□オリオペ鍋
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【グローリー+トター】
「あと今回は私が直接行くよ」
40km程度ならアーツの鎧も維持していられる距離だし、とグローリーは手にしていた書類束をケースへ収め立ち上がる。
「おや……ご自分から請け負うとは珍しいですね。早い分助かりはしますが……」
そんな彼女を見届けながら、こてん、とあざとく首を傾げたセロリシードにグローリーは目を向け直す。
確かに普通ならこういった届け物は、適任者を挙げて終わらせる。どうでもいい人と会って話し、部隊の顔として無闇に印象に残るぐらいなら多少億劫でも代理を立てた分の追加業務をこなしていた方が気楽だからだ。
が、しかし、特定の相手に関してだけは、例外となることはたった今質問してきたセロリシードも分かっているだろう。
「どうしてトターさんにはそのお手を煩わせても良いと思ったのですか?」
だが彼は毎回あえて聞いてくる。
避けれる接触を避けない理由などないのがあたかも当然だというような目で、問うてくる。
他者に気を許す義理はないのが普通だと、牽制というか、再認識させるように。
気に入った人の目を覆いたがるのは彼の面倒なクセだ。
「あの人なら面倒じゃないからだけど?本来、代理分の追加業務背負うよりは、普通に届け物した方が楽だし」
「そうですか。へぇ。意外ですね、そういうのはイグゼキュターさんだけだと思ってました」
「いうてそっちとこ行くときはまた別人の名を挙げるくせに」
「……ふふ」
セロリシードはグローリーの言葉を否定せず、誤魔化すように笑みを零すだけだった。
「相変わらず寂しがり屋さんな副隊長殿だことで」
「大切な隊員であり、謙虚で優秀な参謀でもある貴方を心配するのは悪い事でしょうか」
「別に?」
鋭いオリーブ色が彼の前髪の隙間からちらちらと光って、彼がこちらを見据えている事を伝える。
強い独占欲に附随するうっすらとした殺気を隠さなくなったのはいつだったか。
有能な彼がここまで流れ着いた理由でもある歪んだ執着心と、恩恵を与える代わりに命を握るアーツは、近しい者を簡単に恐怖させる。
「副隊長の配慮にはいつも助けられてるし」
「……それはよかった」
しかしながらこのD1の隊員は誰も彼もその性質を理解し、その感情の矛先にされようとも、寛容かつ適切に接してうまくやっているため問題は起こらない。
未だ着席している彼に近付いて肩を叩けば、その鋭い瞳がスッと満足げに閉じられ穏やかな雰囲気を取り戻す。
「じゃ、行ってきまーす」
「どうぞお気をつけて。僕のグローリー」
セロリシードはそう言って、グローリーの上着についているフードを丁寧に被せてきた。フードの穴に通して出てきた源石の角を撫で付けられる感触がした。
「どうも」
そうしてこの面倒な男を黙らせたグローリーは、書類ケースを鞄に入れて諸々の手続きを終わらせたのち、ロドス本艦を後にしたのだった。
(向こうは吹雪いてるな。ここも既にだいぶ風が強い……まあ関係ないんだけど)
身を切るような冷風吹き荒ぶ中、甲板に出てアーツの鎧を身に纏い、目にも止まらぬ速さで飛び去る彼女を見たものはいなかった。
しかし、その姿を偶然見つけた者がいたとしても、瞬速の平行移動を成す物体など存在しない、きっと目の錯覚だと思うに違いないだろう。
***
ゴン、と戸を叩くような音に、毛布の手入れをしていたトターは顔を上げた。
(……)
しかしすぐにそれは気の所為だと合点し作業を再開した。
何故なら来訪者があるならば僅かであろうと必ず聞こえてくるはずの足音がなかったからだ。
しかも今は吹雪だ。人どころか電波すら届くことはなくボロけたラジオが音を拾うこともない。
故に今のは、飛ばされてきた枝か何かがぶつかったのだろうと結論付けるほかなかった。
のだが。
数秒後、戸の向こうからストンと着地の音らしき物が響き、今度はゴンゴンゴンゴン、と4回。
