□カポネさんルート
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発動したのは、アルゴス本人以外の誰も知り得ない、時をランダムに巻き戻すアーツ。
致命傷たりえる傷を負い、かつ、周囲に鉱石病感染者が存在する場合のみ発動可能なアーツ。
それが今回導いた先は、龍門の中心で、マフィアの男を呼び止めた瞬間だった。
全身の疲労感もその時のものゆえ、比較的和らいでいる。
「…いえ、失礼しました。人違いでした」
そして、この男から得られる情報はない。
アルゴスは一礼して早々に踵を返した。
「あ、おい!待て!いや、待ってください!」
しかし、男の方がそれを呼び止めた。
勢いのまま肩を掴まれたアルゴスは、その力に抵抗できず振り向かせられた。
「何か」
その男は緊張した様子で喋り出した。
「あなたは、アルゴスさんですよね。そして決して唯者じゃない」
アルゴスはあえて口を閉ざした。
これは、知らない展開だった。
「無理を承知で、お願いします!あの人を…カポネさんを助けてください!」
引けばよかったのか、とアルゴスは意識をその男に向けた。
「意図が掴めません」
「なら、聞いてくれ…!あの人の命が危ないんだ!」
「どういうことでしょう」
アルゴスは未だ離されない肩をそのままに、酷く緊張した様子で息を吸い始めた男を見つめた。
「アルゴスさん」
――大丈夫だ。あれだけのサマを見抜き、荒事慣れした護衛を連れていた。なら、彼女もおそらくは、こちら側のはずだ。どちらにせよ、自分が無力なことに変わりははないのだ。
「カポネさんは…七年前から、龍門に根を下ろすべくやってきたシラクーザマフィアの一派…そのチームの、頂点だったんです…!それからずっと、何年も、この龍門においては、カポネさんが俺達ファミリーのトップだったんだ…!」
玉砕覚悟で、男は洗いざらい吐き出すことにした。
このアルゴスという女に吐いた言葉が漏洩し、巡り己に罰が来ようと、この生き様だ。罰など今更だ。
「けれど今のあの人は、内側と外側それぞれの頂点…ガンビーノさんと鼠王さん…彼らと対峙する羽目になって――、そして――」
彼は話した。
彼の人の生存を願って、彼の人の矜持を貶める結果となってしてしまった。己の行動に後悔したばかりだが。
それでも彼は再び行動を取った。
何もしなければ後悔する事は分かっていたからこそ、わずかでも後悔しない可能性のある方を取った。
何もせず、敬愛する彼の人を見殺しにして後悔するより、自分にできる行動を全てしてから後悔したかった。
それでだめだったのなら、諦めも付くし、行動した事実は、のちに自分を慰めて許すための言い訳(免罪符)にもなるから。
「――だから、今のカポネさんには、武器も後ろ盾も無いんだ。けれど、カポネさんを恨み虎視眈々と狙っていた奴らがいなくなるわけじゃない…!それにガンビーノさんがここに来てから…確かに商売敵は減ったが、それ以上に、敵と恨みが急激に増えてんだ!
格好の標的なんだ!」
いつの間にか両肩を掴まれ、周囲を気にしてか器用にも声を押さえつつ熱弁してきた男の気迫。
アルゴスは真正面からそれを人形のように受け取っていた。
「俺はもう、あの人の敵になってしまった。どうすることもできない。
だから、頼む。アルゴスさんの移動都市に、あの人を乗せていってくれ…!」
「居場所も分からないのに、簡単に言いますね」
「…俺の知ってるあの人なら、きっと危険な道や人物を避けながら停泊区に向かっているはずだ。
適当に密航して、敵だらけの龍門を後にしようとするはずだ……けれど……ですが……、あの人は今、傷付き、追い立てられ、弱ってる」
「停泊区にたどり着くか、たどり着いたとして、もしも捕まった密航者の末路か」
「……全然、驚かないんですね」
「今更不審に思いますか?」
「…、あなたもこちら側の人間なんですか?」
アルゴスは、肩を掴む腕にそっと指先を添えた。
「微妙な所です。少なくとも、血と暴力には慣れていますが」
「……そうですか」
男の両手がアルゴスの指先から外れ、両肩を離れた。
「……」
「……」
俯き黙った男との間に沈黙が流れる。
黙って去るなら今だろう。
が、
「……約束はできません。手掛かりは少ない」
