Caligula Overdose
夢小説設定
この小説の夢小説設定not部長。帰宅部のメンバー。
メビウスでのクラスは2年7組。年齢17歳。実年齢18歳。現実世界でも高校生
メビウス歴は一年くらい
帰宅部に入る以前からホコロビに気付いており、琵琶坂先輩と行動をともにしていたという設定です
(一部の話には男部長が登場します)
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帰宅部としての活動を行わない、ある休日の昼間であった。
『無人島に一つだけ持ってくなら?』
帰宅部部長たる青年から、例によって唐突にそのWIREは届いた。自室のソファで寛いでいた琵琶坂永至は、その文面を目にするやいなや盛大に端正な顔を鬱陶しげに歪めた。
「彼は本当に何のつもりなんだ? よっぽど暇なのか。それならそれでいいが、他人を巻き込まないでほしいものだね」
あからさまに舌を打った琵琶坂に曖昧な苦笑を向けた後、雨宮三緒里も自身の携帯電話に視線を落とす。そこには、琵琶坂のもとに届いたものと同じメッセージが表示されていた。どうやら部長は帰宅部のグループWIREに送信を行ったらしい。
『行かないから大丈夫』
最初の返信は天本彩声からだった。あまりの素っ気なさに、三緒里も思わず吹き出しそうになってしまう。
それに追従するように、他のメンバーからも次々に返事が届き始めた。
柏葉琴乃からの「水じゃないかしら」、神楽鈴奈からの「火起こしの道具ですかね?」と堅実な答えが続く。守田鳴子の答えは「スマホでしょ」という、実に彼女らしいものだった。
考えたこともなかったな、そんなこと。
皆からの答えを眺めながら、三緒里は「琵琶坂さんだったらどうしますか?」と傍らの男に問うた。彼が面倒そうにしているのは、敢えて見ないふりをして。
「さてね。ベタな回答だけどナイフかな。汎用性が高いだろう」
合理的だ。琵琶坂らしい回答だと思った。
「あ、そうですね。木を切ったり……獲物をさばいたりとか?」
「あとは、仮に共に流れ着いた相手がいた場合は殺したりとかね」
「えっ」
予想もしていなかった用途を提示され、思わず聞き返す。仰天する三緒里とは裏腹に、琵琶坂は平然としている。
「そうじゃないかい? 例えば二人同時に流れ着いた時、どこかに一つだけ残された非常食があったとしたら? もしくは、辿り着いた島で二人分の生命が維持できるほどの食料が調達出来なかったら? 十中八九争いが起きるし、僕なら迷いなく手を汚すね。緊急避難として認められるだろうし、何よりそんな状況なら殺害自体が露見するかどうかも怪しいだろう」
やらない理由がないね、と琵琶坂は締め括った。
それは、確かにそうかもしれない。そうかもしれないが、多分自分には出来ないだろうと三緒里は思う。
己の命を守るために必要なことだったとしても、実行に移せばきっと自分は死ぬまで気に病むだろう。殺した相手の遺骸を前にしたら後悔するし、刺した時の感触を一生忘れることも出来ないと思う。
所謂「良心の呵責」というものだ。けれど。
――この人には、それがないのか。
ふと頭の中に浮かんだ考えを、自分で打ち消す。自分たちはただ「たられば」の雑談をしているだけだ。実際に今言ったとおりの行いをしてきたわけではないのに、そんな印象を抱いてしまうのは琵琶坂に失礼だ。
けれど、それは見知らぬ人物に対してのみ適応されるものだろうか。友人知人なら、多少は躊躇いを覚えたりしないのだろうか。自分なら、祖母の飼っていた猫ですら簡単に傷つけることは出来ないなと三緒里は思う。
そう、例えば――
「一緒に遭難したのが、私でも、ですか」
問うた三緒里に、琵琶坂は一瞬目を見張る。そうして、しばし思案するように顎に指を当てから、「そうだね」と肯定した。
――あ、そうなんだ。
うっすら、都合のいい答えを期待をしていた自分が馬鹿らしくなる。
口には出さなかったが、色濃い落胆が顔に浮かんでいたのだろう。琵琶坂は些か慌てた様子で「おいおい、勘違いしないでくれよ」と釈明を始めた。
「三緒里君と一緒なら、勿論ギリギリまでどうにかならないかと手を尽くすさ。けれど、もうどうしようもないことを悟った時は躊躇しないよ。君は食いでがありそうだしね」
「え」
またしても琵琶坂の発言に面食らう。本当に突拍子もない発想をする人だ。どれほど頭の回転数が違うのか。
「わ、私を食べるんですか?」
「滂沱の涙を流しながら食べるさ。他に食料がないような極限状態なんだから。そして君の犠牲に感謝し、君の命と同化したことをしみじみと実感しながら僕は生きていくんだろうね」
果たしてそれは愛だろうか。
何となく三緒里は、焚き火に飛び込んだ兎の逸話を思い出していた。
食べるものを探し当てられなかった兎は自ら焚き火に飛び込んで、自身の肉を旅人に差し出すのだ。
理性や常識が焼き切れるほどの極限状態。助けは来ない。食べ物もない。そんな中、目の前の男から「君の肉が欲しい」と乞われれば――自分も同じことをするかもしれない。
琵琶坂のナイフを手に、自身の喉を掻き切る姿を夢想する。薄れる意識の中、きっと自分は思うだろう。琵琶坂が手を汚すよりずっといい、と。
益体もない思考から引き戻すように、するりと琵琶坂の手が三緒里の頬を撫でた。
「血色もいいし、柔らかいし。そのまま美味しそうな体をキープしておいてくれたまえよ、三緒里君」
「え、えっと、琵琶坂さんと一緒に無人島で遭難する予定は今のところないですけど……!」
「こんな現実離れした世界に招かれたりもするんだ。人生何があるか分からないものさ。その時のために、僕に食べられる練習でもしておくといい」
練習とは。聞き返す前に、琵琶坂の唇が三緒里の首筋に押し付けられた。
その意味を瞬時に悟り、三緒里の体は熱を帯びる。
自分の何が琵琶坂のスイッチを入れてしまったのかは不明だが、成程これは確かに「食べられる」ための練習だ。
「――君を手にかける時は、苦しまないよう逝かせてあげるよ」
耳元で、愉悦を滲ませ琵琶坂が囁く。
その前に、私が自分から犠牲になります――
三緒里の答えはまさに琵琶坂の唇に食まれ、くぐもった音として、消えた。