明確な意図でもって行われたそれを聞き間違えだと考える程トターの耳は無節操ではなかった。
加えて、ロドスからの連絡であることを証明する合言葉を発されてしまえばもう疑うこと等出来なかった。
しかも風鳴り混じりに聞こえてきた声はといえば、確かに聞き覚えのあるものであり、彼が慌てて戸を開け放つのにそう時間は要さなかった。
一方のグローリーといえば。
鎧を纏ったまま着地もせずにした適当なノックが無視されたので、しっかりと着地して腕以外の鎧を外したのちしっかりとノックし、大声で合言葉を発した。
鎧を脱いだ瞬間襲ってくる吹雪を鬱陶しく思うが、幸いにして今度はすぐ、バン!と勢いよく戸が開かれた。
「こんにちは」
ノブを掴んだまま、酷く動揺した顔で見下ろしてくるトターから目線を外すようにして、グローリーはアーツの鎧を完全に消しながら深めの会釈をした。
「今日は風が強いですね。風鳴りで聞き逃したり書類が飛ばされてしまうと悲しいので、お邪魔しても宜しいでしょうか?」
「あ、ああ。もちろんだ、早く入ってくれ」
「助かります」
そうして導かれるままグローリーは屋内へと足を踏み入れた。
戸を閉めるトターの横でフードを外し、パッパッと雪を落としながらグローリーは鞄を開けた。
「早速ですが、こちらが依頼書になります。お目通しいただいたのち、共にロドス本艦へと帰投いただければと」
ハンカチで手の水分を拭い、流れるような手付きで書類ケースを取り出し、トターにそれを差し出した。
「ロドス本艦は明後日の日の出まで近隣に滞在予定ですので、それまでにご支度ください」
「……」
トターは放心したようにそれを両手で受け取りつつ、グローリーと書類ケースとを二度、三度往復させて眺めてから、
「これは……至急の案件なのか?」
と呟いた。
「いえ。少なくとも私が届けに来たからには」
グローリーはふるふると首を横に振った。落としきれなかった雪の結晶が彼女のフードからはらりと落ちた。
「代理のトランスポーターに届けさせてたら多分到着は明日になって至急招集案件になってたんだろうとは思いますが。見ての通り今はまだ今日ですし……明後日の日の出までには充分余裕あります。本艦の出発に間に合いさえすれば問題ないです」
「そうか……なら、ひとまず仕事の話は後回しにしよう。この寒い玄関で立ち話もなんだ、奥で温まってくれ。……震えてる」
「え、あ……まあ、はい。ありがとうございます」
そうして案内されるままグローリーは暖炉のある温かな部屋で簡素な椅子を勧められた。
トターの手から離れてテーブルに置かれたケースに目を向けつつ、グローリーはすぐには座らなかった。
鞄を椅子に置いてから雪で濡れた上着を脱いで室内が濡れないように丸めようとしたところで、ハンガーを手渡された。
「よかったら使ってくれ」
「……ありがとうございます」
受け取ったハンガーに上着を掛けて返せば、彼はそれを暖炉の横に吊るして、もとから掛けられていたタオルを取って戻ってきた。
「どうぞ。他に濡れているところがあればこれで拭くといい」
「すみません、助かります」
受け取ったタオルで鞄や角に残った水分、ズボンに引っ付いている雪の残滓を払い落とさせてもらった。
あらかた終わったグローリーが、鞄を膝に置くようにしてようやく椅子に腰掛けたところで、お湯を沸かそうとしているらしいトターから声が掛けられた。
「今更だがあんた、確かコードネームはグローリー……だったよな?本艦の食堂で会ったことがある気がするんだが」
「そうですね。お久し振りです」
「あの時みたいに気楽に接してくれていい」
丁寧な言葉遣いをするなという意味ではなく、気軽な態度をとってもいいという事を暗に伝えたいらしい。
「はは!あざっす、兄さん」
グローリーは素直に砕けた態度をとった。
軟化した雰囲気を感じたトターもまた僅かに肩の力を抜いたように見えた。
お茶を用意しているらしい彼の手付きを眺めながらグローリーはひとまず伸びをした。
