■クナリメイジのインキー

後日、酒場
長く席を外していたブルが戻るなり、クレムが気が付いた。

「やられたよ」

ブルは席に腰を降ろしながらぼやいた。

「やられた?
 どこに行っていたんだ団長。」

「ふっ 我らがボスの部屋さ」

その言葉が耳に入った突撃隊は一斉にブルに視線を向けた。
今までのバカ騒ぎが嘘のように黙って耳を乗り出す面々にブルは吹き出した。

「おい 思春期のガキかお前らは!
 なにを期待してるんだか」

「何って、ねぇ?グリム」

「うぐぐ」

「スキナー?」

「最近になって審問官はもの言いたげな視線を向けていた」

「ロッキー?」

「我らが審問官様の私室をちょいと吹き飛ばしてみるか?そしたらきっと団長の元へ行くだろうさ。なんなら賭けるか」

「スティッチ」

「さて、俺は何を言ったらいいんだ?」

「クレム?」

「皆が噂してるぜ」

「……残念だが負けたよ
 乗り気なのか分かってないのか読み取れない面して、うまい具合に友人であろうと再確認する流れだ」

「おいおい、あの団長が流されたなんて明日は雪か?」

「審問官、実直に見えて実は駆け引き上手かあ!」

「ありゃ自分に自信がないだけだ。気のある素振りが癖になってやがる」

「好意を向けておけば比較的穏便でいられるということでしょうか」

「そんなところだろうな
 おい、そうだ、スキナー。ボスの視線の訳を教えてやろうか。
 そいつを聞いてきたんだ」

「ほう」

注がれた酒を一口飲み込んで、ブルは話し出した。

先程のことだ。
射し込む陽射しの中には、埃が雪のように光り舞っていた。

「なあ、そうは言っても……どうやら本当にわかっていないようだな」

「…分かった。認めよう、その通りだ。友人のままで居たほうが良い」

「……ああ、そうだな。気にするな。殺しに戻ろう。お互い、得意だろう
 とにかく、話せてよかった。またな」

「ああ…また。」

大きな戦士の手が階段の手すりをつかんだその時

「あ、あ、や、や、まってくれ!やっぱり待ってくれ!!すまない!私が物怖じするからいけないんだ!本当にすまないと思っている!!」

こちらに手を伸ばして引き止める彼女の声。振り返れば、伸ばしていた手を――たった今火傷でもしたかのように――引っ込めて視線を逸らした。

あまりに彼女らしくない仕草に面食らう。
彼女は居心地悪そうに小さな囁き声を出した。

「ああ…これは駄目だ。」

と思えば突然、また普段の堂々とした眼差しが射貫いてきた。

「相談があるんだ。角の生えた…そして経験豊富なアイアン・ブルにしか聞けないと思っていたことだ。
 その、変な質問なんだ」

「ほう」

踵を返して彼女に向き直れば、彼女はソファの隅に座った

「座ってくれ」

隣に促されるまま従えば、それを見届けた彼女が手を組んでステンドグラスを見上げた。

「その…
 以前、『お前にどんなことが起きたとしても、このザ・アイアン・ブルがついてる』と…そう言ってくれた時、嬉しかった」

「そうだろうな。」

「ベン・ハスラスの教えは知っている。それでもいい。
 私があの時お前を追いかけたのは、何もあんな話がしたかったわけじゃないんだ」

「…相談したいことがあったというわけか」

「前々から尋ねたかったが、きっかけはそれだ
 機会をうかがってお前のことを随分と視界に入れ気にかけたいたせいで…その、誘惑していると誤解させてしまったのだと思っている。本当にすまない」

「…で?何が聞きたかったんだ、ボス
 前置きには飽きてきたぞ」

「ああ。その…いや…ぁあ、駄目だ」

眉間にしわを寄せ。親指をつけて勿体ぶったかと思えば、彼女は申し訳なさそうに見上げてきた。
なぜ彼女がこんなにも委縮しているのか、ブルには訳が分からなかった。
 
「いや、すまない、髪を、ほどかせてくれ」

「すればいい」

「ありがとう。この姿で感情的になりたくない…せっかく矯正したんだ、」

髪を解きながら彼女は聞こえるように呟いていた


「普段酒場に居るなら耳に入っているか。
 非番の審問官は別人と。」

「ああ。ドリアンが流した噂だな」

「真実だ。」

「俺のほうが早く仲間入りしたんだが、妬けるね。やはり魔道士どうしのほうが打ち解けるものか」

「勘違いをしているようだ。
 私はソラスのもとへ行っている。
 ドリアンは二階から見下ろしてくるんだ」

「なら光栄だ。お前があのエルフをどれだけ気に入っているかは知っている」

「別に、幻滅しないなら誰だって構わない」

「そうかい」

やがてほどけた髪に指先を入れて整え終えた彼女は、腹の底を使って大きく吸って吐いた。

「ぬわああああん疲れたもおおおん!」

両腕をピンと突き出して、膝を二度三度叩いた。
と思えばその両腕で顔を覆い、背を丸めて、小さくなろうとする。
あの彼女とは思えないほど幼稚で大人気ない行動にブルの口はとっさに動かなかった。

「それであの……本題だけど」

「あ?……そうだな、言ってみろ」

「コールが好きなんだ」

「知っているが」

「話が早くて助かる。
 好きなもののことを考えると、楽しい気持ちになるだろう?でも、
 でも最近、コールのことを考えると、苦しいんだ。」

「嫌いになったわけか?」

「違う。まだコールのことが好きだ。前よりも好きだ
 だから、苦しくも、気が付いたら考えてしまって、何度も苦しい。」

「……それで、お前はコールとどうなりたいんだ」

「わからない……」

「本当か?服を脱がしたいとか、脱がされたいとか
 なあ。一度でも考えたことがあるんじゃないか?」

「そういうのではない
 私も最初は恋かと思った。でも、私を愛するコールは見たくないんだ」

「なんだ、面倒だな」

「どうしたらいいのだろうか。
 こんな気持ちは初めてなんだ」

顔を隠したまま、彼女の指先に力がこもった。

「こうなって欲しくない、と考えたことはあるか?」

「欲しくない?」

「どうなりたいか、でわからないなら、どうなると嫌なのか。突き詰めればいい」

「……ありがとう。考えてみるよ」

「なあ、ここからは例えば、の話しだが。
 その気持ちをコールに忘れさせることは出来ないのか?」

「できないみたいだ。
 私の中で、コールに関することすべてが確固とした重要なことだそうで……別の辻褄が見付からないようなんだ。」

「強い感情か。
 なら、コールのことを忘れられるほど誰かを好きになればいいんじゃないか」

「それは無理だ」

「おい。即答か」

「幻滅するか?我らが審問官は、コールが居ないと何もできないんだ」

「そこまで入れ込んじまってんのかボス」

「ああ。いなくなったらなったで何とかなるのだろうが、さぞ苦しむだろう。
 いっそ怠惰の悪魔に支配され永遠に眠ってしまいたくなるかもしれない」

「それで?コールはお前に何をしてくれた?」

「戦力になってくれているよ!それから、彼と話していると、癒されるんだ。一時的に、肩が軽くなる
 苦しくもあるが、それとは別だ」

「そうかい。…そしたら、まあ。
 今のボスにはコールが必要ってことだな。いいんじゃないか?今のままで」

「……」

「ま、じっくり考えてみることだ。最終的な決断を下すのは俺じゃない。ボスだ」

「……ああ。
 see you later bull」

「nice talking with boss」
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