□21 修学旅行編収束まで[10p]
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「…………」
「やあかぐら君さん呼び捨てどれがいい?」
「!?」
ところ変わって、客船の見える岬。
そこで一人客船を見つめる後ろ姿に忍び寄り、声を駆ければ、飛び退かれて構えられた。
「良い反応だね」
「號さん!?どうして……」
私を視界に入れて、目を見開いた彼は、しかしすぐに得心したように構えを解いて苦笑した。
「って……分身かな?」
「ご名答」
正解したのでパチパチと軽く拍手してあげた。
そのまま彼に近付いて、海を見る角度で横に立った。
「えっと……」
「かぐら君さん呼び捨てどれがいい?」
困惑したように聞いてくる彼に私はそう繰り返した。
ややあって、君の呼びやすいように、なんて返された。
よって私は、じゃあかぐら。と切り出した。
「君とは話しきれてなかったことがあったからさ」
「…………」
「訓練所で話したきりだったもんね」
手を無意味に遊ばせながら告げれば、かぐらはなんだか複雑な雰囲気を纏い始めた。
「やぐらのせいにするな、と」
ややあって、ぽつりと呟いてくれたから、話が早かった。
「そう」と私は頷いて続けた。
「ボクはやぐらとは違うなどと言いながら、誰よりも、やぐらの血のせいだと言う。だがしかし部外者の私が言えたことではないかもしれないけれど、やぐらさんが血狂いだなんて話は聞いたことないね。橘やぐらは至って正常な童顔の男性であるとね」
「……、それこそ、君に何がわかる?」
「そもそも、やぐらさんは人柱力ゆえに多少の暴走はしてたかもしれないけれど、それは決して彼の人格ではないし、けれども立場上理不尽に疎まれて、そんな彼へ向けられる視線は、下手に身近であればあるほど曇りがちだ」
「それは……何を根拠に」
「血霧は、三代目水影の風潮をやぐらさんが素直にそのまま引き継いだ結果だと思ってるんだよね。それを悪化させたのは、例のうちはの罪人ですし」
「……」
「私はやぐらさんを全面的に擁護したいと思っているんですよ。だって、あんまりじゃないですか。尾獣を宿しながらも影となった苦労は計り知れない。のに、現風影と違いすぎる。意志すら奪われ何も報われることなく閉じてしまった」
「……つまり君は、やぐらに同情していると……?」
そういうことになるが。そのままうんと言うにはなんだか違う気がしたので、道を回すことにした。
「あれ?私が誰の血をひいて、誰の腹から生まれ落ちたか、知らされてないの?」
てっきり知らされてると思っていたが。と、わざと首を傾げて見せれば、酷く困惑された。
ふむ、やはり伝えてはいないか。
まあ予想通りでもあるが。
「どういうこと?君は一体……」
「私からは言えないね」
人柱力および尾獣を『伯』と称し敬する一族の腹から出でたなどとは。
「とてもとても」
肩をすくめて首を振れば、かぐらの眼差しは険しくなった。
敵意や嫌悪は感じられないので差し当たって気まずさなどはないのだが。
「……君は」
そこでかぐらはポツと口を開いた。
「もしかして、うちは一族なのかい?サラダさんとは違う系譜の……、例えば、――橘が枸橘とされたように――存在を抹消され、姓を変えざるをえないほどの罪を背負った、うちはの……」
「どうしてそう思います?」
「その服だよ。君の血に何かあると考えれば、まず目につく。そういう形状の装束は、歴史本の中で見覚えがある」
「秀才ですね」
尊敬します。と口をつく。
答案を置き去りにして、しかし先ほども言ったように肯定も否定もせず私は岬の崖に腰を下ろした。
それだけでかぐらは勝手に察しを付けたらしく、はっと息を呑んでいた。
およそ彼が心中に出した答えは、うん。間違っているのだが。
オビトと私に2親等以内の血縁関係はない。
「……そんな部外者目線な私が話を戻しますが」
とりあえず私は話を進めることにした。
プラ、と崖に降ろした足を揺らしながら振り向けば、神妙な顔をする彼と視線がかち合った。
なんか手が震えているが大丈夫か。
「……普段穏やかなくせに、血を見ると止まらなくなるバカなんてのはまー珍しいが、だからといって世界に君一人というわけではない」
「それは、どういうこと?」
「それは、特異ではあるが、別に特別でもなんでもないサガなんだって理解しなよ」
「……なら君は、他にこういう人間を見た事があると?」
「刀を握ると、ってのは知らないけど。流血すると人格が変わり暴走する人間なら、すでに君と話したよ」
「え……?」