「ところで、この吹雪の中……そんな軽装でどうやって来れたんだ?」
茶葉の缶を開けながら何とは無しといった風にトターが投げかけた質問に、グローリーは腰につけていた鎖を弄りながら答えた。
「私のアーツって、飛行可能な鎧を身に纏うタイプなんすよね」
「……それで吹雪の日に飛んできたわけか。便利なもんだ」
「すんなり信じてくれるんすね」
フッと息だけで笑う声に、トターは視線を上げた。
薄ぼやけた視界の先にいる彼女の表情はよく分からなかった。
「疑ってほしかったのか?」
トターが尋ねれば、彼女がクスリと笑う気配がした。
「いや。ただ、信じられる事実しか事実と認めない人は多いじゃないですか」
つまり、信じられないと言われるかもしれないと思っていたということだろう。
しかしながら、それはそれとしてグローリーの言ったことが嘘ではないのは既に証明されている。
「ならどうやって、この吹雪の中この屋内ですでに寒そうにしているお嬢さんが、音も足跡もなく、そんな綺麗な姿でここへたどり着けたと言うんだ?」
「ふふ」
と笑みを零すその気配は、どうにも表情が窺い知れず少し不気味でもあった。
まだ成人には程遠い少女なのに、捕獲や尋問、拷問を得意とする部隊に所属しているというのだから恐れ入る。
会話が終わり、テーブルに伏して外を見ていたグローリーの耳に、カチャッと茶器を置く音と、向かい側の椅子を引いて腰を下ろす音が聞こえてきた。
顔を上げると、ちょうど目の前にカップが置かれるところだった。
湯気と一緒にお茶の良い香りを立ち昇らせているそれを眺め、次いで正面に座る相手を見上げた。
「……ありがとうございます」
ペコ、とお辞儀をするとトターは苦笑を零しながら自らのカップに口を付けていた。
遠慮はいらないというような素振りに、グローリーは心地良さを感じつつ、早速カップを手に取った。
じんわりと指先が温まるのを待ってから一口飲めば、湯気に乗せられた香りが口の中に広がる感覚がとても良かった。
(懐かしい)
不意に、故郷を放免され豊かな森で一人ツリーハウスを作って生活していた頃を思い出し、グローリーは静かに目を閉じた。
そんな静かな横顔を、そっと見やっていたトターもまた静かに息を吐き、テーブルに置いていた書類ケースに手を伸べた。
彼が書類を取り出す音に意識を戻したグローリーは、パチリと瞼を開けすぐに思考を現実に引き戻しながらトターの方に目を向けた。
「口頭で説明しましょうか?」
「……随分と枚数が多いと思っていたが、これは……わざわざ俺のためにこの文字の大きさで用意したのか?」
「そうみたいですね。あ、一応元サイズの依頼書は最後の2枚です」
言いながらガタ、と椅子を持ってトターの横に置き直すグローリーを見上げ、それからトターは彼女の言う最後の2枚に目を落とし、ザッと見流ししてからテーブルに置いた。
「こっちは眼鏡を出す必要があるな」
「つまり隊長エデションなら裸眼でもいけそうな感じです?」
「……隊長エデション?」
「隊長の趣味なんですよね。手順書の改善や依頼書のフォーマットや書きっぷりを、受け取り手が読みやすいようにって改造して別出ししてくるんですよ」
「ああ、そういうことか……ん?あんたのとこの隊長って、以前の人と変わってないよな?あのサルゴン出身の派手な……」
「ですね。あのフェリーン意外とそういう地味な電子作業好きなんすよ」
横に椅子を置き、そこに腰掛けてきたグローリーの手がトターの視界に映り込む。
「そんなことより、とっとと本題に入りましょう。読み上げながら説明した方が頭に入るでしょうし、このまま依頼書読み上げちゃいますね」
「……ああ。あんたの隊長さんには悪いが、そうしてくれ」
「はいはーい、じゃ、まず――」
おちゃらけた様子の彼女に促されるようにして、トターも気を取り直し、改めて差し出された書類に目を向けるのだった。
読み上げている部分を滑っていく彼女の指先を目で追いながら、依頼内容を聞いているうちに、トターは彼女の爪の血色が紫になっていることに気付いたのだが、特に何を言うでもなくそのまま耳を傾け続けた。
