□オリオペ鍋
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「あはは、そんな怖い顔しないでくださいよ。んまぁ……移動中は多少窮屈ですが、数十分程度耐えられますよね」
「程度によるとしか言えないが、余程でなければ問題ない」
「なら良かった」
そう言って微笑むと、グローリーは改めて窓の外へと視線を向けた。
相変わらず雪は止む気配もなく、勢いも増しているようだった。けれどもやはり、天候など関係ないのだ。
「しょっちゅうこんなに吹雪くんです?ここ」
「それなりに」
「大変っすねぇ。……あ、布団立ててきましょうか?それとも畳んだままで?」
「よく働くな……」
彼の一言に、グローリーはきょとんとした様子で首を傾げた。
「まあ多少はのんびりしたい気持ちもありますけれども」
そう言いながらも、もう一度布団をどうするか聞いてきたので、立てておくように頼んでみれば、タタタッとベッドの方へ駆けていった。
チョロチョロと身軽に動き回る少女の足取りは、トターのそれとはあまりに対照的で、大人げなくも羨ましく思えてしまうのだった。
(……手が止まっていたな)
そう思い直して、クロスボウと矢尻の整備を再開しながら、トターは小さくため息をついた。
それからしばらく経った頃。
作業を終え、グローリーが動き回るおかげでいつもより随分と早くに出発の準備を終えたトターが、彼女を呼べば、まるで待ち構えていたかのように即座に現れた。
疑いもなく寄ってきた少女に、新しめの干し肉を差し出せば「なんです?」と不思議そうな顔をされた。
「そんなに動いてたら小腹が空くだろうと思ってな」
「……え、もしかしてくれるんすか?」
「ああ」
短くそう答えると、グローリーは少し驚いたようにパチクリと瞬きをして、小さく笑った。
「ありがとうございます。いただきます」
嬉しそうに干し肉を受け取るグローリーに、トターは目を細めた。
そうやって喜ばれるのは悪い気はしなかった。気にかけられれば気にかけてしまうのが人の性だ。
「……なにか変なものでも入っていると思っているのか?」
じっと見つめられていることに気がついたトターがそう尋ねてみると、グローリーはハッとして矢継ぎ早に「違います違います!」と捲し立てた。
「ただ、これ結構その、新しいし、美味しい部位のやつですよね?よかったのかなって」
「……わかるのか?」
「ええまあ。昔作ってたんで」
思わず目を見開くトターに、グローリーは事も無げにそう答えた。
あんたみたいな嬢ちゃんが、と思わず口に出してしまいそうになった言葉をトターはなんとか飲み込んだ。
わざと良い部位を渡したのはそうなのだが、ただの自己満足であっただけにまさか気付かれるとは思いもせず、そうすると途端に気恥ずかしさが襲ってくる。
「あー……。いいさ、気にするな。むしろ食いたがらないんじゃないかと心配していたくらいだからな」
「まさか。すごく状態もいいし処理も完璧じゃないですか」
そのぼやけた視界でよく、と思わず続けそうになった口をグローリーは閉じた。
先程といい、互いにその言葉を察せないほど鈍くてはすでに生きていない。そしてそれを拾うほど愚かしければ尚の事。
「……昔作ってた、か」
だからトターは先程のグローリー同様気付いてないことにして、少し別の方向へと話題を向けることにした。
「気を悪くしないでほしいんだが、あの綺麗で洒落たものを作るあんたが干し肉を作っている姿というのは、なんというか、いまいち想像がつかないな」
そう言うと、彼女はアハハと笑った。
「そりゃそうだ。それぞれ作ってた時期と環境を思えば、まあ別世界でしたし」
「……感染してから環境が変わったってところか」
「ですね。そう珍しい話でもないでしょう?」
彼女の言う通り、地域差はあれど、どんな良い家柄の人間でも一度鉱石病に感染してしまえば最後だ。
いずれにせよ想像に難くない。しかし、一つ引っかかるのは彼女の種族だった。
「サルカズ以外の種族ではそうだな」
「んまぁ、そう……」
トターの言葉に、グローリーは視線を逃して干し肉を口に入れた。
傭兵をしていればサルカズとは嫌でも関わることになる。特に各国を渡り歩くような広範囲で活動すればするほどに。
無論多少の偏りはあるという自覚はあるものの、感染したからといってそこまで環境の変わるサルカズはむしろ珍しい部類に入るだろう。
