SSS
夢小説設定
この小説の夢小説設定not部長。帰宅部のメンバー。
メビウスでのクラスは2年7組。年齢17歳。実年齢18歳。現実世界でも高校生
メビウス歴は一年くらい
帰宅部に入る以前からホコロビに気付いており、琵琶坂先輩と行動をともにしていたという設定です
(一部の話には男部長が登場します)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「見た目はやっぱり何とも言えないインパクトがありますよね……」
「おや? 彼らを熱湯に沈めて死なせたのは君だろう。今更何を恐れることがあるのかね」
「あう……」
塩茹でにされた山盛りのシャコを前に、三緒里君は視線を泳がせた。グロテスクですね、と言わずに言葉を濁したのは、僕への気遣いのつもりだろうか。いつもながら妙なところに気を回す女だ。好物とはいえ食材の見た目をどう評されようと、別段僕は傷ついたりはしないのだが。
いつものスーパーに活きたシャコが売られていたと、買い出しに出かけていた彼女は意気揚々と帰って来た。僕に食べさせられるというのが相当嬉しかったらしい。相変わらず他人のことを第一に優先する性質に呆れてしまうが、その健気さに悪い気はしない。飼い主を喜ばせることを一番に考える心根は、飼い犬の鑑と言ってもいい。
ネットで調理法を検索し(何せ彼女自身はシャコを食べたことがないのだ)、オートドックスに塩茹でにしようと決めたところまでは良かった。しかし、いざ調理の段になると、彼女は急に顔を引きつらせた。
そう。シャコは活きているのだ。フードパックの中でごそごそ蠢く姿はエビやカニとは似て非なるものだ。「エイリアンのようだ」と表現されているのを見たことがあるが、その例えは伊達じゃない。
しかし、シャコは活きたまま調理するのが鉄則だ。時間が経つほどに鮮度も落ちる。
「いっそ一思いにやりたまえよ」
僕の言葉が最後の一押しになったようで、意を決して三緒里君はシャコの群れを沸騰した塩水の中に叩き込んだ。
それからおよそ八分。茹で上がったシャコを皿に引き上げ、今に至る。
しかし、湯の中で少しばかりもがいていた彼らの姿もすっかりトラウマと化したようで、一向に三緒里君は自分が殺した甲殻類たちに手を付けようとしない。
何だってそこまで抵抗があるのか。用があるのは外殻じゃなく、その中身だろうに。
仕方なく、キッチン鋏を手に取り、シャコの頭と尾を落とす。続けて体の側面を切り、殻を剥がせば、中から紫褐色になった身が姿を表した。所詮スーパーのものと期待していなかったが、思ったより身は詰まっているようだ。
「三緒里君」
「え?」
「口を開けたまえ」
「ええっ」
しばし三緒里君は逡巡していた。しかし「食わず嫌いは良くないだろう」と僕が促せば、おずおずと口を開き、上目遣いにこちらを見つめた。その顔は寝室で見せるそれと似通っていて、まるで如何わしいことでもさせているような錯覚に陥る。実際は、シャコを食わせてやるだけなのだが。
指で摘んだシャコを唇の前に垂らせば、腹を括ったのか、彼女は勢い良く食いついた。その様子はまるで犬というよりは雛鳥のようだ。
恐る恐る口に含み、ゆっくり咀嚼する。すると、急に大きな瞳を更に大きく見開いたかと思うと、徐々にその表情は柔らかいものへと変わっていった。
その露骨な変化に、思わず顔を背けて喉を鳴らした。三緒里君、失礼だがたいへん面白い。
悪く言えば単純。良く言えば素直。子ども故の純粋さ。裏のない善良さ。こんなに表情をくるくる変える分かりやすい女、今まで周りにはいなかった。
肩を振るわす僕を見て、「び、琵琶坂さん?」と彼女が戸惑いの声を上げる。
「いやいや、すまないね、笑ったりして」
君があんまり可愛かったもので、つい。
そう続けると、未だ疑問符を浮かべたままの顔が、ほのかに赤く染まった。
「美味かっただろう? やっぱり食わず嫌いなんてするもんじゃないなあ」
「はい――でも、きっと、琵琶坂さんが剥いてくれたからとっても美味しかったのかも…?」
「それは光栄だね――と言いたいところだが、君、調子のいいことを言って僕に全部剥かせようとしてないか?」
「あ……バレちゃいましたね」
悪びれもせず、三緒里君は悪戯めいた笑顔を浮かべる。前言撤回、彼女は善良で単純なだけの女じゃない。メビウスからの帰還後、共に暮らし始めて随分経つが、最近こうして強かさやあざとさを身につけ始めたように感じる。
けれど、それも悪くない。何の変化もない関係など、退屈なだけだ。
「…まあ、あと幾つかなら、手ずから食べさせてやってもいいさ」
僕のために、恐怖のエイリアンを調理してくれたお礼にね。
そんな台詞を与えるだけで、彼女はこの世全ての幸福を味わったような顔をする。やっぱり呆れるほどに単純だ。だが、女と少女の顔を行き来する、そのアンバランスさも好ましい。
だから、今日だけはシャコの棘で少しばかり指が痛むことくらい、何でもないことにしておいてやろうじゃないか。