□温厚無情
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◇
PM20:00
ジードが宿泊する宿屋の一室。
部屋の椅子に座っていたジードは、長い舌をシュルリと出した。
「アガウさん」
「ん?」
「もしかして夜の相手も護衛の仕事の範疇だったりします?」
「護衛中に無防備になれって言うのかしら」
「あー……いや、そういう意味ではなく……私も一応男なので……女性にそう無防備にされると困るというか……いえ、何もしませんが」
「あら、私がベッドに寝転がって待機していると大抵の依頼人は喜んでくれるのだけど。
……ああ、お腹くらいなら触ってもいいわよ」
「そういう意味で言ったんじゃないんですよ」
ジードはため息をついて、テーブルをコツコツと叩いた。
「お掛けください。今後のことについて話し合いましょう」
「……分かったわ」
アガウは素直に席につく。
二人は向かい合って座っている。その折に、アガウはテーブルの上に置かれていた三角のシードボトルの存在に気が付いた。
「セロリシードです」
アガウの視線に気づいたジードは、その瓶を持ち上げながら説明した。
「セロリという植物の種で……私のアーツと相性がとても良いのです」
「あなた、アーツが使えたのね」
「ええ。ほら、このイヤーカフス一式がアーツロッドになります。まあ、戦闘用のものではないのですが」
そう言ってジードは、瓶を持ったまま髪に隠れた両耳を露わにした。
髪色とほとんど同じ色のそれは見辛かったが、こうしてみれば想像以上に物々しいデザインをしていた。
「あら素敵ね。確かに戦闘用ではないみたいだけど」
「ええ。ですが、こういったものは使い手次第ですから」
ジードは笑みを浮かべながら手を降ろした。再びその両耳は彼の髪の中に隠れた。
「では、本題に移りましょう。といっても、この一粒を領主に飲ませてしまえばおしまいですが」
ジードは、その小さな種が無数に入った小ビンを軽く振ってみせた。
シャラシャラと音が鳴る。
「詳しくは聞かない方が?」
「あなたにもこれを今ここで飲んでもらうつもりですが、平気ですか?」
「……それ、私の身体に害がありそうに聞こえるのだけど」
「あります」
「それはどの程度?」
「いえいえ。冗談ですよ」
「本当に?」
「ええ。あなたが私に牙を剥くとは思えませんから」
「そうね。少なくとも今は」
「ならばむしろあなたの身体に益をもたらしますとも」
ジードは、瓶を開け、その一粒を取り出すと、己の口に放り込んだ。
そして、もう一つを手に取り、アガウに差し出した。
「はい、どうぞ」
アガウはその一粒を受け取り、じっと見つめた後で口の中に入れた。
「……これを飲ませた相手を、生かすも殺すもあなたの好きにできるってところかしら」
「遠からず」
「なるほどね」
「さて、その仮説を立てたのに、こうもあっさり飲んでくださるとは。とても嬉しいです。助かりました。もっと渋られると思っていましたもので」
「私、あなたに恨みを買った覚えも買う予定もないじゃない」
「……。失礼しました。本国では疑り深い方々に囲まれて暮らしておりまして」
「そうなの。大変ね」
「ええ。おかげさまで、常に気が抜けなくて」
ジードはクスクスと笑う。褐色の肌のせいで、その真っ赤な口から覗く白く長い牙がやけに目立って見えた。
「さて、一週間以内に仕事を終わらせなければ。……ああ、こうなると手間賃もお渡しすべきですね」
「あんまり酷使するご予定ならお断りしたくなるけれど……?」
「ご安心を。無茶な仕事はさせません」
「……そう。なら良かったわ」
「おや、随分と信頼してくださいますね」
「だってあなた、カッコイイじゃない」
「それはそれは」
彼女はリップサービスのつもりだったが、ジードは満更でもなさそうだ。
「どういうところが?」
「……黒い肌は身体が丈夫そうだし、赤い口から覗く白い牙はセクシーだと思うわ。髪色は素敵だし、髪型も……隠れた目元がミステリアスで素敵よ。背が高いところも、声だって素敵。服からたまに覗く尻尾もすべすべしていて綺麗よ。態度も紳士的でドキドキしちゃうわ」