「良い身分に据えられている分、感染したら徹底的な排除が義務付けられていた家ってところか?」
「悪くない発想ですね」
そもそもサルカズではない。
前提から異なっている為、トターの推測は外れてはいるものの、あながち間違っていない部分もある。
だからこそ、グローリーは敢えて否定はせずに肯定もしなかった。
「……すまない。子供にする質問じゃなかったな」
「ンむ?……ああいえ、全然全然。悪気ないの分かりますし」
トターが謝ると、グローリーは干し肉を咥えたまま少し首を傾げてから、にこりと笑って首を横に振った。
そして噛み千切った干し肉をムグムグと咀噛しながら言葉を続けていく。
「過ぎたことですし、これといったトラウマもありませんし……ていうか美味しいですねこれ。嫌な臭みほぼ無いし塩加減めっちゃ好みっす」
「そうか?」
流れるように話題が移り変わり、拍子抜けしつつも、トターはほっと胸を撫で下ろした。
彼女が気にしていないならそれに越したことは無い。
そう思うと同時に、何ともばつの悪いような気持ちを払拭するように小さく咳払いをした。
「少しいいか」
「?」
突然立ち上がりながら歩き出したトターがグローリーに声をかける。
言外に来いと促されているのだと気がつき、後を追うと、彼はとある部屋のドアを開けてグローリーを招き入れた。
「……わあ」
「思ったよりもいい反応だな」
部屋に入った瞬間、思わず立ち止まったグローリーを見てトターは僅かに苦笑いを浮かべた。
中はさほど広くはない、というより狭い。
だが壁に添うように棚があり、そこに大小様々なスノードームが飾られていた。
「はー……」
自然の雪景色を模したものや建物、ミニチュアのモチーフなどが閉じ込められたそれらがいくつも並べられている光景はどこか神秘的で、グローリーはパチパチと瞬きを繰り返し、感嘆の声を漏らす。
「そういえば、ロドスに居た時に購買でスノードーム買ってましたね……」
「……まあ、な」
そう呟くグローリーのぼやけた横顔が、普段とどこか違うように見えて、トターは思わず目を細めた。
この子にもこういうものに興味を持つ心があったのか、などと少々失礼なことを考えながらも、彼はゆっくりと棚の前に歩み寄り、並んだ一つを手に取った。
透明な半球状の容器を振ると、雪片が舞い落ちる。それはきらめきながら、まるで本当に降り注いでいるかのような錯覚すら抱かせるようだった。
トターはその球体をグローリーに手渡してやった。
「ほら」
反射的にそれを受け取ったグローリーは、目の前のそれを見つめ、それから視線を上げてトターを見た。
「……綺麗すね」
「ならよかった。俺もそいつは特に気に入っていてな」
「そうなんですね」
グローリーは手に持ったスノードームに視線を戻した。
手の中に納まるそれを数秒ほどまじまじと見つめ、やがてふと静かに呟いた。
「……我が背子と、ふたり見ませばいくばくか、この降る雪の、嬉しくあらまし」
「なんだ?」
聞き慣れぬ言葉の羅列にトターが首を傾げると、グローリーはゆるりと首を振った。
「いえ、なんでも」
そう言って微笑むと、彼女は雪片の落ちきったスノードームを元の位置に戻した。
「……ただの独り言です」
グローリーはそう言うと、何気なしに他のスノードームを見上げた。
そこで彼女が、寒さを感じさせる息の吐き方をして小さく身震いしたのをトターは見逃さなかった。
「少し寒かったか」
「え、いえ別に」
さも不思議そうに答えるグローリーに、トターは小さくため息をついた。
「戦場でもないんだ。もう少し自分の体調を大事にしろ」
「ええと……?」
「あんたはまだ子供だ」
そう言ってトターは羽織っていた仕事用のコートを脱ぎながら彼女の元へと歩み寄り、それを着せてやった。
予想していなかった彼の行動に、グローリーは何が起きたのか理解できずにぽかんと口を開けたまま、トターを見上げる。
その仕草が少しばかり幼く見えて、トターは無性にその頭を撫で回したい衝動に駆られるも、それを全力で阻害しそうな生え方をした彼女の角が視界に入り、思い留まった。
「外着でいたから少し暑かったところだ」
「えっ……、あ、と、ありがとうございます」
ようやく状況を理解したらしいグローリーは、少し恥ずかしそうにしながら俯いて、トターのコートを肩にかけ直した。
体格の違いのせいもあって少し引きずってしまっているうえぶかぶかではあったが、暖かいことに変わりはなかった。
