□温厚無情
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PM1:00
サルゴン某所、とある宿屋の一室。
簡素なテーブルを挟んで、フードを被ったフェリーンの女と、目元の隠れた褐色の男が座る。
テーブルの上にひっくり返された金袋と。
そこから出てきた硬貨の数を、ヒョウ柄の被毛で覆われたフェリーンの指先が数えていた。
「──いいわ。確かに。これで引き受けられる」
「はい。では、アガウさん。一週間、よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
「あなたのような方がいて助かりました。物々しい護衛を何人も連れて歩いては仕事にならないですから」
「それで、何と呼べばいいかしら?それから、言葉と敬語は、あまり得意ではないけれど」
「構いません。楽にお話しください。そして……私の事は、ジードと」
「ありがとう、ジード。それでは、手を」
差し出されたフィディアの手を、フェリーンは己の武器へと導く。
数秒そうしていると不意に、緑の閃光が光った。
「記憶完了。これより一週間、この武器は決してあなたを傷つけない」
◇
―――四日後。
PM2:00
様々な露店が並ぶ、活気付いた通りの一角。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!世にも珍しい鉱石だ!
お、兄さん見ねえ顔だな。どうだい?何か欲しいものでもあるかい?……おい、無視かよ」
声高に客寄せする店主の目の前を横切り、ジードとアガウは人混みに溶ける。
ジードの服の布が上質なものであることに気付いた露店主にこうして幾度となく声を掛けられるものだから、もはや相手をする気すら失せてしまっていた。アガウも、「ああいう手合いには、いちいち反応しなくて良いのよ」とだけ言うと後はもう何も言わずについて行くだけだった。
二人して足早に歩きながら、ジードが呟くように尋ねる。
「……服を変えた方がいいでしょうか」
「今更ね。目立ちたくないのなら、そうね」
◇
「さあさ、見るだけでも見てってくれ!この鉱石なんか、磨く度合いによって色が変わるんだぜ!
おっ!姉さん、見かけない顔だな?どうだい?観光の思い出にひとつ」
「……観光ではないのだけれど。そうね……」
先ほど二人が通りがかった露店の前に、一人の女性が立ち止まった。
「少しお尋ねしても?この写真の人物が、この辺りに住んでいると思うのだけれど」
「おいおい姉さん、ウチは情報屋じゃないんだ。冷やかしならお断りだよ」
「……ひとつ貰うわ」
「へへ……まいどあり。それじゃもう一度拝見させてもらって……ああ、この人ですか。よく知っていますとも。住所は――」
店主はニヤリと笑い、メモ帳を取り出してそこにペンを走らせるとそれを女性に手渡した。
その紙切れを受け取った女性は会釈を一つ返すと踵を返し、雑踏の中へと消えていった。
◇
「オーキッドお姉さん!おかえりなさい」
宿屋の大部屋のドアを開けたオーキッドを、ポプカルが迎えた。
「ええ、ただいま……どうやら私が最後みたいね」
オーキッドが室内を見渡せば、A6のメンバーはすでに集結していた。
「それで、そっちはどうだった?」
「収穫アリよ。複数の露店主から証言を得たわ。ターゲットは間違いなくこの辺りにいるはず」
「流石!」
「そちらの収穫は?スポット、カタパルト?」
オーキッドの言葉に、カタパルトは「あー」と頭をかいた。
「オーキッド姉さんの悪い予想が当たっちゃったっていうかなんというか……」
A6メンバーは互いに視線を交わす。代表してスポットが口を開いた。
「……ターゲットは既に、サンプルを市に流し始めてる。一度にではないようだからそこは安心してくれ。
だが、よりにもよって最優先に確保すべき『赤』が、ここの領主の手に買い求められたらしい。もっとも、その領主は単なる珍しい物好きらしいから、あの液体の価値も用途も知らずに、真新しさだけで手に入れただけだろうな」
「しかし、そんな領主様が興味を持つほどの物ならば、他にも手を伸ばそうとする輩が出てくるかもしれませんね」
肩を竦めたミッドナイトの言葉に、オーキッドは「そうね」と頷いた。
