Caligula Overdose
夢小説設定
この小説の夢小説設定not部長。帰宅部のメンバー。
メビウスでのクラスは2年7組。年齢17歳。実年齢18歳。現実世界でも高校生
メビウス歴は一年くらい
帰宅部に入る以前からホコロビに気付いており、琵琶坂先輩と行動をともにしていたという設定です
(一部の話には男部長が登場します)
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「三緒里ちゃん、お茶とお菓子、ここに置いておくわね。琵琶坂君、ゆっくりして行ってねえ。今日はお父さんも帰り遅くなるそうだから心配しないで。お母さんもちょっと買い物に行ってこようかしら。二時間くらいで戻るから、それまでは若い二人で楽しく……」
「もー! 余計なこと言わないで! 先輩に失礼だから! あっ、お茶はありがとう! でもしばらく放っといて!」
「はあい」
部屋から追い出そうとする三緒里君にくすくす笑って、三緒里君の母親は軽やかにその場を後にした。
娘の恋愛に理解のある、まるで姉のような母親。母親と仲は良いけれど、思春期になって自立心から可愛らしい反抗を見せる娘。目の前に広がる光景は、まるでよく出来たホームドラマのようだった。絵に描いたような理想の母娘関係と言えるのかもしれない。母親の顔が、ノイズとモザイクで塗り潰されてさえいなければ。
「明るいお母さんだね」と声をかければ、普段の穏やかな空気はどこへやら、一切の感情が籠もっていない声で「本当はあんな人じゃないですよ」と三緒里君は吐き捨てた。本当は――というのは、あのNPCが今現在のみ理想の母親を演じている、という意味では勿論ないのだろう。「現実の母親はあんな人物ではない」の意だ。
そうだろう。それは僕だって知っている。
それにしても、顔が見えていないとはいえ、全体的な見た目の雰囲気と声は丸っきりそのままだ。かつて一時ベッドを共にした女に、自身の娘との恋愛を推奨されていると思うと、何とも言えない気持ちにはなる。かと言って、それで罪悪感を覚えるわけでもないが。
三緒里君と、現実への帰路を探す『運命共同体』となって早数ヶ月。成果は正直芳しくないのだが、彼女のような相手に巡り会えたことは僥倖だった。
何しろ、彼女は文句を言わない。おとなしくて品性にも問題なく、頭の回転も悪くない。僕の言うことには素直に追従し、どんな呼び出しにも必ず応じる、驚くほどに都合のいい女。彼女こそ僕のために誂えられたNPCなのではないかと疑いたくなるが、ノイズの走らない顔は、間違いなく生きている人間のそれだ。
勉強会と称して彼女の家を訪れたが、実際に行うのはこのメビウスに関する情報の交換と、今後の行動指針の話し合いだ。何しろこの世界は、至る所にμの信者どもがうろついている。僕たちがここを現実ではないことに気付いていると、決して悟られてはならない。これまでは空き教室や飲食店で話し合いを重ねてきたが、使える拠点が多いに越したことはない。君は僕の自宅にも来たのだからおあいこだろう――とまあ、そんな説明を重ね、自室に人を上げることを渋る三緒里君を説き伏せたのだった。
一度彼女の部屋を見ておこうという魂胆もあった。プライベートな空間では、人は誰しも己を取り繕わなくなる。清楚可憐な外見は仮の姿で、実際はとっ散らかった部屋で自堕落に過ごす女――なんて本性を隠していたらその場で関係は解消しようと思っていたのだが、幸い彼女の部屋はよく片付いていたし、人に見せられないようなものもないようだった。ベッドの枕元にいくつか並んだぬいぐるみがガキっぽいとも言えるが、まあ、彼女は実年齢もまだ十代だそうだから、良くも悪くも歳相応というやつか。
部屋の中を横目で見やり、用意された紅茶を口にすると、ティーバッグから抽出された香りに過去の記憶が甦った。高校生の頃、付き合っていた女の家に招かれた時は、確かにこういう歓待を受けたものだ。まあ、どちらかと言えば自宅に連れ込むことの方が多かったが。
「あ、あのう、琵琶坂さん」
ふと、向かいに座った三緒里君から、恐恐と声をかけられる。何故か彼女は身を小さくし、上目遣いにこちらを見ていた。
