来てくれているのだと思うと、三緒里の心臓は僅かに跳ねた。
「お待たせしてすみません」「いや、僕も今来たところだよ」というテンプレートのような会話を交わして、琵琶坂に腰を抱かれ、上階へと向かう。
着いた先は、日本料理の店であった。入り口は一つだが、中で懐石、寿司、天麩羅、鉄板焼の四つのエリアに分かれているという。
「高そうなお店」という率直な感想を三緒里は抱いた。
今日は鉄板焼にしたんだ。君はまだ若いからね、あまり堅苦しくない方がいいと思って――
琵琶坂は涼しく笑ってそう言ったが、格調高い店の雰囲気は三緒里が畏まるに充分だった。
同じ鉄板で焼く食べ物でも、お好み焼き屋とは訳が違う。メニューに並ぶのはブランド名のついた牛肉や伊勢海老、鮑等々と高級食材ばかりで、どれも三緒里の人生においてそうは食したことがないものばかりだ。
よく見れば、三緒里に渡されたメニューには価格表示が載っていない。気遣いなのだろうが、逆に怖い。
予めコースを予約してあるけれど他に食べたいものがあったら遠慮なく注文してくれて構わないよ、と琵琶坂は言ったが、追加注文など出来そうもなかった。そもそもコースメニューだけで満腹になりそうだ。
最初は緊張しきりだった三緒里も、コースが進むにつれて少しずつリラックスしていった。どれもこれも美味な料理がそれに拍車をかけた。それに、やっぱりナイフとフォークを使わなくていい料理は気が楽だ。
本当に、琵琶坂は徹頭徹尾自分を気遣ってくれたのだろうと思った。
店を出た帰路、「せめて自分の分くらいは」と再度琵琶坂に申し出てみたが、きっぱりと却下された。
思っていたのと違う。
繰り返すが、今日が誕生日なのは琵琶坂永至なのである。しかし至れり尽くせりの接待をされたのは三緒里の方だ。
更に、琵琶坂の家には三緒里の食べたがっていたケーキまで用意されていて、これではどちらが誕生日なのか分かったものではない。
その上、三緒里の傍らにはリボンのかかった可愛らしい箱が並んでいる。中身はマカロンだそうで、先程のケーキと同じ店のものであるという。贈り主は当然琵琶坂だ。
「それはホワイトデーのお返しだよ。昨日会えなかったからね」
「それだって、正直とっても申し訳ない感じなんですよね……」
バレンタインデーに三緒里が贈った手作りチョコレートとは、明らかに釣り合っていない。価格が全てとは思わないし、そもそも価格ばかりを比較するのも品がないとも思うのだが、どうしたって気になってしまう。
「君だってバースデープレゼントをくれただろう、結構なタイピンを」
「それは、そうですけど……」
逆に言えば、それくらいのことしかしていない。
青い石のついたハイブランドのタイピンは、恋愛経験に乏しく、また学生である三緒里にとっての精一杯だった。
不甲斐ない。釣り合わない。住む世界の違う人。そんなこと最初から――それこそメビウスにいる時から分かっていたはずなのに、自分でも驚くほどに気持ちが沈む。
誕生日を祝いたいなんて、結局自己満足以外の何物でもなかったのだ。琵琶坂は自分よりも遥かに大人で、今の自分にしてあげられることなんて一体何があるというのだろう。
膝の上に乗せた手に、思わず力が籠もる。すると、目の前の琵琶坂は大仰に溜息をついた。
「まだ日付は変わってない。仮にも祝いの席なんだから、そんな顔をするのはやめてもらえないか」
「す、すみませ……っ」
琵琶坂の言うとおりだ。誕生日を祝いたいと言ったのは他でもない自分なのに、勝手に落ち込んでしまうなんて失礼極まりない。
三緒里が顔を上げると、琵琶坂は常どおりの笑顔を浮かべていた。
「三緒里君。僕は一番欲しかったものを君から貰ったんだ。だから、君が気に病むことなんて何もないよ」
「一番――ですか?」
「ああ。僕は、君と一緒に過ごしたかっただけだ。これは君以外の人間からは決して貰えないものだよ」
「そんなの――」
そんなもの、琵琶坂が望むのなら誕生日に限らず、いつだって差し出す。というよりも、三緒里の手持ちはそれしかないし、とっくに琵琶坂に全て預けていると言ってもいい。
彼が過去何をしてきたのか――恐らく一部ではあるが――三緒里は把握している。けれど、道徳観や倫理観を度外視する程度には、琵琶坂永至に溺れている。
「君じゃなければ、誕生日を一緒に過ごそうとも思わなかったさ」
琵琶坂の手が、三緒里の手に重なる。それだけで、三緒里の肌は薄っすらと朱を帯びる。
「それに、君だって遠くない将来成人するんだ。僕のために何かをするのは、それからでいいじゃないか」
そうだろう? と念を押すように琵琶坂が問う。
慰めというよりも、言い包められているような気もした。けれど、それは数年後まで傍にいてもいいという許可のようにも思えて、それだけで三緒里の憂鬱は融解する。
三緒里の首肯に、「いい子だ」と琵琶坂が笑う。その笑みの形のまま、近付いてきた唇が重なった。