「なによりまずはターゲットの確保が先決だわ。これ以上サンプルを流されるわけにはいかないし、いくつ流れたかも把握できてないんじゃ対策のしようもないわ」
「それじゃ、今すぐ乗り込みに行くってこと?」
「……そうね。なるべく穏便に終わってくれるといいのだけれど」
カタパルトが、顎を摩りながら言った。
「でもさぁ。ターゲットも可哀想だよねぇ。サルゴン支部からブツを盗んだ張本人でもなければ、ただ押し売りされたものをどうにかしようとしてるだけなのに、こんな大事にされちゃって」
「だからといって野放しにはできないでしょう」
「まあ、そりゃそうだ」
◇
PM4:00
領主の館の一室にて。
部屋の中心に置かれたテーブルの上には、ガラス製の小瓶が置かれていた。中には薄緑色の液体が入っている。
その前で、二人の男が向かい合って座っていた。一人はこの屋敷の主である男。もう一人は、服装を改めたジードだった。
領主は、興奮冷めやらぬといった様子で喋る。
「これはすごい!まさか、本当に手に入るとは思わなかった。いや、あなたにはいくら感謝しても足りない。これからも相応の支援を約束しよう」
「それはよかった」
「いやいや、この功績に比べれば安いものだ。ところで……これが何かはご存知かな?あなたなら、分かるはずだ」
そう言うと領主は、赤い液体の入った、いかにも厳重に封のされた瓶を、ジードに差し出した。
ジードはそれを受け取って眺める。
「……さて、見るだけでは何とも。これは一体何なのでしょう?……いや、失礼。私はただの栄養士ですので。あまりこういう事には詳しくなくて」
「ほう?そうなのか?……ああ、いやすまない。こればかりは仕方ない。私だって、初めて見た時はそう思った。
いいかね?これは、神の血と呼ばれる代物だそうだ。これを摂取すれば、たちまち身体のあらゆる機能が向上していくのだとか」
「そのような物質が実在するとは信じがたい。その謳い文句はどこから来たのでしょうか」
「とある商人さ。彼も、これを流れの商人から……まあ、いい。信じるかどうかは君次第だ」
「あなたはこれを、どうするおつもりで?」
「実は迷っているところでね。使ってみるか、コレクションにするか、それとも。……どうだろうか。私としては、この薬をあなたに是非買ってほしいと思っているのだが」
「申し訳ありませんが、そういう事はお断りしておりますので」
「まあ、そう言わずに。私の支援する騎士がより屈強に、勇敢に戦う事ができるようになるのだぞ?それに、この機会を逃したら二度と手に入らんかも分からん」
「結構です。それよりも、私は支援金の話をしたいのですが」
「いやいや、分かってくれ。君は知らないかもしれないが、この国の未来を担うであろう若き英雄達のために、この素晴らしい贈り物を役立ててほしいのだ」
「いえ、お支払いいただく金額を減らすことはしたくありませんので」
領主は、ため息をついた。
「……そうですか。では、お気持ちは分かりました。……残念です。実に」
そう言うと、領主は、おもむろに腰の剣を引き抜いた。
「この私の申し出すら断るとは、どうやらあなたはよほど命が惜しくないらしい」
鞘から引き抜かれた刃がギラリと光る。窓の外から差す夕陽の光が、刀身に反射していた。
「……では、どうなさるおつもりでしょうか」
「無論、死んでもらう。そして、支援は打ち切らせてもらおう」
領主は立ち上がり、ジードに向かって一歩踏み出す。
ジードは動かない。表情も変えず、ただサラリと横髪をはらって首を傾けた。
「……ふん、つまらん反応をする。恐怖に怯えるか、何か言い返すくらいしてみろ」
「私の管理する騎士は、支援を打ち切られると、とても落ち込んでしまうのですよ」
「ゆえに、その元支援者は皆、不可解な死を遂げる。私はこれ以上、落ち目の騎士に無駄金を投じる気も無ければ、死ぬ気もないのでね」
「私の騎士はとても悲しむでしょう」
「ああ、その通りだ。取り立てにいった部下達が、誰も戻ってこないのだものなぁ!」
領主はそう叫ぶと、ジードに飛び掛かった。
振り下ろされる大ぶりな一撃。しかし、それを避ける素振りすら見せず、ジードは窓の外へと目を向けた。
刹那、ガシャァアアンッ!と大きな音を立てて窓ガラスが砕け散る。そして、粉々になったガラスの破片に紛れて、何かが勢い良く飛んでくる。