「あと今回は私が直接行くよ」
40km程度ならアーツの鎧も維持していられる距離だし、とグローリーは手にしていた書類束をケースへ収め立ち上がる。
「おや……ご自分から請け負うとは珍しいですね。早い分助かりはしますが……」
そんな彼女を見届けながら、こてん、とあざとく首を傾げたセロリシードにグローリーは目を向け直す。
確かに普通ならこういった届け物は、適任者を挙げて終わらせる。どうでもいい人と会って話し、部隊の顔として無闇に印象に残るぐらいなら多少億劫でも代理を立てた分の追加業務をこなしていた方が気楽だからだ。
が、しかし、特定の相手に関してだけは、例外となることはたった今質問してきたセロリシードも分かっているだろう。
「どうしてトターさんにはそのお手を煩わせても良いと思ったのですか?」
だが彼は毎回あえて聞いてくる。
避けれる接触を避けない理由などないのがあたかも当然だというような目で、問うてくる。
他者に気を許す義理はないのが普通だと、牽制というか、再認識させるように。
気に入った人の目を覆いたがるのは彼の面倒なクセだ。
「あの人なら面倒じゃないからだけど?本来、代理分の追加業務背負うよりは、普通に届け物した方が楽だし」
「そうですか。へぇ。意外ですね、そういうのはイグゼキュターさんだけだと思ってました」
「いうてそっちとこ行くときはまた別人の名を挙げるくせに」
「……ふふ」
セロリシードはグローリーの言葉を否定せず、誤魔化すように笑みを零すだけだった。
「相変わらず寂しがり屋さんな副隊長殿だことで」
「大切な隊員であり、謙虚で優秀な参謀でもある貴方を心配するのは悪い事でしょうか」
「別に?」
鋭いオリーブ色が彼の前髪の隙間からちらちらと光って、彼がこちらを見据えている事を伝える。
強い独占欲に附随するうっすらとした殺気を隠さなくなったのはいつだったか。
有能な彼がここまで流れ着いた理由でもある歪んだ執着心と、恩恵を与える代わりに命を握るアーツは、近しい者を簡単に恐怖させる。
「副隊長の配慮にはいつも助けられてるし」
「……それはよかった」
しかしながらこのD1の隊員は誰も彼もその性質を理解し、その感情の矛先にされようとも、寛容かつ適切に接してうまくやっているため問題は起こらない。
未だ着席している彼に近付いて肩を叩けば、その鋭い瞳がスッと満足げに閉じられ穏やかな雰囲気を取り戻す。
「じゃ、行ってきまーす」
「どうぞお気をつけて。僕のグローリー」
セロリシードはそう言って、グローリーの上着についているフードを丁寧に被せてきた。フードの穴に通して出てきた源石の角を撫で付けられる感触がした。
「どうも」
そうしてこの面倒な男を黙らせたグローリーは、書類ケースを鞄に入れて諸々の手続きを終わらせたのち、ロドス本艦を後にしたのだった。
(向こうは吹雪いてるな。ここも既にだいぶ風が強い……まあ関係ないんだけど)
身を切るような冷風吹き荒ぶ中、甲板に出てアーツの鎧を身に纏い、目にも止まらぬ速さで飛び去る彼女を見たものはいなかった。
しかし、その姿を偶然見つけた者がいたとしても、瞬速の平行移動を成す物体など存在しない、きっと目の錯覚だと思うに違いないだろう。
***
ゴン、と戸を叩くような音に、毛布の手入れをしていたトターは顔を上げた。
(……)
しかしすぐにそれは気の所為だと合点し作業を再開した。
何故なら来訪者があるならば僅かであろうと必ず聞こえてくるはずの足音がなかったからだ。
しかも今は吹雪だ。人どころか電波すら届くことはなくボロけたラジオが音を拾うこともない。
故に今のは、飛ばされてきた枝か何かがぶつかったのだろうと結論付けるほかなかった。
のだが。
数秒後、戸の向こうからストンと着地の音らしき物が響き、今度はゴンゴンゴンゴン、と4回。
明確な意図でもって行われたそれを聞き間違えだと考える程トターの耳は無節操ではなかった。
