□カポネさんルート
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PM3:00
アルゴスは、『何の変哲もない』自室のドアの前に来たところで、足を止めた。
「イーサン」
その名を呼べば、壁床を巻き込んだ擬態により隠されていた影だけが、そこに出現した。
「やっぱ気付かれちまったか」
影のみが存在し、声を発する奇妙な空間。
それに向けて彼女は肩の力を緩めて微笑んだ。
好意と安堵を溶かし込んでとろけたような、容易く人の心を揺さぶり落としてしまいそうな微笑を真っ直ぐ受けたイーサンだが、彼は全く気にも留めず「あーあ」と両腕を上げてぼやいた。
「一度でいいから出し抜いてみたいもんだ」
「そのためには、余程の幸運を持つか、内臓を抱えて存在するということを辞める必要があるな」
「無茶言うなよ」
「フッ」
アルゴスは止めていた歩みを再開し、自室の鍵を開けにかかった。
その横顔が抱えている表情のつくり方に、イーサンはどこか違和感を覚えた。
「一人で龍門に出たんだって?」
「ああ」
未だ、影以外の擬態を解かないままのイーサンの言葉に、アルゴスは頷いた。
「珍しいな」とイーサンはアルゴスを見上げた。
「今日みたいな日は真っ直ぐ戻ってくるのがお決まりじゃねえか」
「そうだな」
アルゴスは頷いた。
否定はできない。しない。事実として、間違いはない。
前回も前々回の午後休も、アルゴスは業務終了処理を終えるなり自室に直帰し、普段の休日と同じように過ごしていた。
ドクターという立場を、望んだ覚えは決してない。
最初の記憶は、自分がこの自分であったことに絶望されたこと。
訳も分からず命の危機と脅され、
こちらを見て顔を曇らせた未知の人々の命を信じているだなんて綺麗な言葉で問答無用に握らされ、
心当たりも何もないのに以前と変わらないなどと喜ばれ、
命を投げ出されたり、
生きるため、
必要だからと、
己の指示で人に人を殺させた罪悪感、
己の指示で怪我を負った人たちへの罪悪感、
死んでいった者達への罪悪感、
肥大化し続ける罪悪感に足を掴まれ逃げることもできず、
組織を上げて祀り上げられ、
かつての同僚と名乗る女に非難されながらも必要とされ、
いつの間にか義務という言葉を被らされて、
恒常的に命を握らされ、
期待され、叱咤され、好かれ、嫌われ、慕われ、失望され、希望を見出され、
そうして膨れ上がる罪悪感と負の感情が降り積もるのが止まらない。
ある日は静かに泣き暮れ、
ある日は昏々と眠り続け、
ある日は嵐のようにすべてを呪う気持ちを暴れさせる自分に耐えきれず転がり踠き、
ある日は心を無に静かに読書をし、
ある日は泣き喚き己に刃を突き立てておきながら死を恐れる本能の声に絶望し、
ある日は知識をつけるため勉強に励み、
ある日は、彼女の情動を案じて訪れたイーサンの腕の中で、痛みを吐き出すように泣き喚く。
だからこそ、今日のアルゴスの行動はひときわ異様だった。
仕事以外で、彼女が自分の意志で出歩くことすら初めてではなかろうか。
イーサンは思案しながら、彼女の部屋の敷居を跨いだ。
扉を開けてイーサンを待っていたアルゴスは、彼の入室を確認すると、いつものように戸締まりを行った。
「……なあ、ドクター」
「なあに?イーサン」
施錠された自室という安全地帯に二人きりとなったことで、アルゴスは甘えるような、どこか幼い雰囲気を纏っていた。
「今日は、大丈夫そうだな」
「うん。それでも、居てくれる?お願い。悲しいときも悲しくない時も、イーサンが近くに居てくれると嬉しいの」
未だ擬態しているイーサンの服を正確に掴んで引いた彼女に向けて、イーサンははいはいと片手を振った。
「わかってるって、わざわざ来たんだから。元々そのつもりだよ」
「ほんと?えへ…ありがとう。嬉しい」
彼女は少女のようにくすくす笑いながら彼の服を離して軽やかに歩いた。
踊るようにベッドの前で足を止めると、くるりと踵を返し、また子供のように背中からぴょんと飛び込んだ。
「いつも近くに居てくれてありがとう」
他のオペレーターが見たら愕然とするような変わりようだが、とうに慣れ切っているイーサンは驚きすらしなかった。