「なるほど、お上手ですね」
「ふふ」
「……さて、では今後の行動と手間賃の交渉と行きましょうか」
「そうね」
アガウがそう返事をすると同時に、遠方で大きな爆発音が聞こえた。
「!」
「おや?」
アガウが即座に反応して立ち上がり、鞭を手にする。ジードはまるで落ち着いたままである。
「街の外れから戦闘音がするわ」
「そのようですね」
「何かあったのかしら」
ジードは、返事の代わりに、ゆっくりと腰を上げた。
「領主の家に忍び込めないか様子見がてら、戦闘を見に行きましょうか」
「わかったわ」
◇
PM20:30
街外れの荒野。
そこでは、確かに戦闘が繰り広げられていた。行動予備隊A6と、傭兵らしき者達が
戦っていた。だが、優勢なのは傭兵達の方だった。
ジードとアガウはその様子を眺めていた。
「あの装い……ロドス・アイランドの部隊のようですね」
「あら、お知り合い?」
「ええ。本国の支部で指先程度」
「じゃあ、助けるのかしら」
「いいえ。私には何の関係も無いことなので」
「そう」
「それよりも優先すべきことがありますから」
ジードはチラリと横を見た。
そこには、岩陰に隠れている一人の男が居るのだが……彼はジードとアガウの様子をジッと伺っている。
「ご苦労様です、レッドローチ。報告を」
ジードは彼に声を掛ける。
すると男はびくりと肩を震わせ、挙動不審に近寄ってきた。茶色いローブに身を包んだその男の顔には、特徴的な刺青が施されている。フードを被っているせいでその表情までは見えないものの、彼がひどく緊張していることだけは見て取れた。
ジードが手を差し出すと、男は恐々とその手の上にメモを乗せた。
ジードは素早く内容を検める。
「…………」
アガウは目線を反らしてそのメモの内容盗み見しないという意思表示をしながら彼を待った。
ジードはそれに微笑むと、受け取った紙をクシャクシャに丸めてポケットに突っ込んだ。
「アガウさん、手間賃案件です」
「あら、前金もまだなのに追加のお仕事?なら、色をつけてくれなきゃ嫌よ」
「ええ、それはもちろん」
振り向いたアガウは、ジードがそのローブの男に視線を向けていることに気付いた。
男は、すがるようにジードを見つめていたが、急にもがき苦しみ始めた。
「!」
アガウは瞬時に警戒心を強める。
ジードは彼女に言う。
「ああ、大丈夫です。私のアーツですから」
「……ああ、そういう事ね」
「お分かりいただけたようで幸いです」
アガウは納得し、すぐに警戒を解く。
「私も反抗すれば、いいえ、不要と判断されれば、むしろ、あなたの気分次第で私もああなるのね」
ジードは笑みを絶やさず、アガウの脇を通り抜け、レッドローチと呼ばれた男の前に立った。
「芽吹け」
ジードがそう呟くと、彼のイヤーカフスがひとりでに揺れた。そしてその耳の辺りが微かに光る。
「っ!ーー!!」
レッドローチが大口を開けて、地面に膝をついた。そして苦しそうに頭を抱え込む。
「あらぁ」
アガウが頬に手を当てて、目の前の光景に怖じ気付かないように努めながら言った。
「私にも効いたらどうしようかしら」
「そうならないように気をつけますよ」
「よろしくお願いするわ」
レッドローチは這いつくばって、地面を掻きむしりながら苦悶の表情を浮かべて、声にならない声で悲鳴を上げている。
「彼、声帯を潰されているのね」
「ええ。だって……コックローチは発声しないものでしょう?」
当然のようにそう答えるジードに、アガウは思い当たる。
「コックローチ……ゴキブリの種名を持つ手足がたくさんいるのね?」
「手足だなんて」
ジードは笑いながら訂正する。
「彼等は文字通り汚ならしい害虫でしかない。殺そうとしたところ命乞いをしてきたから、使ってやってるだけですよ」
「つまり、元はあなたに送られ、返り討ちにされた暗殺者達ってこと?」
「そんな感じですね。狙われたのは私ではありませんが」
「なら、あなたが管理しているという騎士様の方かしら」
「ええ。そうですね」
ジードは、にっこり笑って答えた。
「そしてなんの益ももたらさない害虫を生かす道理はない」