琵琶坂とのキスは、いつも重なった場所から食い尽くされているような心地になる。現実でもメビウスでも幾度となく食まれ、貪られた三緒里の体には、これが気持ちいいことだと刻みつけられている。否応なしに、下腹の一番深いところが疼く。
頭の芯が痺れる。体の力が抜ける。唇が離れた時には、既に三緒里の理性は息も絶え絶えだった。
ぼうっと見上げた視線の先で、琵琶坂は実に満足そうに笑っている。
「三緒里君」
名を呼ばれ、髪を撫でられるだけで体が跳ねる。
「ベッドに行こうか」
断る理由などあるはずもない。
力の入らない足を叱咤し、三緒里はゆるゆると立ち上がった。
*****
ベッドサイドのデジタル時計は、既に日付が十六日に変わったことを示している。
額にかかる髪を掻き上げながら、琵琶坂永至は身を起こし、深く息を吐いた。
さしたる感慨もない祝宴も終わりだ。自身の下では、昨夜から共に過ごした少女がくったりと目を閉じ、白い裸身を晒している。先程まではあられもない嬌声を上げ続けていたが、最後の最後で意識を飛ばしてしまったらしい。
メインディッシュを御馳走様。その思いを込めて、頬を指の背で撫でる。
琵琶坂のために何も出来ないと三緒里は落ち込んでいたが、何故そこまで暗澹たる気持ちになるのか琵琶坂には理解出来なかった。
そんなこと、最初から分かりきっていたではないか。自分と三緒里は対等ではない。年齢、知性、地位、経済力、全てが違いすぎる。何か出来るだろう、してやろうと考える方が烏滸がましいとすら思う。
最初にメビウスで声を掛けた時から、三緒里に期待していることは「自分に都合の良い存在であること」ただ一つだけだ。琵琶坂が求めた時には身体を任せ、決して飼い主に噛まず吠えず、おとなしくしてさえいればそれでいい。
そういう存在でいてくれさえすれば、ずっと傍に置いてやってもいいと思える。
いや、こうして自分には理解出来ない行動を取るからこそ飽きないというのも事実なのだが。
落ち込んでいる顔も悪くなかった。自分のことで三緒里が心を千々に乱れさせ、顔を曇らせている様子は正直唆る。あまりに愚かで、哀れで、愛おしささえ感じる。
そう、きっとそんな顔をするだろうと思っていた。だから彼女のために、随分気前良くサービスをしてやったのである。
今まで付き合ってきた女なら、きっとそんな顔はしなかった。全て奢りだと伝えた瞬間、彼女たちは恐縮するポーズこそして見せたが、心の中では舌を出してほくそ笑んでいたはずだ。
まあ、三緒里がそんな女だったら、ベッドから蹴り出すだけなのだが。
決して自分の上には立たない――立てない可哀想な娘を相手にするのは気分がいい。処女の女子高生など面倒くさいだけだと出会った頃は思っていたが、琵琶坂のプライドを充足させることに関しては最高の相手だった。
都合が良くて、可愛らしくて、手離すことなど考えられない。
「それに、僕が生まれたことを肯定する人間なんて、君しかいないだろうからね」
ぽつりと琵琶坂は呟いた。
そう。誕生日は、己の誕生を肯定してもらえることが嬉しかった日なのだと、確かに彼女は言ったのだ。
「お誕生日おめでとうございます、琵琶坂さん。生まれてきて――私と出会ってくれて、ありがとうございます」
それに、プレゼントを手渡す時も、そうはにかんでいた。
素面でこんなことを言える人間が本当にいるのかと琵琶坂は心密かに吃驚したのだが、彼女は心底本気だった。
お前など生まれて来なければ良かった、頼むからさっさと死んでくれと望む人間は大勢いるだろう。かつてメビウスで出会った、言葉を失くした小娘の姿が頭を過る。彼女のような存在にしてみたら、三緒里の発言は怨嗟の対象に違いない。
くく、と琵琶坂は喉を鳴らした。
ああ、本当に堪らない。
あのタイピンも、きっと長いこと頭を悩ませて選んだのだろう。その愚直さと善性をずっと消費していたいと思う。
三緒里じゃなければ、誕生日を一緒に過ごそうとも思わなかった。それは純然たる真実だ。
そうして約束したとおり、来年も再来年も、きっと自分は彼女と歳を重ねていくのだろう。高校を卒業し、成人した彼女がどんな女になっているのか興味もある。
「……紫の上なんて、趣味じゃなかったはずなんだがね」
結局は、今日のことも全て投資なのかもしれない。ならば、相応のリターンがなくては割に合わない。
社会勉強させ、本物を与え、自分の傍に侍らせるに相応しい女にし、自分の色に染める。その果てに、自分は彼女に何を求めるだろうか。
ああ満足したと捨てるのか、それとも――
「地獄の果てまで道連れか」
供を頼むなら、間違いなく現状の第一候補は彼女だ。
彼女の誕生日には何をしてやろうか。細い肢体を掻き抱いて、琵琶坂も目を閉じる。
僕のために生まれてきてくれてありがとうと、きっとその時は心から言えるだろう。