その男のしゅんと垂れ下がる尾を見てしまったアルゴスはつい、小さく囁いてしまった。
帽子から出された男の上耳がピクリと跳ねた。
「ほんとうですか、」
「…保証もなく、あなたに2度と会うことも、報告もいたしませんが」
「充分です」
男はおもむろにあたりを見回し、向けられる注目が無いことを確認すると、コートから左袖を抜きながらその右手袋を取ってポケットに差した。
素早く人差し指の先に深く牙を立て、流れた血で、剥き出しになったYシャツの手首から肘にかけて番号の羅列を書くとすぐにその部位を引きちぎってアルゴスに渡した。
「これは」
「俺の番号です。なるべく滲まないよう隠してください。人目の無い場所で確認お願いします」
素早くコートと右手袋をはめ直し、すっかり元通りの見た目になった男が答えた。
アルゴスはすぐに自分の袖を捲り、その下の腕に、血で張り付く布を巻くと、袖を戻して隠した。
「なぜこれを?」
「あの人は……俺達の番号を全て諳んじることができます」
「つまり、カポネさんはこの番号を知ってると」
「この番号を言えばもしかしたら、注意を引くことくらいはできると思います。これでもカポネさんとは…シラクーザからずっと…今年で10年来の付き合いになるはずでしたから」
「いい砂ですね、あなたは」
「え?」
「いいえ。……お手を拝借しても?」
「構いませんが、何を…」
そう言いながら差し出され、両手で受け取ったのは、手袋に覆われた無骨な手。
その手の甲に、アルゴスはそっと羽根で撫でるようなキスをした。
「え」と戸惑いを顕わにした男の瞳を、アルゴスは覗き込む様に見上げた。
「尊敬と感謝を。あなたがカポネさんの生きがいの一部で、宝のひとかけらであったことを誇りに思います。ありがとう」
すぐ横に置かれたネオンの立看板が二人の瞳を照らす。
アルゴスはただ真っ直ぐとその男の顔を見つめ、礼の言葉と共に、まるで命の恩人を見つけたように微笑んだ。
「言葉の意味も分からないが、ハハ…俺は夢でも見てるのか?」
深く被られた帽子で隠されたその男の目元は、グロテスクな傷や縫いあとだらけだった。
その醜さと威圧感はよくよく自認しており、恐喝にはよく使える。
はじめてこれを目にした者は、特に女などが眉を顰めない事はなかったのだが。
この絶世の美女は、まさか顔の肉ひとつ歪めないどころか、真っ直ぐ微笑みかけすらした。
触れる彼女の手からは、何の動揺もうかがえない。
こんな女性が、居たのか。
「その言葉の意味の想像はつきますが。けれど、私から見たあなたはいい男ですよ」
『視点』による透視により、とうにその相貌を見ていたこともあるが。
己の指示で、数えきれないほど痛々しい死骸を作り上げてきた彼女にとってはそのような傷痕など些事でしかなかった。
「やめてくれ。俺を口説いてくれるな」
「不快、もしくは恐れて欲しかったのならば、申し訳御座いません」
アルゴスは、すぐに表情を消し、ゆっくりと手を離して一歩下がった。
男は解放された手を取り戻す様に引っ込め、帽子に通した上耳を忙しなく動かした。
「もう行きます。番号、きっと役立てさせていただきます」
「あ、ああ…」
「最後に一つ。私の存在については、なるべく、あなたに危害が加わらない程度で構いませんので、秘匿としていただければと存じます」
「それはもちろん…いや、な、なにがなんでも!」
「だから、あなたはいい男なんですよ。あなたに声を掛けてよかった」
「は…」
「お付き合いありがとうございます、失礼します」
アルゴスは一礼して踵を返した。
一週目ほどの焦りと隙はなく、しかし決して余裕なく。
その白い背は、臆することなく真っ直ぐと、龍門の暗闇を選ぶように紛れていった。
見送った男は思わずため息を吐いた。
「それは、こっちの台詞なんですが」
――末恐ろしい。さすがカポネさん直々のお眼鏡にかなった女だ。
耳と尾を強く動かし、感情を逃がす。
深呼吸をして、胸打たれたような動悸を収めにかかった。
言葉を最後まで真剣に受け取る姿勢。
媚びも恐れもなく、真っ直ぐ存在を認める目。
優しく、好意的に肯定されたような気持ちにさせる言葉。
白い喉の奥から発せられる声色は淀みなく、柔らかく上下する。
それらは、蔑まれることに対する拒否感を無理矢理諦めた者にはきっと、猛毒となる。
「(少なくとも俺にとっては)」