「ーーッ!ッ!!」
その言葉に呼応するようにレッドローチの皮膚に亀裂が走る。
血が滴り、その中から真っ赤に染まった植物が顔を出した。
「挽回の余地すら与えないなんて……随分と勿体無いことするのね」
「いくらでも沸く害虫をどうして惜しむ必要があるのです?」
その瞬間、レッドローチの身体の内側から弾けるようにして、一際大きな植物のツタが勢いよく飛び出てきた。その衝撃で、彼の全身がバラバラになって吹き飛んだ。
その破片一つ一つからは緑色の葉っぱが生え、それは見る間に成長していく。
「……あなたって結構サディストなのね」
「まさかまさか」
ジードは笑う。
「人聞きの悪い。私はただ、こういうやり方しか出来ないだけで、極々正常な一介の栄養士に過ぎませんよ」
そう言ってジードはライターを取り出して火をつけた。乾いた蔦が彼の手元に伸ばされ、彼はその全ての先端に火を点けた。
乾いた蔦はたちまち燃え上がり、導火線となって、――養分を吸い尽くされカラカラに干からびた――レッドローチの死骸が炎に包まれていく。
アガウはその光景を見て、ふぅん、と相づちを打った。
「一介の栄養士、ねぇ……」
「ええ」
アガウは目を細めて、ジードを見据えて言った。
「随分と手馴れているみたいだけれど?」
「それはもちろん」
「そう。栄養士って怖いのね」
「ふふ」
ジードは口元を隠して、静かに微笑んだ。
「アガウさんもなかなかのものじゃないですか」
「あら」
「私の種を飲んで。この光景を見て。なのに私から逃げず、恐れ慄かず、嫌悪もしないなんて」
そんな方、滅多にお目にかかれませんよ?と、ジードは、上機嫌に語りかける。
「困りました。そんなにも信用されてしまうと、好きになってしまいそうだ」
「それは光栄ね。いいのよ、報酬によっては国外まで連れ回されることが無いわけではないもの。もしくは、今後ともご贔屓に、かしら」
「ああ、それはとても嬉しいですね」
ジードは嬉しそうに笑う。
「しかし私には私の騎士というものがありますので、カジミエーシュまでお連れすることは出来かねますが」
「あらそう」
アガウは特に残念がることも彼の口ぶりに言及することも無く、軽く流した。
レッドローチの死骸は植物ごと燃え尽き、後には小さな灰と血のあとだけが残った。
「それで、どうするのかしら?」
眼下の戦闘を眺めながら、アガウが隣に立つジードに問いかける。
「そうですね。レッドローチが種の混入はおろか潜入にすら失敗したとなると……」
「それで良く戻ってきたわねレッドローチ」
「戻って来ずとも種を飲んだ時点で、居場所の特定も遠隔起爆も容易ですから、逃げようとした時点で最も苦しむ殺し方を選び、その場で処分します」
「ああ、なるほど。教えてくれてありがと」
戻ってきたというより、戻らざるをえなかったのか、とアガウは理解した。
ジードは続ける。
「レッドローチが失敗した以上、フォレストローチも失敗するでしょうし、やはり動くしかありませんね」
「あら、もう一人泳がせていたのね」
「ええ」
ジードがアガウに視線を向ける。その目はまるで品定めをするかのようにじっと彼女を見ていた。
アガウは気にせず、その視線を正面から受け止めて言った。
「何?」
「いえ、特に何も。ただ、少しも嫌悪なさらないのですね」
アガウは小さく肩をすくめた。
「手駒を持つことも、それをどう運用するかも自由でしょ?」
「……」
ジードが黙っているのを良いことに、アガウは続けて言う。
「裏切られるまで雇用主を好きになる……信じることにしているのよ。まあ、傭兵は裏切られるのも日常茶飯事だけど……おかげさまで。雇用主に裏切られる頻度は同業の中でもずーっと少ないんじゃないかしらね。知らないけど」
アガウが冗談めかしてそう言うと、ジードは微笑んだ。
「なるほど。好いてくる人は切り捨て辛いですからね」
「そうみたいね」
ジードの返答に、アガウは適当に相づちを打つ。
「さて、それでは手駒は役に立たなかったことですし、動くとしましょうか」
眼下の戦闘は激しさを増し、撤退を試みるロドスの行動予備隊A6の退路が塞がれたところだった。
