□12 日常から抜粋した非日常
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「起きれるか?」
ノットが声を発した瞬間、ほとんど微睡みかけていたヒサキの意識は一気に浮上した。
「はい」とほぼ反射で返事を返していた。
身体は変わらず重く、不調はむしろ悪化していたが、ヒサキはひじ掛けから体を起こした。
窓の外の湖中は相変わらず暗いが、しかし先ほどと違って、わずかな朝日が潜り込んでいた。
「そろそろ医務室が開く。行くか?」
「はい。ありがとうございます、行ってきます…」
身体に鞭打って立ち上がり、覚束無く一人で談話室を出ようとしたヒサキを、ノットは思わず「待て」と呼び止めた。
ヒサキは重い頭を支えながら「どうか?」と発音しながらノットに振り向いた。
視線の虚ろなヒサキに、ノットは深く溜息を吐いた。
「まさか、その身体で、今ここから、一人で、歩いて医務室に行く気なのか?」
「そうですけど…?」
サラサラそんな気は無かったが、彼視点の事実となるべき答えをヒサキは即答した。
もちろん、内心では予定通り談話室を出てすぐ屋敷しもべを呼ぶ気満々だったが。
そのようなことは流石のノットも予想はつかないので、そんな無謀を口にした彼女の行動がとりわけ心外で愚かに思った。
スリザリンの談話室は地下で、医務室へはそこそこの距離と階段があるのだ。
ノットは足早にヒサキの元へと近づいた。
「僕が送る」
「え、いや、いいですいいです。一人で行けます…ほんと、」
これにはヒサキも拒絶せざるをえなかった。
ノットが居たら屋敷しもべが呼べないし、送ってくれるとしても今更この体調で医務室まで歩きたくはなかった。
妙な影響を与えたくないためヒサキは屋敷しもべをどうしても見られたくなかった。
そんなヒサキの心情とは裏腹に、ノットはことさらその態度を愚かに思った。
見知らぬ人物に頼るのはノットも好まないが、見知った人に対しては別であるのが普通だと思っていたし、彼女も同じだとノットは思っていた。
ゆえに、彼女から頼られるのが自然なことだと思っていたのに、彼女はそれを拒んだ。
意地とも言えるが、とにかくノットは無言で杖を取り出した。
そしてもう一つ、ポケットに入れていた黒いものを取り出し、それに向けて杖を振った。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ。エンゴージオ」
ノットの手の上から浮き上がり、すぐにかけられた肥大化呪文によって、それは見る見るうちに巨大化していった。
黒革張りの手帳だった。
その手帳はおそらく元の大きさになろうともまだまだ大きくなり続け、やがて長辺が1メートルほどになって止まった。
ノットはさらに続けて杖を振った。
「ロコモーター・大きくした僕の手帳」
曖昧な上下浮遊だけだった大きな手帳は、地面と水平になり、ノットの杖先に合わせて自由に動くようになった。
ノットはそうして大きな手帳を杖先で操って、ヒサキの太腿側面あたりに持って行った。
「うん…?」
ヒサキはノットが何をしようとしているのかいまいち分かりかねた。
ノットはすぐに答えた。
「座って。医務室まで送るから」
「え」
「ロコモーターは何度も成功してる。落としたりはしない」
「まじで。……え、あ、じゃあ、失礼します…」
どこか不機嫌そうなノットが杖先を動かし、手帳がヒサキの太腿を軽く数度小突いた。
ヒサキは驚きつつ、そこへ恐ると座った。
するとノットは談話室の出入り口に歩き出し、必然、ノットの杖先を浮遊する手帳ごとヒサキが運ばれた。
「いや恋に落ちるわ」
「……なにか言った?」
「いや、ただ女難しそうだなって…」
「僕が?」
「うん」
「まさか」
「異性の扱いはもっと慎重にすることをおすすめするよぉ。きっと14あたりから急激に惚れられるから」
「どうしてそう思うんだ?」
「私じゃなかったら、いや昔の私でも完全に惚れてたから」
熱に浮かされ思考もおぼつかない状態で軽率にヒサキの脊椎が吐き出した言葉に、ノットは不意を打たれた。
通路の先から、彼女に視線を移したところ、極めて苦しそうに手をついて今にも倒れそうに背を丸めていた。
ノットからの視線には全く気付かず、耐えるような薄目で足元を流れて行く通路を見つめながら、彼女はうわごとのように続けた。
「私けっこう惚れっぽいから。大げさなだけかもしれないけど」
ノットは言葉が出なかった。足を進め、ロコモーターの維持をするだけはひとまずできていたが。
「無駄口が無くて、頭が良くて、習ってない魔法が使えて、具合悪いのに気付いてくれる紳士で、こうして助けてくれて、完全にヒーローじゃん。ノットさん」
ノットはいよいよどうしていいかわからなくなった。
「なにより、静かなのがすごく助かります。ありがとう」
そう言われると、もう何も言わなくていい気がして、結局ノットは口を閉ざしたまま、杖腕ではない方の手で抱えていた本を抱え直した。
ノットが次に口を開いたのは、医務室の前に到着しヒサキを手帳から降ろしてからだった。
「レデュシオ」
浮遊の維持をやめ、手帳も最初と同じくうんと縮めてポケットに仕舞う様子を、ヒサキは朦朧と見て、また脊椎で意味のない感想を喋った。
「そっちの本は小さくしないの?」
「これは図書室から借りた本だ」
「ああ、なるほど…」
納得を教えるようにヒサキは力なく微笑んだ。
ノットはそこから視線を外して、医務室の扉を叩いた。
朝早くから何事かとすぐに顔を出したマダム・ポンフリーに向けて、ノットはハキハキと事情を話し、ヒサキを引き渡した。
元気爆発薬さえ貰えれば即時復活とヒサキは思っていたが、風邪にしてはどう見ても症状が深刻だからと、ベッドで詳しく診察することになった。
なお現時点で不調がうつった様子の無いノットは10秒ほどの簡易問診と平熱確認だけで退室許可が出た。
「……あ、ノットさん」
用を終えて踵を返したノットの背中をヒサキは軽率に呼び止めた。
「本当にありがとう、マイヒーロー」
振り向いたノットは、何も言わずにフイと視線を戻し、来た道を戻っていった。
なお、この言葉選びは、夏休みに住んでいたホテルで、スタッフが設備トラブル対応業者らしき人物に向けて、ヒーローというワードを用いてフランクにお礼を言っていたところを見たからだった。業者も軽く受け止めていた。
そのため、些細でも助けになる存在はヒーローと言っておくものだと認識してのことで、助力感謝以外の他意はなかった。
もともと感謝や称賛は、思い付く言葉を尽くして沢山伝えるようにしていた。
§
マダム・ポンフリーから診察を受けた結果。
不調は心因性の色が濃いことが判明した。
また、睡眠不足と軽い栄養失調、深刻な肩凝りと首凝り、眼精疲労等々、問診だけではなく魔法や魔術道具を用いられて次々と判明した。
そのせいで問診時に睡眠時間や食事の内容頻度などの生活面で多々嘘をついたことがバレて怒られたり。
とにかく11歳が抱えていていい爆弾ではないし、していい生活週間ではないと大目玉をくらったりした。
ある程度ヒサキも穏便な嘘をついたが、自己を騙せても、魔術道具までもを騙せることはできなかったというわけだ。
結局、この日は無理矢理休まされた。