□カポネさんルート
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およそ黎明の刻
――見つけた!
制御下の視界に、ようやく収まったその姿にアルゴスは上がっていた息を止めた。
邪魔にならず目立ちもしない建物と建物の隙間に入り、しゃがみ込んだ。
そこで彼女はようやく息を吐き出した。
締まる喉に、少しだけ咳込む。
――見つけたかったが、見つけたくも無かった。
彼を見つけられた事による歓喜と、安堵と、恐怖心のような緊張が彼女の胸を好き勝手に踏み荒らす。
疲労から既に早鐘を打っていた心臓は、さらに勢いを増したようだった。
さてもそればかりに気を取られているわけにはいかない。
息苦しさに胸を押さえながら彼女は顔を上げ額の目に集中した。
「待っていればよかったのか…」
カポネは龍門を出るつもりだったようだ。
つまり、アルゴスが今夜ロドスを飛び出していなければ、およそ二度と会えていなかっただろう。
結局龍門を大回りして停泊区付近まで戻るという無駄足を踏む羽目にはなってしまったが。
歩き詰めで軋む足の震えは、こうして休めたが最後、しばらく収まりそうもない。
――だがもうひと踏ん張りだ。
震え鈍痛を訴える両脚に鞭を打ち、引きずるように、彼女は再び歩き出した。
停泊区へと続く多くの道の中でも最も狭く目立たない路地裏へと向かった。
◇
その時、彼女は動揺した。
転がるゴミに足を取られ、つんのめった。
流石に転ぶことはなかったが、とっさに踏み出した足を強くくじいた。
この暗闇で足元に注意を配り忘れるほどに注意散漫となり果てていた事実。
脈動するような酷い痛み。
そんなものより、飛ばしていた視界が目の当たりにした光景の方がよっぽど重要だった。
――待て、待て!待て!!
はち合わせたカポネとガンビーノが対峙する。すでに王の眼中にすらない石ころ同然である男達が吐き合う言葉は自らを過大視する愚かなものであったが。
やはり、幻滅など少しもなかった。
アルゴスは再び感情をあらわに、己の身体を必死で引きずった。
――対峙しないでくれ。殺し合わないでくれ。これ以上、身も心も傷付かないでくれ。
その間にも状況はさらに一転し、結果として彼らの殺し合いはなくなったが。
現れた『オペレーター』の様子に、より彼女は焦燥した。
みるみるうちに『オペレーター』は最悪な言葉をカポネとガンビーノに向ける。
アルゴスは走り出していた。
運動不足の身体はすでに疲れ切り、無理に動かしている。
全身が砕けそうなほど痛む。
だが今の彼女にはそんなこと関係なかった。
「――ラップランド!!」
その後ろ姿に声を張り上げた。
「ん?」
しかしすでに間に合わず、彼女の特徴的な双剣は、とうに二つの銀狼を放っていた。
「ギャウッ」
「がぁッ!」
アルゴスの叫びが阻止しきれなかったそれらは、ボロボロな二人組それぞれに迷いなく着弾した。
ラップランドの攻撃は精神に響く。
苦し気に脳を抱えて歪んだ顔、血しぶきと共に舞う肉片と体毛、ついに限界を迎えて倒れ伏す姿が、音が、アルゴスの五感に響き渡った。
「あぁ…!」
アルゴスは、目を見開いて、その喉を絶望に震わせた。
「おや、誰かと思えばドクターじゃないか。どうしたんだい、そんなに慌てて」
「……ラップ…ランド、」
「ああほら、いったい何があったの?落ち着いてごらん、ドクター」
とうのラップランドは息も上がらず傷一つない身ぎれいさで、銀の髪を靡かせてアルゴスの元へと歩いた。
倒れた二人の男は、すでに精神干渉から脱していたが、傷は数多に深く、もはや息を乱して転がることしかできなかった。
それを知ってか、多少反撃が飛んだり逃げられても全く構わないという風に、ラップランドはそれらから視線を外すことで彼らをなおも貶める。
そうしながら彼女は片方の剣を腰のベルトに収め、過呼吸一歩手前に息の上がったアルゴスの背を撫で始めた。
「よしよし、ボロボロじゃないか。もしかして、何かに追われているのかい?ちょっと待っていて、すぐにゴミを片付けるから、」
そう言ってラップランドが、『ゴミ』を見もせず剣を振り上げようとして――その片腕を、アルゴスの右手が掴んだ。
「ラップランド」
「なんだい?」
「そのゴミとやらを、壊さないでくれ」
「それはだめだよ、ドクター。ボクは、懐かしい故郷の匂いをテキサスにお届けしなければいけないんだ」
「テキサスと組んで血を浴びたいのなら都合する。だから頼む、ラップランド。私の友人なんだ」
「……へえ?」
雌の銀狼は、片眉を上げ、冷ややかな眼差しをアルゴスに向けた。
背を撫でていた手が、食い込んだ。
「それは、キミの都合だよね」
「そうだ。私以外に何の得もない、私の都合だ」
アルゴスは怯むことなく、その銀へ向けてまっすぐに視線を返した。
いまだ上がる息に、胸を押さえ、手も足も震えているのに、その緑色の瞳は強い意思を湛え、ギラギラと輝いていた。
「キミがキミの都合で食い下がるなんて、初めて見たな」
「その通り、未だかつてない私の私情のみの都合だ。言い訳する気はない」
「フフ……だからいままでで一番綺麗なんだね、その眼。頂戴よ」
「この双眸で足りるのなら、くれてやってもいい」
「そんなにも?」
嘘の気配など微塵も感じない。
アルゴスの即答に、ラップランドはきょとんと眼を丸めた。
半分冗談でもあったのだが。
「不思議だね。責任感の塊であったドクターがここまで自己中心的になるなんて。匂いも音も見た目も、確かにキミなのに、本当にキミなのか疑わしくなっちゃうくらい」
「自分でもわかっている。だがあの友人は……アーミヤにとっての私だ」
「へえ……」
ちらりと、ラップランドは転がる男二人に目を向けた。
片方が驚愕しつつも片割れを押さえ、あえて様子を窺っている。
彼女の聴覚は、そのわずかな会話も拾っている。
「うん、ドクターがそこまで言うなんて。ボクも少しだけ興味が出てきたよ。でも、どうするの?」
ラップランドは、アルゴスの右手を振り払った。
背に回して爪を立てていた手を、ずるりと絡まるように滑らせ始める。
ラップランドは体中を蛇の様にアルゴスへと密着させた。
「このまま見逃したら、彼らは間違いなく、ここまで痛めつけたボクに復讐を考えるよ。ねえ?怖いなぁ、『ドクター』。ボクは、キミの手の中の、か弱い『オペレーター』の一人でしかない」
ずりずりと、痛みを感じるほど、まるで削り取るように全身を擦り付けながら、ラップランドはアルゴスを見上げた。
一方で、ラップランドが片手に携える剣がアルゴスの足元すれすれにガンと突き立てられたりしていた。
「心配はない。考えがある」
アルゴスは怯まなかった。