「丁度使えそうな人手も見つけましたし」
PM20:00
ジードが宿泊する宿屋の一室。
部屋の椅子に座っていたジードは、長い舌をシュルリと出した。
「アガウさん」
「ん?」
「もしかして夜の相手も護衛の仕事の範疇だったりします?」
「護衛中に無防備になれって言うのかしら」
「あー……いや、そういう意味ではなく……私も一応男なので……女性にそう無防備にされると困るというか……いえ、何もしませんが」
「あら、私がベッドに寝転がって待機していると大抵の依頼人は喜んでくれるのだけど。
……ああ、お腹くらいなら触ってもいいわよ」
「そういう意味で言ったんじゃないんですよ」
ジードはため息をついて、テーブルをコツコツと叩いた。
「お掛けください。今後のことについて話し合いましょう」
「……分かったわ」
アガウは素直に席につく。
二人は向かい合って座っている。その折に、アガウはテーブルの上に置かれていた三角のシードボトルの存在に気が付いた。
「セロリシードです」
アガウの視線に気づいたジードは、その瓶を持ち上げながら説明した。
「セロリという植物の種で……私のアーツと相性がとても良いのです」
「あなた、アーツが使えたのね」
「ええ。ほら、このイヤーカフス一式がアーツロッドになります。まあ、戦闘用のものではないのですが」
そう言ってジードは、瓶を持ったまま髪に隠れた両耳を露わにした。
髪色とほとんど同じ色のそれは見辛かったが、こうしてみれば想像以上に物々しいデザインをしていた。
「あら素敵ね。確かに戦闘用ではないみたいだけど」
「ええ。ですが、こういったものは使い手次第ですから」
ジードは笑みを浮かべながら手を降ろした。再びその両耳は彼の髪の中に隠れた。
「では、本題に移りましょう。といっても、この一粒を領主に飲ませてしまえばおしまいですが」
ジードは、その小さな種が無数に入った小ビンを軽く振ってみせた。
シャラシャラと音が鳴る。
「詳しくは聞かない方が?」
「あなたにもこれを今ここで飲んでもらうつもりですが、平気ですか?」
「……それ、私の身体に害がありそうに聞こえるのだけど」
「あります」
「それはどの程度?」
「いえいえ。冗談ですよ」
「本当に?」
「ええ。あなたが私に牙を剥くとは思えませんから」
「そうね。少なくとも今は」
「ならばむしろあなたの身体に益をもたらしますとも」
ジードは、瓶を開け、その一粒を取り出すと、己の口に放り込んだ。
そして、もう一つを手に取り、アガウに差し出した。
「はい、どうぞ」
アガウはその一粒を受け取り、じっと見つめた後で口の中に入れた。
「……これを飲ませた相手を、生かすも殺すもあなたの好きにできるってところかしら」
「遠からず」
「なるほどね」
「さて、その仮説を立てたのに、こうもあっさり飲んでくださるとは。とても嬉しいです。助かりました。もっと渋られると思っていましたもので」
「私、あなたに恨みを買った覚えも買う予定もないじゃない」
「……。失礼しました。本国では疑り深い方々に囲まれて暮らしておりまして」
「そうなの。大変ね」
「ええ。おかげさまで、常に気が抜けなくて」
ジードはクスクスと笑う。褐色の肌のせいで、その真っ赤な口から覗く白く長い牙がやけに目立って見えた。
「さて、一週間以内に仕事を終わらせなければ。……ああ、こうなると手間賃もお渡しすべきですね」
「あんまり酷使するご予定ならお断りしたくなるけれど……?」
「ご安心を。無茶な仕事はさせません」
「……そう。なら良かったわ」
「おや、随分と信頼してくださいますね」
「だってあなた、カッコイイじゃない」
「それはそれは」
彼女はリップサービスのつもりだったが、ジードは満更でもなさそうだ。
「どういうところが?」
「……黒い肌は身体が丈夫そうだし、赤い口から覗く白い牙はセクシーだと思うわ。髪色は素敵だし、髪型も……隠れた目元がミステリアスで素敵よ。背が高いところも、声だって素敵。服からたまに覗く尻尾もすべすべしていて綺麗よ。態度も紳士的でドキドキしちゃうわ」
「なるほど、お上手ですね」