それが領主の手にある剣を止めた。それは中型のチャクラムだった。チャクラムはひとりでに宙を舞い、真ん中の穴に領主の剣を導いていた。間もなく、チャクラムは傾き、王冠用栓抜きの要領で剣を領主手からスポンと外し取った。
「お、おぉお!?」
そのまま領主はバランスを崩し、尻餅をつく。
ジードはなお腰かけたまま、飛んできた剣の柄をキャッチし、窓の外に向けて指先で誰かを招くような仕草をした。
すると、割れた窓から一人のフェリーンが飛び込んで来て、無言でジードの後ろへと降り立った。
フードを被り、黒い厚手のフェイスベールをしている。
顔は見えなかったが、体格から見るに女のようだった。
「……」
「お気持ちはよくわかりました」
ジードは剣を握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。
「あなたは、私の騎士を悲しませるお人になってしまった」
「き、貴様、何者だ!名を……いや、待て。何故こんな真似を……!」
「それはこちらの台詞ですね。ちなみに彼女は私の護衛です」
ニッコリと微笑んで、ジードは領主を見下ろした。
「ご安心ください。私から危害を加える気はありません。ええ……私はただの栄養士ですので。無事に帰らせていただければそれで」
「私を脅迫するつもりか?」
「まさか。
それに、なんです?支援を取りやめたら殺される?全く、どこからそのような根も葉もない噂を仕入れたのか……私は残念なお知らせを持って、しばらくゆっくり観光してから帰るだけですよ」
「……っ!おい!この二人を取り押さえるんだ!!急げ!何をしている!!」
領主がそう怒鳴ると同時に廊下の扉が開かれ、武装した屈強な男が何人もなだれ込んで、彼らを取り囲んだ。
「というわけで、先程の話の続きなのですが。支援の件は取り下げて頂いて結構です」
だが、ジードは全く気にせずに言葉を続ける。
彼の背後でフェリーンが、一本鞭を取り出し、ヒュパァンッッ!!と大きな音を鳴らして威嚇した。
「く……っ」
同時に、浮遊するチャクラムが、領主の首元にピタリと切っ先をくっつけていた。
「さて、事を荒立てるメリットが全く見当たりませんが。妙な迷信を信じるあまり、こんな真似をして。私の護衛もあなたの部下も怪我をしてしまいます。それでもいいと?」
ジードはテーブルに剣を置き、両手を上げてみせる。
「私は無事に帰れればそれでいいのですが。ああ、余った時間でのんびりと観光をさせていただいてからですが」
首元に鋭いチャクラムをセットされた領主は、顔を青ざめさせて、領主はごくりと唾を飲み込む。ジードはニコニコしながら続ける。
「さあ、どうしますか?私は、出来ることなら穏便に済ませたい。帰ってよろしいですか? それとも…… 」
「わ……わかった!屋敷の外まで送ろう!観光も好きなだけしていけば良い!だからこの物騒なものを下げてくれ……!」
「それはどうも。ああでも……念のため、屋敷を出るまでソレはセットさせていただきます。急に襲われたら怖いので」
領主は必死に了承の意を示した。
サルゴン某所、とある宿屋の一室。
簡素なテーブルを挟んで、フードを被ったフェリーンの女と、目元の隠れた褐色の男が座る。
テーブルの上にひっくり返された金袋と。
そこから出てきた硬貨の数を、ヒョウ柄の被毛で覆われたフェリーンの指先が数えていた。
「──いいわ。確かに。これで引き受けられる」
「はい。では、アガウさん。一週間、よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
「あなたのような方がいて助かりました。物々しい護衛を何人も連れて歩いては仕事にならないですから」
「それで、何と呼べばいいかしら?それから、言葉と敬語は、あまり得意ではないけれど」
「構いません。楽にお話しください。そして……私の事は、ジードと」
「ありがとう、ジード。それでは、手を」
差し出されたフィディアの手を、フェリーンは己の武器へと導く。
数秒そうしていると不意に、緑の閃光が光った。
「記憶完了。これより一週間、この武器は決してあなたを傷つけない」
◇
―――四日後。
PM2:00
様々な露店が並ぶ、活気付いた通りの一角。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!世にも珍しい鉱石だ!
