□13 ハロウィン
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数秒後、ハーマイオニーが声を上げた。
「な、何の音?」
振動は、ハーマイオニーも聞こえたようだった。
とりあえずヒサキは「え?」と、しらばっくれてみた。
「聞こえない…?廊下の方から物音がするわ…」
「そんな音する?」
「す…するわよ、よく聞いて!」
「んーと…」
そう言って時間を稼ぎながらもヒサキは改めて耳を澄ました。
巨大な足を引きずるような、と作中で形容された、鈍い足音がゆっくり、確かに近づいていた。ついでに棍棒を引きずる音も。
ヒサキはサンザシの杖をすぐ取り出せるよう確認し、もし使うことになるならと、盾の呪文になるだろうかと思い浮かべた。
(しかし歳並の呪文ではないんだよな……なるべくほかの…私の魔力ならデパルソやフリペンドもトロールに効くけどそれも人並みじゃないし…こん棒に何かするにしてもそしたらハリーとロンの活躍を奪っちゃうな…インカ―セラスもプロテゴ程ではないにしろ少し難しいから今の私にはふさわしくないし…)
「ねえ、聞こえたでしょ?……待って、何のにおい…?」
(ってクッシェ!オエッ!!)
「えっ、ああ、わからんけど…、酷いにおいだね」
汚れた靴下と、掃除をしたことがない公衆トイレの臭いを混ぜたような、と作中で表現されたが、まさにそれだった。
ヒサキは思わず袖口で鼻を覆った。
「な、なに……なにが居るの…?」
ブァーブァーという唸り声まで聞こえてきて、いよいよだとヒサキは肩を回して黙り込んだ。
ハーマイオニーに悲鳴をあげさせないことには始まらない。いざとなれば自分で上げるが、なるべく彼女に非を押し付けたい、とだんまりを決め込んだ。
「ヒサキ……?」
やがて、四メートルものずんぐりした巨体が、ドアの向こうに見えた。
ゴツゴツの灰色の肌に、ハゲた小さな頭。短く太い脚は木の幹ほど太く、腕はゴリラのように長い。
手にした巨大な棍棒は床を引きずっている。
ヒサキはローブの中の杖に手をかけたままの姿勢で、置物のように動きを止めることにした。
身をかがめて覗き込んできたトロールの小さな目が視界に入った。
目線も動かさず、マネキンのようにしていれば、トロールはポリポリと頭をかいて首を傾げた。
そして、ゆっくりと確かめるように、女子トイレの中に入ってきた。
「ど、どうしたの…」
不安げなハーマイオニーの言葉を無視しながらヒサキはそのままの姿勢を動かさずにトロールの様子を窺った。
どうやらヒサキに興味がわいたようで、思ったよりも早く近付いてきた。
(早く!ハリーとロン早くドア閉めて!!早く来て!クイックリー!ハリーハリーハリー!)
ヒサキは内心ですぐに己の行動を組み立てた。
入り口付近の洗面が壊されずに通過されてしまっていた。
ゆっくりと、しかし迷いなく近付いてくるトロールが、女子トイレの真ん中までやってきたときだった。
開け放たれていたドアがぴしゃりと閉められ、続いて施錠音が響いたのは。
幸いに、トロールはそれに反応した。
突然閉められたドアに興味が更新されたらしく、踵を返して道を戻ろうとしていた。
同時に、ドアの個室が恐る恐る開けられる音がすぐ横から聞こえてきて、ヒサキはなるほど、と本編においてここで何が起きていたかの想像がついたりした。
「ヒサキ、良かった、まだそこにいたのね……それじゃ、今の扉が閉まる音って―――」
個室から顔を出したハーマイオニーが、ヒサキからドアの方に視線を向けた。
トロールは背中を向けていたがほとんど歩き出さずにいた。
その醜悪な顔が、ハーマイオニーの声に、振り返ったところだった。
数秒の沈黙、そして、ゆっくりと振り向いたトロールが、片腕を振り上げた――刹那。きっと、ハーマイオニーの中で何かがブチ切れたのだ。
彼女は特大に悲鳴を上げた。
それはかん高く、恐怖で立ちすくんだような悲鳴。
ヒサキは待ってましたと心中拍手喝采だった。
突然受けた大きな感情と声に反応したトロールは、興奮した雄たけびを上げて棍棒を振り回した。
考えなしに振り下ろされた棍棒が、ブーンと空を切り、たまたまその先にあった個室のドアをぺしゃんこに潰した。
それを皮切りに、棍棒はやたらめったらに振り回され、洗面や壁などを粉砕しながらトロールが迫ってきた。
(近い。入り口付近の蛇口は無傷)
ヒサキはすでに杖を構え、逆の手はハーマイオニーをかばうように広げていた。
「フェルーラ!」
トロールの頭部に向けられたヒサキの杖先から、勢いよく飛び出した包帯が、トロールの両目に巻かれた。
急に視界を奪われたトロールは、ブーッと汚らしくうなりながら足を止めて、包帯を取り外しにかかった。
「フリペンド!フリペンド!」
すかさずヒサキは照準をずらして衝撃呪文を数撃放ち、入口付近の洗面などを粉砕した。
包帯を引きちぎって外したトロールはその音に反応し入口の方を向いたが、すぐにヒサキとハーマイオニーの方に向き直り、ブァーッと嘶いた。
「そのままあっちに気を取られてくれよ」ヒサキは白々しい独り言を聞かせるように吐き捨てた。
ハーマイオニーは原作通りおとなしく壁に張り付いているようだった。
背後から掴まれでもするかともヒサキは想定していたが、それで変に手元が狂う心配は杞憂に終わった。
そうこうしているうちに、トロールは振り上げた棍棒で洗面をなぎ倒しながら迫ってきている。
盾の呪文を内心で暗唱しながらヒサキは数歩下がってハーマイオニーをちらりと確認した。
ガタガタと震えて呆然と、混乱と恐怖に支配された様子で壁に張り付いていた。
(ハリーとロンはやく入ってこい!プロテゴを使うことになる前に!)
ヒサキは祈った。
祈りながらも、物語に妄信はせず、杖を構える手と、ハーマイオニーをかばうように広げた腕にしっかりと力を込め直した。