「ふふ」
「……さて、では今後の行動と手間賃の交渉と行きましょうか」
「そうね」
アガウがそう返事をすると同時に、遠方で大きな爆発音が聞こえた。
「!」
「おや?」
アガウが即座に反応して立ち上がり、鞭を手にする。ジードはまるで落ち着いたままである。
「街の外れから戦闘音がするわ」
「そのようですね」
「何かあったのかしら」
ジードは、返事の代わりに、ゆっくりと腰を上げた。
「領主の家に忍び込めないか様子見がてら、戦闘を見に行きましょうか」
「わかったわ」
◇
PM20:30
街外れの荒野。
そこでは、確かに戦闘が繰り広げられていた。行動予備隊A6と、傭兵らしき者達が
戦っていた。だが、優勢なのは傭兵達の方だった。
ジードとアガウはその様子を眺めていた。
「あの装い……ロドス・アイランドの部隊のようですね」
「あら、お知り合い?」
「ええ。本国の支部で指先程度」
「じゃあ、助けるのかしら」
「いいえ。私には何の関係も無いことなので」
「そう」
「それよりも優先すべきことがありますから」
ジードはチラリと横を見た。
そこには、岩陰に隠れている一人の男が居るのだが……彼はジードとアガウの様子をジッと伺っている。
「ご苦労様です、レッドローチ。報告を」
ジードは彼に声を掛ける。
すると男はびくりと肩を震わせ、挙動不審に近寄ってきた。茶色いローブに身を包んだその男の顔には、特徴的な刺青が施されている。フードを被っているせいでその表情までは見えないものの、彼がひどく緊張していることだけは見て取れた。
ジードが手を差し出すと、男は恐々とその手の上にメモを乗せた。
ジードは素早く内容を検める。
「…………」
アガウは目線を反らしてそのメモの内容盗み見しないという意思表示をしながら彼を待った。
ジードはそれに微笑むと、受け取った紙をクシャクシャに丸めてポケットに突っ込んだ。
「アガウさん、手間賃案件です」
「あら、前金もまだなのに追加のお仕事?なら、色をつけてくれなきゃ嫌よ」
「ええ、それはもちろん」
振り向いたアガウは、ジードがそのローブの男に視線を向けていることに気付いた。
男は、すがるようにジードを見つめていたが、急にもがき苦しみ始めた。
「!」
アガウは瞬時に警戒心を強める。
ジードは彼女に言う。
「ああ、大丈夫です。私のアーツですから」
「……ああ、そういう事ね」
「お分かりいただけたようで幸いです」
アガウは納得し、すぐに警戒を解く。
「私も反抗すれば、いいえ、不要と判断されれば、むしろ、あなたの気分次第で私もああなるのね」
ジードは笑みを絶やさず、アガウの脇を通り抜け、レッドローチと呼ばれた男の前に立った。
「芽吹け」
ジードがそう呟くと、彼のイヤーカフスがひとりでに揺れた。そしてその耳の辺りが微かに光る。
「っ!ーー!!」
レッドローチが大口を開けて、地面に膝をついた。そして苦しそうに頭を抱え込む。
「あらぁ」
アガウが頬に手を当てて、目の前の光景に怖じ気付かないように努めながら言った。
「私にも効いたらどうしようかしら」
「そうならないように気をつけますよ」
「よろしくお願いするわ」
レッドローチは這いつくばって、地面を掻きむしりながら苦悶の表情を浮かべて、声にならない声で悲鳴を上げている。
「彼、声帯を潰されているのね」
「ええ。だって……コックローチは発声しないものでしょう?」
当然のようにそう答えるジードに、アガウは思い当たる。
「コックローチ……ゴキブリの種名を持つ手足がたくさんいるのね?」
「手足だなんて」
ジードは笑いながら訂正する。
「彼等は文字通り汚ならしい害虫でしかない。殺そうとしたところ命乞いをしてきたから、使ってやってるだけですよ」
「つまり、元はあなたに送られ、返り討ちにされた暗殺者達ってこと?」
「そんな感じですね。狙われたのは私ではありませんが」
「なら、あなたが管理しているという騎士様の方かしら」
「ええ。そうですね」
ジードは、にっこり笑って答えた。
「そしてなんの益ももたらさない害虫を生かす道理はない」
「ーーッ!ッ!!」
