□イーサンルート
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【弱者】
皆が誇るドクターは、記憶を失った後も、よくやっている。
それを感じさせないほどに彼女は不満一つ口にしないのだ。
経験も信念も理由も喪失したとは到底思えないほど。
強い、凄い、流石はトップに立つ人間。
精神の出来が違うのだと、単純に、感心していた―――。
◇
気に入られている自覚がある。
記憶を失ったドクターに、特に目を掛けられている自覚がイーサンにはあった。
当人は『目を付けている』と言っているが。
確かに秘書などの役職に呼ばれることはない。
が…。
既に昇進しきっているし、よく声を掛けられもすれば、その寛容に甘え、菓子や軽食の失敬を追認されることなど当然となっていた。
こりゃどう見たって目を掛けているの間違いだろ、と。
流石に自覚する。
などと内心独り言ちながら――擬態したイーサンは、勝手知ったる様子で、ドクターの執務室へと入り込んでいた。
ホワイトボードに向かうドクターと秘書の背中が視界に入る。
ドクターは秘書に見えないよう、後ろ手に置き菓子の方向を指差していた。
不思議なものだ、と毎度ながらイーサンは内心独り言ちる。
何故かドクターは、イーサンがどれだけ気合の入った擬態をしようとも、見つけてしまう。
これは以前も今も変わらない。
いつものようにドクターが差した先にあるものを頂戴し、戻った廊下で小腹を満たしにかかった。
しっとりとしたスティックパイを頬張れば、ベリージャムの甘酸っぱい味と香りが広がった。
「……」
―――そう。
さらに最近になってドクターは、失敬を追認するどころか、協力的つまり歓迎するようになった。
記憶を失う以前ならば、注意の一つでも受けていたというのに。
イーサンは、単にドクターは記憶の喪失で寛容になったのだと思っていた。
戦場へ呼ばれ頼られる回数が以前とは比べ物にならないほど増えたのも、記憶が無くなれば考えの一つも変わるだろうと予測した。
あれこれ考えるのは自分の役目ではないことぐらい承知しているし、得意でもない。
なんにせよ、必要とされて悪い気はしない。
その程度の認識で片付いていた。
イーサンは、自分が、どれほどドクターの心の支えになっているのかなど、想像すらしていなかった。
だからこそ。
その日は酷く印象に残る日であった。
◇
朝から晩まで、製錬所警護に明け暮れた日。
毒ガスのおかげでまともに動けず。
それでも変声機を介した活舌の良い声で正確な情報伝達を行い、時に、よく通る声を張り上げて…ドクターは指揮をやり遂げていた。
荒れた喉が鳴る。
治療は済んでいるためじきに気にならなくなるだろう。
それよりもドクターだ。
一番に治療を終えたオペレーターを呼ぶようにとの言付けだ。
つまりこの編成のまま次回もあるということか。
執務室へと向かっていた。
道中、視線を感じる。
ドクター指揮の戦闘中や、それ以外なら基地で。
時折感じるこの未知の気配。
最初は狼狽えたものだ。
目的地に到着するや、気配は霧散した。
基本的に開放されている執務室のドアは閉じられ、ロックランプが点灯していた。
既に業務時間外なので当然か。
「来たぜ」
イーサンが内線から声をかければ、すんなりとドアのロックが解除され、中へと招かれた。
「やあ、イーサン。待っていたよ」
心地よい女性の声が鼓膜に触れる。
変声機は外しているようだ。
「一人かい?ドクター」
「そうなるね」
ロドスの上着も着ておらず、その下に隠されていた白衣の白さがまぶしい。
秘書は既に居らず、ほとんどのモニターも落とされていた。
彼が「ご用件は?」と訊ねながら、手頃なデスクの椅子に座る。
彼女はその態度を特に咎めもせず一束の書類を持って近付いてきた。
「予定表を」
彼女から差し出されたそれを受け取り、そのまま確認する。
「――今回の隊員に配ってくれ。明日もこの編成で行く」
言葉の通り、書類には明日の戦場に、現地でのスケジュールや配置等の作戦内容が記されていた。
