□オリオペ鍋
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その様子を見て、彼も口を開く。
「わかった」
「ありがとうございます」
素直に頷いてくれたことに安心したように微笑んだグローリーは、一度大きく深呼吸をすると、その重い口をゆっくりと開いた。
「……ラテラーノが、私のもう一つの故郷です。ミノスで営み生活している、ラテラーノ人の子供。それが元の私です」
グローリーの言葉に、トターはピクリと眉を動かした。
「ラテラーノだと?」
「はい。私、サンクタなんですよ」
事も無げにそう言った彼女に、トターは思わず目を剝いた。
「鉱石病に感染してしばらくしてから光輪と羽を無くしてしまったのと、そこからすぐに堕天してしまったので、まあサルカズにしか見えませんけど」
冗談めかしてそう言う彼女だったが、トターはその軽口に返す言葉が見つからず、返事代わりに手中のスノードームを振った。
彼が驚いているのを察したのか、グローリーはくすくすと笑うと話を続けた。
「鉱石病を発症して、幻聴に唆されたというか私以外の人格にというか。いわゆるそれの暴走で両親をこの手で殺してしまったので堕天して、もちろんラテラーノの法を犯したので罰もあったんですが、それは両親の遺言でミノスとラテラーノからの民権返納および放免ということで事なきを得たんですよ」
ぐりぐりと後頭部を押し付けてきながら語られた彼女の過去に、トターはどう言葉を返せばいいのかわからず押し黙った。
しかし、彼女はそれを気にした風もなく、再び語り始める。
「遺産や手続き関連は全部ラテラーノから来た執行人さんにしてもらって、遺言だとかでその人に連れられるまま、ミノス近隣の豊かな森の奥に放免されて……数年くらいはそこにツリーハウスを作って一人で暮らしてました。だから、このセーフハウスの雰囲気は懐かしくって……結構好きなんですよね」
彼の手にあるスノードームの台座をつつきながら、グローリーは照れくさそうに笑った。
「……ちょっと喋りすぎました。あ、なにか質問とかあります?今ならだいたい答えちゃいますよ?」
かけられたコートのずれを直しながら苦笑交じりに渡された言葉に、トターはようやく口を開いた。
「……聞いてもいいものか悩むんだが」
「いいですよ?」
彼の言葉を待つグローリーの表情は穏やかなもので、特に身構えている様子もない。
そんな様子を少し眺めてから、彼は言った。
「サルカズを嫌悪してないんだな」
そう問いかけると、グローリーはきょとんと目を丸くしたあと、クスクスと笑って見せた。
「親族は等しくサルカズ嫌いでしたけどね。私も幼い頃はラテラーノとミノスへの航路でサルカズの一味に襲われもしました」
「そうなのか」
「ええ。一度攫われた時とか、いままで殺してきたサンクタの守護銃をコレクションしてるんだぜヘヘヘッて言いながらたくさんの銃見せてきて、ほっぺたグリグリされたこともありますね。あそういえば、その時に源石で頭とかをかいかいされたのが感染のきっかけでしたねぇ」
懐かしむように目を細めて話す姿は、本当に気にしていないという様子で、むしろ思い出話に花を咲かせているような気さえしてくるほど明るいものだった。
「サルカズ、サルカズねぇ。なんやかんや無事助け出されはしましたけど、少し見て話を聞いていれば、彼らも私達と何ら変わらなかった」
ただ環境が違いすぎるだけで、と彼女は呟いた。少しも嫌悪感を抱いていないような口ぶりだった。まるで昨日の夕食でも語るかのような調子で。
「……それは、幾つぐらいの時の話だ?」
ふと気になってそう尋ねると、彼女は一瞬目を瞬かせた後、口元に手を当てながら答えた。
「そうですねぇ……ちょうど今の半分くらいの歳だったかなと。うん、初等部もそこそこって感じの」
その返答に、トターは思わず目を見開いた。そんな年齢の頃に本当にそんな目に遭えば、普通は一生モノのトラウマになりかねないはずだからだ。
動揺する彼をよそに、グローリーは言葉を続ける。
「善良で愛情深い両親でしたので、帰ってきた私が感染したかどうかあえて聞かず、もしもレベルを維持しつつ最適な便宜を図ってくれたんですよ。私の経過が良好だったのもあってそのまま数年気付かれずに生きて、そしてある日……ね?」
悪戯っぽく笑いながら首を傾げるグローリーに、トターは何とも言えない表情を浮かべた。
「……別の人格に乗っ取られて、か」
「そうそう。感染型解離性同一性障害ってやつです。そう珍しいものでもないでしょ?」
「記憶は引き継いでいるのか?」
「一応ある程度は。今の自分が誰かはわかるし、やったことに対する自覚もありますよ。両親と、産まれる前の弟の血で赤く染まった鉤爪や、それを引き裂いたときの感触……忘れないと思ってたんですが、わりあい忘れるものですねえ」
しみじみと語る彼女の言葉からは、確かに後悔や自責の念といったものは感じられない。
しかし、家族をその手で殺してしまったとなれば、多少なりとも思う所はあるだろうに、なぜそんな風に明るく話せるのだろうか。
そんな彼女の様子を見ていると、ふつふつと胸の内に怒りにも似た感情が湧いてくるのを感じる。
「悲しくないのか」
思わずそんな言葉を口にしたトターに、彼女はきょとんと目を丸くしながら振り返ってみせた。
「悲しそうにして欲しかったですか?遥か過去の出来事を?」
「そう簡単に割り切れるような問題ではないだろう」
「……」
グローリーはトターの顔を数秒程じっと見つめていたが、やがて前を向くと再び頭を彼に押し付けるように預けた。
「心がおかしい悪鬼だとでも?」
「まさか」
言葉を詰まらせ、やがて彼は頭を振った。
「……すまない。そんなつもりでは」
「ありがとうございます」
即座に謝罪の言葉を述べる彼に、グローリーは弾かれたように、けれども穏やかな口調で感謝の言葉を述べた。
「だから好きです」
「?」
「謝罪できることと、こういうことを言う私を否定しないこと。なにより、私の姿を捉えず覚えないでくれるところがですけど」
それきり彼女は口を閉ざしてしまった。会話の続行を望んでいない雰囲気だった為、トターは手中のスノードームを手の届く棚に置いて彼女の肩を叩いた。
「一休みできた。そろそろ出発するか」
「お、行きますか行きますか」
一転して弾むような調子でそう答えると、彼女は立ち上がり、肩にかかるコートをトターに返した。
パチンと思考を切り替えられるタイプの人間なのだろうか。
「……」
だが、それでいいのだろうと思う。変に思い詰めて心を変にするよりはよほどいい。
いつも通り片脚を引きずるようにして立ち上がったトターは、コートを受け取り、いつも通りの仕草で袖を通したのだった。
END.