「すみません、母が……何だか勝手に盛り上がっちゃって」
「ああ」
生みの親の姿をしただけの偽物を自然に「母」と呼んだ彼女に若干驚愕しつつも、それはおくびにも出さず、笑みを浮かべてやる。
「気にしなくていいよ。親御さん公認の彼氏として扱われたほうが、今後の出入りもしやすいだろう」
「ご迷惑じゃないですか?」
「別に――というか、君こそ僕を『彼氏』だとは思ってくれないのかい?」
ついこの間、あんなことをしたばかりなのにね。
そう続けると、三緒里君は顔のみならず、耳や首筋まで瞬時に真っ赤に色付いた。きっと彼女の脳内では、先日僕の家で経験した一部始終が鮮やかに再生されているはずだ。
「あれは――その、私も、あの時はちょっと、気が動転してて……」
「つまり、一時の気の迷いだった? 一度きりで、僕はもうお役御免かい?」
「そういうわけじゃ……でも、ここは現実じゃないし……琵琶坂さんとは、多分、年齢も差がありますよね……?」
思わず心中で感嘆の声を上げた。存外彼女は立場を弁えている。十代のガキなんて、男を知ったら後先考えず色恋に浮かれて彼女面するものだと思っていたが。思慮深い――いや、自己評価が低いと言ったほうが適切か。やはり思ったとおり悪くない。
「高校三年間を繰り返すこの世界で、歳の差を気にするのはナンセンスじゃないか? 僕は君をすごく可愛いと思っている。それだけじゃ駄目なのかな?」
ガラスのローテーブルの上に置かれた三緒里君の手に、自分の手を重ねる。それだけで彼女の肩は何かに弾かれたようにびくりと跳ねた。未だ迷いに揺れる瞳が逸らされる。けれど、そこに浮かんでいるのが当惑だけでないことは明らかだ。
「琵琶坂さんは……」
「ん?」
「十代の女の子が好きなんですか……?」
「……誤解を招くような言い方はやめてくれたまえ」
急にとんでもないことを言い出しやがる。本当だったら貴様みたいな青臭いガキなんて相手にするわけないだろうが。
喉まで出かかった言葉をすんでのところで懸命に飲み込む。今は我慢だ。何しろ、性別と素性が割れていて、そのうえ現実のことに気付いてる人間なんて、今のところ身近には彼女しかいない。簡単に手放すには惜しい相手だ。
「君が君だから好きなんだよ、雨宮三緒里君」
だから、出来る限り機嫌を取っておく。重ねていた手の角度を変えて指を絡めてやれば、彼女は「あ」と小さく声を上げた。大きく見開かれた瞳には、先程の迷いはもうない。
「琵琶坂さん――わたし、も」
「いいさ、何も言わなくても」
甘い愛の言葉なんて望んでいない。欲しいのは犬のように忠実な労力と、腹を見せて服従する従順な体だけ。これ以上の会話は不要だ。テーブル越しに身を乗り出して、ゆっくりと顔を近付けていく。それで全てを察したようで、彼女もそっと睫毛を伏せた。
もう少しで唇が触れ合う――その時、視界の端を掠めた思わぬものの存在に、動きを止める。
「琵琶坂さん……?」
来るはずのものが来ないことに、三緒里君が不安げな声を上げる。しかし僕は彼女ではなく、すぐ斜め前に置かれたトレイの上に視線を向いていた。
トレイの中に置かれた平皿には、クッキーだのスナック菓子だの、茶請けとして用意された乾き物の菓子が盛られている。そして、その横には縦長のグラスが一つ。中に入っているのは、細長いプレッツェルをチョコレートでコーティングしたもの。誰がどう見ても、現実世界では赤いパッケージで販売されているあれだ。
そもそもが現実を模倣した仮想世界だ。まるごとコピーされた商品があっても不思議ではないが、思わず「商標権」という言葉が頭を過ぎる。まあ、現実の法でこの世界のことを裁くのは不可能ではあるだろうが。
それを見ていたら、悪ふざけの一つでもしたい気持ちが湧いてきた。そう、ここでは老いも若きもみな高校生。僕ら成人は学生ごっこを強いられている身だ。少しばかり羽目を外してもバチは当たるまい。
「これを使った愉快なゲームを知っているかい? 三緒里君」
「え――わぷっ」
言うが早いか、キスを待っていたその唇に菓子の先端を突っ込む。チョコレートがついている側をくれてやったのは『彼氏』としての温情だ。