「……あったかいです」
「なによりだ」
床についた裾を、身体に巻くように持ち上げつつそう言う彼女を見て、トターは目を細めると、別のスノードームを手に取った。
「出る前に少し休憩してもいいか」
「ん、それはもちろん。まだ今日は今日ですし」
「助かる」
礼を言って、トターは部屋の奥にあった椅子に座った。
するとグローリーがちょこちょこと近寄ってきて、何故か当然のように脚の間へと座ってきたものだから、トターは少し戸惑ったように動きを止めた。
「……何をしている?」
「え?、あっ……」
至極当然といった顔で見上げてきた彼女だったが、自分が今どのような行動をしたのか理解して顔を赤くする。
「す、すみません。うちの副隊長との、いつもの癖でつい……」
「いや……別にいい。確かに椅子は一つしかないしな」
慌てて立ち上がろうとする彼女を片手で制し、再び腰を下ろすよう促してやると、彼女は存外素直に従った。
「……」
身体に不自然な力が全く入っていない。
この体勢に随分慣れている様子から彼女の言葉に嘘は無さそうだった。
そう判断すると、今度は彼女の言う副隊長とやらが気になってきた。
「ところで、その副隊長さんとは随分と仲が良いんだな」
「……まースキンシップは多いですね」
「どんな女性なんだ?」
「男性ですよ?そういえばそっちとは面識ないんでしたっけ?トターさんと同じくらいの背格好の男性」
だから間違えたんじゃないですか。と、そう答えた彼女に、一瞬思考が止まる。
(――男?)
「なんか、こう、独占欲と執着心の強い人で……結っ構ベタベタ触られますね。こっちから触ったりすると機嫌よくなるので扱いが楽っちゃ楽ですが」
「それは……大丈夫なのか?」
トターが訝しげに問うと、彼女は首を傾げた。
「大丈夫とは?」
「恋人とかそういう間柄でもないんだろう?その口ぶりだと」
「まあ」
グローリーは頷くと、言葉を続けた。
「副隊長のそういうのは、私にだけじゃないので。むしろ欠点なんてそれくらいしかないレベルで何でもできる人なんで、距離感変でもむしろバランス取れてるくらいなんですよね」
「そうなのか」
「ええ」
「……そうか」
こくりと頷くグローリーに、トターは内心ほっとしたような、複雑な気持ちになりながらも頷いた。
とはいえ、こんな小さな子を相手に手を出すなど、どういう神経をしているんだ。などと、その人物に対する不信感が払拭されたわけではなかったが、それをグローリーに伝える必要もまたないだろうと考え直した。
そもそも、自分には一切関係のない話だ。
そう結論付けて、トターはそれ以上考えるのをやめ、手に取ったスノードームの観察へと戻った。
グローリーも特に気にしていないのか、彼に背中を預けるように寄りかかると、彼と同じようにスノードームを眺め始めた。
2人はそのまましばらく、静かに時間を過ごした。
沈黙が流れる中、時折、手の届く範囲に置いてあるスノードームと入れ替えて、それを楽しむという行為を繰り返していく。
やがて、ふと何かを思い出したかのように、トターが口を開いた。
「なあ」
「はい?」
唐突な声かけだったが、グローリーは特に驚いた様子もなく、トターの方を振り返って見上げてくる。
それを確認してから、彼は続けた。
「感染してから環境が変わったと言っていたな」
「そうですね」
「あんたの故郷はどこだったんだ?」
その問いに、グローリーは困ったような笑顔で「うーん」と唸った後、視線をスノードームに向け直しながら答えを返した。
「まあ……生まれと育ちはミノスでしたね」
どこか含みのある言い方だった。
「他にも故郷があるかのような口振りだな」
「よくわかりましたね」
「長年傭兵をやっていれば、色んな境遇の人間と関わるものだ」
トターがそう告げると、グローリーは苦笑を浮かべてグイグイと体重をかけてきた。
「なんです?私に興味津々ですか?」
「ただ気になっただけだ。言えないのならそれはそれでいい」
トターの言葉に、グローリーは小さく笑い声を上げた。
「口は堅い方です?」
「人並みには」
その言葉に、彼女はまたくすりと笑った。
それからまた暫く考え込むように黙り込むと、ぽつりと言葉を漏らした。
「なるべく……秘密にしてくださいね。機密というわけでも、誰も知らないというわけでも無いんですが……目立つ事が好きじゃないので」
そう言って彼女は、かけていた体重を戻し、彼の返事を待った。