「彼はそれを誰かのせいにするでもなく、受け入れて向き合って、そうならないように工夫しているってところは君と違うけど」
「まっ、待ってくれ!それって……!?」
「今は君の話だ、かぐら」
「っ、」
「君はなぜ刀を握っている?暴走したくないのなら、刀以外の武器を振るえばいい。不得手は鍛錬でマシになる」
「そ、れは……っ」
「求められたからか、期待されたからか、手を抜くのが嫌だからか。それとも、好きだからか?」
かぐらは胸を突かれたような呼吸をした。
気にせず私は再び視線を海へ戻して続けた。
「自分の汚点を嫌うだけじゃ進めないよ。自分の責任だと受け入れて向き合って分析を繰り返し、少なくとも付き合い方を定めなければいけない。この先の長い人生について回る問題の放置は、決して楽でもなんでもない。血狂いの彼に『マゾなのか?』なんて言われてしまうよ」
「君は。……すごく……難しいことを、言うんだね」
「そうだろうか。改善する必要まで求めてはいないのに?否、君にとっては難しい事なのだろう。確かに自分と向き合うのは簡単じゃないだなんてよく聞くね」
「……」
「……自分を許すのが苦手な人は多い。ましてや、自分の認めたくない部分を抱きしめて許すのは難しいらしい。心の美しい人であればあるほどそういうものだが、……心が綺麗なまま大人になるというのは酷く難しい」
「……何が言いたいんだ?」
「自分で辿り着いてくれれば至上だが、結論を求めることも悪ではない。うん。いいよ。つまり私はね」
当てつけのように前置いてから、私は上体を倒して告げた。
見上げたかぐらの顔が難しい。
「自分を愛せと言っているんだ」
「……」
「お前の弱さ。お前の血狂い。それは、他でもないお前の持ち物だということを、ちゃんと受け入れてあげなさいよとね。
そもそも私からすればそれらは魅力的な君をより彩る愛らしいリボンのようなものだ」
「へ。り……リボン?」
「君は良い人だ。世界は広いし、どんな君でも、どこかの誰かしらは愛してくれるはずだよ。
だから勇気をもって、自分を受け入れて。自分から目を逸らさないで」
「………!」
「まァ今のままでも私としては構わないのだけど。けど君が構うのなら、今立っている場所から動きたいのなら、自分で動かなければならない。
繰り返すようだけど、そのためには、嫌なところは嫌なまま終わらせないで。
勝手に解消するわけでもない問題なんだったら、ほとんどの場合、先送りにすればするだけ終結は困難になってくる」
「それは確かにそうだけど、」
「じゃあそういうことだ。簡単に言うようでごめんだけど、原因を突き止めて、どうすべきかどうしたらいいのか、納得できる答えが出るまで探し続けて、頑張って。焦りは落とし穴を引き寄せるから禁物だけどさー」
恥ずかしいことを言うようだけど、と。
私は倒してた上体を起こして、立ち上がりながら続ける。
「……そのためには、なによりもまず、自分を愛して。
認めたくない自分も、誰かのせいにしたいほど嫌な自分も、愛してあげて。
愛する自分を形成する大切な、自分の確固たる一部であると受け入れて、抱きしめてあげて」
「…………ありがとう。でも。それが出来れば……苦労はしないよ」
「ではなぜできない。
大勢に疎まれれば愛される資格はないのか。誰かを傷付ければ愛される権利は失われるのか。
自分を愛してはいけないだなんて法律はないだろう」
「……それは、そうだけど」
「もちろん、今すぐ心をカチカチと切り替えろなんて言わないよ。だから、できないじゃなくて、努力するって言ってほしいな。
かぐら。
自己を愛せず許容できない人間になってはいけないよ。心の支えを手放せなくなってしまうから。これは、改めなければいけないよ」
「心の支えを手放せなくなる…?」
「そう。屍澄真さんを手放せなかった君のように、今度はボルトを、もしくはこの先出合う素晴らしき誰かを、手放せなくなるつもりか?」
「!」
「君に残る人生は未だ何十年と長い。ゆっくりでいい。けど、誰かに依存せず自分に寄り、自立する努力はするべきだ。
自分を愛せ。誰が何と言おうと、これが自分なのだからと」
「……」
かぐらは沈黙した。
私の背中を見つめている。
やがて何を思ったか、木刀の柄を握る音がした。
次いで、地を蹴る音。
背後からの突き。
私はそれをくるりと躱し、木刀を握っている方の腕に沿うようにして、彼の肘を外側から掴み取る。
「……ごめん」
「気が済むのなら付き合うよ」
言いながら私は彼の木刀を鉛で覆った。
急に増した重みと、金属色の刀身にかぐらは目を見張った。
「…!!?」
「これでやろう。大丈夫、私は分身で、このガワにしてる金属は鉛……つまり、なまくらだから」