その言葉に呼応するようにレッドローチの皮膚に亀裂が走る。
血が滴り、その中から真っ赤に染まった植物が顔を出した。
「挽回の余地すら与えないなんて……随分と勿体無いことするのね」
「いくらでも沸く害虫をどうして惜しむ必要があるのです?」
その瞬間、レッドローチの身体の内側から弾けるようにして、一際大きな植物のツタが勢いよく飛び出てきた。その衝撃で、彼の全身がバラバラになって吹き飛んだ。
その破片一つ一つからは緑色の葉っぱが生え、それは見る間に成長していく。
「……あなたって結構サディストなのね」
「まさかまさか」
ジードは笑う。
「人聞きの悪い。私はただ、こういうやり方しか出来ないだけで、極々正常な一介の栄養士に過ぎませんよ」
そう言ってジードはライターを取り出して火をつけた。乾いた蔦が彼の手元に伸ばされ、彼はその全ての先端に火を点けた。
乾いた蔦はたちまち燃え上がり、導火線となって、――養分を吸い尽くされカラカラに干からびた――レッドローチの死骸が炎に包まれていく。
アガウはその光景を見て、ふぅん、と相づちを打った。
「一介の栄養士、ねぇ……」
「ええ」
アガウは目を細めて、ジードを見据えて言った。
「随分と手馴れているみたいだけれど?」
「それはもちろん」
「そう。栄養士って怖いのね」
「ふふ」
ジードは口元を隠して、静かに微笑んだ。
「アガウさんもなかなかのものじゃないですか」
「あら」
「私の種を飲んで。この光景を見て。なのに私から逃げず、恐れ慄かず、嫌悪もしないなんて」
そんな方、滅多にお目にかかれませんよ?と、ジードは、上機嫌に語りかける。
「困りました。そんなにも信用されてしまうと、好きになってしまいそうだ」
「それは光栄ね。いいのよ、報酬によっては国外まで連れ回されることが無いわけではないもの。もしくは、今後ともご贔屓に、かしら」
「ああ、それはとても嬉しいですね」
ジードは嬉しそうに笑う。
「しかし私には私の騎士というものがありますので、カジミエーシュまでお連れすることは出来かねますが」
「あらそう」
アガウは特に残念がることも彼の口ぶりに言及することも無く、軽く流した。
レッドローチの死骸は植物ごと燃え尽き、後には小さな灰と血のあとだけが残った。
「それで、どうするのかしら?」
眼下の戦闘を眺めながら、アガウが隣に立つジードに問いかける。
「そうですね。レッドローチが種の混入はおろか潜入にすら失敗したとなると……」
「それで良く戻ってきたわねレッドローチ」
「戻って来ずとも種を飲んだ時点で、居場所の特定も遠隔起爆も容易ですから、逃げようとした時点で最も苦しむ殺し方を選び、その場で処分します」
「ああ、なるほど。教えてくれてありがと」
戻ってきたというより、戻らざるをえなかったのか、とアガウは理解した。
ジードは続ける。
「レッドローチが失敗した以上、フォレストローチも失敗するでしょうし、やはり動くしかありませんね」
「あら、もう一人泳がせていたのね」
「ええ」
ジードがアガウに視線を向ける。その目はまるで品定めをするかのようにじっと彼女を見ていた。
アガウは気にせず、その視線を正面から受け止めて言った。
「何?」
「いえ、特に何も。ただ、少しも嫌悪なさらないのですね」
アガウは小さく肩をすくめた。
「手駒を持つことも、それをどう運用するかも自由でしょ?」
「……」
ジードが黙っているのを良いことに、アガウは続けて言う。
「裏切られるまで雇用主を好きになる……信じることにしているのよ。まあ、傭兵は裏切られるのも日常茶飯事だけど……おかげさまで。雇用主に裏切られる頻度は同業の中でもずーっと少ないんじゃないかしらね。知らないけど」
アガウが冗談めかしてそう言うと、ジードは微笑んだ。
「なるほど。好いてくる人は切り捨て辛いですからね」
「そうみたいね」
ジードの返答に、アガウは適当に相づちを打つ。
「さて、それでは手駒は役に立たなかったことですし、動くとしましょうか」
眼下の戦闘は激しさを増し、撤退を試みるロドスの行動予備隊A6の退路が塞がれたところだった。
「丁度使えそうな人手も見つけましたし」