加えて、ロドスからの連絡であることを証明する合言葉を発されてしまえばもう疑うこと等出来なかった。
しかも風鳴り混じりに聞こえてきた声はといえば、確かに聞き覚えのあるものであり、彼が慌てて戸を開け放つのにそう時間は要さなかった。
一方のグローリーといえば。
鎧を纏ったまま着地もせずにした適当なノックが無視されたので、しっかりと着地して腕以外の鎧を外したのちしっかりとノックし、大声で合言葉を発した。
鎧を脱いだ瞬間襲ってくる吹雪を鬱陶しく思うが、幸いにして今度はすぐ、バン!と勢いよく戸が開かれた。
「こんにちは」
ノブを掴んだまま、酷く動揺した顔で見下ろしてくるトターから目線を外すようにして、グローリーはアーツの鎧を完全に消しながら深めの会釈をした。
「今日は風が強いですね。風鳴りで聞き逃したり書類が飛ばされてしまうと悲しいので、お邪魔しても宜しいでしょうか?」
「あ、ああ。もちろんだ、早く入ってくれ」
「助かります」
そうして導かれるままグローリーは屋内へと足を踏み入れた。
戸を閉めるトターの横でフードを外し、パッパッと雪を落としながらグローリーは鞄を開けた。
「早速ですが、こちらが依頼書になります。お目通しいただいたのち、共にロドス本艦へと帰投いただければと」
ハンカチで手の水分を拭い、流れるような手付きで書類ケースを取り出し、トターにそれを差し出した。
「ロドス本艦は明後日の日の出まで近隣に滞在予定ですので、それまでにご支度ください」
「……」
トターは放心したようにそれを両手で受け取りつつ、グローリーと書類ケースとを二度、三度往復させて眺めてから、
「これは……至急の案件なのか?」
と呟いた。
「いえ。少なくとも私が届けに来たからには」
グローリーはふるふると首を横に振った。落としきれなかった雪の結晶が彼女のフードからはらりと落ちた。
「代理のトランスポーターに届けさせてたら多分到着は明日になって至急招集案件になってたんだろうとは思いますが。見ての通り今はまだ今日ですし……明後日の日の出までには充分余裕あります。本艦の出発に間に合いさえすれば問題ないです」
「そうか……なら、ひとまず仕事の話は後回しにしよう。この寒い玄関で立ち話もなんだ、奥で温まってくれ。……震えてる」
「え、あ……まあ、はい。ありがとうございます」
そうして案内されるままグローリーは暖炉のある温かな部屋で簡素な椅子を勧められた。
トターの手から離れてテーブルに置かれたケースに目を向けつつ、グローリーはすぐには座らなかった。
鞄を椅子に置いてから雪で濡れた上着を脱いで室内が濡れないように丸めようとしたところで、ハンガーを手渡された。
「よかったら使ってくれ」
「……ありがとうございます」
受け取ったハンガーに上着を掛けて返せば、彼はそれを暖炉の横に吊るして、もとから掛けられていたタオルを取って戻ってきた。
「どうぞ。他に濡れているところがあればこれで拭くといい」
「すみません、助かります」
受け取ったタオルで鞄や角に残った水分、ズボンに引っ付いている雪の残滓を払い落とさせてもらった。
あらかた終わったグローリーが、鞄を膝に置くようにしてようやく椅子に腰掛けたところで、お湯を沸かそうとしているらしいトターから声が掛けられた。
「今更だがあんた、確かコードネームはグローリー……だったよな?本艦の食堂で会ったことがある気がするんだが」
「そうですね。お久し振りです」
「あの時みたいに気楽に接してくれていい」
丁寧な言葉遣いをするなという意味ではなく、気軽な態度をとってもいいという事を暗に伝えたいらしい。
「はは!あざっす、兄さん」
グローリーは素直に砕けた態度をとった。
軟化した雰囲気を感じたトターもまた僅かに肩の力を抜いたように見えた。
お茶を用意しているらしい彼の手付きを眺めながらグローリーはひとまず伸びをした。
「ところで、この吹雪の中……そんな軽装でどうやって来れたんだ?」
