□17 修学旅行編船上まで[10p]
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「最初は…ただの、ヘラヘラしたやつだと思ってた」
待ち侘びた声が静かに近付き、やがてそれは真横から降ってきた。
「けど、だからこそ話しやすくてさ。…お前はいつも普通って言うか…オレを避けたり怖がったりしなかったし……そういうとこ…いいなって……マスクとメガネ外した素顔も、か…可愛いし…」
私は顔を伏せたまま、耳を傾けた。
「……えと…覚えてるか?ボルトとひと悶着あって次の日…オレ…しばらくはボルトぐらいしかまともに会話できねえと思ってた。…けど、號の方から話しかけてくれただろ?それにその…強くてかっこいいとか、なんとか……正直…かなり、嬉しかったんだ。もしかしたら、その頃から気になってたのかも…」
つまりイワベエ君は、私を好きな理由を教えてくれるらしかった。
「それに、努力家っつーか、……いつも…授業で分からなかったことを素直に聞きに行けるトコとか、すげーと思ったし…、
あと、鍛え過ぎだかで授業中ぶっ倒れた時もあっただろ?あんだけ全身ボロボロになるには、並大抵の努力じゃ無理だ。
だから…校舎裏で見せてくれたあの火遁には心から感動したんだ」
頑張って話してくれてる。
「…普段は穏やかで真面目な感じなのに、サラダに対してはバカみてーに好き好き言ってるとこは…なんか面白くて…最初はそれだけだったのに、いつの間にか、もし、オレの方に来ていたら…とか考えちまってたり…。
男女対抗戦の時も…あとから聞いたんだけど。號が気絶したオレを安全なトコまで運んでくれたんだって知って、浮かれた気持ちになったり…。
あ…あの時の…な、涙とか…ずっと頭から離れなくて…オレを、頼って欲しいと思ったり…。
自覚は…結構前からあったんだ」
私は視線を前に固定したまま、ゆっくりと顔を上げた。
おそらきれい。
「けど、號が優しいのはオレにだけじゃねえし…頼るのも、色んなやつにしてるし…オレはオレで…この気持ちを自覚するほど緊張はするし…!
気付いた時には號は、燈夜やマギレなんかと良くつるむようになっちまってただろ…あ、違う、違う…!言いたいのはそうじゃなくて!タンマ!オレが勝手に悔しいだけで悪いとかそういう訳じゃねえんだ!燈夜もマギレも悪い奴じゃねえし優秀だしマジで!ってもっと脱線してんじゃねーか!」
「ゆっくりで、支離滅裂でも大丈夫だよ。ちゃんと聞いてるから」
「……!」
視線を前に向けたまま発した私の言葉に息をつめた気配。
そして、息を長く吐く音。
「……悪い。これでも…色々考えてきたはずなのに…」
「いいよ」
「あー……星が、綺麗だな」
「アハハ。…月も綺麗だよ。きっと、誰にも届かないものだから、ずっと綺麗でいたんだろうね」
「?……えっと、そういえば、聞いていいか」
「どうぞ」
おや。
この反応は特に意味を込めてないアレだったか。
「昨日、オレの気持ちに気付いてたって言ったよな。……それって、いつから…?」
「……いつだったかな。まあ結構前だよ、あからさまに私に緊張してたでしょ」
「うっ…」
「昨日も言ったかな…隠してるようだったから、諦めようとしてるのかなって思ってた」
「……。だから知ってても、変わらずに接してくれたんだな」
「普通だよ。好意を持たれてるからって、急に馴れ々しくなったり余所々しくなるのは違うと思うし」
「んな事ねえよ。だいたいは…避けたり、からかったりとか、するもんだろ…」
「そうかな」
「そうだろ。だから、ありがとうな」
「…こちらこそ。好きになってくれてありがとう。でも、私の答えは、知ってるでしょ」
「ああ」
「……ありがとう。ごめんね」
スッと、そこで初めて私は視線をイワベエ君に向けた。
目を合わせて、立ち上がって、頭を下げた。
「あ、謝んなって!オレが暴走しちまったってだけで、號は、何も…悪くねえし……」
「ハハ、ありがとう」
何度目かのお礼を口にして、私は右手袋を外し、差し出した。
メタル君のような、包帯巻きの手…ただし彼と違って、指先まで包帯で覆われた手を。
「友達として、これからもよろしく。イワベエ君」
「…!、お、おう!」
普段は黒手袋の下に隠れてた私の手に対して、素手でもないのに照れたように両手を構えて数秒慌てた後、彼はグッと私の手を握った。
普通の握手。
気恥ずかし気に握手までたどり着いたイワベエ君だが、すぐなにかに気付いたように表情を引き締めて、力を込めてきたりした。
「…思ったより、硬いんだな」
そして呟くようにそう言った。
「メタルにも負けない…努力してる手だ」
「ありがとう」
「…あ!わっ悪い!!硬いとか…」
「とんでもない。身体能力トップのイワベエ君に認められるなんて光栄なことだよ」
パッと離された手に、黒手袋をはめ直した。
余談だが。ハオリさんに修行見てもらうようになってから大怪我や成長に支障をきたすようなダメージは治してもらってるんだけど、
手とか胴体とか服の下に隠れる怪我は適度に残してもらってたりする。
日常生活に支障のない、自然治癒するような怪我はね。
私がそんなことを考えていると、沈黙の中でまた何を思い出したのかイワベエ君は、あーうー言いながら首元や頭を掻き始めた。
「……も一つ聞いていいか?」
そして、意を決したように口を開いてきた。
私は当然頷いて、続きを促した。
「……どこの、誰なんだ…?よくは見てなかったが…少なくとも木ノ葉じゃ見かけない顔だっただろ…?……昨日の、その…」
「私が往来でからかってキスするふりしてた人?」
「へ?…ふり…?!」
「うん。ふり」
「な……なんっ…なん、だ…、じ、じゃあオレの早とちりか!?」
「半分半分」
「は…?」
「彼は私のハニーですね」
「…???」
「私やサラダちゃんの両親の知り合いで、私がサラダちゃんにしたように惚れた相手って言えば分かるかな」
「……、……ッえ!?はあッ?!?」
「アハハ!」
まー水月好きな気持ちと、サラダちゃんに抱いてる気持ちは全く別物なんだけども。
「じ、じゃあ…!ああいう顔が…號のタイプなのか…?」
「どうかな。見た目だけじゃなくて、年齢に雰囲気に思想に使う術、ひっくるめて好きだから、同じ見た目の別人がもし現れたとしても興味は出ないよ」
「…そ、そういうもんなのか」
「もちろん、私にとっては、だけどね」
そんな風に言葉を交わし、やがてふと訪れた沈黙で、私は区切るように息を吐いた。
敷きっぱなしのハンカチを拾い、汚い面をしっかり内側に折り込んで、帯の中に仕舞った。
「そろそろ解散しようか」
「! あ、ああ。それじゃあ…」
「また明日、学校で」
イワベエ君の言葉の続きを笑顔で奪った私は、彼に手を差し出して握手を求めた。
今度は黒い手袋の手。
いわゆる私の、『いつも』の手。
「…おう。また明日な」
イワベエ君は、察したようにこの手を握った。
澄んだ星空の下、失恋した少年が想い人に向ける、『友達』の微笑みが、そこにあった。
活発な君が僅かに下げた眉には、諦めきれない想いが滲むようで――月光と相まって、その憂いを引き立てていた。
――少しだけ大人な表情。
それはきっと、私だけが見れる顔。
おそらくそれは、とても魅力的な顔だった。