「ふーん。次の任務は貨物輸送ね。で、配置はいつものコレと」
「慣れたものだろうけど、命のやり取りに変わりはない。気は抜かないでくれ」
「へいへいっと、その言葉も慣れたもんだよ」
「ふふ」
何が面白いのか嬉しいのか。
イーサンは、気になる事があれば今のうちに聞いておきたい気持ちで、そのまま書類をペラペラと捲った。
その間静かなもので、イーサンがチラとドクターの様子を盗み見れば、固唾を飲んでこの書類を見つめる彼女の姿があった。
完成しているのだろうに、それでも、改めておかしな点がないか見直しているのだろう。
真面目なものだ、と彼はまた手中の書類に視線を戻した。
「……なるほど、理解理解。」
ざっと見る限り特に気になるところも無く、数も人数分確かに。
作戦内容も、いつもながら文句なし。
それならあとは配るだけだ。
イーサンは書類を持ち直して、椅子から立った。
で、その拍子に一歩下がったドクターに顔を向ける。
「っつかあんたってすげぇよ、よくこんな上手い戦術を毎回考えられるよな、道理でレユニオンがいつも無残にボコられる訳だ。」
質問が無いという言葉代わりに、軽い賛辞を放る。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ!」
そうして酷く驚いた顔をしたドクターに背を向け、退室しようとした――その時、感じた違和感にイーサンは足を止めた。
なにに驚いた?
きょろりと左右を見渡し、手元の書類にも変な所は無い。
そして、急に立ち止まった自分に言葉を投げても来ない。
イーサンは疑問符とともに振り向いた。
ドクターは、先ほど見たまま。
酷く驚いた顔で、イーサンに返答を貰った姿勢のままだった。
「…ドクター?」
その不自然に声を掛けた、その時。
イーサンは目を剥いて飛び上がった。
「どっ…!?」
あまりの衝撃に、掴んでいた紙束がバサバサと床に落ちたが、そんなこと気にもならなかった。
ドクターの双眸から、突如として雫が零れ始めた事に比べれば。
「おいどうした!?」
イーサンは慌てて駆け寄った。
皆が誇るドクターは、記憶を失った後も、よくやっている。
それを感じさせないほどに彼女は不満一つ口にしないのだ。
経験も信念も理由も喪失したとは到底思えないほど。
強い、凄い、流石はトップに立つ人間。
精神の出来が違うのだと、単純に、感心していた―――。
◇
気に入られている自覚がある。
記憶を失ったドクターに、特に目を掛けられている自覚がイーサンにはあった。
当人は『目を付けている』と言っているが。
確かに秘書などの役職に呼ばれることはない。
が…。
既に昇進しきっているし、よく声を掛けられもすれば、その寛容に甘え、菓子や軽食の失敬を追認されることなど当然となっていた。
こりゃどう見たって目を掛けているの間違いだろ、と。
流石に自覚する。
などと内心独り言ちながら――擬態したイーサンは、勝手知ったる様子で、ドクターの執務室へと入り込んでいた。
ホワイトボードに向かうドクターと秘書の背中が視界に入る。
ドクターは秘書に見えないよう、後ろ手に置き菓子の方向を指差していた。
不思議なものだ、と毎度ながらイーサンは内心独り言ちる。
何故かドクターは、イーサンがどれだけ気合の入った擬態をしようとも、見つけてしまう。
これは以前も今も変わらない。
いつものようにドクターが差した先にあるものを頂戴し、戻った廊下で小腹を満たしにかかった。
しっとりとしたスティックパイを頬張れば、ベリージャムの甘酸っぱい味と香りが広がった。
「……」
―――そう。
さらに最近になってドクターは、失敬を追認するどころか、協力的つまり歓迎するようになった。
記憶を失う以前ならば、注意の一つでも受けていたというのに。
イーサンは、単にドクターは記憶の喪失で寛容になったのだと思っていた。
戦場へ呼ばれ頼られる回数が以前とは比べ物にならないほど増えたのも、記憶が無くなれば考えの一つも変わるだろうと予測した。
あれこれ考えるのは自分の役目ではないことぐらい承知しているし、得意でもない。