お、兄さん見ねえ顔だな。どうだい?何か欲しいものでもあるかい?……おい、無視かよ」
声高に客寄せする店主の目の前を横切り、ジードとアガウは人混みに溶ける。
ジードの服の布が上質なものであることに気付いた露店主にこうして幾度となく声を掛けられるものだから、もはや相手をする気すら失せてしまっていた。アガウも、「ああいう手合いには、いちいち反応しなくて良いのよ」とだけ言うと後はもう何も言わずについて行くだけだった。
二人して足早に歩きながら、ジードが呟くように尋ねる。
「……服を変えた方がいいでしょうか」
「今更ね。目立ちたくないのなら、そうね」
◇
「さあさ、見るだけでも見てってくれ!この鉱石なんか、磨く度合いによって色が変わるんだぜ!
おっ!姉さん、見かけない顔だな?どうだい?観光の思い出にひとつ」
「……観光ではないのだけれど。そうね……」
先ほど二人が通りがかった露店の前に、一人の女性が立ち止まった。
「少しお尋ねしても?この写真の人物が、この辺りに住んでいると思うのだけれど」
「おいおい姉さん、ウチは情報屋じゃないんだ。冷やかしならお断りだよ」
「……ひとつ貰うわ」
「へへ……まいどあり。それじゃもう一度拝見させてもらって……ああ、この人ですか。よく知っていますとも。住所は――」
店主はニヤリと笑い、メモ帳を取り出してそこにペンを走らせるとそれを女性に手渡した。
その紙切れを受け取った女性は会釈を一つ返すと踵を返し、雑踏の中へと消えていった。
◇
「オーキッドお姉さん!おかえりなさい」
宿屋の大部屋のドアを開けたオーキッドを、ポプカルが迎えた。
「ええ、ただいま……どうやら私が最後みたいね」
オーキッドが室内を見渡せば、A6のメンバーはすでに集結していた。
「それで、そっちはどうだった?」
「収穫アリよ。複数の露店主から証言を得たわ。ターゲットは間違いなくこの辺りにいるはず」
「流石!」
「そちらの収穫は?スポット、カタパルト?」
オーキッドの言葉に、カタパルトは「あー」と頭をかいた。
「オーキッド姉さんの悪い予想が当たっちゃったっていうかなんというか……」
A6メンバーは互いに視線を交わす。代表してスポットが口を開いた。
「……ターゲットは既に、サンプルを市に流し始めてる。一度にではないようだからそこは安心してくれ。
だが、よりにもよって最優先に確保すべき『赤』が、ここの領主の手に買い求められたらしい。もっとも、その領主は単なる珍しい物好きらしいから、あの液体の価値も用途も知らずに、真新しさだけで手に入れただけだろうな」
「しかし、そんな領主様が興味を持つほどの物ならば、他にも手を伸ばそうとする輩が出てくるかもしれませんね」
肩を竦めたミッドナイトの言葉に、オーキッドは「そうね」と頷いた。
「なによりまずはターゲットの確保が先決だわ。これ以上サンプルを流されるわけにはいかないし、いくつ流れたかも把握できてないんじゃ対策のしようもないわ」
「それじゃ、今すぐ乗り込みに行くってこと?」
「……そうね。なるべく穏便に終わってくれるといいのだけれど」
カタパルトが、顎を摩りながら言った。
「でもさぁ。ターゲットも可哀想だよねぇ。サルゴン支部からブツを盗んだ張本人でもなければ、ただ押し売りされたものをどうにかしようとしてるだけなのに、こんな大事にされちゃって」
「だからといって野放しにはできないでしょう」