「そっちから食べ進めてくれたまえ。僕はこちら側から食べるから。途中で口を離したほうが負けだよ」
「んぅ!?」
三緒里君からくぐもった声が上がる。恐らく何かしらの抗議だったのだろうが、律儀に菓子を咥えたままの口から意味を持った言葉が発されることはなかった。文句はないものと見做し、自分も反対側を口に含む。
さく、と小気味よい音を立てて、小さく噛み砕く。さて彼女はどうするかと動向を見守っていたら、意を決したように目を閉じて、こちらに向かって一口分、頭を進めた。本当に言われたことを何でもする、その姿勢に感心する。終わったら充分に労ってやりたい心地だ。
そのまま二人揃って、ゆっくりと無言で食べ進める。我ながら品性の欠片もないことをやっている自覚はあった。酒が入った状態でさえ、こんな遊びをやったことはない。
そういえば、あの夜――あの派手にクラブで遊んでやった夜は、乾き物のフードも景気よく注文してやったなと思い出す。本来一箱百円台のこのチョコレート菓子が、あの店では十倍以上の価格に化けていた。ぼったくりもいいところだ。けれど、高価い酒も食い物も嫌というほど頼んでやったら、キャストの女は大袈裟に声を上げて喜んだ。そう、あの夜は金払いの良い上得意が来たと印象付ける必要があったのだ――
ぽきん。
その乾いた音で、思考の淵から呼び戻された。見れば、口に咥えていた菓子はぽっきりと折れている。そして目の前には、僅かに顔をそらした三緒里君の姿があった。唇は――触れていない。
「……おい」
自分でも想定していなかったほど低い声が口をついた。
彼女が趣旨を理解していなかったとは思えない。キスには乗り気だったくせに、ゲームの形にした途端、何故怖気づくのか。彼女も己の行動意図を解ってはいるようで、口の中のものを嚥下した後、開口一番「ごめんなさい」と、謝罪の形式を借りた泣き言を口にした。
「何だ? 結局僕とするのは嫌なのか?」
「そうじゃないんです! ただ、恥ずかしさに耐えられなくて……!」
「既にこれ以上のことをしたって言うのに、今更何を恥ずかしがる必要があるのかね」
「それはそれで、これはこれなんですー!」
くそ、面白半分にまどろっこしい真似をするんじゃなかった。フラストレーションが溜まる。こんな馬鹿げたことをせずに、やはり最初から素直にやれば良かったのだ。どういう過程を辿ろうと、行き着く先は一緒なのだから。
「その言い訳で逃げられると思ったら大間違いだ」
「っ……!」
顎を掴んで引き寄せ、半ば力尽くで唇を重ねる。舌で歯列をなぞり「開けろ」と催促すれば、おずおずと三緒里君は舌を差し出してきた。積極的なのか消極的なのか分からない女だ。期待されたことに応える性分なだけか。
小さな舌を絡め取って、貪るように口付けを続ける。そのまま彼女のブラウスのボタンに手をやると、僕の腕を掴んでいた三緒里君の指に、ぎゅうと力が籠もった。
「ぁ、びわさかさっ、それは、今日はだめっ」
「どうして? 御母堂は気を遣って席を外してくれたんだろう。タイムリミットまでにはまだ時間があるじゃないか」
提示された時間は二時間。残り時間はまだあるが、余裕があるわけでもない。事を進めるならさっさとやるべきだ。だから、もう彼女の返答如何は問わないことに決めた。
腕を引いて立たせ、すぐそこにあったベッドに細い体を放り投げるようにして横たえる。広い部屋じゃなくて助かった。三緒里君はまだ何か言いたげではあったが、もう抵抗はしないことに決めたらしい。僕が上に伸し掛かっても、首筋を晒しておとなしくしていた。
「安心したまえ、すぐに終わるよ」
もう一度、触れるだけのキスをして、白い足を割り開く。窮屈な首元のタイを指でくつろげ、さてどうしてやろうかと思案していたら――
「ただいまーぁ」
……階下から、大きな声が響いた。彼女の母親のものではない。もっと高く幼い、少女の声だ。
「月乃……!」
即座に、三緒里君がものすごい勢いで身を起こす。先程まで漂っていた淫靡な雰囲気は、その行動で即座に掻き消えた。
「ごめんなさい――琵琶坂さん、妹が」
妹が帰ってきて――と、泣きそうな声で三緒里君は続けた。