それどころか、ドール人形のように美しい女性が、まるで媚びるようにベッドに仰向けに倒れ込んで、脱力したまま嬉しそうに見上げてくる姿を平然と直視できている。
感染者となって目まぐるしく生きていく中で、彼はとっくに美形慣れしていた。
感染者組織を転々としてた頃から、どの組織においても美形が必ず1人は居た。
ましてこの大企業ロドスが抱える優秀なオペレーター各位においても、絶世の美形は少なくない。
それらは決して、偶然ではないのだろう。
感染者であろうと、容姿が美しければ生存確率は比較的高くなる。
だからこそ生き延びるごとに強さを手に入れ、このロドスの戦闘員に転がり込むことができたのだろうとも。
過去に生きてきた中でも『容姿端麗ゆえに即殺 は 免れる』現場を多く目の当たりにしてきたイーサンは骨身にしみていた。
生き地獄を食わされた挙句殺されることの方が多くはあるが、逃げ出すことが不可能というわけでもない。
運が良ければ同情や選択肢を得られる可能性すらある。
さて。
そうして美形慣れのしたイーサンは、美醜に惑わされず相手を見る。
「イーサン、今日も大好き」
「だからって作戦で贔屓はしないでくれよ」
「いつも言ってくれるから覚えてるよ。ちゃんとわかってるよ。戦場ではしてないでしょ?えらい?」
「まあな。これからもそうしてくれ。」
「うん。頑張る」
「頑張らずにそれができて欲しいんだけどなー」
「うーん」
口元を尖らせて目を逸らした彼女は、誤魔化す様にもぞもぞと上着を脱ぎ始めた。
何を隠そう、その下に着ている黒いインナーシャツがそのまま彼女の部屋着だ。
「そのままシワになってもいいのか?」
「んー」
彼はそこでやっと擬態を完全に解いて彼女に近づいた。
「ほら」
ようやく全貌を顕わにしたイーサンが、溜息と共に上着を回収した。
「んぶっ」
かと思えばそれを彼女の顔面に投げ返した。
それでも彼女は動こうとしなかったので、「おい」と足首を尾の先でべしと叩いた。
「あう」
そこでようやく彼女が起き上がった。
世話の焼ける甘え方をするなと言いたくなったが、これが普段の反動なのだろうかと思うと言葉にはできなかった。
軽く態度で示すことはあるが。
アルゴスは、『何の変哲もない』自室のドアの前に来たところで、足を止めた。
「イーサン」
その名を呼べば、壁床を巻き込んだ擬態により隠されていた影だけが、そこに出現した。
「やっぱ気付かれちまったか」
影のみが存在し、声を発する奇妙な空間。
それに向けて彼女は肩の力を緩めて微笑んだ。
好意と安堵を溶かし込んでとろけたような、容易く人の心を揺さぶり落としてしまいそうな微笑を真っ直ぐ受けたイーサンだが、彼は全く気にも留めず「あーあ」と両腕を上げてぼやいた。
「一度でいいから出し抜いてみたいもんだ」
「そのためには、余程の幸運を持つか、内臓を抱えて存在するということを辞める必要があるな」
「無茶言うなよ」
「フッ」
アルゴスは止めていた歩みを再開し、自室の鍵を開けにかかった。
その横顔が抱えている表情のつくり方に、イーサンはどこか違和感を覚えた。
「一人で龍門に出たんだって?」
「ああ」
未だ、影以外の擬態を解かないままのイーサンの言葉に、アルゴスは頷いた。
「珍しいな」とイーサンはアルゴスを見上げた。
「今日みたいな日は真っ直ぐ戻ってくるのがお決まりじゃねえか」
「そうだな」
アルゴスは頷いた。
否定はできない。しない。事実として、間違いはない。
前回も前々回の午後休も、アルゴスは業務終了処理を終えるなり自室に直帰し、普段の休日と同じように過ごしていた。
ドクターという立場を、望んだ覚えは決してない。
最初の記憶は、自分がこの自分であったことに絶望されたこと。
訳も分からず命の危機と脅され、
こちらを見て顔を曇らせた未知の人々の命を信じているだなんて綺麗な言葉で問答無用に握らされ、
心当たりも何もないのに以前と変わらないなどと喜ばれ、
命を投げ出されたり、
生きるため、
必要だからと、
己の指示で人に人を殺させた罪悪感、
己の指示で怪我を負った人たちへの罪悪感、
死んでいった者達への罪悪感、
肥大化し続ける罪悪感に足を掴まれ逃げることもできず、
組織を上げて祀り上げられ、
