Caligula Overdose
夢小説設定
この小説の夢小説設定not部長。帰宅部のメンバー。
メビウスでのクラスは2年7組。年齢17歳。実年齢18歳。現実世界でも高校生
メビウス歴は一年くらい
帰宅部に入る以前からホコロビに気付いており、琵琶坂先輩と行動をともにしていたという設定です
(一部の話には男部長が登場します)
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エレベーターを降りた瞬間に、夕餉の香りが鼻孔を擽った。何とはなしに、小学生の頃の記憶が呼び起こされる。あの時分は、母親と呼んでいた女がまだ家にいた。その存在や、日常と化していたこの香りに感慨を覚えたことなどないが、何故今唐突にそんなことを思い出すのか。香りは記憶と密接に繋がっているらしいが、我ながら不可解ではあった。
日暮れと同時に帰宅するなど、いつぶりのことだろうか。珍しく火急の案件も面倒な接待もなく、そのため礼儀を知らない秘書に「先輩、偶には定時に帰りましょうよ!」と半ば無理やり会社を追い出された形ではあったのだが。あの馬鹿犬、長年の付き合いとはいえ、相変わらず飼い主への態度がなっていない。明日出社したら念入りに躾け直してやる。
しかし、そのおかげで今更ながら発見があった。成程、いつも彼女はこの時間に夕飯の支度をしているのか。まさかこんなに早く帰ってくるとは露ほども思っていないだろう。一体どんな腑抜けた顔をして驚くだろうか。
僅かな期待を唇に浮かべ、カードキーをかざして自宅の鍵を開ける。ガチャリと解錠の音が響いた瞬間、扉を一枚隔てた先からは明確に人が動揺する気配がした。
「ただいま帰ったよ」
挨拶とともに玄関を潜る。すると、廊下の先からパタパタと足音が聞こえてきた。主人の帰宅は必ず出迎える。飼い犬の鑑だ。
そうして現れたエプロン姿の彼女は――驚くよりも先に、綻ぶような笑顔を見せたのだった。
「お帰りなさい、永至さん」
……そこで、急激に意識が覚醒した。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた寝室の天井。そして傍らでは、先程まで夕食の準備をしていたはずの彼女が、くうくうと寝息を立てて無防備な姿を晒していた。
何のことはない。ただ、夢を見ただけの話だ。しかし、妙に生々しさを感じる夢だった。香りまで感じて、しかもそれが未だ記憶の端にこびり付いているとなると相当だ。
更に、問題なのは今日の日付だ。ベッドサイドの電波時計は、今が一月三日の早朝であることを狂いなく示している。つまり、あの夢は今年の初夢に該当することになる。
縁起を担ぐたちではないし、一年の吉凶を判ずるという迷信を信じてもいない。そもそも、あの夢が吉夢だったのか悪夢だったのかすら判然としない。だが思春期のガキじゃあるまいし、毎日顔を合わせている女の夢を見るなど、馬鹿馬鹿しすぎて己に呆れてしまう。
しかも、夢の中の彼女はこちらを名前で呼んでいた。今とは明らかに、関係性が変わっている。恐らくは、苗字では呼べない関係に。
ただ──それは存外、悪くはない光景だった。
「……ふむ」
顎に指を当て、思案する。
メビウスで出会い、現実へ帰還し、共に暮らし始めてそれなりの時間が経った。これほど関係が長続きした相手は他にいない。傍に置いていても然程邪魔にならない女だ。特定の女と結婚するなどこれまで考えもしなかったが、婚姻によって得られる社会的信用や利益は確実に存在する。彼女も成人して久しいし、自分の不惑も目前だ。
ならば、ここらで正夢に変えておくのも悪くはない選択かもしれない。どうせこの先、他の女を選ぶとは考えられない。これほど都合のいい相手、そうはいない。
眠る彼女の頭に手を添えると、指どおりのいい髪がさらりとすり抜けていった。更に、小さな耳を指で摘んで弄ぶ。しばらくそのふたつの感触を楽しんでいると、「んむ」と気の抜けた声を上げて彼女は身じろぎした。
「んあ……あさ…………?」
不明瞭な声を上げて目を擦る。どうやら寝ぼけているようだ。昨晩散々可愛がってやったから、まだ疲労が蓄積しているのかもしれない。
なら、少し驚かせてやるか──
「おはよう、僕の奥さん」
「…………はぇっ!!??」
うとうとしていたはずの瞳が、即座に大きく見開かれた。すると、身を起こした三緒里君は、何故か僕の顔を見つめたあと、きょろきょろと部屋中を見回し始めた。
「え……あれ……夢……?」
「夢じゃない、現実だ。ここは僕の寝室で、今日は一月三日の朝だよ」
まだ寝ぼけているのだろうか。何をそこまで混乱するようなことがあるのか。淡々と事実を告げてやると、ようやく彼女は「そうですよね……」と何かを納得した。
「すみません、ちょっと夢見てて、寝ぼけて……それがすごくいい夢だったから」
「初夢がいい夢だったなら結構なことじゃないか。どんな夢だったんだい?」
他人の夢の話などこの世で何より無益だと思うが、一応尋ねてやる。これも良好な関係継続のために必要なコミュニケーションだ。
だが三緒里君は、僕の問いかけに対し、頬を染めて口を噤んだ。
「……い、言えません! すっごく自分に都合のいい夢だったし、それに」
「それに?」
「初夢は、誰かに言わない方が正夢になるっていいますから……」
眉唾だろう、そんなもの。しかし、彼女の決心は固いようだった。
が、先程のリアクションから推察する。僕の戯言に、必要以上に狼狽して見せた彼女。
もしかしたら僕らは、似たような夢を見たのではないだろうか。だとしたら、二人揃って新年早々おめでたすぎて笑ってしまう。どうかしている。そして更にどうかしているのは、たとえそうだったとしても不快に感じていない自分だ。
「いいさ、朝食の席でゆっくり聞き出してやるよ」
「い、言いません、言わないですからね、琵琶坂さん!」
キッチンには、御節の重箱と雑煮がまだ残っていたはずだ。しばらく似たような食卓が続くのかと辟易していたが、今日の朝はなかなか楽しいものになるかもしれない。
正夢にするかどうかを決めるのは、彼女の話を聞いてからで充分だ。