彼女の姿と、音と、匂いは、しばらく忘れられそうにない。
おそらくは、この、手袋の下で出血している指先が完治しようとも。
致命傷たりえる傷を負い、かつ、周囲に鉱石病感染者が存在する場合のみ発動可能なアーツ。
それが今回導いた先は、龍門の中心で、マフィアの男を呼び止めた瞬間だった。
全身の疲労感もその時のものゆえ、比較的和らいでいる。
「…いえ、失礼しました。人違いでした」
そして、この男から得られる情報はない。
アルゴスは一礼して早々に踵を返した。
「あ、おい!待て!いや、待ってください!」
しかし、男の方がそれを呼び止めた。
勢いのまま肩を掴まれたアルゴスは、その力に抵抗できず振り向かせられた。
「何か」
その男は緊張した様子で喋り出した。
「あなたは、アルゴスさんですよね。そして決して唯者じゃない」
アルゴスはあえて口を閉ざした。
これは、知らない展開だった。
「無理を承知で、お願いします!あの人を…カポネさんを助けてください!」
引けばよかったのか、とアルゴスは意識をその男に向けた。
「意図が掴めません」
「なら、聞いてくれ…!あの人の命が危ないんだ!」
「どういうことでしょう」
アルゴスは未だ離されない肩をそのままに、酷く緊張した様子で息を吸い始めた男を見つめた。
「アルゴスさん」
――大丈夫だ。あれだけのサマを見抜き、荒事慣れした護衛を連れていた。なら、彼女もおそらくは、こちら側のはずだ。どちらにせよ、自分が無力なことに変わりははないのだ。
「カポネさんは…七年前から、龍門に根を下ろすべくやってきたシラクーザマフィアの一派…そのチームの、頂点だったんです…!それからずっと、何年も、この龍門においては、カポネさんが俺達ファミリーのトップだったんだ…!」
玉砕覚悟で、男は洗いざらい吐き出すことにした。
このアルゴスという女に吐いた言葉が漏洩し、巡り己に罰が来ようと、この生き様だ。罰など今更だ。
「けれど今のあの人は、内側と外側それぞれの頂点…ガンビーノさんと鼠王さん…彼らと対峙する羽目になって――、そして――」
彼は話した。
彼の人の生存を願って、彼の人の矜持を貶める結果となってしてしまった。己の行動に後悔したばかりだが。
それでも彼は再び行動を取った。
何もしなければ後悔する事は分かっていたからこそ、わずかでも後悔しない可能性のある方を取った。
何もせず、敬愛する彼の人を見殺しにして後悔するより、自分にできる行動を全てしてから後悔したかった。
それでだめだったのなら、諦めも付くし、行動した事実は、のちに自分を慰めて許すための言い訳(免罪符)にもなるから。
「――だから、今のカポネさんには、武器も後ろ盾も無いんだ。けれど、カポネさんを恨み虎視眈々と狙っていた奴らがいなくなるわけじゃない…!それにガンビーノさんがここに来てから…確かに商売敵は減ったが、それ以上に、敵と恨みが急激に増えてんだ!
格好の標的なんだ!」
いつの間にか両肩を掴まれ、周囲を気にしてか器用にも声を押さえつつ熱弁してきた男の気迫。
アルゴスは真正面からそれを人形のように受け取っていた。
「俺はもう、あの人の敵になってしまった。どうすることもできない。
だから、頼む。アルゴスさんの移動都市に、あの人を乗せていってくれ…!」
「居場所も分からないのに、簡単に言いますね」
「…俺の知ってるあの人なら、きっと危険な道や人物を避けながら停泊区に向かっているはずだ。
適当に密航して、敵だらけの龍門を後にしようとするはずだ……けれど……ですが……、あの人は今、傷付き、追い立てられ、弱ってる」
「停泊区にたどり着くか、たどり着いたとして、もしも捕まった密航者の末路か」
「……全然、驚かないんですね」
「今更不審に思いますか?」
「…、あなたもこちら側の人間なんですか?」
アルゴスは、肩を掴む腕にそっと指先を添えた。
「微妙な所です。少なくとも、血と暴力には慣れていますが」
「……そうですか」
男の両手がアルゴスの指先から外れ、両肩を離れた。
「……」
「……」
俯き黙った男との間に沈黙が流れる。
黙って去るなら今だろう。
が、
「……約束はできません。手掛かりは少ない」
その男のしゅんと垂れ下がる尾を見てしまったアルゴスはつい、小さく囁いてしまった。
帽子から出された男の上耳がピクリと跳ねた。
「ほんとうですか、」