かつての同僚と名乗る女に非難されながらも必要とされ、
いつの間にか義務という言葉を被らされて、
恒常的に命を握らされ、
期待され、叱咤され、好かれ、嫌われ、慕われ、失望され、希望を見出され、
そうして膨れ上がる罪悪感と負の感情が降り積もるのが止まらない。
ある日は静かに泣き暮れ、
ある日は昏々と眠り続け、
ある日は嵐のようにすべてを呪う気持ちを暴れさせる自分に耐えきれず転がり踠き、
ある日は心を無に静かに読書をし、
ある日は泣き喚き己に刃を突き立てておきながら死を恐れる本能の声に絶望し、
ある日は知識をつけるため勉強に励み、
ある日は、彼女の情動を案じて訪れたイーサンの腕の中で、痛みを吐き出すように泣き喚く。
だからこそ、今日のアルゴスの行動はひときわ異様だった。
仕事以外で、彼女が自分の意志で出歩くことすら初めてではなかろうか。
イーサンは思案しながら、彼女の部屋の敷居を跨いだ。
扉を開けてイーサンを待っていたアルゴスは、彼の入室を確認すると、いつものように戸締まりを行った。
「……なあ、ドクター」
「なあに?イーサン」
施錠された自室という安全地帯に二人きりとなったことで、アルゴスは甘えるような、どこか幼い雰囲気を纏っていた。
「今日は、大丈夫そうだな」
「うん。それでも、居てくれる?お願い。悲しいときも悲しくない時も、イーサンが近くに居てくれると嬉しいの」
未だ擬態しているイーサンの服を正確に掴んで引いた彼女に向けて、イーサンははいはいと片手を振った。
「わかってるって、わざわざ来たんだから。元々そのつもりだよ」
「ほんと?えへ…ありがとう。嬉しい」
彼女は少女のようにくすくす笑いながら彼の服を離して軽やかに歩いた。
踊るようにベッドの前で足を止めると、くるりと踵を返し、また子供のように背中からぴょんと飛び込んだ。
「いつも近くに居てくれてありがとう」
他のオペレーターが見たら愕然とするような変わりようだが、とうに慣れ切っているイーサンは驚きすらしなかった。
それどころか、ドール人形のように美しい女性が、まるで媚びるようにベッドに仰向けに倒れ込んで、脱力したまま嬉しそうに見上げてくる姿を平然と直視できている。
感染者となって目まぐるしく生きていく中で、彼はとっくに美形慣れしていた。
感染者組織を転々としてた頃から、どの組織においても美形が必ず1人は居た。
ましてこの大企業ロドスが抱える優秀なオペレーター各位においても、絶世の美形は少なくない。
それらは決して、偶然ではないのだろう。
感染者であろうと、容姿が美しければ生存確率は比較的高くなる。
だからこそ生き延びるごとに強さを手に入れ、このロドスの戦闘員に転がり込むことができたのだろうとも。
過去に生きてきた中でも『容姿端麗ゆえに即殺 は 免れる』現場を多く目の当たりにしてきたイーサンは骨身にしみていた。
生き地獄を食わされた挙句殺されることの方が多くはあるが、逃げ出すことが不可能というわけでもない。
運が良ければ同情や選択肢を得られる可能性すらある。
さて。
そうして美形慣れのしたイーサンは、美醜に惑わされず相手を見る。
「イーサン、今日も大好き」
「だからって作戦で贔屓はしないでくれよ」
「いつも言ってくれるから覚えてるよ。ちゃんとわかってるよ。戦場ではしてないでしょ?えらい?」
「まあな。これからもそうしてくれ。」
「うん。頑張る」
「頑張らずにそれができて欲しいんだけどなー」
「うーん」
口元を尖らせて目を逸らした彼女は、誤魔化す様にもぞもぞと上着を脱ぎ始めた。
何を隠そう、その下に着ている黒いインナーシャツがそのまま彼女の部屋着だ。
「そのままシワになってもいいのか?」
「んー」
彼はそこでやっと擬態を完全に解いて彼女に近づいた。
「ほら」
ようやく全貌を顕わにしたイーサンが、溜息と共に上着を回収した。
「んぶっ」
かと思えばそれを彼女の顔面に投げ返した。
それでも彼女は動こうとしなかったので、「おい」と足首を尾の先でべしと叩いた。
「あう」
そこでようやく彼女が起き上がった。
世話の焼ける甘え方をするなと言いたくなったが、これが普段の反動なのだろうかと思うと言葉にはできなかった。
軽く態度で示すことはあるが。