かぐらの手が震えている。
私はもう一度「大丈夫」と伝え、震えを止めるように、彼の肘をぐっと握った。
「かぐら。私を侮るな」
「ッ!!」
パシッ、とかぐらの刀が向かいの手に渡る。
いち早く地に伏せて、回転により拘束を振りほどくと同時の横薙ぎ一閃を躱す。
低い姿勢のまま前進し、追撃の下段突きから逃れる。ついでに軸足を攫おうとしたが、彼はすぐに体勢を整え、牽制一振り。そして高く飛び退いた。
着地と共に、間髪入れず向かってくる。
私も迎え撃つようにして、まっすぐに走り出す。
すれ違う。
互いに無傷、故に、跳ね返るようにして走り続ければ、向こうも同様。
再びすれ違う。再び躱し躱された。よって足を止めることなく引き返す。
再びぶつかり合う。ようやく隙を見つける。
「……!」
「今度は捕まえた」
かぐらの両手を刀ごと捕まえ、撥ね上げる。
すぐに振りほどくための蹴りと捻じりが来る。
蹴りが繰り出される直前の、一瞬の重心移動。
それを逃さず、かこつける。
かぐらの身体を巻き取るように体を捻じり、回転と共に彼の身体を投げつけた。
「ッ!!」
かぐらは空中で受け身を取り、ズササザッと腰だめの姿勢で着地する。
そしてすぐ目前へと走り迫っていた私を牽制するような、鋭い刺突の連撃。
ならば私は諦めて、大きく真横に往復――反復横跳びのように動いて、かぐらの眼球を横移動に慣れさせた瞬間、高く上に飛んだ。
怒涛の左右から突然の上方向。かぐらの視線運びがワンテンポ遅れる。
その致命的なワンテンポの間、私は上空で印を組み終えた。
水遁の基本術、水乱波。
「ぶ」
バッシャンッ!!と、かぐらは多量の水を勢いよく顔面から被ったのだった。
もちろん私の口から出したやつ。
「――プハァッ!ゲホッ、コホッ!!」
「アッハハハハッ!!」
パチャッ、と着地する。
水流の勢いに押されるまましりもちをついて咳込む彼を指差して笑えば、それが終了の合図となった。
「……負けたよ、これが火遁だったらひとたまりもなかった」
「お?なんだ理性的じゃないか」
後ろ手を組んでてこてこ近づいてみても、特に不意打ちは来なかった。
かぐらは、はっとしたように己の得物に目を向けていた。
「返してもらうよ」
と言って、術の名残をチャクラに帰属する。
鉛は溶け消え、辺りの水気も蒸発するように消滅する。
「……」
かぐらは、すっかり元通りになった己の木刀を見つめていた。
……。
「ん」
いつまでたっても立ち上がらないので、手を差し伸べてみた。
これに気付いた彼は、ようやく顔を上げた。
「!、ありがとう」
かぐらの薄手の黒手袋と、私の厚手の黒手袋が掴み合う。
ぐっと引けば、かぐらは簡単に引っ張り上げられた。
「何か掴めるものはあったかい?」
手を放しながら聞いてみる。かぐらは幾分晴れやかそうに見えた。
「……わからない」
「そう」
「でも……不思議と、近々、なにか見つかりそうな感覚がしてる」
「それはよかった」
そして赤みの強い紫色の瞳がこちらを見た。
「蜂谷が世話になったね」
「まさか。とんでもない。彼は面白くて良い奴だ。このご時世珍しい、人の面倒を見るのが苦にならないタイプの男だ」
「君は凄いね。あんなことをされておきながら簡単に許して、気が付いた時には舎弟のようにしているんだもの」
「……かぐら」
「?」
「あいつは、君にあるものをほとんど持っていない。けれど、その代わり、親しみ易さに、多くの友、凡人の感覚と常識……とにかく、君にないものをたくさん持ってる」
「……そうだね」
「彼から学べることは多いと思う」
「…うん」
「尻込みすることはそりゃあ、あるだろうけど。時に君を尊重してくれない時も、傷つけるようなことを悪気なく言って来る時もあるだろうけど。そういう嫌なことはちゃんと丁寧に話してみればわかってくれるタイプの奴だから」
「つまり、蜂谷と友達になれ……ってこと?」
「簡単に言えば。うん。すでに彼には軽く言ってあるから、そう変なことにはならないと思うよ」
「え、いつの間に」
「さてね」
伝えることは伝えたかな。
私は肩をすくめてかぐらに背を向け、会話の終わりを知らせた。
「あ……」
「最後に、ボルトにはいくらでも送ってくれていいけど、私に便りなんて寄越してくれるなよ。迷惑だから」
「え」
「迷惑だから」
「う……うん。わかった。號さん宛には何も送らない」
「約束ね」
私はすぐさま頷いて、その言葉を約束と言って取り付けた。
よかった。
里外から手紙だなんて、兄さんに何言われるかわかったもんじゃないし。
「君に幸あれ」
適当な言葉を言い残し、そして私は解術して、この場から消滅した。