なんにせよ、必要とされて悪い気はしない。
その程度の認識で片付いていた。
イーサンは、自分が、どれほどドクターの心の支えになっているのかなど、想像すらしていなかった。
だからこそ。
その日は酷く印象に残る日であった。
◇
朝から晩まで、製錬所警護に明け暮れた日。
毒ガスのおかげでまともに動けず。
それでも変声機を介した活舌の良い声で正確な情報伝達を行い、時に、よく通る声を張り上げて…ドクターは指揮をやり遂げていた。
荒れた喉が鳴る。
治療は済んでいるためじきに気にならなくなるだろう。
それよりもドクターだ。
一番に治療を終えたオペレーターを呼ぶようにとの言付けだ。
つまりこの編成のまま次回もあるということか。
執務室へと向かっていた。
道中、視線を感じる。
ドクター指揮の戦闘中や、それ以外なら基地で。
時折感じるこの未知の気配。
最初は狼狽えたものだ。
目的地に到着するや、気配は霧散した。
基本的に開放されている執務室のドアは閉じられ、ロックランプが点灯していた。
既に業務時間外なので当然か。
「来たぜ」
イーサンが内線から声をかければ、すんなりとドアのロックが解除され、中へと招かれた。
「やあ、イーサン。待っていたよ」
心地よい女性の声が鼓膜に触れる。
変声機は外しているようだ。
「一人かい?ドクター」
「そうなるね」
ロドスの上着も着ておらず、その下に隠されていた白衣の白さがまぶしい。
秘書は既に居らず、ほとんどのモニターも落とされていた。
彼が「ご用件は?」と訊ねながら、手頃なデスクの椅子に座る。
彼女はその態度を特に咎めもせず一束の書類を持って近付いてきた。
「予定表を」
彼女から差し出されたそれを受け取り、そのまま確認する。
「――今回の隊員に配ってくれ。明日もこの編成で行く」
言葉の通り、書類には明日の戦場に、現地でのスケジュールや配置等の作戦内容が記されていた。
「ふーん。次の任務は貨物輸送ね。で、配置はいつものコレと」
「慣れたものだろうけど、命のやり取りに変わりはない。気は抜かないでくれ」
「へいへいっと、その言葉も慣れたもんだよ」
「ふふ」
何が面白いのか嬉しいのか。
イーサンは、気になる事があれば今のうちに聞いておきたい気持ちで、そのまま書類をペラペラと捲った。
その間静かなもので、イーサンがチラとドクターの様子を盗み見れば、固唾を飲んでこの書類を見つめる彼女の姿があった。
完成しているのだろうに、それでも、改めておかしな点がないか見直しているのだろう。
真面目なものだ、と彼はまた手中の書類に視線を戻した。
「……なるほど、理解理解。」
ざっと見る限り特に気になるところも無く、数も人数分確かに。
作戦内容も、いつもながら文句なし。
それならあとは配るだけだ。
イーサンは書類を持ち直して、椅子から立った。
で、その拍子に一歩下がったドクターに顔を向ける。
「っつかあんたってすげぇよ、よくこんな上手い戦術を毎回考えられるよな、道理でレユニオンがいつも無残にボコられる訳だ。」
質問が無いという言葉代わりに、軽い賛辞を放る。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ!」
そうして酷く驚いた顔をしたドクターに背を向け、退室しようとした――その時、感じた違和感にイーサンは足を止めた。
なにに驚いた?
きょろりと左右を見渡し、手元の書類にも変な所は無い。
そして、急に立ち止まった自分に言葉を投げても来ない。
イーサンは疑問符とともに振り向いた。
ドクターは、先ほど見たまま。
酷く驚いた顔で、イーサンに返答を貰った姿勢のままだった。
「…ドクター?」
その不自然に声を掛けた、その時。
イーサンは目を剥いて飛び上がった。
「どっ…!?」
あまりの衝撃に、掴んでいた紙束がバサバサと床に落ちたが、そんなこと気にもならなかった。
ドクターの双眸から、突如として雫が零れ始めた事に比べれば。
「おいどうした!?」
イーサンは慌てて駆け寄った。