Caligula Overdose
夢小説設定
この小説の夢小説設定not部長。帰宅部のメンバー。
メビウスでのクラスは2年7組。年齢17歳。実年齢18歳。現実世界でも高校生
メビウス歴は一年くらい
帰宅部に入る以前からホコロビに気付いており、琵琶坂先輩と行動をともにしていたという設定です
(一部の話には男部長が登場します)
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ここに足を踏み入れた瞬間、別世界に来たような錯覚に陥る。
脳天気な音楽。一輪たりとも枯れていない花。充満する、菓子の甘い匂い。「夢の国」と称されるだけのことはある。現実離れした非日常こそがこの場の日常なのだ。誰も彼もが幸福であることを強要するような、このテーマパークの雰囲気は正直得意ではないのだが、ここに女を連れてきて失敗したことはまずない。その功績には素直に礼を述べてやってもいい。
そして今日の相手──ここへ今まで来たことがなかったという奇特な少女は、エントランスの時点でこの雰囲気に浮かされたようで、はしゃいだ様子でスマホを構え、ひたすらシャッターボタンをタップしている。丁度今はハロウィンのイベント真っ最中のようで、通常時とは装飾が全く違う。どこもかしこもオレンジと紫に彩られ、ゴーストとカボチャでいっぱいだ。
しかし、このままでは奥へ進む前に日が暮れてしまいそうだ。
「いい加減に中に入らないか、三緒里君。楽しみにしてたパレードが見られなくてもいいなら構わないが」
そう背後から声をかけると、ようやく彼女はハッとして、恥じらいながら僕の隣にやって来た。すかさずその手に指を絡め、パークの中へ進んでいく。普段は放し飼いでも問題ない仔犬だが、今日に限ってはリードを掴んでおかないと、どこへ行ってしまうか分かったものじゃない。ただでさえ嫌気がさす程の人混みなのだ。
すると途端に三緒里君はおとなしくなり、従順に僕の横をついて来た。その頬は心なしか赤い。まったく、いつまでたっても処女のような反応をする。その擦れなさが快いのも正直なところだが。
「あっ、ここで見るんですよね、パレード」
「ああ、時間まではまだ余裕がある。何か乗りたいアトラクションがあれば先に行こうか」
会話を交わしながら、創設者の男とネズミのキャラクターが手を繋いだ像の前を通り過ぎる。像のすぐ裏手には、パレードを鑑賞するための指定席が設けられている。当然そこに入れるのは、金を払った人間だけだ。そして僕らには、その権利があった。
そう、今回は気前よく、パレードやショーの鑑賞券や、アトラクションに優先入場出来るチケットがついている旅行プランを予約してやった。割高ではあったが、彼女の機嫌を取れるなら無駄な出費じゃない。
何せ今回の旅行は――
「あっ、お誕生日おめでとうございまーす! 行ってらっしゃーい!」
――すれ違いざま投げかけられた明るい声に、思考が途切れた。
声の主は、掃除の道具を抱えた園内スタッフ。その視線は僕ではなく、三緒里君に向けられている。三緒里君は恐縮した様子で、「あっ、ありがとうございます!」と手を振った。
原因は、三緒里君の胸に貼られたシールにある。このパークでは、申告すればバースデーシールが貰えるのだ。先程のように、気付いたスタッフやキャラクターたちが祝いの言葉をかけてくれるくらいで──その他特に買い物が割引になったりするような、明確なメリットはないのだが──それでも三緒里君は、貰った時からずっと嬉しそうにしていた。
そう、今月は彼女の誕生月だ。だから今回の旅行は、バースデープレゼントを兼ねている。行き先をここに決めたのは、最近彼女がこの会社の映画を熱心に見ることが増えたためだ。
「そういえば、何か欲しいものはないのかい?」
「え?」
「他の女の子たちが抱いてるクマだのウサギだののぬいぐるみとか──勿論、それ以外のものでも構わないが。何かあるなら買ってあげるから、遠慮なく言いたまえ」
「で、でも、もう琵琶坂さんからはプレゼントを頂いてます」
「そのくらい構わないさ」
既に馬鹿高い旅行代金の決済は終わっているし、旅行中の食事代も自分が支払うつもりでホテルのレストラン等を予約してある。ここにぬいぐるみや雑貨の一つや二つが加わったところで、最早些末な誤差でしかない。それに、そんなことすらしてやれない、甲斐性のない男だと思われる方が余程不利益だ。
けれど三緒里君は、首を横に振った。
「いえ、私もお小遣いは持ってますし──それに、これだけで、もう身に余るくらい幸せなので……」
そう言って、胸元に貼られた件のシールを摘む。
マジックで記載されているのは、誕生日である「10.31」の日付と「三緒里くん」という彼女の名。それは紛うことなく、僕の筆跡だ。
……シールを貰った際、何故かそのスタッフから嬉しそうに強要されたのだ。「では、お連れ様がお名前を書いてあげてください!」と。
面倒なことを言い出すな、そこに名前を書くのも貴様の仕事だろうがと散々詰ってやりたかったが、断れる空気でもなく、渋々書いてやった。それを手渡してやっただけで、三緒里君はまるで今にも零れ落ちそうな目をしていたが。
「あ、これ、どうにか永久保存出来ないでしょうかっ!? 今日一日遊んでる間に剥がれてしまいそうで、心配で!」
「そうなったらそういう運命だ、諦めたまえ。明日はもう一つのパークに行くんだから、シールはそこでまた貰えばいいだろう」
「でも、それは琵琶坂さんが名前を書いてくれたシールじゃないです……」
ああ、面倒くせえ。どうして拘るんだ、今日が終わればゴミにしかならない、そんなものに。
「分かったよ、じゃあ明日も明後日も、僕が名前を書いてやる。それで満足か?」
「本当ですかっ!?」
三緒里君が、ただでさえ丸い目を更に大きく見開く。驚くほどの食いつきだ。これまで彼女がここまで積極的になったことがあっただろうか。この場所の雰囲気はやはり人を変える。仮想世界に来たわけでもないのに──日常の世界から隔絶されている気がしてならない。
「ああ、口にしたからには二言はないさ。だから、万が一そのシールを失くしても必要以上に落ち込まないでくれよ」
「いえ、それは絶対落ち込みます……だから三枚ともちゃんと家に持ち帰ることが出来るよう、細心の注意を払います!」
「……もう好きにしたまえ」
うんざりした僕の返事にも、何が嬉しいのか、彼女ははにかんでみせる。
──まあいい。今回は彼女のための祝祭なのだ。それに、今回は泊りがけだ。気分を良くさせて、いい雰囲気のまま閉園後のホテルに向かう方が、僕にとっても有意義だろう。
無料のシール三枚の対価を払うことになるのはベッドの上だ。高い買い物になったと気付いた時、きっと彼女は極上の表情を見せるだろう。それを思い浮かべて溜飲を下げる。
「ほら、行くぞ。ちょうどあのアトラクションが空いていそうだ」
「あっ、はい!」
彼女の手を掴んで、海賊旗の下をくぐる。
そこでまた二度目の「おめでとう」を浴び、三緒里君はまた恐縮したように微笑んでいた。