茶葉の缶を開けながら何とは無しといった風にトターが投げかけた質問に、グローリーは腰につけていた鎖を弄りながら答えた。
「私のアーツって、飛行可能な鎧を身に纏うタイプなんすよね」
「……それで吹雪の日に飛んできたわけか。便利なもんだ」
「すんなり信じてくれるんすね」
フッと息だけで笑う声に、トターは視線を上げた。
薄ぼやけた視界の先にいる彼女の表情はよく分からなかった。
「疑ってほしかったのか?」
トターが尋ねれば、彼女がクスリと笑う気配がした。
「いや。ただ、信じられる事実しか事実と認めない人は多いじゃないですか」
つまり、信じられないと言われるかもしれないと思っていたということだろう。
しかしながら、それはそれとしてグローリーの言ったことが嘘ではないのは既に証明されている。
「ならどうやって、この吹雪の中この屋内ですでに寒そうにしているお嬢さんが、音も足跡もなく、そんな綺麗な姿でここへたどり着けたと言うんだ?」
「ふふ」
と笑みを零すその気配は、どうにも表情が窺い知れず少し不気味でもあった。
まだ成人には程遠い少女なのに、捕獲や尋問、拷問を得意とする部隊に所属しているというのだから恐れ入る。
会話が終わり、テーブルに伏して外を見ていたグローリーの耳に、カチャッと茶器を置く音と、向かい側の椅子を引いて腰を下ろす音が聞こえてきた。
顔を上げると、ちょうど目の前にカップが置かれるところだった。
湯気と一緒にお茶の良い香りを立ち昇らせているそれを眺め、次いで正面に座る相手を見上げた。
「……ありがとうございます」
ペコ、とお辞儀をするとトターは苦笑を零しながら自らのカップに口を付けていた。
遠慮はいらないというような素振りに、グローリーは心地良さを感じつつ、早速カップを手に取った。
じんわりと指先が温まるのを待ってから一口飲めば、湯気に乗せられた香りが口の中に広がる感覚がとても良かった。
(懐かしい)
不意に、故郷を放免され豊かな森で一人ツリーハウスを作って生活していた頃を思い出し、グローリーは静かに目を閉じた。
そんな静かな横顔を、そっと見やっていたトターもまた静かに息を吐き、テーブルに置いていた書類ケースに手を伸べた。
彼が書類を取り出す音に意識を戻したグローリーは、パチリと瞼を開けすぐに思考を現実に引き戻しながらトターの方に目を向けた。
「口頭で説明しましょうか?」
「……随分と枚数が多いと思っていたが、これは……わざわざ俺のためにこの文字の大きさで用意したのか?」
「そうみたいですね。あ、一応元サイズの依頼書は最後の2枚です」
言いながらガタ、と椅子を持ってトターの横に置き直すグローリーを見上げ、それからトターは彼女の言う最後の2枚に目を落とし、ザッと見流ししてからテーブルに置いた。
「こっちは眼鏡を出す必要があるな」
「つまり隊長エデションなら裸眼でもいけそうな感じです?」
「……隊長エデション?」
「隊長の趣味なんですよね。手順書の改善や依頼書のフォーマットや書きっぷりを、受け取り手が読みやすいようにって改造して別出ししてくるんですよ」
「ああ、そういうことか……ん?あんたのとこの隊長って、以前の人と変わってないよな?あのサルゴン出身の派手な……」
「ですね。あのフェリーン意外とそういう地味な電子作業好きなんすよ」
横に椅子を置き、そこに腰掛けてきたグローリーの手がトターの視界に映り込む。
「そんなことより、とっとと本題に入りましょう。読み上げながら説明した方が頭に入るでしょうし、このまま依頼書読み上げちゃいますね」
「……ああ。あんたの隊長さんには悪いが、そうしてくれ」
「はいはーい、じゃ、まず――」
おちゃらけた様子の彼女に促されるようにして、トターも気を取り直し、改めて差し出された書類に目を向けるのだった。
読み上げている部分を滑っていく彼女の指先を目で追いながら、依頼内容を聞いているうちに、トターは彼女の爪の血色が紫になっていることに気付いたのだが、特に何を言うでもなくそのまま耳を傾け続けた。