「…保証もなく、あなたに2度と会うことも、報告もいたしませんが」
「充分です」
男はおもむろにあたりを見回し、向けられる注目が無いことを確認すると、コートから左袖を抜きながらその右手袋を取ってポケットに差した。
素早く人差し指の先に深く牙を立て、流れた血で、剥き出しになったYシャツの手首から肘にかけて番号の羅列を書くとすぐにその部位を引きちぎってアルゴスに渡した。
「これは」
「俺の番号です。なるべく滲まないよう隠してください。人目の無い場所で確認お願いします」
素早くコートと右手袋をはめ直し、すっかり元通りの見た目になった男が答えた。
アルゴスはすぐに自分の袖を捲り、その下の腕に、血で張り付く布を巻くと、袖を戻して隠した。
「なぜこれを?」
「あの人は……俺達の番号を全て諳んじることができます」
「つまり、カポネさんはこの番号を知ってると」
「この番号を言えばもしかしたら、注意を引くことくらいはできると思います。これでもカポネさんとは…シラクーザからずっと…今年で10年来の付き合いになるはずでしたから」
「いい砂ですね、あなたは」
「え?」
「いいえ。……お手を拝借しても?」
「構いませんが、何を…」
そう言いながら差し出され、両手で受け取ったのは、手袋に覆われた無骨な手。
その手の甲に、アルゴスはそっと羽根で撫でるようなキスをした。
「え」と戸惑いを顕わにした男の瞳を、アルゴスは覗き込む様に見上げた。
「尊敬と感謝を。あなたがカポネさんの生きがいの一部で、宝のひとかけらであったことを誇りに思います。ありがとう」
すぐ横に置かれたネオンの立看板が二人の瞳を照らす。
アルゴスはただ真っ直ぐとその男の顔を見つめ、礼の言葉と共に、まるで命の恩人を見つけたように微笑んだ。
「言葉の意味も分からないが、ハハ…俺は夢でも見てるのか?」
深く被られた帽子で隠されたその男の目元は、グロテスクな傷や縫いあとだらけだった。
その醜さと威圧感はよくよく自認しており、恐喝にはよく使える。
はじめてこれを目にした者は、特に女などが眉を顰めない事はなかったのだが。
この絶世の美女は、まさか顔の肉ひとつ歪めないどころか、真っ直ぐ微笑みかけすらした。
触れる彼女の手からは、何の動揺もうかがえない。
こんな女性が、居たのか。
「その言葉の意味の想像はつきますが。けれど、私から見たあなたはいい男ですよ」
『視点』による透視により、とうにその相貌を見ていたこともあるが。
己の指示で、数えきれないほど痛々しい死骸を作り上げてきた彼女にとってはそのような傷痕など些事でしかなかった。
「やめてくれ。俺を口説いてくれるな」
「不快、もしくは恐れて欲しかったのならば、申し訳御座いません」
アルゴスは、すぐに表情を消し、ゆっくりと手を離して一歩下がった。
男は解放された手を取り戻す様に引っ込め、帽子に通した上耳を忙しなく動かした。
「もう行きます。番号、きっと役立てさせていただきます」
「あ、ああ…」
「最後に一つ。私の存在については、なるべく、あなたに危害が加わらない程度で構いませんので、秘匿としていただければと存じます」
「それはもちろん…いや、な、なにがなんでも!」
「だから、あなたはいい男なんですよ。あなたに声を掛けてよかった」
「は…」
「お付き合いありがとうございます、失礼します」
アルゴスは一礼して踵を返した。
一週目ほどの焦りと隙はなく、しかし決して余裕なく。
その白い背は、臆することなく真っ直ぐと、龍門の暗闇を選ぶように紛れていった。
見送った男は思わずため息を吐いた。
「それは、こっちの台詞なんですが」
――末恐ろしい。さすがカポネさん直々のお眼鏡にかなった女だ。
耳と尾を強く動かし、感情を逃がす。
深呼吸をして、胸打たれたような動悸を収めにかかった。
言葉を最後まで真剣に受け取る姿勢。
媚びも恐れもなく、真っ直ぐ存在を認める目。
優しく、好意的に肯定されたような気持ちにさせる言葉。
白い喉の奥から発せられる声色は淀みなく、柔らかく上下する。
それらは、蔑まれることに対する拒否感を無理矢理諦めた者にはきっと、猛毒となる。
「(少なくとも俺にとっては)」
彼女の姿と、音と、匂いは、しばらく忘れられそうにない。
おそらくは、この、手袋の下で出血している指先が完治しようとも。