「まあ、そりゃそうだ」
◇
PM4:00
領主の館の一室にて。
部屋の中心に置かれたテーブルの上には、ガラス製の小瓶が置かれていた。中には薄緑色の液体が入っている。
その前で、二人の男が向かい合って座っていた。一人はこの屋敷の主である男。もう一人は、服装を改めたジードだった。
領主は、興奮冷めやらぬといった様子で喋る。
「これはすごい!まさか、本当に手に入るとは思わなかった。いや、あなたにはいくら感謝しても足りない。これからも相応の支援を約束しよう」
「それはよかった」
「いやいや、この功績に比べれば安いものだ。ところで……これが何かはご存知かな?あなたなら、分かるはずだ」
そう言うと領主は、赤い液体の入った、いかにも厳重に封のされた瓶を、ジードに差し出した。
ジードはそれを受け取って眺める。
「……さて、見るだけでは何とも。これは一体何なのでしょう?……いや、失礼。私はただの栄養士ですので。あまりこういう事には詳しくなくて」
「ほう?そうなのか?……ああ、いやすまない。こればかりは仕方ない。私だって、初めて見た時はそう思った。
いいかね?これは、神の血と呼ばれる代物だそうだ。これを摂取すれば、たちまち身体のあらゆる機能が向上していくのだとか」
「そのような物質が実在するとは信じがたい。その謳い文句はどこから来たのでしょうか」
「とある商人さ。彼も、これを流れの商人から……まあ、いい。信じるかどうかは君次第だ」
「あなたはこれを、どうするおつもりで?」
「実は迷っているところでね。使ってみるか、コレクションにするか、それとも。……どうだろうか。私としては、この薬をあなたに是非買ってほしいと思っているのだが」
「申し訳ありませんが、そういう事はお断りしておりますので」
「まあ、そう言わずに。私の支援する騎士がより屈強に、勇敢に戦う事ができるようになるのだぞ?それに、この機会を逃したら二度と手に入らんかも分からん」
「結構です。それよりも、私は支援金の話をしたいのですが」
「いやいや、分かってくれ。君は知らないかもしれないが、この国の未来を担うであろう若き英雄達のために、この素晴らしい贈り物を役立ててほしいのだ」
「いえ、お支払いいただく金額を減らすことはしたくありませんので」
領主は、ため息をついた。
「……そうですか。では、お気持ちは分かりました。……残念です。実に」
そう言うと、領主は、おもむろに腰の剣を引き抜いた。
「この私の申し出すら断るとは、どうやらあなたはよほど命が惜しくないらしい」
鞘から引き抜かれた刃がギラリと光る。窓の外から差す夕陽の光が、刀身に反射していた。
「……では、どうなさるおつもりでしょうか」
「無論、死んでもらう。そして、支援は打ち切らせてもらおう」
領主は立ち上がり、ジードに向かって一歩踏み出す。
ジードは動かない。表情も変えず、ただサラリと横髪をはらって首を傾けた。
「……ふん、つまらん反応をする。恐怖に怯えるか、何か言い返すくらいしてみろ」
「私の管理する騎士は、支援を打ち切られると、とても落ち込んでしまうのですよ」
「ゆえに、その元支援者は皆、不可解な死を遂げる。私はこれ以上、落ち目の騎士に無駄金を投じる気も無ければ、死ぬ気もないのでね」
「私の騎士はとても悲しむでしょう」
「ああ、その通りだ。取り立てにいった部下達が、誰も戻ってこないのだものなぁ!」