どうせ顔の潰れた偽物の妹だろうがと言ってやりたかった。所詮はNPC。命を持たない人形。姉の情事を覗き見たからといって、恐らく不都合なリアクションはしない。明日にはそんな記憶すら全て消されて、いつもどおりの言動をすることだって充分有り得る。
けれど、三緒里君は本気で怯えていた。彼女にとってはNPCである彼らも、実の家族同様の――いや、それ以上の存在なのかもしれない。μによって作られた彼らは、理想の全てを体現しているはずだ。きっと三緒里君にとっては、焦がれてたまらなかったものだろう。
馬鹿馬鹿しすぎて涙が出そうだ。結局は彼女も、どうしようもないほどにメビウスに囚われている。
こいつ、本当に帰る気があるのだろうか。土壇場で「やっぱり帰りたくない」と手のひらを返されるのだけは御免だ。その疑念が、先程まで感じていた情欲を急激に冷ましていった。
「分かった、今日はお暇するよ」
今更、帰宅のための話し合いでもないだろう。着衣を整え、床に転がっていた鞄を手に取ると、背に柔らかな体温を感じた。ベッドから降りた三緒里君が、背に縋り付いている。
本当に積極的なのか消極的なのか理解に苦しむ。
「……何の真似だい」
「違うんです、ごめんなさい、私」
「何についての謝罪か、明確にしてくれないか」
「琵琶坂さんに触られたくないとか、その……するのが嫌とかじゃ、ないんです。だから」
見捨てないで。
震える声で、彼女はそう懇願した。その一言が、胸に渦巻いていた鬱憤を押し流していく。嗜虐欲と支配欲が満たされる。
「ちゃんと――ちゃんと、します。現実に帰るために協力するし、言うことを聞きます。琵琶坂さんの『彼女』としても、恥ずかしくないような行動をします」
だからどうか、と。なおも言い募ろうとした唇を、再度塞いでやる。軽く音を立てて解放してやると、頬に添えていた手に雫が伝った。それは明確に、彼女の涙だった。
「――大丈夫。嫌いにならないよ」
保身のために、僕の歓心を買うために、盲目的に縋り付く君はあまりに愚かで愛おしい。だから、頭を撫でながら、極めて優しい声でそう告げてやる。すると三緒里君は、安心したように息を吐いて、声を詰まらせた。
「明日の放課後は僕の家においで。邪魔が入らない場所の方が、話し合いもスムーズに進みそうだ」
するりと髪を撫で、耳元で囁く。三緒里君は一瞬躊躇いを見せたが、最終的には小さくこくりと頷いた。明日は絶対に逃げられないと覚悟を決めたのかもしれない。だとしたら、その予感は正解だ。
標的を捕食するのは、やはり自分の領分に限る。
そうして、彼女の家を出た帰路。宮比駅前の広場で、彼女の『母親』を見かけた。
買い物用のマイバッグを片手に街を歩く後ろ姿だけなら、普通の人間と大差ない。三緒里君のような子どもなら、何かを勘違いしてしまうのも無理からぬ話だろう。娘を愛する母親のように振る舞うのは、所詮そうインプットされているだけに過ぎないというのに。
いっそ今すぐ、背後から忍び寄って車道にでも突き飛ばしてやろうかと一瞬脳裏を過ぎった。元凶がいなくなれば、彼女の抱く幻想や未練も消えてなくなるのではないだろうか。だが、そんなことをしたところで無意味だろうと思い、実行に移すのはやめた。きっと明日にはμが新たなコピーを作り出すだけだろう。
けれど。
『ちゃんと、します。現実に帰るために協力するし、言うことを聞きます――』
先程耳にした彼女の懇願を思い返し、一人密かにほくそ笑んだ。
彼女が他の全てをかなぐり捨てて、僕から離れられなくなるのはきっと時間の問題だ。
そうしたらきっと彼女は、今よりもずっと有能な手駒になる。
とりあえず、帰りの道すがら、どこかのコンビニであの菓子を買っておこうと思った。
明日、意趣返しに再度三緒里君にあのゲームを仕掛けたら、彼女はどんな顔をするだろうか。今日のことを負い目に感じているはずだ。Noと言う選択肢は、もう彼女にはない。存分に虐めて、羞恥と困惑に歪む表情を堪能してやろう。
そういえば、トマト味とかサラダ味とか、チョコレートのかかっていない種類もあったか。
「……趣向を変えて、塩辛い方の菓子にしてもいいか」
僕らの間に、恋の甘さは不要なのだから。