領主はそう叫ぶと、ジードに飛び掛かった。
振り下ろされる大ぶりな一撃。しかし、それを避ける素振りすら見せず、ジードは窓の外へと目を向けた。
刹那、ガシャァアアンッ!と大きな音を立てて窓ガラスが砕け散る。そして、粉々になったガラスの破片に紛れて、何かが勢い良く飛んでくる。
それが領主の手にある剣を止めた。それは中型のチャクラムだった。チャクラムはひとりでに宙を舞い、真ん中の穴に領主の剣を導いていた。間もなく、チャクラムは傾き、王冠用栓抜きの要領で剣を領主手からスポンと外し取った。
「お、おぉお!?」
そのまま領主はバランスを崩し、尻餅をつく。
ジードはなお腰かけたまま、飛んできた剣の柄をキャッチし、窓の外に向けて指先で誰かを招くような仕草をした。
すると、割れた窓から一人のフェリーンが飛び込んで来て、無言でジードの後ろへと降り立った。
フードを被り、黒い厚手のフェイスベールをしている。
顔は見えなかったが、体格から見るに女のようだった。
「……」
「お気持ちはよくわかりました」
ジードは剣を握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。
「あなたは、私の騎士を悲しませるお人になってしまった」
「き、貴様、何者だ!名を……いや、待て。何故こんな真似を……!」
「それはこちらの台詞ですね。ちなみに彼女は私の護衛です」
ニッコリと微笑んで、ジードは領主を見下ろした。
「ご安心ください。私から危害を加える気はありません。ええ……私はただの栄養士ですので。無事に帰らせていただければそれで」
「私を脅迫するつもりか?」
「まさか。
それに、なんです?支援を取りやめたら殺される?全く、どこからそのような根も葉もない噂を仕入れたのか……私は残念なお知らせを持って、しばらくゆっくり観光してから帰るだけですよ」
「……っ!おい!この二人を取り押さえるんだ!!急げ!何をしている!!」
領主がそう怒鳴ると同時に廊下の扉が開かれ、武装した屈強な男が何人もなだれ込んで、彼らを取り囲んだ。
「というわけで、先程の話の続きなのですが。支援の件は取り下げて頂いて結構です」
だが、ジードは全く気にせずに言葉を続ける。
彼の背後でフェリーンが、一本鞭を取り出し、ヒュパァンッッ!!と大きな音を鳴らして威嚇した。
「く……っ」
同時に、浮遊するチャクラムが、領主の首元にピタリと切っ先をくっつけていた。
「さて、事を荒立てるメリットが全く見当たりませんが。妙な迷信を信じるあまり、こんな真似をして。私の護衛もあなたの部下も怪我をしてしまいます。それでもいいと?」
ジードはテーブルに剣を置き、両手を上げてみせる。
「私は無事に帰れればそれでいいのですが。ああ、余った時間でのんびりと観光をさせていただいてからですが」
首元に鋭いチャクラムをセットされた領主は、顔を青ざめさせて、領主はごくりと唾を飲み込む。ジードはニコニコしながら続ける。
「さあ、どうしますか?私は、出来ることなら穏便に済ませたい。帰ってよろしいですか? それとも…… 」
「わ……わかった!屋敷の外まで送ろう!観光も好きなだけしていけば良い!だからこの物騒なものを下げてくれ……!」
「それはどうも。ああでも……念のため、屋敷を出るまでソレはセットさせていただきます。急に襲われたら怖いので」
領主は必死に了承の意を示した。